りん×くう! 18/そして、地底の恋物語
2010.05.31 Monday | category:東方SS(お燐×おくう)
「ゆっでたまごー、ゆっでたまごー♪」
「はいはい、帰ってからゆっくり食べよ、ゆっくりね」
「うん!」
博麗神社からの帰り道。ご機嫌な空の手を引いて、雪を踏みしめてお燐は歩く。
吐く息は白く、空気は冷たいけれど、握りしめた空の手はあたたかかった。
そんなあたたかなものを、今こうして、握りしめていられるという幸福。
肩を並べる空の横顔を見やって、お燐はくすぐったい気持ちで、それを噛み締める。
「うにゅ?」
空が振り向いて、目と目が合った。急に照れくさくなって、お燐は視線を逸らす。
えへへ、と空もくすぐったそうに笑って、お燐にぴったりと身を寄せた。
触れあう温もり。すぐそばにある体温。大切な、何よりもかけがえのないもの。
「……おくう」
「ん」
名前を囁く。いつものように、けれどいつもよりも、少しだけ甘く。
「お燐?」
身を寄せる。顔と顔を近づける。空がきょとんと目をしばたたかせて、
近付いたお燐の白い吐息に、ようやくその意味を悟ったか、困ったように顔を赤くした。
「んにゅ……キス、するの?」
「嫌かい?」
「……ううん」
身を寄せ合うと、触れあいたくなる。求め合いたくなる。
好き、という気持ちを、いくらでも伝え合いたくなる。
その気持ちのカタチは、自分と空とで違っているのかも知れないけれど。
お燐は空が好きで、空はお燐が好きだ。――それは確かなことだったから。
「好きだよ、おくう」
「……うん、わたしも」
「ゆで卵より?」
「えへへ、さとり様より」
いつものやり取りとともに、重ねられる唇の感触。
柔らかなそれを、お燐は少し背伸びして、ついばむように味わう。
触れ合いは短い。唇を離すと、互いの白い吐息が混ざり合って、ゆっくり空気に溶けていく。
「……今、おくうが何考えてるか、当ててみようか?」
「うにゅ? さとり様みたいに?」
「あたいはさとり様じゃないけど、おくうのことなら、たぶん解るよ」
「えへへ……なーんだ?」
こつん、と額と額がぶつかる。くすぐったい距離で、囁き合う言葉。
「……もういっかい、キスしたい」
「うにゅ、あたりだよ」
もう一度目を閉じて、唇を重ねる。――空の唇は、さっき神社で食べたみかんの味がした。
「そういやさ、あれって結局なんだったけね」
地底への縦穴にさしかかったところで、ふとお燐はそれを思い出して足を止めた。
「あれ?」
「いや、何か、旧都でお祭りみたいなことを準備してた気がするんだけどさ。――おくうに言ってもわかんないか」
「おまつり?」
そう、巫女に聞かれてふと思い出したのだ。地底のお祭り騒ぎ。――そういえば確か、旧都で何かが準備されていた気がする。ついこの間まで、何か。
それは、お燐は遠巻きに眺めているだけだったけれど。
何かとても、幸福に満ちたお祭りだったような、そんな気がするのだ。
「なんだったっけなあ――てゆか、準備してたはずなのに何もやってないっけ? あれ?」
ぽりぽりと頭を掻いて、お燐は唸る。何か大事なことを忘れている気がした。
それが何だったのか、もう少しで思い出せそうなのに、出てこない。
「それって、たのしいこと? しあわせなこと?」
「ああ、なんだっけ、幸せそーにしてたんだよ。そう、星熊の姐さんと――」
そうだ、星熊勇儀だ。彼女が中心の、彼女を祝福するイベントだったはずだ。
けれどそれだけか? その隣に、誰かもうひとり居なかったか?
