りん×くう! 4/霊烏路空
2010.02.19 Friday | category:東方SS(お燐×おくう)
拾ってきたおりんという火焔猫は、ほどなく起きあがれるようになった。うつほがその日、そのへんの死体から腕を千切ってくると、おりんは四つ足で立って伸びをしていた。折れていた後ろ足も繋がったようだ。
『ごはん、もってきたよ』
『ああ――ありがと』
振り返ったおりんは、うつほの方を振り返って、何か気まずそうに顔をしかめる。
うつほが拾ってきた腕をその前に置くと、『あー』とおりんはひとつ咳払いした。
『あんたさ』
『あんたじゃないよ、うつほだよ』
名前を間違えないでほしいと思う。うつほが頬を膨らませると、『はいはい、うつほ』と呆れたようにおりんは言い直す。
『とりあえず、その格好はどうにかしない?』
『う?』
うつほは自分の身体を見下ろす。何か変だろうか。
今のうつほは人の姿をしていた。鴉に戻って飛んでご飯を探そうと思ったら、近くに死体が転がっていたので人の姿のままその死体から腕を千切ってきたのだ。
ぺたぺたと、お腹や胸や腕を触ってみる。変なところは無いと思う。
『へん?』
『変ってか……人の姿のときは服ぐらい着なよ』
『ふく?』
ふく、というのはなんだろう。うつほは考えてみるが、思い当たるところはなかった。
『それ、なに? ごはん?』
『――いや、何だ……』
おりんはがくりとうなだれた。うつほはわけがわからず、首を傾げるしかない。
『服っていうのは――』
と、不意に目の前で、猫の姿が消えた。代わりにその場に、二本の尻尾と獣の耳を生やした人間の少女が現れる。三つ編みの赤毛が尻尾と一緒にゆらゆらと揺れ、その身体には何か黒いひらひらとしたものを巻き付けていた。
『う、うにゅ!?』
『こういうのだよ、こういうの』
その人間みたいな少女は、おりんとよく似た声で、ひらひらした黒をつまんでみせる。
というか、この女の子、だれ?
『お、おりんは? おりん、どこいったの?』
『いや、あたいがりんだから』
少女は疲れたような声で、自身を指差して言った。『ほへ』とうつほはその少女を見上げる。
『おりんは、ねこだよ?』
『――あんた、うつほだって鴉のくせに、そんな姿してるじゃんか』
うに、とうつほは自分の身体を見下ろす。そんなこと言われても、自分は自分だ。
『あたいは、りん。うつほと一緒で、人間の姿になれるのさ』
『おりん?』
『そうだよ、ほら』
と、目の前の少女の姿が消え、再び火焔猫がその場に姿を現す。
『おりんだ!』
『だからそうだって言ってるじゃんか』
ぽん。再び人間の少女。ようやくうつほにも理解できた。この少女はつまり、おりんなのだ。猫もおりんで、人間の少女もおりん。ちゃんとおぼえた。
『で、うつほ』
『ん』
『とりあえず、服を着なってばさ』
そんなことを言われても、なんのことだか解らないのである。
『こういう、布を身体につけるんだよ』
と、ひらひらした黒を引っぱって、またおりんは言う。
『なんで?』
『なんでって――』
うつほが問い返すと、おりんは眉を寄せて首を傾げた。『なんでって言われてもねえ』と首を捻り、それからうつほの身体を見て、ゆるゆると首を振る。
『……恥ずかしいじゃないさ』
『うにゅ?』
はずかしい、とは何だろう。やっぱりうつほにはよく解らない。
『ああもう、こっちが恥ずかしいからとりあえず何か着なってば!』
『そういわれてもー』
そんなヒラヒラした布なんて持っていない。うつほが抗議の声をあげると、ため息をついておりんはうつほの肩を叩いた。
『じゃ、とりあえず鴉に戻りなよ』
『ん』
言われた通り、鴉の姿に戻ると、おりんはしゃがみこんでこちらを見つめた。
『人型に変身するとき、どうしてる?』
『ふえ?』
『変身したとの自分の格好、イメージしてるだろう?』
『んー』
相変わらず、おりんの言うことはよくわからない。鴉の姿のままうつほが首を捻ると、『とにかくだよ』とおりんはまた黒いひらひらをつまんでみせた。
『この服でいいから、自分の身体につけた状態に変身してみなって』
『んにゅー』
よくわからないけれど、とりあえずまた人間の姿になればいいらしい。
『ほら、こんな感じだよ』
と、おりんは膝元の布をうつほに触らせる。ひらひら。触り心地はよかった。
『これを、自分が着てるのを思い浮かべて、ほら、人型に変身だ』
『うん!』
ぽんっ、とうつほはその場で人型に変身する。
その姿に、おりんは一度頷きかけて――露骨に顔を歪めた。
『あんた、それ――』
