ゆう×ぱる! 28 / 「水橋パルスィの嫉妬」
2009.10.29 Thursday | category:東方SS(勇儀×パルスィ)
古明地さとりに導かれた先は、熱気の籠もる大きな屋敷だった。
地霊殿、という単語が浮かぶ。どこで聞いたのだったかは覚えていないが、旧都からさらに奥、旧地獄跡の炎を管理している屋敷があったはずだ。
――そんなところへ自分を連れ込んで、どうしようというのだろう。
パルスィの疑念に気付いているのかいないのか、さとりは黙々と前を歩いていく。
行き場の無い自分は、ただそれに従うしかなかった。
あるいは、この熱の源である炎に、自分を突き落とそうとでもするのかもしれない。
旧都の騒乱、その実質的な原因である橋姫。
旧都の者の心を乱す、緑の眼の怪物を、ひっそりと始末するために。
――ああ、それはそれでもう、構わない。
どこか自暴自棄に、パルスィはゆるゆると首を振った。
この世界のどこにも、自分の居場所などなくて。
自分を必要としてくれる者が、誰も居ないのならば。
いっそ――消えてしまえばいいのだ。灼熱の炎に溶けて、跡形もなく。
そうすれば、もう誰にも忌み嫌われることもなく――。
『好きだよ、パルスィ』
ああ――それでも。
それでも、彼女の赤らんだ、底抜けの笑顔ばかりが、脳裏に浮かんで。
消えてしまいたいのに――その顔が、決して意識から消えてくれないのだ。
自分を愛していると言ってくれた、星熊勇儀の顔が。
「こちらへ」
さとりの声に、はっとパルスィは足を止めて顔を上げた。
屋敷の広い廊下、その突き当たり。さとりが指し示すのは、下る階段だった。
その下からは、熱気が風となって噴き上げている。
おそらくこの下にあるのは炎だろう。火焔地獄と呼ばれた、その灼熱の炎が。
「……別に、あなたを炎に突き落とそうというわけではありませんよ」
パルスィの思考を読んだかのように、さとりは目を細めて言った。
「ここならば、滅多なことでは誰も訪れませんから」
そう言って、さとりは薄く微笑んだ。
その笑みの裏にどんな真意があるのか、パルスィには解るはずなどない。
「ただ、少々困った子が居るので、気を付けてくださいね」
どこか苦笑するようにそう言ったさとりに、パルスィは眉を寄せた。
◇
熱量は蜃気楼のようにゆらめいて、絶えることなく噴き上げていた。
噴き上げる熱い風に髪を押さえながら、パルスィは熱気に揺らめく空気の中を飛ぶ。
他に、生きるものの気配はこの場所には見当たらない。地獄跡なのだから、ある意味ではそれが当たり前なのかもしれない。
そんな場所に自分がいるというのは、あるいは皮肉なのだろうか。
生きるものは、どうせ自分とは関わり合えない。
この忌み嫌われる緑の眼がある限り。
「…………」
どうせ、ひとりで居るのは慣れている。……そのはずだ。
『それとも、地底のどこにも行けないまま、独りで朽ちるのを待ち続けますか?』
古明地さとりはそう言ったが、この場所に居たところで結局は同じ事だろう。
自分はどこまでいっても、独りきりの忌み嫌われた妖怪でしかないのだ――。
「ん……」
あてもなく飛んでいると、不意にひときわ強い熱量を感じた。
圧縮された熱量が、一点に萃まって燃えさかっている。
火焔地獄跡の炎。爛々と揺らめくその紅に、パルスィはただ目を細めて。
――その炎に照らされるように、佇む影がひとつ。
炎の紅に照らされた、大きな翼。右手に嵌められた無骨な制御棒と、右足を覆う灰色。熱風になびく黒い髪は無造作に、胸元の紅の目がやけに爛々と輝いている。
悠然と炎を見下ろすその姿は、この地底の熱量を司る者の貫禄を携えて。
「……うにゅ?」
しかし、そんな貫禄など吹き飛ばしてしまうような、間の抜けた声をあげて。
その鴉はこちらを振り向き、きょとんと首を傾げた。
「お燐? じゃないよね。えーと、誰だっけ?」
心底不思議そうに首を捻る、その鴉の少女に、パルスィは目をしばたたかせた。
うつほ、と鴉の少女は名乗った。
「おくうでいいよ。お燐もそう呼ぶし」
お燐、というのは彼女の友人らしいのだが、今はここには居ないようだ。
「うつほ」が何故「おくう」になるのかと思ったが、突っ込むと疲れそうなので止めておく。
「あなたは?」
天真爛漫に笑って、うつほはそう問うた。
この少女にどう対応していいのか、計りかねながらパルスィは目を細める。
「……パルスィ」
「ぱるしー?」
間延びした声で呼ばれて、パルスィは眉を寄せ、
「じゃあ、おパルだね」
楽しげなうつほの言葉に、思い切り脱力した。――なんだ、それは。
「……誰がおパルよ」
「うにゅ、だめ? 似合うと思うんだけどなあ」
首を傾げながら、「んー」とうつほは唸る。パルスィはため息をついて、足元の炎を見下ろした。熱風を噴き上げて燃えさかる地獄の炎。その凶暴な熱量に対して、その上に佇んでいるこの少女の緊迫感の無さはいったい何だろう?
