ゆう×ぱる! 29 / 「星熊勇儀の決断」
2009.11.05 Thursday | category:東方SS(勇儀×パルスィ)
水橋パルスィ。自分が恋をした、孤独な橋姫。
旧都。自分が作り上げた、自分が守ってきた、この地底の楽園。
どちらも、勇儀にとっては他に替えられるもののない、唯一無二の宝物だった。
突きつけられたのは二者択一。パルスィを取るか、旧都を取るか。
パルスィは、自分だけを愛してと望み、旧都を拒絶した。
旧都は、橋姫を拒絶し、自分の統率を必要としていた。
そのどちらを選んだとしても、星熊勇儀という鬼は嘘つきになってしまうのだ。
パルスィを選べば、これまでまとめてきた旧都への不義理となり。
旧都を選べば、パルスィに囁いた愛が全て嘘に変わる。
それならば――星熊勇儀の選ぶべき道など、最初からひとつきりだったのだ。
そんな単純なことに気付くのに、時間がかかりすぎて、パルスィも旧都も、きっと傷つけてしまった。それは罪だ。星熊勇儀の罪だ。
ならばその罪は、この身にかけて、この力にかけて償わなければならない。
それが、星熊勇儀に為せることなのだ。
即ち、ただひとつの単純明快な答え。
水橋パルスィと、旧都。どちらも無二であるならば、どちらも守る。
旧都がパルスィを拒絶するなら、その拒絶からパルスィを自分が守り。
パルスィが旧都を拒絶するなら、パルスィが拒絶しなくていい旧都を作る。
楽園が色褪せたなら、再び染め直せばいいのだ。
かくあるべき形へ。地底の、忌み嫌われた者たちの楽園として。
星熊勇儀は、己とその愛するもののために、その力で楽園を作り上げるのだ。
――それが、星熊勇儀の決断だ。
◇
その場所に向かったのは、ある種、確信めいたものがあったからかもしれない。
地上へと通じる縦穴のほど近くに佇む橋。そこから姿を消したパルスィ。
パルスィが向かうとすればどこか。地上への道は閉ざされている。ならば旧都か? いや、そんなはずはない。自分が拒絶された旧都にパルスィが逃げるはずはない。
地底の道は入り組んでいる。一番大きな道を通れば旧都へとたどり着くが、それ以外にも無数の細い脇道が存在し、その全貌は勇儀であっても把握しきってはいなかった。地底の全てを網羅した地図を作るのだ、と豪語した妖怪がいつか居たが、彼の姿をその後見た者はいない、などという、どこまで本当か解らない噂話もある。
そしてそんな脇道の奥には、旧都の喧噪から離れて暮らす者たちがいる。旧都の秩序を乱した咎で鬼の制裁を受け、旧都に居られなくなった者。あるいは元から孤独を愛し、社会の中に組み込まれることを良しとしないもの。
――そしてあるいは、橋姫のように、旧都から拒絶された者。
咄嗟に馴染みのある少女の顔が浮かんだのは、きっと自分にも引け目があったからだろう。
旧都のとりまとめに、彼女の力を利用していた。そのことが、旧都の妖怪から彼女を疎ませることになるのを理解していながら。自分が旧都をとりまとめることが、妖怪としては決して強くない彼女を間接的には守っているのだ――という屁理屈で己を納得させて。
ああ、全く、星熊勇儀という鬼は、本当に傲慢で傍若無人だ。
だがそれは、取り返すことは出来るはずだから。
「行ってみないことにゃ、始まらないね――」
旧都から拒絶された水橋パルスィを、この地底で受け入れる者がいるとすれば。
同じように旧都から疎まれた者こそが、それに相応しいだろう。
