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ゆう×ぱる! 38 / 「星熊勇儀の失態」
 フィクションの中の悪い予感って100%当たりますよね。










 元々、勇儀も物欲の強い方ではない。
 酒があり、飲み騒げる相手が居れば、鬼という生き物はそれで満足なのだ。
 だから、自分の元々の家から持ち込む家財も大した量ではあるまい、と高をくくっていたが、これが間違いだった。自分ひとりで暮らすならばともかく、これからはパルスィとふたりで暮らすのだ。すると自然、ひとつではなくふたつ必要なものが増えていく。
 もともと気ままな独り暮らしだった勇儀の家のものだけで、必要な分が揃うわけもない。
 そんなわけで、結局パルスィの橋の下の家からも色々と持ち込むことになった。
 旧都の奥に位置する新居と、地上への縦穴近くにある橋とは結構距離がある。持ち込んだ家財はパルスィが随時整理してくれたものの、大きな家具の類は勇儀の力が無ければどうしようもなかった。何だかんだで、結局それも一日仕事である。
「やれやれ……引っ越しってのも大変なもんだねえ」
 どうにか持ち込んだ家財の配置やら何やらが一段落したところで、勇儀は畳んであった布団の上に倒れ込んだ。「寝るなら敷いてからにしなさいよ」とパルスィに睨まれる。
「いやいや、くたびれたよ」
「鬼のくせに、だらしないわね」
「鬼だって疲れぐらいするさ。――仕事明けの一杯、とでも行くかね」
 むくりと身体を起こし、瓢を取り出す。その様に、パルスィが露骨にため息を漏らした。
「呑む口実が欲しいだけじゃないの? あんたの場合」
「酒を楽しむのに口実なんて要らないさ。パルスィを愛でるのと一緒、一緒」
「――馬鹿なこと言ってるんじゃないの」
 ふて腐れたように口を尖らせつつ、勇儀の差し出した杯をパルスィも受け取った。
「ちょっとだけだからね。鬼の基準での《ちょっと》じゃないわよ?」
「承知しておりますよ、お姫様」
「……ぱるぱる」
 上目遣いで勇儀を睨みつつ、注いだ酒をくいっと口にして、パルスィは赤らんだ顔で息を吐いた。すぐ赤くなるねえ、と勇儀が笑うと、また睨まれる。
「でも、なんだかようやく、暮らす家らしくなってきたわね」
 色々と家財が配置された部屋の中を見回して、パルスィは呟く。配置に関して色々と揉めたのはご愛嬌か。勇儀は苦笑する。
「まあ、まだ屋根とか梁とか、手を入れなきゃいけないがね」
「そのへんは、あんたの仕事でしょ?」
「鬼は大工じゃないんだがね。――まあ、明日には片付けるさ」
 小さな穴の開いた屋根を見上げて、勇儀は答えた。
 萃香のように自分の分身を使役できれば、もう少し色々と楽だったかもしれない。
「ついでに、色々と足りないものとか、あと食べるものとかも買い出しておこうかね」
 勇儀が呟くと、不意にパルスィが、杯を見下ろしたまま黙り込む。
 その姿に目を細めて――勇儀は、問いかけてみる。
「……着いてくるかい?」
「――――」
 パルスィは僅かに逡巡して――結局、首を横に振った。
 まあ、まだそれは性急かもしれない。勇儀は笑みを浮かべて、パルスィの傍らに身を寄せると、その肩をそっと抱き寄せた。
「じゃあ、明日もちょいと留守番してもらわないといけないね」
「……解ってるわよ」
 おどけて言ってみせると、拗ねたような声でパルスィは答えた。
「ちゃんと、ひとりでお留守番出来るかい?」
「――つねるわよ」
「痛い痛い、もうつねってるじゃないかい」
 耳を引っぱられて勇儀が苦笑いすると、パルスィはふん、とそっぽを向く。
「……ちゃんと、待ってるから」
 囁くような声は、どこか心細そうにも聞こえて。
「勇儀は……心配、しなくていいから」
 また愛おしさが込み上げてきて、勇儀はその細い身体を後ろから抱き締めた。
「パルスィ」
「……何よ」
「離れないで、って言ってもらえないのも、それはそれでちょっと寂しいねえ」
「馬鹿。――酒臭いのよ」
 すり寄せた頬が赤らんでいることに、勇儀は幸福を噛み締めて。
 パルスィの柔らかな金髪を撫でながら、胸元に抱き寄せて、唇を重ねる。
 ――離れている時間があっても、それを埋めるぐらいに触れあっていられればいい。
 きっとそれが、本当に大切なことなのだろうと、勇儀は思うのだ。


       ◇


 翌日。
「行ってらっしゃい」というパルスィの声に見送られて、勇儀は旧地獄街道の商店街に足を運んでいた。目的は主に、修繕の為の用材の調達と、当面の食料の確保である。
 先日の騒乱でかなり被害を受けたはずの商店街は、しかし既に元の活気を取り戻していた。自分が居なくても、上役たちは復旧活動を迅速に行ったのだろう。その証拠である旧地獄街道の賑わいに、勇儀は目を細めながら歩く。
 行き交う妖怪たちは、勇儀の姿を見かけるとぎょっと一瞬足を止めた。あの騒乱の中、自分が旧都に突きつけた怒りと力の印象は、まだ多くの妖怪に残っているらしい。
 それでも勇儀は、敢えて今までと変わらずに、笑みを浮かべて知った顔に声を掛けた。
 誰もがまだこわごわとではあったが――それに対するリアクションも、返ってきた。
 今はまだ、これでいい。勇儀はそう思う。
 一度は壊れかけた関係だ。そう簡単に元の鞘とはいかないだろう。自分たちが人間との関係を修復できなかったように。――けれど、いずれは。
 いずれはこの旧地獄街道を、パルスィの手を引いて歩ければいい。
 パルスィが、行き交う知人に、笑って声を掛けられる――そんな場所であればいい。
 旧地獄街道の雑踏に、そんな思いを噛み締めながら、勇儀は歩く。

