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ゆう×ぱる! 39 / 「水橋パルスィの存在」
 ぱるぱる。









 廃屋だった場所が、だんだんと家らしくなっていく。
 テーブルや椅子が置かれ、戸棚の中に食器が並べられ、炊事場が片付けられる。失われていた生活感を取り戻すと、廃屋は家として息を吹き返したようにも見えた。
 残った小物の整理を続けながら、パルスィはそんな光景を見渡す。
 玄関の他には、炊事場と居間と寝室があるだけの小さな家だ。それでも、ひとつの空間を自分と勇儀のものに作り替えていく作業は気分が良かった。自分のものと勇儀のものを並べていくだけで、そこが自分たちの居場所になっていく気がする。
 それは小さいかもしれないけれど、パルスィには確かな幸せとして感じられた。
 ――自分が求めていたのは、結局こんな小さな幸せだったのかもしれない。
 勇儀がくれる、ひとつひとつの温もりが、少しずつ積み重なって大きくなっていく。
 それはパルスィのささくれ立っていた心を包み込んで、優しく守ってくれている。
 だから、ひとりで勇儀を待っていても、妬ましくないのだ。
 勇儀は今も出掛けているけれど、それは自分のため。この新しい暮らしのため。
 そのことを信じていられるから、妬ましくない。
 ――信じさせてくれる勇儀のことが、いつだって愛おしい。
「勇儀……」
 早く、帰ってこないだろうか。
 勇儀が帰ってきたら、どんな顔をして出迎えようか。
 ふっとパルスィは、傍らに置かれた姿見を見やる。
 そこに映っている自分の顔は、なんだかよく解らない表情をしていた。
「……ゆう、ぎ」
 呟くと、鏡に映る自分も同じ言葉を呟く。
 忌み嫌われた緑の眼が、鏡の中から自分を見つめ返している。
 ――だけどそれを、勇儀は綺麗だと言ってくれたから。
「おかえり、勇儀」
 練習をするように、パルスィは鏡に向かって笑いかけてみた。
 だけどそれは、何だかぎこちない笑顔にしかならない。
 自分の頬を撫でて、パルスィは小さく唸る。
 勇儀の前で、自分は何回笑って見せただろうか。
 睨んだり、拗ねたり、呆れたり――勇儀の前では、いつもそんな顔しかしていない気がする。
 こんなに勇儀が好きなのに、勇儀はいつも自分をからかって笑うから。
 つい、口を尖らせて、そっぽを向いてしまう。
『さっきの笑い顔、今までで一番可愛かったよ』
 いつか、勇儀は自分に向けてそう言った。
 自分はそのとき、どんな風に勇儀に向けて笑っていたのだろう。
 そんな笑顔を、自分はちゃんと、勇儀に向けていられるのだろうか。
 ため息を漏らして、パルスィは姿見から視線を逸らす。小物の整理はまだ残っている。勇儀が帰ってくる前に終わらせてしまおう――と、パルスィは立ち上がろうとして。
 玄関の方から、物音がした。
 弾かれたようにパルスィは顔を上げる。勇儀だ。今、この家を訪れるのは勇儀以外に居ない。思ったより早いが、買い出しを済ませて帰ってきたのだろう。
 立ち上がり、パルスィは玄関の方に駆けた。
 そこに愛おしい彼女が居るものと、疑うことなく。
 星熊勇儀が笑って、『ただいま、パルスィ』と言ってくれるものと信じて。
「おかえり、勇――」
 そう、笑顔で、とびきりの笑顔で、声をかけようとして。

 そこにいたのは、星熊勇儀では無かった。
 凍りついたように、パルスィは足を止める。
 玄関の扉を開けて、姿を現したのは。
 暗い、空洞の瞳でこちらを見つめる、骸骨のように細い影。
 ――否、それは骸骨そのものだ。
 骨が衣を纏った、その妖怪の姿は――パルスィの記憶の中にあるものと重なる。
 鈍い痛みを伴うその記憶は、自分がこの地底に逃れてきた頃のこと。
「――――どう、して」
 誰、とは言えなかった。その妖怪のことは、パルスィもはっきりと記憶していた。
 地底に流れ着き、旧都の一角で行き倒れた橋姫に手を差し伸べた、その妖怪は。
 パルスィの緑の眼を疎み、旧都から追い出した妖怪たちの、中心。
「姐さんは――いないのかい」
 カラカラと骨を鳴らして、その妖怪――狂骨は呟くように、そう口にした。
 空洞の眼窩が、しかし確かな眼光を伴って、パルスィを見つめた。
 そこにある感情は――パルスィには、窺い知れなど、しない。
「――きっと、あのときに、こうしちまうべきだったんだ」
 感情を殺した、どこまでも淡々とした声で、狂骨は呟き続ける。
「そうすれば――何も起こらず、この旧都は平穏であり続けられたんだ」
 狂骨が何を言いたいのか、パルスィには解らない。解るはずもない。
 ただ、その眼窩から視線を逸らしたパルスィの目に映ったのは。
 狂骨の手に握られた――凶器。
 一振りの包丁が、骨だけの白い手に、しっかりと握られていた。
「儂は――地獄に堕ちようと思うよ」
 その手の凶器を、狂気を握り直して、狂骨は。
「嫁は、儂が殺した嫁は――儂のことは、待ってくれちゃあ居ないだろうがね」
 呆然と立ちすくんだパルスィへと向けて、
 その手の凶器を、ゆっくりと振り上げて、
 ――振り下ろした。