『あんた、じゃないよ、うつほだよ』
『それじゃ服じゃなくてマントだよ!』
『うにゅ?』
おりんに言われた通り、布を自分の身体に巻き付けた姿で変身してみたのに、どうしておりんは怒るのだろう。わけがわからず、おりんは巻いていた黒い布を広げた。
『広げるなって馬鹿! それじゃ裸マントだ、かえって変態だよ!』
『ばかじゃないよ、うつほだよ』
『ああもう、この鴉はっ――』
ぶんぶんと首を横に振り、おりんはうつほの両手を掴んで、布の前を閉じさせた。
おりんのすることの意味はさっぱり解らず、うつほはやっぱり首を傾げるしかない。
『解った、解ったから、いいよもう鴉の姿でいてくれれば』
そう言って、おりんは猫の姿に戻る。釈然としないまま、うつほも鴉に戻った。途端、ぐう、とお腹が鳴る。変身しすぎてエネルギーを使ってしまった。
『おりん、ごはんたべよ』
『……はいはい、そうしよ、うん』
ふたり身を寄せて、おりんは指にかぶりつき、おくうは二の腕の肉をついばんだ。
拾ってきた死体の腕は生焼けで、ちょっと生臭かった。
◇
地霊殿の近くまで戻ってくると、空気に熱気が戻ってくる。
その暖かさに、空は息を吐き出した。ほっとする熱だ。家に帰ってきた気分になる。
「あったかいね、お燐」
「そりゃね。炎、しばらく放っておいたけど、大丈夫かね?」
「だいじょぶだよ」
地霊殿で、灼熱地獄の炎を管理するのが空の仕事だ。火力が足りなくなったら、お燐が運んできた死体をくべる。火力が強まったら、天窓を開けて熱気を逃がす。それだけの仕事。
灼熱地獄の炎は、空があの神様の力を手に入れてから、強めで安定している。天窓はおかげで開けっ放しだけれど、一日や二日放っておいたぐらいで炎が小さくなったりはしない。経験則で空はそれを知っていた。
「ねー、お燐」
「ん?」
「ゆでたまごー。おなかすいたー」
「はいはい。でも先に、さとり様にただいまを言わないと」
「うん!」
さとり。空とお燐のご主人様であり、この地霊殿の主でもある少女だ。「うつほ」という名前に今の「空」の字を与えてくれたのも、さとりである。それ以来、空はお燐と一緒に、さとりのペットとしてこの地霊殿で暮らしているのだ。
地霊殿の中に足を踏み入れると、他のペットである火焔猫たちが「にゃあ」と出迎えた。お燐も「にゃーん」と猫の言葉でそれに応えて、それからうつほの手を引いて屋敷の奥へ向かう。
廊下の突き当たり、扉の向こうはリビングになっている。その片隅で、さとりは安楽椅子に腰を下ろし、本を読んでいた。お燐と空の足音に気付いたか、本を閉じてさとりは振り返る。
「おかえりなさい、お燐、空」
「あ、ただいま戻りました、さとり様」
「ただいま、さとりさま!」
元気よく空があげた声に、さとりは微笑して目を細めた。
「空、地上はどうだったかしら?」
「ん……ひゃっこかった!」
「そう、雪遊びをしてきたのね。お燐、ご苦労様」
さとりは、胸元の第三の目を軽く撫でてそう言った。いつもそうだ。さとりは空の言いたいことを何でも解ってくれている。そういう力の持ち主なのだ。
「いえ、こっちがお願いしたことですから。ありがとうございます、さとり様」
ぺこりと頭を下げて、それからお燐は手にしていた袋を取り出した。
「あ、そうだ、これ。神社から貰ってきたので、さとり様もどうぞ」
「ゆでたまご!」
「あらあら」
さとりは、お燐の差し出した袋の中を覗きこみ、――そして、一瞬だけ顔を曇らせた。空はそれに気付いたが、その意味はよく解らなかった。
「……私はひとつでいいから、残りはふたりで仲良く食べなさいね」
袋からゆでたまごをひとつ取り出して、さとりは微笑む。お燐も笑い返した。
けれど、空は疑問を覚えて、首を傾げた。
ゆでたまごは四つあった。自分と、お燐と、さとりさま。それから――。
「こいしさまは? いないの?」
そう、もうひとりいたはずだ。主であるさとりの妹の、こいしという少女が。
お燐が眉を寄せ、「おくう」と小声で囁いた。「うにゅ?」と空は首を傾げる。
そういえば、こいしの姿はしばらく見かけていない気がする。
いつから見かけていないのかは覚えてないけれど、だいぶ前からの気もした。
「……こいしの分は、いいの。あの子は、お腹は空いていないだろうから」
「うにゅ」
主は微笑んだままそう言った。さとりにそう言われれば、そういうものかとうつほは納得する。それで、こいしのことは頭から消えた。
「それじゃ、あたいたちは仕事場に戻りますんで」
「お疲れ様。……晩ご飯は、少し遅めにしましょうか」