「ほしぐま?」
「おくうは知らないか。星熊勇儀って、旧都のまとめ役の鬼だよ」
「うにゅ、ゆーぎ……?」
空は首を捻る。何か思い当たることでもあるのだろうかと、お燐が目を細めて見やると、
「――けっこん」
不意に、そんな単語が空の口からこぼれ落ちた。
瞬間、何かが弾けるように、お燐の記憶が甦る。
――そうだ、結婚式だ。星熊勇儀と、その隣にいたもうひとり――
「そうだ、ゆーぎと結婚するって、ぱるちーが言ってた!」
◇
「こいし? ……こいし、どこ?」
仄暗い地底の狭い道を、さとりは妹の姿を探して歩き回っていた。
ようやく見つけたというのに、相変わらず妹ときたら、ふらふらと勝手にあちこち出歩いてしまうのだ。仕方ないので、さとりはまたこいしを探している。
心が安らかなのは、見つけられるという確信があるからだった。
胸元の、既に開いた第三の目をそっと撫でて、さとりは目を伏せる。
――結局のところ、自分がこいしを見つけられなかったのは、ただ自分がこいしを拒絶して、目を逸らしていたからだった。
だけど、あのときこの目を閉ざしたことで、こいしを見つけられたから。
第三の目に頼らなくても、解り合える心があると、こいしが教えてくれたから。
だから、今はこいしを必ず見つけられるという確信が、さとりにはあった。
こいしは心を閉ざしてなんていないのだ。
ずっと、自分に伝えようとし続けていたのだから。
――大好き、という気持ちを。
だからさとりは、それを見つけるだけでいい。
その気持ちを、抱きしめてあげるだけでいいのだ。
「――あ、居た」
そうして、狭い通路を抜けて、少し開けた場所に出る。
そこで、さとりはこいしを見つけた。何もない場所に、ぼんやりとひとりで佇んでいる。
地上に続く、縦穴のすぐそばだった。――地上にでも出ようとしていたのか?
「こいし」
呼びかけると、こいしはゆっくり振り向いた。その第三の目は、まだ閉じている。
だけど、こいしはこちらに、優しく微笑んでくれるから。
さとりは駆け寄る。――と、その刹那。
不意に、何かの気配が、自分の傍らを通り過ぎていったような気がした。
ただそれはあまりに微かな気配で、錯覚かとさとりは受け流す。
「もう、こんなところにいたのね」
こいしの手を握って、その顔を覗きこんだ。こいしの目が、自分を見つめ返した。
「何をしてたの?」
「……ひみつ」
小さく笑って、こいしはそう答える。
地上に行こうとしていたのだろうか。――それならそれで、また探すだけだ。
どこに行ったって、自分はちゃんとこいしを見つけられるのだから。
「ほら、帰りましょう」
「うん」
こいしの手を引いて、さとりは歩き出す。地上から吹く風が冷たい。こいしの指先も冷たくて、足を止めてさとりは、繋いだ手を持ち上げて息を吐きかけた。
「手、冷たいわよ、こいし」
その指先をさすりながら言うと、こいしは薄く微笑んで答えた。
「おねえちゃんの手、あったかいよ」
――その言葉が、今は何よりも幸福だった。
縦穴の近くには細い川が流れていて、その上に渡る者のない橋が架けられている。
その橋の上に、見知った顔を見かけて、さとりは帰る足を止めた。
「……さとり。なんだ、お前さんか」
「ああ――勇儀さん。こんにちは」
星熊勇儀だった。欄干にもたれて杯を傾けていた彼女は、こちらを振り向いて力なく笑った。
この間から、ずっとこうだ。あの豪放磊落な星熊勇儀に、全く覇気が無い。
――第三の目で見つめた彼女の心は、ただ孤独と喪失感が支配している。
「なんだい、地上にでも出てたのかい?」
「いえ、ちょっとこの子を捜しに――」
さとりはこいしの方を振り向く。こいしはぼんやりと勇儀を見つめていた。
「無意識にふらふら歩き回るので、探すのも大変なんです」
苦笑混じりにそう言いながら、さとりは思う。たとえば勇儀ならば、こいしであっても受け入れてくれるのだろう。そう、彼女が――――を愛したように、
――それは、誰だったっけ?