古明地さとり。心を読む妖怪《覚》の少女。
彼女の暮らす、灼熱地獄跡に建つ屋敷――地霊殿。
たとえそこにパルスィが居なくとも、あの屋敷に飼われている火焔猫のお燐は地底の事情通だ。あるいはどこかでパルスィを見かけているかも知れない。
そんなことを考えながら、勇儀は旧都の脇を通る細い道を走っていた。地霊殿に向かうなら、旧都の中心である旧地獄街道を突っ切るのが一番早い。だが、一度は旧都を棄てると公衆の面前で言い切った自分がのこのこと旧都に出戻るのは問題があった。いずれ戻るにしても、それには必要なものを揃えてからだ。自分が守るべきものと矜持を整えてからだった。だから勇儀は、ぐるりと旧都の周りを迂回する細道を通って、灼熱地獄の熱気が立ちこめるその屋敷へと急いでいた。
心に念じるのは、ただ愛した少女の面影だけ。
水橋パルスィの、照れ顔と、拗ね顔と、――たまにしか見せてくれない笑顔。
愛おしいその全てを取り戻す。そして守る。この力にかけて、必ず。
その誓いを、何度となく胸の中で繰り返した誓いを噛み締めるようにして。
勇儀はただ、下駄を高く響かせて、仄暗く湿った地底を走り続けた。
◇
屋敷の中は、奇妙に静まりかえっていた。
錠も番も無い門をくぐり、重い扉を開けば、籠もる熱気の気配が漂ってくる。屋敷の下に燃えさかる地底の炎は、この屋敷そのものを陽炎のように揺らめかせている。
「――さとり? 居るのかい? お邪魔するよ」
静寂が満ちる屋敷の中へ、そう声をあげてみるが、返事はなかった。
勇儀は小さく肩を竦めて、屋敷の中に足を踏み入れる。出迎えが無いことに文句を言う筋合いなどないのだから、あるいは留守なのだろうか。それなら門のあたりで帰りを待っていてもいい。あてもなく広い地底を彷徨うよりは、そちらの方がまだ――。
にゃあ、と足元で猫が啼いた。視線を下ろせば、火焔猫が一匹、勇儀の足元にじゃれついている。お燐――ではない。お燐はこの屋敷で飼われている火焔猫のリーダー格で、最も強い力持っている。足元の火焔猫からは、ほとんどただの猫と言っていいほどの力しか感じない。
「おい、お前さん、ご主人はどこだい?」
その火焔猫を抱き上げると、ふみゃあ、と猫はじゃれつくようにまた一声啼いた。
さとりならこの猫の考えていることも、あの第三の目で見透かせるのだろうか。
そんなことを思いながら、猫の目を覗きこんだ勇儀は――ふと、その色に気付いた。
黒と赤の斑模様の、その火焔猫の足のあたりに、黒でも赤でも無い色の毛がついている。
長い毛だ。猫の体毛ではない。――髪の毛?
勇儀はそれをつまんだ、ひらりと猫が勇儀の腕から逃れて駆けていくが、それに構ってなどはいられなかった。
「こいつは――」
軽くウェーブのかかったその髪の毛は、金色をしているように見えた。自分の髪ではない。勇儀の髪は癖のない直毛だ。そして、この地霊殿の住人に、勇儀の記憶している限り、金色の髪の持ち主は居ない。いや、ペットの中にはいるのかもしれないが――。
ウェーブのかかった、金色の髪。
柔らかなその感触には、勇儀にはあまりにも、覚えがありすぎた。
「パルスィの……か?」
だとすれば。あの猫の足元にパルスィの髪の毛がついていたのだとすれば、それが導き出す事実はひとつきりだ。――パルスィはここに、地霊殿に来ている。
ならば、今もここにいるのか? それとも出ていった? あるいは――あるいは?
