りん×くう! 13/霊烏路空
2010.05.17 Monday | category:東方SS(お燐×おくう)
普段、地霊殿から出歩かない空に、旧都を中心とした地底の土地勘などあるはずもない。
頼りになるのは、先日お燐に連れられて地上へ出たときに通った道の記憶だが、いかんせん空の頭であるから、記憶の中の道筋など既にほぼ忘却の彼方だ。
あのとき手を引いてくれたお燐も、今は隣にはいない。
お燐はいなくなってしまって、自分はそれを探しているのだから。
そのことだけは忘れないように繰り返しながら、空は鴉の姿で旧都の上空を飛んでいた。
お燐と一緒に地上に行ったときは、たしかずっとまっすぐ歩いたような気がする。不確かだけれど、色んな妖怪が行き交う大きな道を、お燐に手を引かれてまっすぐ歩いたような記憶は、空の小さな頭の中にも辛うじて残っていた。
上空、といってもそれほど高くは無いが、地底の天井近くから見下ろした旧都の街並みは、中心を貫くように旧地獄街道がまっすぐに走っている。
目印はそれだけで、空はただそれに従ってまっすぐに飛んでいた。
――お燐は、地上にいる。
なんとなく、そんな気がするのだ。
白くて冷たくて綺麗な、雪に覆われたあの地上。
お燐とふたりで行った、ゆでたまごをもらったあの神社。
それ以外にあてが無かった、というのはある。お燐が普段、地底のどこをうろついているのかも空は知らなかったから、心当たりがひとつだけなのを、予感と勘違いしているだけかもしれないけれど。
それでも、お燐は地上にいる気がした。
あの真っ白な雪の中に、ひとりぼっちで佇んでいる気がした。
だから空は飛んでいく。その背中を追いかけるために、そこに追いつくために。
追いついてどうするのか、なんてことは考えてすらいなかった。
ただ、お燐に会いたかった。
傷ついた顔で、自分の元から逃げ去っていったお燐に、もう一度。
ただその一念だけで、空は旧都の上空を飛び続けて――そして、入り口に辿り着く。
「うにゅ!?」
旧都の街並みが途切れ、岩壁が目の前に迫り、空は慌ててその場に降り立った。危うくぶつかってしまうところだった。一息ついて、地面に降り立った空は視線を上げる。
旧都の街並みが途切れる場所は、開けた空洞の終わりでもあった。そこから先は、岩壁の中に暗く狭く細い通路が続いている。鴉の姿のままで飛ぶにはちょっと狭くて怖いから、空は自分の姿を人型に戻した。
両足で地面に立って、目の前の暗い通路に足を踏み入れる。
「……お燐」
不安を紛らわすように、親友の名前を呟いた。
おくう、と呼んでくれる声が浮かんで、ほっと胸の奥があたたかくなった気がした。
暗く狭い道を、半ば手探りでゆっくり進んでいく。
地上へ通じる道は、こっちで合っていただろうか。
思い出そうとしてみるけれど、握りしめたお燐の手の感触と、目の前で揺れていたお燐のお下げ髪ばかりが浮かんで、この道が正しいのかは解らなかった。
解らないなら、前に進むしかないのである。
行き止まりなら、引き返せばいいだけだから。
お燐がこの先にいてくれると信じて、空は両足を前へ進めて――。
不意に、視界が開ける。
再び広がる空洞、その先にあるのは――細い川と、そこに架かる橋。
誰もいない、渡る者の途絶えた橋と、その上空から細く差し込んでいる光。
そういえば、この橋をお燐と渡ったような気がする――。
そんなことを思って、空は橋の方へ一歩を踏み出して、
「ひゃーっほー……って、あぶなあああああっ!?」
突然の、横からの反響する歓声と悲鳴。
空が驚いて振り向くと、目の前にあったのは誰かの足の裏。
どげし、と派手な音とともに、激突する。
「うにゃあ!?」
真横から全く唐突に顔面を蹴飛ばされて、空は吹っ飛ぶようにその場に転がった。
ごちん、と後頭部を地面に打ち据えて、目の前に火花が散る。
明滅する視界の中、頭上に何か、ぶらん、ぶらんと揺れる影。
「あっちゃー、ごめんなさい、大丈夫!?」
