ゆう×ぱる! 42 / 「星熊勇儀の願い」
2009.12.09 Wednesday | category:東方SS(勇儀×パルスィ)
仕立屋の老婆の採寸から解放されると、勇儀は「あとは任せるよ」と言い残して店を出た。パルスィは飾られたドレスに目を奪われていたようだったので、しばらくは老婆とどれがいいか話し合っていてくれればいい。
「あ、姐さんいたいた。どこ行ったのかと思ったよ」
店を出た勇儀を見つけて声をかけてきたのは、ヤマメとキスメだった。
「ああ、すまないね。ヤマメの方は話はついたのかい?」
「うん、もう身内が姐さんちに向かってるけど、問題なかったよね?」
「任せるよ」
勇儀が笑うと、キスメが小さく首を傾げて、――パルスィさんは? と訊ねる。勇儀が店を指差して、「ちょいと仕立て中さ」と言うと、ヤマメとキスメは顔を見合わせた。
「なんだい、意外そうな顔して」
「いや――ていうか、そういえばそうなんだっけ」
納得したように頷くヤマメに、勇儀は首を捻る。
「何がだい?」
「ん、姐さんとパルスィって、もうとっくに式とか済ませてるような気がしてた」
店先に飾られている花嫁衣装を見やりつつ、ヤマメはそう言った。
「まだだから、これから済ませちまおうと思ってね」
「ん、いいんじゃない? どうせなら盛大にぱーっとやろうよ、ぱーっと」
せっかくの姐さんの結婚式だってんならさ。ヤマメは大げさに両手を広げて笑う。
「そうだねえ――」
自分とパルスィの立場を考えれば、親しいものだけを呼ぶささやかな式にしようかと勇儀は考えていたが、ヤマメの言うことが実現できれば、確かにそっちの方がいい。
この旧地獄街道に連れてきてみても、パルスィの周囲ですれ違う妖怪たちの様子が目に見えて変わることはなかった。パルスィの力はもう、無差別に周囲に影響を与えてはいない。
それならばあるいは、もっと盛大に式を開くことも出来るだろうか。
そうすれば――パルスィを今度こそ、この旧都に受け入れさせることも出来るはずだ。
「ぱーっといきたいもんだねえ」
「そうそう、姐さんらしくさ。豪快に歌って呑んで騒ぐ、愉快な式にすればいいよ」
その方が、きっと楽しいからさ。
ヤマメの言葉に、勇儀はただ目を細めた。
そうだ、楽園は楽しく暮らせる場所であるべきだ。自分もパルスィも、ヤマメもキスメも、そして誰も、笑って暮らしていられる場所であるべきなのだ。
結婚という儀式が、自分とパルスィの関係の認識に必要なものであるならば。
それを宴とすることは、自分たちと旧都の関係の認識に、必要なことだ。
「かといって、私が結婚するからって喧伝して回るのも変な話だよねえ」
「そのへんは、この地底のアイドル黒谷ヤマメちゃんに任せなさいって」
胸元を叩いて、ヤマメは不敵に笑う。
「あんなことはあったけど、姐さんが思ってるほどみんな、姐さんのことを悪く思っちゃいないよ。姐さんが結婚式をやろうとしてるって聞けば、手伝いたがるのは大勢いるって」
「そうだといいんだがね」
「そうなんだってば。地底の事情通の言うことを信用してほしいな」
どこまでも明るく自信満々に言うヤマメの姿に、勇儀も思わず笑みを漏らした。
パルスィが店を出て来たところで、ヤマメたちとは別れることにした。
話を広めるなら早い方がいい。そういうわけで、ヤマメは知り合いに噂を流しに行くことにしたのだ。パルスィに言えば反対されかねないので、とりあえずは内緒である。
「じゃあごめん、またね」
――ばいばい、勇儀さん、パルスィさん。
手を振るヤマメとキスメに手を振り返して、それからパルスィを振り向くと、パルスィはなんだか訝しげに眉を寄せていた。
「どうしたの? あのふたり」
「なに、ヤマメとキスメにも色々と事情があるみたいだよ」
「……ふぅん」
そんな言葉に何を想像したのか、どこか納得したようにパルスィは頷いた。
「で、勇儀」
「うん?」
「なんだか話してるうちに、あっちがノリノリになっちゃって、数日で仕上げるとか言ってるんだけど……」
「おっと、そいつは本格的に準備を急がないとだねえ」
まあ、衣装が出来たからといってすぐに式を行わなければいけないというものでもないが、何事も気分というのは肝要だ。仕立てたばかりの衣装で式が行えるならそれが一番である。
「――大丈夫なの?」
ふと、パルスィがどこかすがるように勇儀の手を掴んで、そう呟いた。
勇儀はひとつ微笑んで、その肩を軽く抱き寄せる。
「パルスィが心配することは何も無いさ。私に全部任せなよ」
「……うん」
「幸せにしてあげるって、何度も言ったろう?」
「知ってるわよ。……ばか」
拗ねたように呟く横顔に、頬を緩めながら勇儀は息をつく。
「それより、ちょいと小腹が空いたね。何か食べに行こうじゃないか」
「――なんでもいいわよ」
「よし、それなら私のお気に入りの店に行こうじゃないさ」
パルスィの手を引いて、また旧地獄街道の雑踏の中に歩み出す。
すれ違う妖怪たちの中に、自分とパルスィの姿が溶け込んでいく。
それが、この旧都の自然な姿で在り続けられるように。
自分はそのために、出来ることをし続けるのだ。
水橋パルスィという最愛の女性が――幸福で在り続けられるように。