少女は確かに強い力を持っているようだったが、どこかその力を持て余しているようにもパルスィには見えた。――だからといって、自分には関係の無い話だが。
「あ、じゃあ――ぱるちーだね!」
「――――ッ」
どこまでも楽しげに、邪気の無い顔でうつほは言い。
その呼び名に、パルスィは息を飲んで、俯き唇を噛み締めた。
『――そうさね、ぱるちーと呼ぼう』
記憶に蘇る、勇儀の声。
あの橋の上、勇儀と初めて言葉を交わした日のこと。
名前を教えなかった自分を、勇儀はそう呼んで楽しげに笑っていた――。
何もかも、ついこの前のことでしかないはずなのに。
今は、遥か遠い昔のことのように思えた。
「うにゅ?」
唇を噛み締めたパルスィに、うつほが不思議そうに首を傾げる。
「ぱるちー、どしたの?」
――その名前で呼ばないで。
幸せだったあのときを、思い出してしまうから。
ただ自分のためだけに、勇儀がそばに居てくれた頃。
お互いのことだけを考えていられた、どうしようもなく幸せだった頃を。
「妬ましい……わ」
「ほえ?」
「その太平楽な顔が、妬ましいのよ……ッ」
吐き出すようなパルスィの言葉に、しかしうつほはきょとんと首を傾げる。
「ねたましい? ……うにゅ?」
んー、と唸って、そしてどこまでも脳天気に、鴉は訊ねるのだ。
「ねたましい、ってなに? 美味しいもの?」
このまま、炎の中に飛び込んで溶けてしまってもいいかもしれない。
わりと本気で、パルスィはそう思った。
「……あなた、ひょっとしなくても、とてつもない馬鹿?」
少々困った子がいるので、とさとりは言っていた。
それが今目の前にいるこの鴉なら、なるほどその言い分はよく解る気がした。
「うにゅ、ばかじゃないよ、うつほだよ」
「馬鹿でしょ」
「うつほだってば」
頭痛を堪えて、パルスィは首を振った。
――まさか、勇儀と同レベルの馬鹿が、この地底に他にも居たなんて。
「……妬ましいわ」
緑の眼を細めて、パルスィはうつほを睨んでみる。
けれど、少女はその瞳を見返しても、どこまでも脳天気に首を傾げるばかりで。
――この鴉も、嫉妬の心なんてものを持っていないのか。
勇儀のように、この緑の眼を見ても、平気でいられるのだとすれば――。
「妬ましい、のよ……っ」
馬鹿な。何を、今さら期待した?
その勇儀だって、自分を追ってきてはくれなかったのに。
この眼が、この力がある限り、誰も自分のそばになど居てくれないのに。
――そんなことは解っているのに、それでもまだ自分は求めているのか。
誰かが、自分のそばにいてくれることを。
抱きしめて、優しく髪を撫でてくれることを。
パルスィ、と、この名前を囁いてくれることを――。
「…………ゆう、ぎ……」
泣き出してしまいたかった。
そうすれば、勇儀はこの火焔地獄跡まで駆けつけてくれるだろうか?