そのぶらぶらしていた影は、掴まっていた白い糸から手を放して、倒れた空の傍らにかがみ込んだ。空の視界にその顔が映る。金色のポニーテールと暗い色のリボンが揺れた。
――だからヤマメちゃん、危ないって言ったのに……。
空を覗きこむ少女の傍らに、桶に入った少女がふわふわと飛んでくる。
「ごめんねホント、悪気は無かったから――」
ヤマメと呼ばれた金髪の少女は、そう言って心配そうに空の顔に触れた。
「……うにゅ」
空がそう呻くと、不意にヤマメはきょとんと目を見開く。
「うにゅ? って……あんた」
「ほへ?」
まだ顔も後頭部も痛かったけれど、首を振って空は身体を起こした。その姿を、ヤマメはしげしげと物珍しそうに見つめる。主に、空の背中にある鴉の黒い羽根を。
「あんた、地獄鴉?」
「うん」
「ひょっとして、おくう、って呼ばれてたりしない?」
その言葉に、空は目をしばたたかせた。目の前の少女には、たぶん合ったことはないと思うのだけど、どうして彼女はその呼び名のことを知っているのだろう。
「うにゅ、何で知ってるの?」
首を傾げた空の目の前で、ヤマメは傍らの桶に入った少女と顔を見合わせていた。
◇
「私はヤマメ、黒谷ヤマメ。で、こっちはキスメね」
――ええと、初めまして。
キスメと呼ばれた桶入り少女は、ふわふわ浮かんだままぺこりと頭をひとつ下げた。つられて空もお辞儀をひとつする。
「あんたは、お燐の親友の、地獄鴉のおくうでいいのよね?」
「うん」
ヤマメに確認されて、改めて空は頷く。
「あ、私はお燐の友達。たまに一緒にご飯食べたりするぐらいだけどさ」
「ともだち?」
「そ」
なるほど、と空は納得する。お燐の友達だから、自分のことも知っていたのか。
「で、あんた、こんなところで何してるの?」
「うにゅ?」
「お燐は一緒じゃないの? ひょっとして迷子?」
お燐。お燐は、今はいない――。顔を伏せた空に、「あーいや怒ってるわけじゃなくてね、やりにくいなぁ」とヤマメは頭を掻いた。
「お燐がね、いなくなったの」
「え?」
「だから、さがしてるの。お燐、しらない?」
お燐の友達なら、居場所を知ってるかもしれない。そう思って、空は問いかける。
けれどヤマメは、また傍らのキスメと顔を見合わせて、小さく肩を竦める。
「いなくなったって――」
「どこか、いっちゃったの」
「お燐がこのへんふらふらしてるのなんて、いつものことじゃない?」
「うにゅ、そうじゃなくて」
いつもとは違うのだ、ということは、空にだって解っているのだ。
死体を萃めに出掛けていくときのお燐と、あのときのお燐とは、決定的に違う。
あのときのお燐は、怯えて、逃げ出すように出ていったから。
「そうじゃなくて……えと」
けれどそれを何と説明したらいいのか解らず、空は口ごもる。
ヤマメは眉を寄せて、「……何があったのさ?」と空の顔を覗きこんだ。
何があったのか、なんて空にだってよく解らないのだ。
お燐がどうして、自分にあんなことをしたのかも。
その間中ずっと、今にも泣き出しそうな、辛そうな顔をしていたのかも。
空には全然解らないことばかりだから、今こうしてお燐を探しているのだ。
「うにゅ……」
「うにゅ、じゃわかんないって。お燐との間で何かあって、それでお燐がどっか行っちゃって探してるんでしょ、要するに。具体的に何があったのさ? 喧嘩したの?」
喧嘩。喧嘩とは、違うと思う。だって、怒ってはいないし、痛くもなかった。
ただ、お燐だけがひどく悲しそうにしていたのだ――。
「お燐がね、……えと、好きにさせて、って言ったの」
「え?」
「それでね、私に覆い被さってね――」
訥々と、空はお燐のしたことを、ヤマメに語った。うまく説明できたのかはわからないけれど、空の目から見たお燐の行動は、だいたい説明できたような気がする。たぶん。
ヤマメはそれを、何度か問い返しながら、難しい顔で聞いていて。
「――要するに、爆発しちゃったわけだ。全く、だから言ったのに」
