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ゆう×ぱる! 24 / 「古明地さとりの思案」
 さとりんも色々と悩ましいのです。









「お断りします、と答えておきます」
 静かにさとりが口にした言葉に、狂骨はただ曖昧に目を細めた。
 その心は、やはりという納得と、なぜという疑念との間で揺らめいている。
 ――骨すら残らない灼熱地獄に、突き落としてくれと彼は言った。
 地霊殿の灼熱の釜は、決して自殺の名所などではないというのに。
「あの炎の燃料は死体ですから。管理者の許可もなく、生者をくべるわけにはいきません」
「死体みたいなもんだがね、儂は」
 狂骨は、骨だけの顔を奇妙に歪めて力なく笑った。
「ここに来るのは、死んでからにしておいてください」
 そうでないと、私の寝覚めが悪いので。さとりが軽く睨むように言うと、そりゃあすまないね、と狂骨は肩を竦めた。
 そんな彼の様子に、さとりはただ目を細めた。
 ――橋姫のせいで、妻を失った。彼はそう言う。
 確かにそれは、一面の真実ではあるのだろう。
 けれど、やはりそれは真実の一面でしかない。
「解っちゃいるんだ。――ああ、解っちゃいるんだよ、そんなことは」
 顔を伏せて、狂骨は呻くように呟く。
 彼は何を求めているのだろう、とさとりは思った。入り乱れる彼の思考はひどく散漫で、杯からこぼれた水のように形を掴めない。
 ただ、断片的に読み取れる彼の思考から、見える真実は。
本当に、どうしようもない現実。
「断罪を求めるならば、私ではなくしかるべき相手がいるでしょう」
 さとりの言葉に、はっと狂骨は顔を上げ、そしてまた力なく苦笑した。
「――ああ、その通りだ。……さとりちゃんに頼むのは、逃げなんだろうさ」
「逃げの手を打つのが悪いとは言いませんが」
 紅茶のカップを置いて、さとりは言葉を続ける。
 ――自分は、この狂骨に対して、何を為すべきなのだろう。
 あるいは、旧都という場所に対して、この地底に対して。
 地霊殿の主、古明地さとりという存在は――何が為せるというのだろうか。
「別の一手を考えてからでも、遅くはないでしょう」
「……別の?」
 訝しげに目を細めた狂骨に、さとりは頷く。
「旧都の統率者が、旧都と相容れぬ橋姫に惚れ込んだ。それ自体はどうしようも無いことです」
「――ああ」
「それならば、旧都が星熊勇儀を棄てるという一手を、考えなければなりません」
 その言葉の意味を咀嚼するように、狂骨はごくりと喉を鳴らした。
「もしくは、星熊勇儀に旧都を棄てさせる、でも構いませんが」
「――何を言っているのか、解っているのかい、さとりちゃん」
「そのつもりですが」
「今の旧都の状況を見たのかい? その上で――姐さんの力は旧都には不要、と?」
 直接に、さとりは旧都の騒乱を見たわけではない。だが、狂骨の心に刻まれていた旧都の光景からおおよその状況は把握出来ているつもりだった。
 星熊勇儀という戒めを失い、暴走する旧都の妖怪たち。
 ――されどそれが、あるいは在るべき妖怪の姿なのだろうか。
「混乱はするでしょう、今のように。けれど、この地底に生きる妖怪たちは、決して無思慮ではない。我が身を滅ぼすばかりの狂乱など、そうは長続きはしないはずです」
 そう、破壊が妖怪の本能だとしても、破壊のみの行き着く先は自滅だ。
 そのぐらいのことが解らないほど愚かな妖怪は、居ないはずだとさとりは思う。
 ――あるいは、そう思いたいのかもしれない。
「橋姫と旧都がどうしても相容れぬとなり、その二者択一を迫られれば、恐らくは星熊勇儀は旧都を去るでしょう。他の鬼と同じように」
 そう、そうして旧都からも鬼たちは去っていったのだ。
 今、ただひとり残っている星熊勇儀を除いて。
「私たち力なき妖怪は住みづらくなるかもしれません。――けれど、旧都という社会が求める形がかくあるなら、受け入れるしかないと私は思います」
「……強いね、さとりちゃんは。儂とは大違いだ」
「旧都から離れているから、言えることかもしれませんよ」
「だとしても。――儂らの行き先がここしかないなら、ここで足掻くしかないのかね」
「私は、そう考えますが」
 ゆっくりと、狂骨はかぶりを振った。からからと、その骨が音を立てる。
「旧地獄街道商店組合の長として、――貴方には出来ることがあると、私には思います」
 狂骨は答えなかった。ただ、数度深呼吸をするように、彼は胸元を上下させて。
 そして、おもむろに立ち上がった。
「――お邪魔したね」
「旧都が落ち着くまで、ここにいても構いませんが」
「いや、戻るよ。――儂の居場所は、あそこしかないんだ」
 背を向けた狂骨の姿を、さとりは目を細めて見つめて。
「なあ、さとりちゃん」
 振り返ることなく、狂骨は呟くように口にした。
「もし、儂が死体になったら。――あの灼熱の釜に放り込んでおくれよ」
「……お燐に、忘れず回収するように伝えておきます」
 力ない笑い声が、静かな地霊殿の回廊に響いて消えていった。