 ――だから、勇儀は忘れていたのだ。
 古明地さとりが発した警句のこと。自分が旧都と一度は決別した、全てのきっかけのこと。
 パルスィがこの旧都を追われたその理由。追い出した、その主犯たち。
 彼らの中に燻る、昏い炎のことを――勇儀は、見逃していたのだ。

 一通りの買い出しを済ませたところで、ぐう、と腹の虫が鳴った。
 何か軽く腹に入れてから戻ろうか、それとも家に戻って買い出したものからパルスィと何か食べるか。――後者にすべきだろう、今は。そう勇儀は思案する。
 とは考えつつも、視線は旧地獄街道の飲食店を見回していることに自分で気付いて、勇儀は小さく苦笑した。いやいや、ここは我慢だ、我慢。
 空腹を誤魔化すように、携えた瓢から酒を注いで、杯を干す。アルコールの熱が全身に染み渡る心地よさに、勇儀は息を吐き出して、
 ――ふと、違和感を覚えて立ち止まった。
 賑わう旧地獄街道。立ち並ぶ商店。その姿は、勇儀が親しんだ光景と何も変わらない。そのはずだ。そのはずなのに――何かが、欠けている気がする。
 顔をしかめて、勇儀はもう一度ぐるりと旧地獄街道を睥睨した。
 ――そして、違和感の元に思い至り、そして慄然とする。
 あの屋台が見当たらないのだ。いつも旧地獄街道の中心に暖簾を下げている、蕎麦屋の屋台。狂骨の蕎麦屋が――営業していない。
 いや、と勇儀は首を振る。そういうこともあるだろう。狂骨は商売熱心だが、事情があれば店を休むことだってあるはずだ。違和感を覚えたのは、空腹を意識したとき無意識にあの屋台を探していたからだろう。あの店は勇儀の行きつけだったから。
 だけど今は、そういうわけにも行かないのだ。
 パルスィを連れて、この旧都に戻ってきた以上は、まだ彼の店には、

『儂も、狂いかけたことがあるからだよ』
 狂骨はそう言った。
『――最初に狂ったのがあの手長の嫁さんだったってだけで、誰が似たような事件を起こしてもおかしくなかった、あのときは』
 どこまでも静かに、彼はそう語った。
『儂らはただ、誰も妬むことなく、平穏に暮らしていたいだけなんだ』
 狂骨の奥方は、居なくなっている。
 いつ? 何故? ――何が原因で?
『……旧都には、橋姫を黙して受け入れられる者ばかりでもないでしょう』
 古明地さとりの警句が、破鐘の音のように不快に、勇儀の頭の中に響いた。

「……――ッ!」
 弾かれたように、勇儀は走りだした。
 向かう先はただ一箇所、自分たちの家。――パルスィの待つ家。
 そこで、パルスィはひとりきりで待っている。
 自分の帰りを、ひとりで、たったひとりで待っている――。

 守ると誓った。水橋パルスィを守ると。そのために自分の力はあるのだと。
 ――ならば、何故離れた。何故パルスィをひとりにした。
 この旧都はまだ決して、パルスィにとって安全な居場所などでは無いというのに。

 杞憂であってくれ、と勇儀は祈った。
 帰り着けば、息を切らせた自分をパルスィが驚き顔で出迎えて、自分の心配は考え過ぎとして食事中の笑い話になるのだと――そうであるように祈りながら、勇儀は走った。
 瞼に浮かぶ、行ってらっしゃい、と微笑んだパルスィの顔。
 すぐそばにあるはずだった、その笑顔が。
 ずっとそばにあるはずだった、その笑顔が。
 ――旧地獄街道から、旧都の外れの我が家までの距離は、ひどく遠かった。



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| 浅木原忍 | 23:20 | comments(2) | trackbacks(0) |
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Comment
ひゃ、100%悪い予感当たらなくてもいいのよっ?
Posted by: |at: 2009/12/01 1:15 AM
狂骨の足元にうつ伏せに倒れる生死不明なパルスィを想像してしまった…

姐さん頑張れ?超頑張れ?俺のパ(ry
Posted by: ジェラ・しー |at: 2009/12/01 3:01 AM








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【お燐×おくう】
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 3 / 火焔猫燐
 4 / 霊烏路空
 5 / 古明地さとり
 6 / 火焔猫燐
 7 / 霊烏路空
 8 / 火焔猫燐
 9 / 古明地さとり
 10 / 霊烏路空
 11 / 火焔猫燐
 12 / 古明地さとり
 13 / 霊烏路空
 14 / 火焔猫燐
 15 / 古明地さとり
 16 / 霊烏路空
 17 / 古明地こいし
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 32 / 「黒谷ヤマメの嫉妬」
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