りん×くう! 2/霊烏路空
2010.02.13 Saturday | category:東方SS(お燐×おくう)
霊烏路空――うつほはその頃、気ままに屍肉をついばむ地獄鴉の一羽だった。
灼熱地獄の中で呻く亡者の元に舞い降りて、その肉をつつく。何も考えることはない、何も求めるもののない、ただ空腹を満たして眠るのを繰り返して、時間をやり過ごす生活。それに疑問すらも覚えずに過ごしていた。
記憶にあるのは、炎に身を焼かれる亡者の呻き声と、生臭い屍肉の味ばかり。それすらも今となってはあまりに遠く、朧な残影でしかないのだけれど。
――そんな、何の意味も目的も理由もない暮らしが、変わり始めたのは。
灼熱地獄の片隅で、傷ついた火焔猫を拾ったときだった。
うつほは地獄鴉の中でも、妖怪としては強い力を持っている方だった。地獄で呻く亡者の姿を真似て、人の姿をとることだって出来た。長い黒髪の少女の姿。どうしてその姿なのかは、うつほ自身にはよく解らなかったけれど。
傷ついた猫は、炎の届かない地獄の片隅で、ひどく小さく丸まっていた。
それを見つけたのは偶然だった。屍肉の味に飽きて、ふと灼熱地獄の上空を離れてみたときに、たまたまそれが目に付いたのだった。
その猫は、今にも生命の炎が尽きようとしていた。
美味しそう。――最初はそう思ったのだ。
死んだらその肉をついばむつもりで、死ぬのを上空で待っていた。
けれど、猫はなかなかしぶとくて、待ちきれずにうつほはその傍らに舞い降りたのだ。
うつほが羽を散らして降り立つと、猫は微かに瞼を開けて、小さく一声啼いた。
にゃあ、と――ひどく弱々しい声で。
前足が力なく地面を掻いていた。折れた後ろ足からは血が滴っていた。
その姿に、何故だか急激に食欲が失せるのを、うつほは感じた。
猫が死者ではなく、まだ生きていたせいかもしれない。
食欲をなくして、それからうつほはこの猫をどうしようかと考えた。
弱り切った、今にも死んでしまいそうな火焔猫。火焔猫が美味しいのかどうか、食べたことのないうつほには解らなかったけれど、何故か美味しくないだろうと思った。
にゃあ、とまた火焔猫が啼いた。前足が、うつほの足元の地面を掻いた。
――そのとき、この子に触れてみたい、と、ひどく唐突に思ったのだ。
けれど鴉の姿のままでは、鋭い嘴でついばむことしか出来ない。
うつほは人の姿をとることにした。一糸まとわぬ黒髪の少女の姿。地獄鴉に服飾という概念は無かったからそれは当然なのだが――ともかく。
人の姿をとって、人の両手で、うつほはその猫をおそるおそる抱き上げた。
両腕に乗ったその重みは、ちっぽけなのになぜかとても、愛おしかった。
にゃあ。
猫が、自分を見上げて啼いた。
――この子を助けてあげよう、と、やはりその思考は唐突に浮かんだ。
どうしてそう思ったのか、やはりうつほにはよく解らないのだけれど。
力なく腕の中で目を閉じた猫を抱いて、人の姿のままうつほは、水のある場所へ走った。
傷を負ったときは、水で流してじっとしていればいい。
そういう経験則に基づく知識は、一応うつほも持っていた。
曲がりなりにも妖怪である。生半可なことでは死にはしないが、怪我をすれば痛いし、治るまでは辛い。だから早く傷を癒す方法というのは、生きている中で身につけていた。
灼熱地獄に水場は少ない。亡者には水は与えられず、水場に集うのは主に灼熱地獄で亡者の肉を糧としている妖怪たちだった。
その数少ない水源である小さな池のほとりで、うつほはその猫の傷を洗い、膝の上に抱いてお腹と腕に包み、冷たくなりかけた身体をあたためた。
どれだけそうしていただろう。じっとしているのは退屈だったはずなのに、その猫を抱いている時間は、全くそんなことを感じなかった。
そうして――冷たかったその猫の身体が、次第に温もりを取り戻し。
落ちたままだった瞼が、やがてゆっくりと開いて。
『……あんた……?』
うつほを見上げて、その猫はそう呟いた。
『あんた、じゃないよ。うつほ、だよ』
うつほは猫の毛並みを撫でて、そう答えた。
――それが、霊烏路空と火焔猫燐の出会い。
