りん×くう! 7/霊烏路空
2010.03.09 Tuesday | category:東方SS(お燐×おくう)
『貴女は――そう、うつほ、というのね』
自分とおりんを拾って、ご飯を食べさせてくれた少女は、そう言って目を細めた。
んに? とうつほはご飯を食べながら首を傾げた。どうして彼女は、自分の名前を知っているのだろう? 知り合いだっただろうか?
『いいえ、私は貴女たちとは初対面よ』
微笑んで、少女はうつほの疑念に答えた。
なんで自分の考えていることが解るのだろう。不思議だ。
『私には、貴女の心の中が見えているの』
少女が答えた。こころのなか。うつほは目をしばたたかせる。
『口にしなくても、貴女の考えていることは、何でも解るわ』
羽を撫でてくれる少女の手は、優しくて心地よかった。
だからうつほは、それ以上疑問は覚えずに、ご飯を食べることに専念した。ここしばらくほとんど何も食べていなくて、とにかくお腹が空いていたのだ。
『おいしいね、おりん』
目の前で、同じように一心不乱に猫まんまを貪っているおりんに声をかける。
『――ああ、うん、おいしい』
おりんはぼんやりとそう答えながら、もぐもぐと口を動かしていた。
そんな自分たちの様子を、少女はただ優しく目を細めて見つめていた。
空腹が満たされて一眠りすると、うつほもおりんもだいぶ元気を取り戻した。
『で、うつほ』
『んに』
『どうする?』
寄り添って眠っていた部屋の片隅で、おりんは目を覚ますなりそんなことを言った。
『なにが?』
『あの、ご飯をくれた妖怪。あたいたちのこと、どうする気なんだろ』
『ご飯くれたから、いい妖怪だとおもうよ』
『まあ、悪意は感じなかったけどさ。――とりあえずは、お礼に行こうか』
『うんっ』
ぽん、とおりんは人型になる。うつほも真似をしようとすると、おりんに止められた。
『あんたは鴉のままでいいから』
『なんで?』
『裸マントの変態だと思われるから』
『うにゅ?』
なんのことだか解らないけれど、おりんが言うならそうなのだろう。うつほは鴉の姿のまま、おりんの肩に飛び乗った。おりんの頬に身をすり寄せると、おりんはくすぐったそうに目を細める。
部屋を出る。するとちょうど、目当ての少女と鉢合わせた。『あら――』と少女は目を細め、それから優しく微笑んだ。
おりんの肩から見下ろしてみると、その少女はかなり小柄だった。人型のおりんよりも背が低い。自分の人型よりは頭ひとつぐらい低いかもしれない。
『貴女は、あの火焔猫の――そう、おりん、と言うのね』
『ああ――ええ、おりんでいいです。それからこいつは』
『うつほ、ね。元気は出たみたいね、良かったわ』
少女の言葉に、おりんは不思議そうに首を傾げた。
『なんで、解るんですか?』
『貴女たちの考えていることが、解るからよ』
そういう妖怪なのだ、と少女は言った。この第三の目で――と、胸元に見開かれたぎょろりとした目を撫でて――他人の心の中が読める妖怪なのだと。
『私はさとり。古明地さとり。――これから、ここに住もうと思っているわ』
ぐるりと一度屋敷の中を見回して、さとりと名乗った少女はこちらに笑いかけ。
そして、優しく諭すように言った。
『おりん、うつほ。――貴女達、私のペットにならない?』
その言葉に、うつほはおりんと、きょとんと顔を見合わせた。
◇
「空」
いつものように、灼熱地獄の火力を見守っていると、珍しい声が地獄跡に響いた。
お燐ではない。うつほ、と自分を呼ぶのは、この地霊殿でひとりだけだ。
「さとり様?」
振り向くと、さとりがこちらに飛んできていた。空は首を傾げる。
さとりがこの灼熱地獄跡に顔を出すのは珍しい。火力の調節、怨霊の管理、それらは空とお燐にほぼ一任されていて、さとりが自分たちの仕事に口を出してくることは無かったし、様子を見に来ることすら稀だった。
「どうですか? 仕事の具合は」
「うにゅ、えーと、のーぷろぐらむ?」
「ノープロブレム、問題無しですね」
そうそう、それである。頷いた空に、さとりは目を細める。
空は首を傾げた。珍しくこんなところに顔をだして、さとりはどうしたいのだろう。
数日前のことを思い出す。空があの巫女にやっつけられた後のことだ。人間の巫女の強さに、空は地上侵略を断念した。というか、自分を倒した巫女に「止めろ」と言われたので止めた。自分より強い相手の言うことだから、聞いた方がいい。そのぐらいは空にも解るのだ。
巫女が帰ったあと、お燐と一緒にさとりに呼び出されたのだ。お燐はものすごく申し訳なさそうに縮こまっていて、なんとなくそれで空も自分が怒られるような気がしたのだ。
『……事情は分かりました。お燐、貴方が怨霊を地上に解き放った理由も』
