ゆう×ぱる! 38 / 「星熊勇儀の失態」
2009.11.30 Monday | category:東方SS(勇儀×パルスィ)
元々、勇儀も物欲の強い方ではない。
酒があり、飲み騒げる相手が居れば、鬼という生き物はそれで満足なのだ。
だから、自分の元々の家から持ち込む家財も大した量ではあるまい、と高をくくっていたが、これが間違いだった。自分ひとりで暮らすならばともかく、これからはパルスィとふたりで暮らすのだ。すると自然、ひとつではなくふたつ必要なものが増えていく。
もともと気ままな独り暮らしだった勇儀の家のものだけで、必要な分が揃うわけもない。
そんなわけで、結局パルスィの橋の下の家からも色々と持ち込むことになった。
旧都の奥に位置する新居と、地上への縦穴近くにある橋とは結構距離がある。持ち込んだ家財はパルスィが随時整理してくれたものの、大きな家具の類は勇儀の力が無ければどうしようもなかった。何だかんだで、結局それも一日仕事である。
「やれやれ……引っ越しってのも大変なもんだねえ」
どうにか持ち込んだ家財の配置やら何やらが一段落したところで、勇儀は畳んであった布団の上に倒れ込んだ。「寝るなら敷いてからにしなさいよ」とパルスィに睨まれる。
「いやいや、くたびれたよ」
「鬼のくせに、だらしないわね」
「鬼だって疲れぐらいするさ。――仕事明けの一杯、とでも行くかね」
むくりと身体を起こし、瓢を取り出す。その様に、パルスィが露骨にため息を漏らした。
「呑む口実が欲しいだけじゃないの? あんたの場合」
「酒を楽しむのに口実なんて要らないさ。パルスィを愛でるのと一緒、一緒」
「――馬鹿なこと言ってるんじゃないの」
ふて腐れたように口を尖らせつつ、勇儀の差し出した杯をパルスィも受け取った。
「ちょっとだけだからね。鬼の基準での《ちょっと》じゃないわよ?」
「承知しておりますよ、お姫様」
「……ぱるぱる」
上目遣いで勇儀を睨みつつ、注いだ酒をくいっと口にして、パルスィは赤らんだ顔で息を吐いた。すぐ赤くなるねえ、と勇儀が笑うと、また睨まれる。
「でも、なんだかようやく、暮らす家らしくなってきたわね」
色々と家財が配置された部屋の中を見回して、パルスィは呟く。配置に関して色々と揉めたのはご愛嬌か。勇儀は苦笑する。
「まあ、まだ屋根とか梁とか、手を入れなきゃいけないがね」
「そのへんは、あんたの仕事でしょ?」
「鬼は大工じゃないんだがね。――まあ、明日には片付けるさ」
小さな穴の開いた屋根を見上げて、勇儀は答えた。
萃香のように自分の分身を使役できれば、もう少し色々と楽だったかもしれない。
「ついでに、色々と足りないものとか、あと食べるものとかも買い出しておこうかね」
勇儀が呟くと、不意にパルスィが、杯を見下ろしたまま黙り込む。
その姿に目を細めて――勇儀は、問いかけてみる。
「……着いてくるかい?」
「――――」
パルスィは僅かに逡巡して――結局、首を横に振った。
まあ、まだそれは性急かもしれない。勇儀は笑みを浮かべて、パルスィの傍らに身を寄せると、その肩をそっと抱き寄せた。
「じゃあ、明日もちょいと留守番してもらわないといけないね」
「……解ってるわよ」
おどけて言ってみせると、拗ねたような声でパルスィは答えた。
「ちゃんと、ひとりでお留守番出来るかい?」
「――つねるわよ」
「痛い痛い、もうつねってるじゃないかい」
耳を引っぱられて勇儀が苦笑いすると、パルスィはふん、とそっぽを向く。
「……ちゃんと、待ってるから」
囁くような声は、どこか心細そうにも聞こえて。
「勇儀は……心配、しなくていいから」
また愛おしさが込み上げてきて、勇儀はその細い身体を後ろから抱き締めた。
「パルスィ」
「……何よ」
「離れないで、って言ってもらえないのも、それはそれでちょっと寂しいねえ」
「馬鹿。――酒臭いのよ」
すり寄せた頬が赤らんでいることに、勇儀は幸福を噛み締めて。
パルスィの柔らかな金髪を撫でながら、胸元に抱き寄せて、唇を重ねる。
――離れている時間があっても、それを埋めるぐらいに触れあっていられればいい。
きっとそれが、本当に大切なことなのだろうと、勇儀は思うのだ。
◇
翌日。
「行ってらっしゃい」というパルスィの声に見送られて、勇儀は旧地獄街道の商店街に足を運んでいた。目的は主に、修繕の為の用材の調達と、当面の食料の確保である。