◇
食事を済ませたあと、パルスィは行きたい場所がある、と言い出した。
旧都の中のことなど解らない、と言っていたのにどこへ、と勇儀は首を傾げたが、パルスィの言った場所は何のことはない。旧都の外の、馴染んだ場所だった。
「風が、冷たいわね」
地上へと続く縦穴の方から吹いてくる風に、パルスィが髪を押さえて呟いた。
「向こうは冬だからね。今頃雪でも降ってるんじゃないかね」
橋の欄干に手をかけて、勇儀も遠い地上の光に目を細めた。
そこは、自分たちにとって全ての始まりとなった場所。
星熊勇儀が水橋パルスィと出会い、言葉を交わし、触れ合い、愛を誓った場所。
一条戻橋と刻まれた、その橋の上に、勇儀はパルスィと佇んでいた。
「……ここで、勇儀と初めて会ったのも、ついこの前なのよね」
欄干にもたれ、パルスィはそう呟く。確かにそうだ。自分がパルスィと出会い、パルスィを好きになってから、流れた時間は決して永くはない。一月も経ってはいないのだ。
けれどその時間は、これまでに生きてきた永い時間のどの瞬間よりも、おそらくは濃密で、幸福で、満ち足りた時間だった。少なくとも勇儀は、そう思っている。
「そうだねえ。もう随分経った気がするよ。最初のパルスィは冷たかったねえ」
「当たり前でしょ、あんたの方が初対面から馴れ馴れしすぎるのよ」
「仕方ないじゃないか。――そのときにはもう、パルスィに惚れてたんだからさ」
その頬に触れて笑いかけると、パルスィはまた顔を赤らめてそっぽを向く。
どれだけ睦言を交わしても、そういう照れた仕草はいつも変わらず愛おしい。
「……たぶん、ね」
「うん?」
「私も――最初から、勇儀のこと……ううん、何でもない」
首を振って、パルスィはくるりと勇儀に背を向ける。
その柔らかな金髪がふわりと風になびいて、パルスィの匂いが勇儀の鼻腔をくすぐった。
「ふむ、思い返してみれば――」
「なによ?」
「あの頃のツンツンしたパルスィも可愛かったねえ。いや、今のデレデレなパルスィの方が、もちろんもっと可愛いがね?」
「誰がデレデレかっ!」
振り返ったパルスィが、顔を真っ赤にしながら吠えた。そんな様子に、勇儀はまた呵々と笑う。結局のところ、どんなパルスィだって自分には可愛くて仕方ないのだ。
「そうそう、怒った顔だって可愛いさ。ぱるちー」
「ぱるちー言うな!」
久しぶりにその愛称を口にすると、ふとあの頃に戻ったような気がした。
旧都のこと、パルスィの力の、孤独のこと。
何も知らず、ただパルスィを好きだという気持ちだけで、橋の上に通っていた頃。
そんな頃から、また紆余曲折を経て、今の自分たちがここにある。
それは幸せなことばかりではなかったけれど――それでも、今。
こうしてパルスィがそばにいて、その存在に触れていられるということ。
あるいはそれも、この地底という楽園が生んだ、ひとつの奇跡の形かもしれない。
「――ここで、私はずっと、何もかもを妬んできたけど」
ふと、また遠い地上の光を見上げながら、パルスィが呟く。
「不思議ね。……今は、何も妬ましくないの」
そして、くるりとこちらを振り返って、花が咲くように笑った。
「勇儀のことが、こんなに好きだから――かしら」
その笑顔はどこまでも眩しくて、美しくて、勇儀は目を細め――。
「きっと、勇儀を好きでいられれば、それだけで」
不意に。
「私は、ずっと幸せでいられるから」
目の前にある、パルスィの顔が。
「――もう何も、妬ましくなんかないわ」
蜃気楼のように、霞んだ。
「――――ッ」
弾かれたように、勇儀はパルスィの元に駆け寄った。
目を見開いたパルスィの細い身体を、構わずに思い切り抱きしめる。
その温もりは、確かに腕の中にある。――そのはずだ。
「ゆ、勇儀? ちょっと、苦しいわよ、どうしたの――」
胸の中でもがくパルスィが、抗議の声をあげるが、構ってなどいられなかった。
勇儀がきつく腕に力を込めると、パルスィは諦めたように息を吐き出す。
「……馬鹿力。もう少し、優しくしなさいよ」
ふて腐れたような声に、勇儀はそこでようやく、腕の力を緩めて。
けれど、パルスィを抱きしめることは止めはしなかった。
今、この腕を放してしまったら。
パルスィが、どこか遠くへ行ってしまうような――そんな気がした。
そんなはずはない。パルスィがどこにもいくはずがない。
自分とパルスィの幸福は、紛れもなくここにあるのだから。
「……勇儀」
勇儀の胸元に顔を埋めて、パルスィが囁く。
「愛してる」
甘やかな言葉。愛おしい声。最愛の彼女の、確かな温もり。
その存在を、確かめるために。腕の中に認め続ける、そのために。
勇儀はじっと、パルスィを抱きしめたまま、動かずにいた。
――自分はまだ恐れているのだろうか?
楽しんでいた地上での暮らしが、色褪せていったように。
今が幸福に過ぎるから――また、それがこの腕から逃げてしまうことが。
そんなことは、もう繰り返さないと、そう誓ったはずなのに。
まだ自分は、怯えているのだろうか――?
胸の奥に巣くった不安の影の正体が、勇儀にはどうしても掴めなかった。
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