「さっきも、すぐそこでひとりでぼんやりしていて」
「――ひとりじゃないよ?」
不意に、さとりの言葉に、こいしが反応した。
「え?」
「嫌われ者のあの子と、お話してたの」
帽子を押さえて、こいしはどこか無邪気に言った。さとりは訝しんで眉を寄せる。
あのとき、あそこにはこいしひとりだったはずだ。――いや、だけど、そういえばひどく希薄な気配を感じたような気もする。あれはいったい、誰だったのか――。
「……誰か、いたの?」
「いたよ。ちゃーんと、私みたいに、誰にも気付かれないだけで」
その言葉に、愕然と目を見開いたのは、勇儀だった。
第三の目で見つめた勇儀の心が、驚愕と微かな希望に、千々に乱れる。
「おい、おい、お前さんっ」
さとりが制止する間もなく、勇儀はこいしに詰め寄った。肩を掴まれて、けれどこいしは怯えるでもなく、微笑んだまま勇儀の長身を見上げて。
「お前さん、誰と会ってたって――?」
その問いかけに、こいしはゆっくりと首を横に振った。
「知らないよ。でも、あの子は私とおんなじ」
「同じ?」
「私とおんなじ――恋しい恋しい、閉じた緑の眼」
その瞬間、凍りついたように勇儀が動きを止めた。
「勇儀さん?」
見つめた心が、ただひとつの名前、ただひとつの顔に支配されて、さとりは目を細める。
その名前、その顔は、確かどこかで――。
「どこだい――その子はどこにいる!?」
肩を揺さぶる勇儀に、こいしは笑ったまま、全てを見透かすように答えた。
いや、こいしの閉じた瞳は、あるいはそれを見つけていたのかも知れない。
さとりが、目を閉ざすことで、こいしを見つけられたように――。
「どこかにいるよ。――恋しいひとを、どこかで待ってるよ」
その言葉に、弾かれたように勇儀は顔を上げ、走りだした。
さとりが呼び止めても、もはや耳には入っていないようで、あっという間にその背中は遠ざかっていく。さとりはそれを、半ば茫然と見送って。
「……こいし、誰とお話ししてたの?」
そう問いかけると、こいしは愉快げに微笑んだまま、くるりとその場で身を翻した。
「私とおんなじ子。みんなに忘れられて、みんなに認識されなくなっちゃった子」
「――――」
笑ってそんなことを言うこいしに、何と答えていいか解らず、さとりは押し黙る。
「でも、みんなに忘れられて、消えてしまえなかったところまで、私とおんなじ」
「……え?」
「大好きな、たったひとりだけ大切なひとがいたから、消えられなかったの」
そしてこいしは、くるりとまた、こちらを振り向いて。
「――私にとっての、お姉ちゃんがいたから」
ぎゅっと、さとりにしがみつく。
その言葉に、さとりはただ――その背中に腕を回すことで応えた。
こいしの心は、見えているけど見えない。
解っているけれど、全部が解るわけじゃない。
きっと、心というのはそういうものだから。
どれだけ見透かしても、全てが解るわけじゃない。
解らないものがあるから、それを求めたくなる。
――誰かを、好きになることが出来る。
「勇儀さん――見つけられるのかしら」
「見つけられるよ。……私だって、お姉ちゃんに見つかっちゃったんだもん」
「……そうね、その通りだわ」
こいしの髪を撫でて、さとりはふっと、自然に思い出す。
そう、きっと勇儀は見つけるだろう。彼女の、何よりも大切なものを。
――水橋パルスィという、彼女の愛した橋姫を。
「……あれ、さとり様にこいし様? こんなところでどうしたんです?」
「うにゅ、さとり様ー」
と、不意に聞き慣れた声が頭上からかかって、さとりは顔を上げた。
地上への縦穴から、見覚えのある影がふたつ舞い降りてくる。お燐と空だ。また地上の神社にふたりで遊びに行っていたのだろう。
「お燐、空。おかえりなさい」
「ここでただいまってのも何か変ですけどねえ」
苦笑しながら、お燐は空の手を握ったまま、さとりとこいしの前に降り立つ。
こいしがさとりの胸から顔をあげて、ぼんやりとお燐と空を見つめた。
「ただいま、さとり様、こいし様ー」
脳天気な笑みを浮かべて、空がぺこりとお辞儀する。
こいしに寄り添うようにして、さとりは「おかえり」と微笑み返す。
「あ、そうださとり様。ゆで卵もらってきたんで、帰ったら食べません?」
「あら、ありがとう」
「――ええと、こいし様の分もありますよ」
お燐はそう言って、ゆで卵をひとつ取り出すと、こいしに手渡した。
真っ白なその卵を受け取って、こいしはびっくりしたように見つめる。
「えと、――こいし様、ゆで卵は嫌いですか?」
首を傾げるお燐。こいしは困ったようにこちらを見上げた。さとりは笑って頷く。
――それはきっと、何かがまた、変わり始める言葉だ。
「……あり、がとう」
戸惑いながら、躊躇うように、こいしはそう口にした。
その言葉に、お燐は破顔し、さとりはこいしを背中からきゅっと抱きしめる。
――世界はこんなにも優しくて、愛おしいものだということ。
こいしの目は、これからきっと、それを見つけていくだろう。
さとりと、お燐と、空と――この地底に暮らす、家族と一緒に。
「じゃあ、みんなで帰りましょうか」
さとりはこいしの手を取って、そう告げる。お燐も空の手を握り直し、歩き出す。
