りん×くう! 14/火焔猫燐
2010.05.20 Thursday | category:東方SS(お燐×おくう)
「何よ、唐突に」
お燐の傍らに腰を下ろして、博麗霊夢は半眼でこちらを睨んだ。
その顔を見つめ返しながら、自分はこの巫女に何を求めているのだろう、と考える。
行き場をなくして、転がり込んだ先は、空を止めてくれた恩人でもあるこの巫女の神社。
妖怪退治を生業とし、幻想郷の結界を守護する博麗の巫女。
「れいむ〜」
声に、霊夢は振り向く。襖が開いて、あの冬妖怪――レティが顔を覗かせた。
「あら、いらっしゃい〜」
レティはお燐の姿に目を留めて、微笑んだ。お燐は曖昧に笑い返して、それからレティを見つめる霊夢の横顔を見やる。――そして、悟る。
やはり、彼女はレティ・ホワイトロックに恋をしているのだ、と。
それはどうしようもなく、ただの事実でしかないのだ。
「何よ?」
「んと、これどこに仕舞えばいいのかしら〜?」
「台所の戸棚の右端、下から三段目」
「うん、わかったわ〜」
笑顔で頷き、レティはそれからお燐へ「ゆっくりしていってね〜」と笑いかける。
その笑顔は冬妖怪というよりは、春の陽射しのようなあたたかな笑顔。
そうして、戻っていくレティの背中を見送って、霊夢はひとつ大きく息を吐き出す。
「好きなんだよね?」
もう一度、お燐は問いかけた。霊夢は眉を寄せて、お燐の方を振り返る。
「だったら何よ?」
否定の言葉は無かった。口先で否定したところで、意味の無いことなのだ、結局は。
どれだけ誤魔化したところで、自分自身に嘘を付き続けることが一番難しい。
そんなことは、お燐も嫌になるほど思い知っている。
「――お姉さんはさ、それで幸せなのかな」
お燐の言葉に、霊夢が眉間に皺を寄せた。
「誰かを好きになるっていうのはさ――そんなに、幸せな、素敵なことなのかな」
恋という言葉は、好き、という言葉は、甘く包み込む砂糖のデコレーションだ。
その奥に隠れている、口にすると苦いものを覆い隠してしまうベール。
例えばそれは、誰かを傷つけてしまうことだったり。
自分自身に、嘘をついてしまうことだったり、する。
――こんな気持ちを知らなければ、自分が空を傷つけてしまうことも無かったのに。
どうして自分は、空を好きになってしまったのだろう。
「……あんたは、そんなこと私に聞いて、どうしようっていうのよ」
ため息をついて、霊夢は立ち上がった。襖を開け放てば、ゆるやかな陽射しが畳の上に刺す。
その陽射しに目を細めて、霊夢はお燐に背を向けたまま言葉を続けた。
「世の中、楽しいことの裏には同じだけ、しんどいことがあるものじゃない?」
「……そりゃ、そうかもしれないけどさ」
「それがしんどいからって、楽しいことを見逃すのが、賢い生き方かしらね」
――だけど、とお燐はゆるゆると首を振る。
空を好きになってから、自分はいったい、どうだっただろう。
この気持ちを持て余したまま、空の無垢な笑顔に接し続けて。
そのたびに、自分の醜さを突きつけられたように――心が、軋んで。
「お姉さんは――あの冬妖怪さんと一緒にいるの、幸せなんだね」
「――――」
「羨ましいよ。――あたいは」
勝手な自分の想いに振り回されて、空を傷つけることしか出来なかった。
守りたいと誓った大切なものを、この手で汚そうとした。
誰かを傷つけることしか出来ない、身勝手なこの魂は、地獄の炎に焼かれることすら出来ずに、今もこうして行くあてもなく――。
「――私はね、あんたんちの家庭の事情なんて知らないのよ」
呆れたように吐息を漏らして、霊夢は首を振る。
「だからあんたが何を求めてるのかなんて私は知らないし、それであんたが何か私に相談したいんだとしても、私が答えられることなんて何も無いわよ」
きっぱりとしたその言葉に、お燐は思わず苦笑を漏らす。
全く、人間らしからぬきっぱりとした態度だ。これではどっちが妖怪だか解りはしない。
「ついでに言えば、あんたの身の上話に付き合う気も無いからね」
「ひどいなあ、お姉さん」
「それほど暇じゃないのよ」
「本当に?」
「お札ぶつけるわよ」
懐から札を取り出して霊夢はこちらを睨んだ。お燐は慌てて首を振る。
「それじゃあ――ひとつだけ聞かせてよ、お姉さん」
「何よ?」
「自分が誰かを好きになったことで、周りの誰かを傷つけたとしたら、どうするのさ?」
――伊吹萃香が、博麗霊夢を好きだということ。
彼女はそれを知らないのだろうか。知っていて、レティと好き合うのか。
あの萃香の、悲しいぐらいに幸せそうな横顔を見てしまったから、お燐は問いかける。