大切な親友と過ごす、長い時間のはじまりのお話。
◇
「とりあえず、この近くには神社があるんだ。そこ行こっか」
「じんじゃ?」
「神様を祀ってる場所だよ」
「かみさま――あ、私の食べちゃったあれだね!」
やたがらす、という神様を食べて、自分は今の力を手に入れた。そのことを空は覚えている。それがどんな神様なのかはよく知らなかったが。
「いや、ヤタガラスを祀ってるかどうかは知らないけどさ」
苦笑しながら、お燐は空の手を引いて、雪の上を踏みしめて歩いていく。
一歩を踏み出すたびに、白くてふわふわした冷たいものが、自分とお燐の足の形に凹んでいく。それが面白くて、ついつい空は余計なところに足を伸ばした。
「こらおくう、あんまりやってると霜焼けになるよ」
「しもやけ?」
「足の先が赤くなって、ひりひりして、かゆくなるんだよ」
「かいかい?」
「そう、かいかい」
わきわき、と両手の指を動かして、お燐はおどかすように言った。「ほえー」と空は自分の足元を見下ろす。かゆいのはやだなあ。背中がかゆいのは気持ち悪いし。そんなことを思って、踏まれていない雪に足を踏み出すのを止めた。
「お燐は、かゆくないの?」
「ん? あたいは平気だって。ほら、いくよ」
「ほんと?」
「ホントだって」
「かいかいー」
「ちょ、おくう!? やめ――」
お燐が握ろうとした左手を、その背中に伸ばした。わきわきと動かす指先を背中に当てると、わひゃあ、と悲鳴を上げてお燐がたたらを踏む。
「わっ――」
「ほへ――」
雪の上、バランスを崩したお燐の手が、空の左手を掴んだ。
倒れ込むお燐に引きずり倒されるように、空は雪の上に手をついた。
――結果。
「あ……」
「ふえ」
真っ白な雪の布団の上。空がお燐を押し倒したような格好になっていた。
お燐が、後頭部を雪に埋めたまま、きょとんとこちらを見上げている。
制御棒を雪に突っ込んだまま、空は目をしばたたかせてそれを見下ろした。
「うにゅ」
「お、おおお、おくう――」
かーっと、お燐の顔が火でもついたみたいに真っ赤になる。
慌てたように空の身体の下から這い出して、お燐は背中についた雪を払って立ち上がった。空に背中を向けたまま。空はきょとんと、雪の上に正座するような格好でそれを見上げる。
「お燐、どしたの?」
「な、何でもない、何でもないからさ――」
そっぽを向いたままそう答えるお燐のほっぺたは、灼熱地獄の中心のように赤い。
『足の先が赤くなって、ひりひりして、かゆくなるんだよ』
お燐の言葉が不意に甦った。――ひょっとして、しもやけだろうか。
ひりひりして、ほっぺたがかゆいのかもしれない。だからお燐は落ち着かない感じで、こっちに背中を向けたままなのだろうか。
「お燐――」
「な、なにさ?」
「ほっぺ、しもやけ?」
「――は?」
「かいかい? むにむにー」
立ち上がって、左手を伸ばしてその頬をつまんだ。むにー、と引っぱってみた。お燐のほっぺたは柔らかくてよく伸びる。むにむに。あ、面白い、と空は思った。
「むにむにー」
「ひゃ、ひゃめ、おふう、やめへー」
悲鳴をあげるお燐は、けれどなんだか嬉しそうに顔を緩めていた。
なので空は、もう片方のほっぺたもむにむにしようと右手を持ち上げて、
――そこにはめこまれている制御棒のことをすっかり忘れていた。
ごちん。
当たり所が悪かったらしい。
くるりと白目を剥いて、お燐はそのままばったり雪の上に倒れ込んだ。
粉雪がぼふりと舞い上がり、大の字に倒れたお燐はぴくりとも動かない。
「お燐? お燐、どしたの? おひるね?」
その原因が自分の右手の制御棒だと空が理解したのは、目を覚ましたお燐が側頭部の痛みで状況を思い出して、空のほっぺたをつねり返したときだった。
◇
そんなこんなで、神社にたどり着く頃には中天にあった陽も傾き始めようとしていた。大した距離でもないのに、雪の中を散々はしゃいで回った結果である。
「ここがじんじゃ?」
「そうそう、なんだっけ、博麗神社だ。ほら、おくうとやり合ったあの紅白巫女のいる神社」
「こーはく……」
はて、何のことだったか。空は首を捻る。というか「こーはく」ってなんだっけ?