静かにさとりはそう言った。ああ、さとりが怒っているのはそれか、と空は納得した。怨霊の管理はお燐の管轄だ。お燐が地上に怨霊を漏らしてしまって怒られているのだろう。
『空』
しかし、それからさとりは空の方を振り返り、目を細めた。
『貴方は、地上を侵略しようとまだ考えていますか?』
『うにゅ?』
さとりが怒っているのは、お燐に対してだけではなかったらしい。
地上侵略。地上を、手に入れた核の力で焼き尽くす、という計画。
それは、やってはいけないことだったのだろうか。
――空としては、ただ単に。
死体を萃めるのが仕事のお燐に、いっぱい死体をプレゼントしたかっただけなのだが。
『……考えては、いませんか?』
『んに』
空は頷いた。止めろと言われたから、地上侵略は止める。そのつもりだった。
『そう――なら、いいのです。お燐』
『は、はいっ!』
さとりに呼ばれ、お燐はがばっと顔を上げた。お燐は怯えていた。何をそんなに怖がっているのだろう、と空は思う。さとりは怒っていても優しいのに。
『怨霊の管理は貴方を信じて任せた仕事です。――それを、自分から解き放つということがどういうことかは解っていますね』
『は、はい……』
うなだれるお燐に、さとりはひとつ息をついた。
『まあ、解き放たれてしまったものは仕方ありません。――なのでお燐、貴方にいくつか、新しい仕事を命じます』
『え』
『解き放った怨霊を、地上に出て全て回収してくること。――それから』
と、さとりは空の方を見やる。そして、小さく苦笑した。
『誰かさんが、また妙なことを企まないように、ちゃんと見張っていること、です』
その言葉に、お燐は。
『は――はいっ! 解りましたっ!』
びしっと背筋を伸ばして、深々とさとりに頭を下げた。つられて、空も一緒に頭を下げた。
そんな自分たちに、さとりは優しく目を細めていた。
「空、……貴方にひとつ、聞きたいことがあります」
「んにゅ?」
さとりの言葉に、空の意識は回想から現実に引き戻された。
目の前で、さとりは第三の目を見開いて、こちらを見つめている。
その顔がひどく真剣で、空は首を傾げた。いつもの優しい微笑みのさとりではない――。
「パルスィ、という名前に、覚えはありませんか」
――ぱるちー?
空は首を傾げる。そういえば、最近そんな名前を聞いた気がする。
ぱるちー。おパル。そんな名前で誰かを呼んだような記憶があった。
けれど、それが誰だったのかは、なぜだか全く思い出せず、空は「うにゅ」と唸った。
「……覚えていませんか。いえ、それならいいんです」
さとりはゆるゆると首を振った。空は首を傾げる。どういうことだろう?
ぱるちー。そう、ぱるちーが何か言っていた。誰だったか思い出せないけど――確か。
「けっこん」
「え?」
「結婚する、って、言ってた。ぱるちー」
そうだ。確か――そんなことを、誰かから聞いた気がする。
結婚。好き合った相手が一緒に暮らすこと。誰かが、確かそんなことを言っていた。
誰だったっけ。ぱるちー、というのは、誰のことだったか――。
「さとり様?」
頭痛を堪えるように、さとりが頭を押さえて首を振った。
「頭、いたいの? さとり様」
「いえ――大丈夫です。ただ……」
「んにゅ?」
ゆるゆるとかぶりを振って、さとりは結局、大きく息をついただけだった。
「なんでもありません。すみません、空。仕事を続けてください」
そう言って、さとりは踵を返す。「はーい」と空は頷いて、それから「あ」とその背中に声を掛けた。聞いておきたいことがあったのを、思い出したのだ。
「何です? 空」
「さとり様、――結婚、ってなんですか?」
空のその問いかけに、さとりは虚を突かれたように目を見開いた。
「結婚……ですか」
さとりは思案げに一度目を伏せると、「そうですね――」と顔を上げ、空に微笑んだ。
「誰かのことを、一生かけて、守っていくと誓うこと」
「うにゅ」
「――私は、そういうことだと思います」
一生かけて、守っていくと、誓う。
その言葉の意味を考える空に、さとりは微笑んで、もう一度こちらに飛び寄った。
「空には、守りたい大切な相手は、いますか?」
その問いかけに、「んと」と空は少し考えて、それから笑って答えた。
「お燐と、さとり様!」
まもる、というのはよく解らないけれど。
たいせつ、という言葉の意味は、たぶん解る。
お燐と、さとり。ともだちと、あるじ。どっちも、自分の大切なもの。
無くなってしまうと、きっとさみしくて、かなしいもの。
「――ありがとう、空」
さとりは笑って、頭を撫でてくれた。
「えへへ」
その心地よさに、空は甘えるように、さとりの胸元に頬をすり寄せた。
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