       ◇


 記憶は蘇る。
 それは、地上を離れ、あの長い縦穴を通って、地底へと降りてきたときのこと。
 人間に追われ、傷つき疲れた果てに辿り着いたのが、この地底だった。
 そこで、まだ住む妖怪もそれほど多くはなかった旧都の片隅で、自分は行き倒れた。
 ――それを拾ったのが、狂骨の夫妻だった。
 ああ、覚えている。自分が目を覚ましたとき、笑顔を向けてくれた夫妻のことを。
 同じ忌み嫌われた妖怪同士、手を差し伸べることに理由などいらなかったのだろう。
 この旧都は、そうであるように鬼たちが作った街だったから。
 だけど、あのときの自分は、そんな優しさなど信じられはしなかった。
 ただそこに居ただけで人間に恐れられ、忌み嫌われ、追い立てられた。
 どこに逃げても、そこに暮らす別の妖怪に、この緑の眼を気味悪がられた。
 そんなことをずっと繰り返して――ようやく辿り着いたのが、この地底だったから。
 自分は誰も信じられず、自分を助けた狂骨の夫妻を拒絶した。
 この緑の眼で、彼らを睨みつけて――己の力を、振るってしまった。
 彼らの心の奥底にある嫉妬の心を、揺さぶった。

 ――誰のことも信じないのに、自分のことは信じてほしいなんて傲慢だ。
 あの土蜘蛛は、自分の頬を張ってそう言った。
 ああ、そうだ。本当にその通りだった。
 自分は誰も信じていなかった。誰も信じず、ただこの緑の眼で、きっとあのとき近くに暮らしていた妖怪たちを、無差別に傷つけていた。
 自分を拒絶した世界への呪いを、力という形で撒き散らしていた。
 ――そんな自分が旧都を追われるのなど、当然の摂理でしかなかったのだ。

 徒党を組んだ妖怪たちに追われたあの夜。
 自分はあの橋の元へ逃れて、そして旧都の灯りを妬んでいた。
 そこにも自分の居場所は無かったのだと――妬んでいた。
 自分が、誰をどれほど傷つけていたのかなど、考えもしないままで。

 それが罪ならば、これは罰か。
 ただ己の嫉妬のために、見知らぬ誰かを傷つけた罰か。
 そんなことに気付きもせずに――自分だけが、幸福になろうとした罰か。
 だから自分は――。

 勇儀。
 ――助けて、勇儀。

 祈りの言葉など、届くはずもなかったのだけれど。
 そんなことを祈ることすら、自分に許されているのかも解らなかったけれど。
 けれど、パルスィは、ただ、愛した鬼の名前を叫んで――。


       ◇


 けれど、振り下ろされたはずの刃は、パルスィの身体を貫きはしなかった。
 痛みや熱がいつまで経っても訪れないことに、パルスィは恐る恐る目を開けて。
 そして――目の前の光景に、呆然と目を見開く。

 振り下ろされようとした、狂骨の手の中の刃が。
 どこからか伸びた白い糸に絡め取られて、制止していた。
 その糸は強靱に刃を包み込み、狂骨の右手の動きを封じていた。
 ――粘つく白い糸。それは、蜘蛛の糸だった。

「……旦那。私は言ったはずだよ」
 愕然と立ちすくんだ狂骨の背中越しに、聞き覚えのある声がした。
 開け放たれていた扉の向こう、狂骨へ向けて――その糸を放った影は。
 傍らに釣瓶落としの少女を連れて、ただどこか悲しげに、狂骨を見つめていた。
「私は、旦那が姐さんに殺されるところなんて、見たくないってさ」
 黒谷ヤマメは、その蜘蛛の糸で狂骨の狂気を押しとどめて。
 どこか寂しげに――ふっと、笑った。



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| 浅木原忍 | 23:04 | comments(2) | trackbacks(0) |
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Comment
ぱるばる

あらやだ、なにこの可愛い子。って旦那ー!あの子を残して逝くつもりだったのか!?

笑顔の練習…つまり、練習してるパルスィを姐さんが目撃してニヤニヤできるフラグですね。(ダトイイナー

ぱるばる
Posted by: ジェラ・しー |at: 2009/12/04 4:17 AM
うおおヤマメかっけぇえ!!
某チル姉の人の影響でヤマメ好きになってましたが、なんだこのカッコいい登場は!!!

そして走れ勇儀!な感じの姐さんはこの状況をどう捉えるんだろう…あぁ気になる浅木原さんのはいつも気になるちくしょう(ぱるぱる)
Posted by: クラン |at: 2009/12/04 9:59 PM








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 3 / 火焔猫燐
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 32 / 「黒谷ヤマメの嫉妬」
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