「了解です」
さとりへ一礼して、ほら行くよ、とお燐は空の手を引いて歩き出す。「さとりさま、またね」と空は手を振って、お燐の後に続いた。さとりはそれに手を振り返してくれる。
灼熱地獄へ通じる中庭へ出るとき、空はもう一度リビングを振り返った。
安楽椅子に腰掛けて、さとりは手にしたゆで卵を、自分の額にぶつけていた。
「…………」
そして、額を押さえて悶絶していた。
◇
「……かーたーいー」
「ああもう、殻ごと食べるもんじゃないってば」
渡されたゆで卵にかぶりついてみたが、固くて歯が痛くなった。
空が唸ると、やれやれとお燐は首を振って、空の手からゆで卵を取り上げる。
「こうやって」
コン、とお燐がゆで卵を空の制御棒にぶつけると、ぺき、という音がして表面に亀裂が入る。おー、と空が見つめる先で、ざらざらした殻の下から、つるんとした白が姿を現した。
「ん、綺麗に剥けた。ほらおくう、これがゆで卵だよ」
つるんとしてぷるぷるした、白いその物体が空の左手に転がされる。固い殻の下から現れたそのぷにぷにした感触に、「おおお」と空は歓声をあげた。
「ぷにぷにしてる! つるつるしてる!」
「そういうもんだよ」
「お燐のほっぺたみたい」
「……あたいのほっぺたは食べられないって」
そう答えたお燐の顔は、何だか少し赤くなっているような気がした。
「ほら、いただきます」
「いただきます!」
あぐ。ゆで卵を口に放り込んで噛んだ。ぷるんとした中に、不思議な味の塊が隠れている。むぐむぐと咀嚼すると、じわりと中心に隠れていた味が口の中に広がっていく。
「おいひい!」
「こら、飲みこんでから喋りなってば」
「んにゅ……」
口いっぱいに広がったその味を楽しんで、少し名残惜しみながら空は飲みこんだ。今まで食べたことのない味だった。不思議な食べ物だと空は思う。真っ白でぷにぷにした中に、何が隠れていたのだろう。
「美味しいかい?」
「うんっ」
「じゃあ、ほら、もう一個食べなよ」
ゆで卵を囓りながら、お燐は残っていた一個を空に差し出した。空はそれを見下ろし、それからお燐の顔と見比べて、「ん」と首を横に振る。
「いらないのかい?」
「ううん」
ゆで卵と一緒に、お燐の手を掴んだ。お燐がはっと息を飲んだ。
「お燐と、はんぶんこ」
お燐がくれたゆで卵は、美味しかったから。最後の一個も、一緒に食べたかった。
だから空はそう言って、笑った。お燐に向けて、「ね?」と。
「……おくう」
その言葉に、お燐はなんだか泣き笑いみたいな顔で苦笑する。
「そうだね、半分こだ」
殻を剥いて、姿を現したつるんとした白を、お燐は手の中で半分に割った。
「ほら、半分」
そう言ってお燐が差し出したのは、ちょっと大きい方だった。
いつもそうだ。はんぶんこすると、お燐は空に大きい方、美味しい方をくれるのだ。
「えへへー」
ゆで卵を受け取る。断面から黄色いものが覗いていて、「おー」と空は声をあげた。こんな黄色が隠れていたとは。ますます不思議な食べ物だと思う。
「おくう、好きかい? ゆで卵」
「うんっ」
はぐ、と渡された半分を口にしながら、空は大きく頷いた。「だから返事は飲みこんでからでいいって」と苦笑して、お燐は空の口元に指を伸ばす。食べかすを拭ってくれるその指の感触に、「うにゅ」と空は目を細めた。
「おいひいね、お燐」
「ああ――そうだね」
すぐ目の前に、笑っているお燐の顔がある。お燐が笑っていると、空も嬉しくなる。
「ゆで卵、好き!」
「そっか。じゃ、また神社に行って貰って来るよ」
「うん、えへへ――お燐」
ゆで卵を飲みこんで、空はそれから、お燐に手を伸ばして、両腕を背中に回した。
制御棒がちょっと邪魔だったけれど、気にせず抱きつくと、「お、おくう?」とお燐が少し慌てた声をあげる。それに頬ずりして、空は。
「お燐も、大好き」
そう、素直に口にした。
自分の気持ちを、ただ、そのままに。
――その言葉に、お燐が身を強ばらせたことに、空は気が付かなかった。
「……ありがと、おくう」
優しい声で、お燐は髪を撫でてくれた。その心地よさに、空は目を細める。
「んにゅ……」
頬をすり寄せたお燐の首筋は気持ちよくて、空はお燐に身体を預けた。
「あたいも……おくうのこと、」
耳元で囁かれる、お燐の言葉。
「好き――だよ」
それが、泣き出しそうに震えていることにも。
お燐の身体の温かさに甘えていた空は、気付かないままだった。
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