「ゆっでたまごー、ゆっでたまごー♪」
「だから帰ってからだってば、おくう」
楽しそうに歌う空に、さとりは振り向いて、小さく苦笑して問うた。
「ごめんなさいね、空。ちょっと、帰る前に寄っていきましょう」
「うにゅ?」
「寄るって、どこへです?」
顔を見合わせたお燐と空に、「それはもちろん」とさとりは言葉を続けた。
「――結婚式に、ね」
◇
旧都の灯りと喧噪が、地底の闇を眩しく彩っていた。
その喧噪と光は、忌み嫌われた者たちの楽園が放つ、幸福の光。
この地底に生きる全ての命を祝福する、優しい光。
その中心に、寄り添うふたつの影がある。
――それはきっと、この楽園が生んだ、ひとつの幸福の結晶だった。
【りん×くう! おしまい】
あ と が き
最初は『ゆう×ぱる!』読んでなくても大丈夫な話にするつもりだったんですが……。
何か結局、事実上の続編になってしまいました。仕方ないね。
というわけで、『ゆう×ぱる!』から続いた地底の4つの恋物語、これにて完全終了です。
向こうで色々と書き残した時点で、これが書かれるのは必然だったのでしょう。
勇儀姐さんの言う通り、皆が幸せでいられる楽園の物語として完結できたと思います。
それにしても、地底組の妖怪関係のバランスの良さは異常。
皆それぞれ立ち位置がはっきりしていて動かしやすく、本作もやっぱり書いててとても楽しかったです。
もう地底組大好き。地底に暮らす皆に幸あれ。
次の長編連載は創想話でやってみることになるかと思います。
以前ちらっと話した星蓮船長編……ではなく、某作品でちょっとだけ匂わされてたあのカップリングの予定。
割とすぐ始まると思うので、そちらもよろしくお願いします。
ではまた、次の作品で。
2010/05/31
浅木原忍
Comment
地底の皆さん、末長くお幸せに。
Posted by: ハムビー |at: 2010/05/31 11:52 PM
感動しました。『ゆう×ぱる!』の段階では、結婚式が開催される事に気付かなかったです。
この様に読解力の無いワシですが、とても楽しく拝読致しました。
相互理解の困難さ等、物語の本筋も素晴らしかったですが、何よりもラスト!
思わずガッツポーズをしてしまいました!!
素晴らしい作品をありがとうございます。
作者様の益々のご活躍を心よりお祈り致します。
この様に読解力の無いワシですが、とても楽しく拝読致しました。
相互理解の困難さ等、物語の本筋も素晴らしかったですが、何よりもラスト!
思わずガッツポーズをしてしまいました!!
素晴らしい作品をありがとうございます。
作者様の益々のご活躍を心よりお祈り致します。
Posted by: 夜光怪人 |at: 2010/06/01 4:55 AM
オレ昨日厄日だったんだけどちょっと頑張って生きてみようと思った
うみょんげ限りなく楽しみにしてます
うみょんげ限りなく楽しみにしてます
Posted by: |at: 2010/06/01 11:40 AM
完結おめでとうございます!
うあー、まとめ方が上手すぎる……地底組大好きな俺には本当にドストライクですよ。
あのラストシーンでの二人には、こういう経緯があったのかぁ……。
幸せそうなさとりとこいしが見れただけで俺はお腹一杯。糖分過多です。
本当にお疲れ様でした。
新作、期待して待ってます。
うあー、まとめ方が上手すぎる……地底組大好きな俺には本当にドストライクですよ。
あのラストシーンでの二人には、こういう経緯があったのかぁ……。
幸せそうなさとりとこいしが見れただけで俺はお腹一杯。糖分過多です。
本当にお疲れ様でした。
新作、期待して待ってます。
Posted by: 藤八 |at: 2010/06/02 12:44 AM
いやホントバランス良過ぎでしょうこれは!
どうしても途中でちょいと在った博麗神社周辺の切ない模様と比べてしまうのですが、どんだけぴたりとはまるんだこの4カップル。まぁヤマキスには必然性までは感じないけども!
こう誰もが救われる物語は心が洗われますねホントに。ヤマメの頼もしさ溢れる社交性と、勇儀のどこまでも筋の通った性質、二人の姐さんっぷりが好きでたまりません……ってこの感想だとゆう×ぱるのになってしまうw
…でも前の作品で感情移入しまくったせいか、りん×くうでもこの二人が凄くカッコ良く映るんですよね俺の目には……
どうしても途中でちょいと在った博麗神社周辺の切ない模様と比べてしまうのですが、どんだけぴたりとはまるんだこの4カップル。まぁヤマキスには必然性までは感じないけども!
こう誰もが救われる物語は心が洗われますねホントに。ヤマメの頼もしさ溢れる社交性と、勇儀のどこまでも筋の通った性質、二人の姐さんっぷりが好きでたまりません……ってこの感想だとゆう×ぱるのになってしまうw
…でも前の作品で感情移入しまくったせいか、りん×くうでもこの二人が凄くカッコ良く映るんですよね俺の目には……
Posted by: くらん |at: 2010/06/02 11:20 PM
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