「赤と白のだよ」
「うにゅ、わかった!」
それなら解る。赤と白のあの変な巫女。そういえば、自分はあの巫女にやっつけられたのだった。あれ、なんでやっつけられたんだっけ?
キャパの少ない頭を捻りながら、空はお燐に手を引かれて石段を上り、境内に足を踏み入れる。すっかり雪に覆われた境内に、神社は静かに佇んでいた。人の気配はしない。参拝客は少なくとも誰もいないようだった。
「だれもいないねー」
「あの巫女出掛けてるのかな? それとも温泉の方かな」
「おんせん?」
何だか美味しそうな響きだ。食べ物だろうか。
「お風呂だよ。おっきいお風呂。おくうの炎であったまった水が地上に湧き出してて、それをお風呂にしたらしいんだ」
「おっきいおふろ……どのくらいおっきいの? 灼熱地獄ぐらい?」
「いや、さすがにそこまでじゃないと思うけど」
地霊殿にも浴場はある。お燐にときどきそこに連れて行かれて、水をかけられるのだ。濡れるのはあんまり好きじゃないのだけど、そうしないと臭くなってしまうとか何とか。
「それより、温泉で作ったゆで卵が美味しいんだよ」
「ゆでたまご」
いっそう美味しそうな響きだった。ぐう、とお腹が鳴る。
「ゆでたまご!」
「はいはい落ち着きなって。あの巫女を見つけて催促しないと――」
言いながら、お燐は空の手を引いて神社の裏へと回る。博麗神社は本殿の裏が社務所になっていて、そこが生活空間を兼ねている――というのは、まあ空にはよく解らない話だったが、それはともかく。
小さな庭になっている神社の裏手、そこに面した縁側の見えるところに出て、「おっ」とお燐は声をあげた。目当ての巫女を見つけたらしい。が――。
「うにゅ?」
すぐにお燐は、硬直したように足を止めた。
「お燐?」
その背中に声をかけると、お燐はものすごくぎこちない動きで振り返り、赤らんだ顔を引きつらせて口を開いた。
「お、おくう。ちょっと間が悪いから、出直そう、うん、そうしよう」
「うにゅ? ゆでたまごは?」
「ゆ、ゆでたまごはまた今度」
「うにゅー、ゆでたまごー」
そんな、美味しそうな響きを聞かされておあずけなんて殺生な話である。空は抗議の声をあげて、お燐を押しのけるように前に出た。後ろでお燐が何か悲鳴をあげた。
「おくう、見ちゃだめ――」
何を?
答えはすぐ目の前にあった。
雪の積もった神社の裏庭、そこに面した縁側で。
あの紅白の巫女と、空は見たことのない別の柔らかそうな妖怪が、ぴったり身を寄せ合って。
その顔と顔を合わせていた。
正確には、口と口を。
「うにゅ?」
その行為の意味など、空には解らない。
ので、間抜けに声をあげ――その声に当人たちが気付いて振り向いた。
「わ」
巫女でない方――雪のような白と薄闇のような紫の服を着た、冷たくて柔らかそうなその妖怪は、闖入者の姿にその頬を赤らめて身を縮こまらせる。
で、巫女の方はものすごく不機嫌そうな顔で、こっちを睨みつけた。
「あんた、あの時の鴉? 何でここにいるのよ」
「うにゅ」
なんでと言われても。空が困ってお燐を振り返ると、お燐は気まずそうに頭を掻いて一歩前に歩み出た。ゆらゆらと二股の尻尾が揺れる。
「いや、ごめん。お邪魔する気は無かったんだけどさ――」
「あんたが連れてきたの? ちょっと、まだ地上侵略諦めてないんじゃないでしょうね」
思いっきり剣呑な声で、お札を取り出しつつ巫女は言う。「いやいやいや、それはきっぱりすっぱり諦めさせたって!」とお燐が慌てて首を振った。
地上侵略。ええと、何だっけ? 何か覚えはある気はするんだけど。
「じゃあ、何しに来たのよ」
「何しにって、まあ暇潰しに」
「帰れ」
気持ちいいほどの即答だった。きょとんと首を傾げる空の横で、お燐はただ苦笑する。
「そう言わないでよ。おくうの奴、地上をちゃんと見たことないっていうからさ、色々と見せて回りに来たんだって」
「それで、侵略計画でも練り直すつもり?」
「逆だよ逆。おくうが地上を気に入れば、侵略する気なんてもう二度と起きなくなるじゃん?」
ふうん、と目を細めたまま巫女はこちらを睨み続ける。なんでそんなに敵意剥き出しなのだろう。空にはやっぱりそれもよく解らない。