今でもまだ――この橋姫を、守ろうとしてくれるのだろうか。
そんな淡い期待にすがったところで、裏切られるだけのはずなのに――。
「おなかすいてるの? でも今、食べるもの無いし……」
困ったように首を傾げ、周囲を見回して「うにゅー」とうつほは唸った。
「お燐がいれば、ご飯とってきてくれるんだけどなぁ」
――お燐。さっきから繰り返し、この鴉が口にする名前。
その名前に覚えがある気がして、パルスィはふと目を細め、すぐ思い至った。
あの日。旧都の騒乱の収拾に勇儀が駆り出されたあのとき。
旧都への案内と、自分の監視役を務めていた、火焔猫の少女がいた。
彼女を、勇儀は確か、お燐と呼んでいたはずだ。
「お燐はね、死体を萃めに行ってるんだよ」
訊いてもいないのに、うつほはどこか嬉々として、その友人について語り出す。
「萃めた死体は、ここにくべて、火力を上げるの」
足元の炎を指さす。この熱の源は死体なのか。パルスィは眉を寄せる。
「いっぱい死体を萃めてきたときのお燐は、楽しそうなんだ」
まるで我がことのように笑いながら、物騒な言葉をうつほは続ける。
「お燐はいつも、私の仕事のお手伝いしてくれて、私にご飯も持ってきてくれて。お燐はね、私のいちばんのともだちなんだよ」
――ともだち。
耳慣れない響きの言葉に、パルスィは目を細める。
言葉としては知っているけれど、そんな存在など、やはり自分に居たことはなかった。
自分はいつだって、ずっとあの橋の上で、ひとりきりだったのだから――。
「だからね」
と。
不意に、その天真爛漫なうつほの顔に――ひどく獰猛な笑みが浮かんだ。
「今ね、私、すごい力を手に入れたの」
「……力?」
「うん、すっごいおっきい力。それをどうするか、考えてみたんだけど――」
そして、両手を広げて、笑いながらうつほは言った。
「地底も地上も、この力で焼き尽くして」
果てしなく物騒な言葉を、どこまでも楽しげに。
「死体をいっぱい作れば、お燐は喜んでくれるよね?」
戦慄に息を飲んだパルスィに、うにゅ、と緊張感のない声をあげて、うつほはただ脳天気な笑みを浮かべた。
それはある意味、あの旧都で暴れていたどの妖怪よりも獰猛な笑みだったかもしれない。
ね? と首を傾げたうつほに、パルスィは力なく首を振った。
「……地上の妖怪が、黙っていないわよ、そんなの」
「平気、平気。そいつらもいっぺんに焼き尽くして、お燐に運んでもらうんだ」
鼻歌交じりに言いながら、うつほは足元の炎を見下ろした。
唸りをあげて燃えさかる地獄の炎は、無限とも思える熱を振りまき続ける。
「――貴方も、地上からも地底からも、忌み嫌われたの……?」
そうだ、と答えて欲しかった。
自分を排斥した地底に、地上に復讐するのだと、――そう言ってくれれば。
この鴉の少女の口にすることが、自分にも理解できたかもしれない。
「んにゅ? んー、別に。よくわかんない」
だけど、やはりこの少女はどこまでも脳天気に、そう言うのだ。
「だったら、なんでそんな」
「ふぇ?」
パルスィの問いに、心底不思議そうにうつほは首を傾げる。
「だって、お燐は私のともだちだもん」
ともだち。
パルスィには知り得ない、その言葉。
「だから、お燐に喜んでほしいだけだよ? 死体いっぱい、燃料もいっぱい♪」
――どうして、そんな風に。
自分の目の前で、どこまでも脳天気に笑えるのか。
「……妬ましい、のよ」
少女の物騒な言葉は、もうどうでも良かった。
ただ、――友達のために、と。
そんな言葉を、どこまでも真っ直ぐに言える目の前の少女が、妬ましかった。
嫉妬の心なんてものを知らず、疑うことも知らず、ただ素直に、誰かを好きと言えたら。
そんなことが出来たら、自分は、自分は――。
「うにゅ……泣いてるの?」
困り顔で、うつほが首を傾げる。その言葉で、パルスィは自分の頬が濡れていることに気付いた。――ああ、自分はいつから泣いていたのだろう?