「――パルスィ!」
勇儀は叫んだ。その名前を。一抹の不安と、悪寒とを覚えながら。
この屋敷の建っている場所、――灼熱地獄跡というものを、敢えて意識の隅に追いやる。
最悪の可能性など、考えたくもなかったから。
「いるのかい、おい、パルスィ――」
声を張り上げても、その声は空しく屋敷の中に木霊して消えていく。
苦虫を噛み潰したように勇儀は顔をしかめ、それから再び歩き出した。屋敷の奥へ。
――そして、それを待っていたかのように。
「あら……出迎えもせずに失礼致しました。ようこそ、勇儀さん」
まるでたった今来客に気付いたかのように、どこからともなく少女は姿を現した。
得体の知れない視線を向ける、幼い少女の姿をしたその妖怪。――古明地さとり。
「何だ、居たのかい」
さとりの姿に、勇儀は軽く睨むように目を細めた。
その視線を受け流すようにしつつ、しかしさとりは沈黙する。
勇儀は眉を寄せた。――なぜ、沈黙する? さとりは常に、他人の心を読んで、会話を先回りする。今だって、勇儀がなぜここを訪ねたのかはとっくに把握しているはずだ。
それならば先回りして何か言えばいいものを――なぜ、さとりは沈黙するのか。
「……ここに、パルスィが来なかったかい?」
痺れを切らし、勇儀はそう問いかける。
さとりは僅かな沈黙ののち、勇儀の心の奥底まで見透かすような目で勇儀を見上げて。
「その問いに答える前に、あなたに訊ねたいことが私にもあります。星熊勇儀さん」
決然とした口調で、さとりはそう口にした。
訊ねたいこと? 勇儀は眉を寄せ、少女の瞳を見つめ返す。
「心の読めるお前さんが、私に何を訊ねるっていうんだい」
「心が読めるからこそ、です。――あなたの言葉で答えを聞きたいのです」
さとりはどこまでも冷静に言って、そして胸元の第三の目を撫でた。
ぎょろりとした三つ目の瞳もまた、勇儀を睨むように見据えて。
「勇儀さん。今、あなたにとって、旧都という場所は――何ですか?」
鋭い問いだった。旧都に疎まれた者としての、切実な問いのようにも、勇儀には聞こえた。
今朝までの自分だったら、きっとその問いに口ごもったしまっただろう。
だが、答えるべき言葉を見つけられなかったのは、もはや過去のことだ。
今の勇儀には、もう答えは決まっている。
「そりゃあ、決まってるだろう」
だから勇儀は、にっと笑った。邪気のない笑みで、ただ端的に答えた。
「楽園だよ。――私と、私の大切な全てのものにとっての、ね」
さとりは、そっと目を伏せた。
その口元には、微かな笑みが浮かんでいるように、勇儀には見えた。
「――橋姫は、屋敷の地下、灼熱地獄跡の中心近くに居るはずです」
そして、さとりはそう答えた。その答えに勇儀は眉を寄せて。
「それは、お前さんが連れ込んだのかい? それとも――パルスィが」
「ご想像にお任せします」
さとりの問いに、勇儀は肩を竦めて、そしてその傍らをすっと通り過ぎた。
――灼熱地獄跡にパルスィを連れていって、さとりが何をするつもりだったのか。
それを今ここで問い詰めるのは、必要なことではなかった。
必要なのはただ、パルスィがここにいるという――それだけだった。
「さとり」
勇儀は走りだそうとして、そしてふと振り返った。火焔猫を抱き上げたその少女に。
「お前さんにとっての楽園は――この屋敷かい?」
さとりは答えず、ただ勇儀に向けて、薄く笑って見せた。
◇
そして、勇儀は灼熱地獄の上で、愛する少女の姿を見つけて。
その細い身体を、また力一杯に抱きしめた。
自分の背中に爪を立てる、やきもち焼きな少女の髪を、優しく撫でて。
今の自分が伝えるべき言葉を、水橋パルスィへと伝えた。
――旧都で、パルスィを幸せにする。
パルスィが幸せになれる旧都を、この手で作り上げる。
だから、結婚しよう、と。
拒絶されるなら、嘘つきと言われるなら、きっと自分はそれまでだったのだろう。
その覚悟を込めて言った言葉に、パルスィは。
――きつく自分の背中に腕を回すことで、答えてくれたから。
その細い身体をもう一度強く抱いて、勇儀は誓ったのだ。
鬼。地底の統率者、星熊勇儀に出来ること。
それは、何よりも。
ただひとりの、愛した少女を幸せにするという――それだけなのだから。
そのために、自分は今度こそ、全てを賭そう、と。
ただ、パルスィを幸せにするために、この生涯を費やすのだ――と。
それが星熊勇儀の決断。
それが星熊勇儀の意思。
それが星熊勇儀の――真実だ。
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