「ま、妙なこと考えてないんだったら何でもいいけど。どうせ本気で剣呑なこと考えてたところで、そのときは紫があんたらフルボッコにするだけだろうし」
「怖いこと言わないでおくれよ」
「事実よ事実。全く」
呆れたように肩を竦めて、それから巫女は隣にいる冷たそうな妖怪に振り向いた。
「霊夢?」
「……レティ」
霊夢と呼ばれた巫女は、レティと呼んだ妖怪の頬に触れた。
レティが頬を赤らめたまま、目を閉じる。
そして霊夢は――その頬を、むにーと両手で引っぱった。
「い、いひゃいいひゃい〜」
「全く、邪魔してくれるんじゃないわよ、もう」
ため息混じりにそう言いながら、霊夢はなおもレティの頬をむにむにと弄くり回した。
涙目で「やめへ〜」と抗議するレティの方も、なんだか嬉しそうなのが不思議である。
「あと、言っておくけどゆで卵は無いわよ」
「えー?」
その言葉に思わず空は声をあげた。ゆでたまごが無い? そんな殺生な。
「ゆでたまご、食べたい〜」
「うちはゆで卵屋じゃないってーの」
やれやれと首を振って、霊夢はレティの頬から手を離して立ち上がる。
「温泉に萃香がいるだろうから、ちょっと用意させてくるわ」
「お、話が解る!」
「食べたらさっさと帰りなさいよ」
肩を竦める霊夢に、「れいむ〜」とレティも従って立ち上がろうとした。が、霊夢の指がその額に当てられて、レティは動きを封じられる。
「あんたは熱いのだめなんだからここに居なさい。すぐ戻るから」
「う〜」
唸るレティにそう言い残して、霊夢は歩き去っていく。とりあえず、どうやらゆでたまごは食べられるらしい。「ゆっでたまごー♪」と空が歌うと、お燐とレティが顔を見合わせて苦笑した。
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Comment
全裸で……包まれて……そんな治療を受けたい!
Posted by: ハムビー |at: 2010/02/14 12:13 AM
私立入試終わりました。あとは国立だけです!
取り敢えず、ずっと溜めていた感想を一気に……。
まずは稗田文芸賞。この発想は無かったw
評価するキャラ達それぞれに上手く個性が付けられていて面白かったです。
あのネタをあそこまで面白いものに出来るのは、浅木原さんだからこそでしょうねぇ。
無性に本が読みたくなりましたw
次に秘封シリーズ。受験勉強で疲れた脳を癒す手段として、非常にお世話となりました。はい。
蓮メリの初々しさは勿論、星ナズの破壊力ががががが。
1巻が手に入る日を夢見て……今日もそそわへ向かいます。
そしてりん×くう! 何と言う糖分……俺を糖尿にする気なんですね分かります。
俺も真っ裸のお空の太ももの中で癒されたいれす><
あれ……でも何か大切な事を忘れている気がする。
以前言ってた星ナズの連載は……何処へ……。
取り敢えず、ずっと溜めていた感想を一気に……。
まずは稗田文芸賞。この発想は無かったw
評価するキャラ達それぞれに上手く個性が付けられていて面白かったです。
あのネタをあそこまで面白いものに出来るのは、浅木原さんだからこそでしょうねぇ。
無性に本が読みたくなりましたw
次に秘封シリーズ。受験勉強で疲れた脳を癒す手段として、非常にお世話となりました。はい。
蓮メリの初々しさは勿論、星ナズの破壊力ががががが。
1巻が手に入る日を夢見て……今日もそそわへ向かいます。
そしてりん×くう! 何と言う糖分……俺を糖尿にする気なんですね分かります。
俺も真っ裸のお空の太ももの中で癒されたいれす><
あれ……でも何か大切な事を忘れている気がする。
以前言ってた星ナズの連載は……何処へ……。
Posted by: 藤八 |at: 2010/02/15 12:17 AM
⇒ こじたん (11/17)
⇒ 浅木原 (11/16)
⇒ こじたん (11/16)
⇒ 時の番人 (11/14)
⇒ 置き石 (10/14)
⇒ 葉月 (09/19)
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