「泣いて、なんか……っ」
「ともだち、いないの?」
邪気のないうつほの言葉に、パルスィは息を飲んだ。
「――なんで、あんたに、そんなこと――ッ」
顔をあげ、その少女の脳天気な顔を、緑の眼で睨みつけようとして、
ぽん、と。――パルスィの金色の髪を撫でる手が、あった。
「いたいのいたいの、とんでけ」
くしゃり、と髪を掻き乱して、うつほの左手が、パルスィの頭を撫でる。
「何、を――」
虚を突かれて硬直したパルスィに、「んにゅ?」とうつほは首を傾げて。
「あのね、お燐が言ってたの」
パルスィの髪からは手を離さずに、言葉を続けた。
「かなしいときとか、泣きそうなときとか、そばにいてあげるのが、ともだちだって」
「――――ッ」
「お燐はいつも、私と一緒にいてくれたから、お燐はともだち」
「とも、だ……ち」
「うん。だから、あなたも、私のともだち」
何を言われたのか、解らなかった。
顔を上げたパルスィに、うつほは何も変わらない笑みを浮かべて、頷いた。
「お燐がね、私がかなしいときにこうしてくれたの」
髪を掻き乱す、乱暴なその手つきが。
「あなたがかなしいなら、私がこうしてあげる」
――噴き上げてくる炎の熱量よりも、なぜだか、あたたかい気がして。
「だから、ともだち。ね?」
ともだち、という、四文字の言葉。
自分には決して届かないはずだった、理解できるはずもなかった、その言葉が。
触れたうつほの手のひらの感触から、染みこんでくるような気がした。
「私、は――」
その笑顔の無垢さは、傷つくことを知らないが故なのだろうか?
それとも、その痛みを知っていて、彼女はこんな風に笑うのだろうか。
――そして、勇儀は。
「友達――なんか、……ッ」
だとしたら、自分はきっと、こんな風に笑っていたかったのだ、とパルスィは思った。
この世の全てを妬んで、疑って、遠ざけて、傷つかないようにひとりでいて――。
ただ、本当は、笑っていたかったのだ。
誰も疑うことなく。誰も妬むことなく。
どこかにいるはずの、大切な人のために――笑っていたかったのに。
「ゆう、ぎ……勇儀ぃ……っ」
止められなかった。もう、言葉も嗚咽もせき止める術を持たなかった。
勇儀に会いたかった。もう一度会って、伝えたかった。
もう、妬まないから。あなたを疑わないから。
あなたが笑っていてくれるなら、自分はそれで幸せなのだから。
だから――だから。
自分が泣きたいとき、哀しいとき、寂しいとき。
そして――幸せな、その時間に、そばにいてください。
「うにゅ、ゆうぎじゃないよ、うつほだよ?」
困り顔で首を傾げるうつほの前で、パルスィはただ、声をあげて泣いた。
妬ましさが故でなく。ただ――大切な人の温もりを求めて。
子供のように、泣きじゃくって。
そして。
「――パルスィ!」
声が、した。
この場所に響くはずのない、大切な人の声がした。
そんなはずはない。彼女が、ここまで自分を追ってきてくれるはずがない。
それならもっと、ずっと早くに自分を捕まえてくれていたはずだから。
自分はもう、愛していると言ってくれた彼女にすらも、見捨てられたはずなのに、
「…………ゆう、ぎ?」
灼熱の炎から立ちこめる熱に、揺らぐ空気。
その向こうにある影は、蜃気楼のように儚く見えた。
「パル、スィ……!」
だけど。
自分の名前を呼ぶ彼女の声も、
熱気を切り裂くように、こちらへ飛んでくるその背の高い影も、
何もかも――確かに、現実だった。
「――捕まえたよ、パルスィ」
そして、その太い腕が、力強く自分を抱きしめて。
耳元で囁かれた声が、髪に触れた手が、伝わる彼女の柔らかさが。
星熊勇儀の存在を、水橋パルスィに、伝える。
自分を愛してくれた、自分が愛した、一番大切なひと――。
「ゆう……ぎ、どう、して」
「どうしてもこうしてもあるか。――離さないって、言ったろう?」
自分の声の方が、泣き疲れてよっぽど掠れているはずなのに。