      ◇


「ただいま、さとり様」
 お燐が戻ってきたのは、それからしばらく経ってからだった。
「おかえりなさい。――旧都はどうなりました?」
「あー……色々あって、今は少し落ち着いてます。ていうか、みんなちょっと呆然としてる、って言う方が正しいかも」
 困り顔で頬を掻いたお燐の心に、さとりは目を細める。
「――星熊勇儀は、旧都と橋姫の択一で橋姫を選びましたか」
「ええ、そういうことです。嘘をつかない鬼が、旧都を棄てるって言い切っちゃったもんで、今まで上役務めてた連中が我に返ってパニックになってますよ」
 図らずも、自分が狂骨に語った通りの状況になったらしい。さとりは息をつく。
 狂骨はその中で、何を為すだろう。
 そして――自分は何かを、その中で為すべきなのだろうか。
「何なんですかね、鬼って連中は。結局、旧都を作るだけ作って、あとはほっぽり出してみんなどっか行っちまって――」
 不機嫌そうな口調で、お燐は呟く。
「――彼女らは、頑固で一途で不器用なんですよ。どうしようもなく」
 さとりの言葉に、お燐は胡乱げに振り向いた。
「お燐。――例えば貴方は、空と私と、どちらかを選べと言われたらどうしますか?」
「へ!? お、おくうとさとり様ですか!? そ、そりゃあ――」
 お燐は慌てたように答えようとして、けれどぐっと口ごもった。
 さとりの前ではどんな答えを返しても、本心は見抜かれている。
 だからこそ黙り込んでしまうお燐に、けれどさとりはふっと微笑んだ。
 ――彼女が、この地霊殿に来る前からの親友である地獄鴉、霊烏路空のことを誰よりも大切に思っていることなど、とっくの昔にさとりは知っている。
「あ、あたいは――その……」
「いいんですよ、お燐。――つまりはそういうことなんです。誰がそれを責められるわけでもない。心というのは、そういうものなんですから」
「さとり、様……」
 手招きするさとりに、お燐は猫の姿に戻ると、おずおずとその膝の上に乗った。
 さとりはその毛並みを慈しむように撫でながら、それから彼のことを思う。
 旧都へ戻っていった、狂骨のことを。

 橋姫の緑の眼に狂わされ、彼の元から最愛の妻は去っていった。
 それは嘘ではない。確かに事実だ。だが、事実の一面でしかないのだ。
 星熊勇儀は真実を知らないのだろう。知っていれば、彼は旧都に居られるはずが無い。まして、旧都で重要な立場を任されることなどあり得ない。
 社会という秩序を維持するために、最低限必要なルールがある。
 それは――生存に必須でない限り、他者を殺めてはならないというルール。
 無益な殺戮が容認される社会は、自滅する他ない。
 そしてあの狂骨は、そのルールを犯していることを――さとりは知っている。

 橋姫の緑の眼。
 嫉妬の心に狂わされ、足長手長の夫婦は刃傷沙汰に発展した。
 その事件が大きな騒ぎになったが故に――彼の罪はその影に隠れたのだ。

 居なくなったという狂骨の妻。
 その去っていった先は――この地霊殿の下にある、灼熱地獄なのだ。
 彼の妻の死体は、この炎にくべられて、炎の一部となった。
 ――その死体を生み出したのは誰か?
 それは、嫉妬の心に狂わされた――妻に最も近しい者に、他ならない。
 だからこそ、彼は橋姫を受け入れられないのだ。
 その瞳に、妻を殺めた過去を突きつけられるから。
 そして橋姫も、心弱き者たちの傍らには居られないのだ。
 橋姫の緑の瞳が、嫉妬の心を狂わせてしまう限り。
 ――その存在は、決して相容れることはない。

 つまりこれは必然だったのだろうか、とさとりは思う。
 嫉妬の心を持たぬ鬼が、橋姫に心奪われたということも。
 橋姫のそばに居られるのが鬼しか居ないのであれば、――必然でしかなかったのか。
 そして旧都は戒めを失い、統率を失う。
 全てが必然の帰結だとすれば、――地上を追われた自分たちが如何にあるべきかということが、あるいは今、試されているのかもしれない。
 ――誰に?

『……さとり様』
 膝で丸まったお燐が、心の中でさとりに呟きかける。
『あたいは――ここで、さとり様やおくうと、一緒に居たいです』
 さとりはただ、優しくその毛並みを撫でることで、それに答えた。

 地底の奥に佇む地霊殿に、旧都の喧噪は、今なお――遠い。



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| 浅木原忍 | 22:40 | comments(0) | trackbacks(0) |
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 第8話「永遠エスケープ」
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 3 / 火焔猫燐
 4 / 霊烏路空
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 6 / 火焔猫燐
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 14 / 火焔猫燐
 15 / 古明地さとり
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