呆れたように、盛大にため息をひとつ、ヤマメは吐き出した。
「ばくはつ? かくゆうごう?」
「何さそれ。そうじゃなくて――何て言うのかな」
ヤマメは隣のキスメを振り返る。キスメは何か真っ赤になって、桶の中に顔を隠していた。
「要するにさ、お燐はあんたのこと好きなわけよ」
「うにゅ」
「その気持ちがちょっと暴発しちゃって、それで絶賛自己嫌悪中なんでしょ、きっと」
全くめんどくさいんだから、とヤマメは肩を竦める。
いまいちヤマメの言うことがよく解らず、空は首を傾げた。その反応に、ヤマメは小さく鼻を鳴らす。
「あのさ、一応確認するけど、あんたはお燐のこと、どう思ってるわけ?」
「お燐のこと? 好きだよ」
「――それは、友達として? 家族として? それとももっと別の意味で?」
「うにゅ?」
そんなこと言われても、「好き」は「好き」ではないか、と空は思う。
空はお燐が好きだし、お燐も自分のことを好きと言ってくれた。
……でも、それならどうしてお燐はあんなに辛そうな顔をしたのだろう。
空はただ、お燐がそばにいてくれれば、それで嬉しくて、幸せなのに。
「あのさ、《好き》にも色んな意味があること、解ってる?」
「ほえ」
「例えば――そう、あんた、好きな食べ物は何さ?」
「たべもの? えと、ゆでたまご!」
お燐と一緒に食べたゆで卵の幸せな甘さを思い出して、空の顔が少しほころぶ。
「ゆで卵ねえ。じゃあ、今ゆで卵がここにあったら、食べたい?」
「食べたい!」
「じゃあ――同じ《好き》なお燐が今ここにいたら、ゆで卵みたいに食べたい?」
「……うにゅ?」
それは、違う。お燐はたべものじゃない。お燐は、空の親友だから。
ゆでたまごは好きだ。お燐も好きだ。でも、お燐はたべものじゃない。
あれ? じゃあ、《好き》っていったい、なんだろう――?
「えと、じゃあ……お燐、私のこと食べたいって思ってたの?」
「いやそうじゃなくて。そんなに間違ってもいないけど違うから」
「うにゅ、むつかしい……」
ゆでたまごの《好き》と、お燐の《好き》。
同じ《好き》なのに、何が違うんだろう。
「世の中、色んな《好き》があるわけよ。――要するに、お燐があんたに向ける《好き》と、あんたがお燐に向ける《好き》とが、どっかですれ違っちゃったのよ」
「なにが、ちがうの?」
「それを口で説明できれば苦労はしないんだって、お燐もきっとさ」
目を細めるヤマメに、空は唸る。それじゃやっぱり、自分にはわからない。
自分はお燐が好きなのに、お燐の気持ちが自分と違うなんて言われても。
いったい、何が違ってしまっているんだろう。
「いや、すれ違ってるって、お燐が勝手に思ってるだけなのかもしれないけどさ」
「ほえ」
ますますわけがわからない。混乱する空の前で、ヤマメはキスメに手招きした。寄ってきたキスメを、ヤマメは桶から引きずりだす。小さく悲鳴をあげたキスメを、そのまま膝の上に抱きしめて、「とりあえずキスメ分補充〜」とよく解らないことをヤマメは呟いた。キスメはその腕の中で真っ赤になっている。
「じゃあ、肝心なことをひとつ確認しとこうか」
キスメを膝の上に抱いたまま、ヤマメはぴっと指を一本立てた。
「あんた、お燐に押し倒されたとき、お燐にされたこと、嫌だった?」
お燐にされたこと。唇や首筋を吸われて、胸の膨らみをまさぐられた。
それそのものが嫌だったわけじゃない。嫌だったのは――そうするお燐が、ひどく辛そうな、苦しそうな顔をしていることで。
「……ううん」
「嫌じゃなかった。じゃあ、お燐が辛そうじゃなければ、嬉しかった?」
想像してみる。お燐が、いつもの笑顔で同じことをしたら。
幸せそうな微笑みで、『好きだよ』と囁いて、同じように自分に触れたら。
それはきっと――空にとっても、幸せなことだと、そう思った。
「たぶん……うれしい」
空が頷くと、「――そっか」とヤマメは顔をふっとほころばせる。
「よし、それなら話は早そうね」
――や、ヤマメちゃん?