先日の騒乱でかなり被害を受けたはずの商店街は、しかし既に元の活気を取り戻していた。自分が居なくても、上役たちは復旧活動を迅速に行ったのだろう。その証拠である旧地獄街道の賑わいに、勇儀は目を細めながら歩く。
行き交う妖怪たちは、勇儀の姿を見かけるとぎょっと一瞬足を止めた。あの騒乱の中、自分が旧都に突きつけた怒りと力の印象は、まだ多くの妖怪に残っているらしい。
それでも勇儀は、敢えて今までと変わらずに、笑みを浮かべて知った顔に声を掛けた。
誰もがまだこわごわとではあったが――それに対するリアクションも、返ってきた。
今はまだ、これでいい。勇儀はそう思う。
一度は壊れかけた関係だ。そう簡単に元の鞘とはいかないだろう。自分たちが人間との関係を修復できなかったように。――けれど、いずれは。
いずれはこの旧地獄街道を、パルスィの手を引いて歩ければいい。
パルスィが、行き交う知人に、笑って声を掛けられる――そんな場所であればいい。
旧地獄街道の雑踏に、そんな思いを噛み締めながら、勇儀は歩く。
――だから、勇儀は忘れていたのだ。
古明地さとりが発した警句のこと。自分が旧都と一度は決別した、全てのきっかけのこと。
パルスィがこの旧都を追われたその理由。追い出した、その主犯たち。
彼らの中に燻る、昏い炎のことを――勇儀は、見逃していたのだ。
一通りの買い出しを済ませたところで、ぐう、と腹の虫が鳴った。
何か軽く腹に入れてから戻ろうか、それとも家に戻って買い出したものからパルスィと何か食べるか。――後者にすべきだろう、今は。そう勇儀は思案する。
とは考えつつも、視線は旧地獄街道の飲食店を見回していることに自分で気付いて、勇儀は小さく苦笑した。いやいや、ここは我慢だ、我慢。
空腹を誤魔化すように、携えた瓢から酒を注いで、杯を干す。アルコールの熱が全身に染み渡る心地よさに、勇儀は息を吐き出して、
――ふと、違和感を覚えて立ち止まった。
賑わう旧地獄街道。立ち並ぶ商店。その姿は、勇儀が親しんだ光景と何も変わらない。そのはずだ。そのはずなのに――何かが、欠けている気がする。
顔をしかめて、勇儀はもう一度ぐるりと旧地獄街道を睥睨した。
――そして、違和感の元に思い至り、そして慄然とする。
あの屋台が見当たらないのだ。いつも旧地獄街道の中心に暖簾を下げている、蕎麦屋の屋台。狂骨の蕎麦屋が――営業していない。
いや、と勇儀は首を振る。そういうこともあるだろう。狂骨は商売熱心だが、事情があれば店を休むことだってあるはずだ。違和感を覚えたのは、空腹を意識したとき無意識にあの屋台を探していたからだろう。あの店は勇儀の行きつけだったから。
だけど今は、そういうわけにも行かないのだ。
パルスィを連れて、この旧都に戻ってきた以上は、まだ彼の店には、
『儂も、狂いかけたことがあるからだよ』
狂骨はそう言った。
『――最初に狂ったのがあの手長の嫁さんだったってだけで、誰が似たような事件を起こしてもおかしくなかった、あのときは』
どこまでも静かに、彼はそう語った。
『儂らはただ、誰も妬むことなく、平穏に暮らしていたいだけなんだ』
狂骨の奥方は、居なくなっている。
いつ? 何故? ――何が原因で?
『……旧都には、橋姫を黙して受け入れられる者ばかりでもないでしょう』
古明地さとりの警句が、破鐘の音のように不快に、勇儀の頭の中に響いた。
「……――ッ!」
弾かれたように、勇儀は走りだした。
向かう先はただ一箇所、自分たちの家。――パルスィの待つ家。
そこで、パルスィはひとりきりで待っている。
自分の帰りを、ひとりで、たったひとりで待っている――。
守ると誓った。水橋パルスィを守ると。そのために自分の力はあるのだと。
――ならば、何故離れた。何故パルスィをひとりにした。
この旧都はまだ決して、パルスィにとって安全な居場所などでは無いというのに。
杞憂であってくれ、と勇儀は祈った。
帰り着けば、息を切らせた自分をパルスィが驚き顔で出迎えて、自分の心配は考え過ぎとして食事中の笑い話になるのだと――そうであるように祈りながら、勇儀は走った。
瞼に浮かぶ、行ってらっしゃい、と微笑んだパルスィの顔。
すぐそばにあるはずだった、その笑顔が。
ずっとそばにあるはずだった、その笑顔が。
――旧地獄街道から、旧都の外れの我が家までの距離は、ひどく遠かった。
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