心と心を触れあわせることで、傷つけてしまうものがあるなら。
幸福と不幸が等量であるのだとしても。それが世の摂理だとしても。
痛みを誰かが背負わなければ手に入れられないものは、幸せと呼べるのだろうか。
――ひとりきりで気ままに生きていれば、こんなことはきっと思いもしなかった。
ならば、あのとき空と出会ってしまったこと、そのものが――。
「どうもしないわよ」
あまりにもあっさりと言い放った霊夢に、お燐ははっと顔を上げる。
霊夢は目を細めて、内心を見透かそうとするように、お燐の目を見つめていた。
「そんなの、どうにか出来るわけないじゃない」
肩を竦めて、霊夢はお燐の額を軽く小突いた。
「誰が傷つこうが、誰が幸せになろうが、そんなのはその当人の問題でしかないのよ」
「――そりゃ、そうかもしれないけどさ」
「傷つくも幸せになるも自分で決めること。――他人が口出すことじゃないわよ」
それは、確かに一面の真実ではあるだろう、とお燐も思う。
だけどそれでは――誰かを幸せにしたいと思うことにも、意味がなくなってしまう。
それじゃあ、自分は誰のために、何のために――。
「うだうだ考えて、勝手に相手の反応自分で決めてかかるのが、一番馬鹿馬鹿しいのよ」
はっと、お燐は顔を上げた。
霊夢はまた視線を逸らして、襖の向こうの陽光に目を細めるように言葉を続けた。
「どうしようもないものはどうしようもないのよ。私の心は私の心、レティの心はレティの心。私が決めていいのは、私がどうするのかってことだけ。――あんたもそれは同じじゃない?」
『――あたいの心はあたいのもんだっ! あたいの気持ちも、おくうの気持ちも、さとり様なんかに決めさせるもんか――ッ』
自分が、主に投げつけた言葉が、鐘の音のように頭の中に響き渡った。
あの時は、心を読む主の目が、自分の痛みを訳知り顔で見透かしているようで。
誰にもこの痛みはわかりはしないと、そう主すらも、自分は拒絶した。
だけど。――だけど。
自分は、いつだって何事も、勝手に決めてかかっていたのではないか?
空が増長したときも、自分では空を止められないと決めてかかって。
そして今も、空には恋という気持ちは解らないと決めてかかって――。
自分は、霊烏路空の何が解っていたのだろう?
自分の見ていた霊烏路空という存在は、本当にその通りのものだったのか?
空の言葉と、表情と、仕草と――そんなものばかり見つめて、囚われて。
その本当の、心の裡なんて、結局は誰にも見透かせはしないのに――。
でも、そうだとしたら。
いったい、どうすれば誰かと解り合えるのだろう?
どうすれば、気持ちを通わせることができるのだろう?
――好きという気持ちを、確かめ合うことができるのだろう?
「あたいは――」
火焔猫燐は、霊烏路空を傷つけたのだろうか。
それとも、お燐が勝手にそう思いこんでいるだけなのだろうか。
――その真実は、いったいどうすれば定められる?
自分の気持ち、空の気持ち。――どうすれば、本当に、解り合えるのだろう。
簡単なことのはずなのに、考えれば考えるほど、解らなくなるばかりで。
れいむ〜、とまた向こうからレティの声がして、霊夢は立ち上がった。
「それ食べたら、帰りなさいよ」
お燐の手にしているゆで卵を見やって、霊夢はそう言うと、部屋を出て行く。
その背中をぼんやりと見送って、お燐はそれからゆで卵を見下ろした。
――幸せそうにゆで卵を頬張った、空の笑顔が、瞼に浮かんだ。
ゆで卵はひとりで食べるものじゃない。
大好きな彼女と一緒に食べるから、美味しいんだ。
そんなことは、最初から解りきっている。
解りきっているから――。
お燐は布団から起きあがり、襖を開けて縁側に出た。
雪に覆われた博麗神社の庭。その純白に陽光が反射して、お燐は目を細める。
地底に慣れた自分の目には、それでも地上は眩しすぎる――。
――黒い影が、陽光を遮って舞い降りる。
それは、純白の雪原に、黒い羽根を散らして飛んできた影。
翼をはためかせて、その影は雪の上に、足跡を残して降り立つ。
人の姿のまま飛んできたその少女は、広げていた翼を閉じて、顔を上げた。
その瞳が――射抜くように、お燐を見据えて。
そして、その顔が、――何よりも嬉しそうにほころぶのが、お燐には見えた。
「お燐、見つけた!」
霊烏路空が、そこにいた。
火焔猫燐を見つけて、幸せそうに、笑っていた。
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