耳元で震える勇儀の声が、それ以上にか細く聞こえて。
「どこまで逃げたって捕まえるよ。私のそばから離しやしない。お前さんが嫌がったって離すもんか。――なあ、パルスィ」
そして勇儀は、パルスィを見つめて。
その顔を、今にも泣き出しそうに歪めて――笑った。
「パルスィ。……私は、お前さんにひとつだけ、嘘をついちまった」
「――何を、よ」
「お前さんが望むなら、旧都を棄てる。――私はそう言ったのに、結局旧都を棄てられなかった。あの場所は自分が創って、自分が守ってきた大切な場所だったから――お前さんに嘘をついちまった。それは、本当に、すまないと思ってる」
「――――ッ」
勇儀の背中に回した腕に、パルスィは力を込める。
そんなことを言われて、どうしろというのだ。
もう妬みたくないのに、何も妬まずに、勇儀のために笑っていたいのに。
心の奥が、それでもまだ、軋む――。
「……パルスィ。もしお前さんが、こんな嘘つきな私でも必要としてくれるんだったら。それでもまだ、私を好きだと思ってくれるなら――この嘘を、赦しちゃくれないかい」
「ゆう……ぎ?」
目を細めた自分に、勇儀はどこか儚く笑って。
「私は、パルスィが好きだ。世界で一番大切だ。お前さんが居ない世界に、価値なんてない」
「――――」
「だけど、私には、旧都も大切だ。私はやっぱり、あの街が好きなんだ」
背中に爪をたてたパルスィを、あやすように勇儀は撫でて。
「だから私は、欲を張ることにしたんだ。――大切なものを、両方手に入れるために」
そして、その言葉を告げる。
「パルスィ。――結婚しよう」
嫉妬も、疑念も、何もかも。
全て吹き飛ばす、どこまでも真っ直ぐな言葉だった。
呆けたように目を見開いたパルスィに、勇儀はさらに、言葉を続ける。
「そして、私と、旧都で暮らすんだ」
――何を。
何を、言っているの。
あそこは、自分が忌み嫌われて、追い立てられた場所なのに。
あの場所に、橋姫の居場所なんて、あるはずがないのに――。
「無いものは、作る。私がこの手で作ってみせる」
だけど、どこまでも力強く、勇儀はパルスィを抱きしめて。
「パルスィ。お前さんが幸せに暮らせる旧都を、私が作ってやる」
そして笑った。今度は、どこまでも力強い笑みで。
豪放磊落に、己が求めるままに生きる、鬼の笑みで。
「そこで私が、お前さんを必ず幸せにしてやる。――嘘じゃない。鬼の、約束だ」
幸せ。
幸せっていうのは、どんなものだろう。
ただ、愛する人がずっとそばにいること。
いつまでも離れず、ずっとそばにいて。
他にどんなものも要らないと、そう思ってしまえること。
――それが幸せで、それだけが幸せなのだと、そう思っていたのに。
ああ、そうじゃない。
幸せっていうのは――もっとシンプルなことだったのだ。
何があっても。どんなことが起こっても。
勇儀は、自分を守ってくれる。
自分は、勇儀のそばにいる。
――そう、信じていられること。
ただそれだけが――幸せということなのだ。
「……嘘ついたら、灼熱地獄に突き落とすって、言ったでしょ」
掠れた声で、パルスィはそう囁いていた。
勇儀は苦笑を浮かべて、「やっぱり――許しちゃくれないかい」と目を細める。
――だから、パルスィは。
「勇儀の馬鹿。嘘つき」
その胸元に、顔を押しつけて。
「――本当に、幸せにしてくれなかったら、許さないから」
そう、囁いた。
返事は、強く強く抱きしめ返した、勇儀の腕だった。
――きっと、もう。
自分は、何も妬ましくなどないだろう。
勇儀の腕に抱かれていれば――きっと。
そのことを噛み締めるように、パルスィはそっと、勇儀の背中に腕を回した。
◇
「……うにゅ?」
そんな逢瀬を、傍らで見つめていた霊烏路空は。
ただ、目の前で抱き合う鬼と橋姫の姿に、きょとんと首を傾げていた。
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