腕に抱かれたキスメが、少し不安げな顔でヤマメを見上げた。ヤマメはそれに構わず、空の肩に手を掛け、その顔を正面から覗きこむ。
「もひとつ確認。――お燐と同じこと、今私があんたにしたら、あんたは嫌?」
空は一瞬、その問いの意味を掴みかね、それから「う」と小さく呻いた。
目の前のヤマメが、お燐と同じように、自分を吸ったり、触ったりする。
それは、どうしてだか解らないけど、なんだかちょっと、嫌だ。
「私にされるのは嫌なのね?」
もう一度聞かれ、空はこくこくと頷いた。「よろしい」とヤマメは満足げに頷く。
――ヤマメちゃん。
その腕の中で、キスメが軽く怒ったように頬を膨らませた。
「キスメ?」
――……たとえ話でも、私の前でそんなこと言っちゃ、やだよ。
きゅっとヤマメの胸元を掴んで、頬をすり寄せるようにしてキスメが囁いた。
――ヤマメちゃんが、わたし以外にそういうことするの、わたしも、嫌だから、
「はいはい、解ってるってば」
ヤマメは苦笑して、キスメの髪を優しく撫で、その額に唇を寄せた。
真っ赤になるキスメに、ヤマメは軽く頬ずりして、それからまた空に向き直る。
「さて、おくう。あんた今、お燐を探してるわけよね?」
「う、うん」
「探して、見つけたらどうするの?」
「うにゅ? 見つけたら……」
見つけたら。お燐を見つけたら、どうしようと思ったんだっけ。
ああ、そうだ。お燐が辛いなら、そばにいようと、そう思ったんだ。
それが友達だって、お燐が教えてくれたから。
「お燐が、つらかったり、かなしかったりするなら、そばにいる」
「――だけど、お燐はあんたがそばにいること自体が、辛いのかもしれないよ?」
「う、うにゅ……」
そんなことを言われても困る。そばにいるのが辛いなんて――それじゃあ、どうすればいいのだ。友達なのに――。
「よし、じゃあ地底のアイドル黒谷ヤマメちゃんから、恋のワンポイントアドバイス」
ヤマメは人差し指を空に突きつけて、笑顔でひとつウィンクした。
「あんた、お燐を見つけたら――その服はだけて、誘惑しなさい」
空は、何を言われたのかよく解らなかった。
BACK|NEXT
Comment
いいぞ ベイべー!
襲われても追っかける奴はお空だ!!
襲われた後誘惑する奴はよく訓練されたお空だ!!
ホント 地霊殿は地獄だぜ! フゥハハハーハァー
襲われても追っかける奴はお空だ!!
襲われた後誘惑する奴はよく訓練されたお空だ!!
ホント 地霊殿は地獄だぜ! フゥハハハーハァー
Posted by: |at: 2010/05/18 1:39 AM
うおおヤマメ姉さんイカスぅ!!
やべぇこれ少なくともりん×くうは見つけられた時点で解決が約束されたじゃないか!
上のコメント上手すぎて吹いたしw
そして前回のさとりん墜落と、双方の気持ちにそれほど差は無いはずなのにこの落ち込み具合の差……バカって偉大だよなぁマジで……
やべぇこれ少なくともりん×くうは見つけられた時点で解決が約束されたじゃないか!
上のコメント上手すぎて吹いたしw
そして前回のさとりん墜落と、双方の気持ちにそれほど差は無いはずなのにこの落ち込み具合の差……バカって偉大だよなぁマジで……
Posted by: くらん |at: 2010/05/18 6:51 AM
ヤマメさん、頼むからその調子でさとり様を救ってください。前回とギャップがひどすぎますw
Posted by: ハムビー |at: 2010/05/18 8:57 AM
⇒ こじたん (11/17)
⇒ 浅木原 (11/16)
⇒ こじたん (11/16)
⇒ 時の番人 (11/14)
⇒ 置き石 (10/14)
⇒ 葉月 (09/19)
⇒ ろっく (05/17)
⇒ 六仁祝 (08/27)
⇒ はまなす (06/20)
⇒ 橘 奏 (08/10)