ゆう×ぱる! 23 / 「水橋パルスィの狂気」
2009.10.02 Friday | category:東方SS(勇儀×パルスィ)
どうして自分は、またこの場所に戻ってきてしまったのだろう。
通り過ぎていく旧都の景色に、そんなことを思いながらも、パルスィの足は止まらなかった。
遠ざけていた、ただ遠くから嫉妬していた、旧都の灯り。
今はそれがひどく静まりかえって、そしてその中をパルスィは走っている。
何のために? どこを目指して?
どうして自分は、かつて追われたこの場所を走っている?
「ゆう、ぎ――っ」
ああ、そんな問いなど、疑問にすらなりはしないのだ。
軋むような胸の痛みは、走ることで呼吸が苦しいからではなかった。
星熊勇儀という、あの鬼が。
彼女の姿が、今、自分のそばに無いという、ただそれだけのことが。
こんなにも、胸を軋ませている。
だからこんなにも――必死に、自分は走っている。
「……勇儀ぃっ」
どこにも行かないで、と自分は言った。
愛していると囁くなら、決して自分のそばを離れないで、と。
その言葉に、勇儀は頷いた。そして、その時間の全てをパルスィに捧げてくれた。
パルスィが求めればいつでも勇儀は抱きしめてくれた。口づけをしてくれた。
自分のために。どこまでも我が侭な自分のために。
そんなことは無いだろう、きっとすぐに自分を飽きて放り出すに違いないのだ、そんな風に言い聞かせようとしていたのに、勇儀はどこまでも真摯に自分を抱きしめてくれた。
軽薄そうな言葉を、どこまでも真剣に囁いてくれた。
鬼は嘘をつかない、と勇儀は言った。
その言葉を――信じてもいいかもしれない、と思ってしまった。
「勇儀、勇儀っ、――勇儀……っ」
ああ、今まで何度も、そんなものに裏切られてきたのに。
自分は常に忌まれ、疎まれ、捨てられた。そして捨てた相手を自分は妬んできた。
ずっとその繰り返し。嫉妬の心を操る、嫉妬狂いの橋姫は、常にそうでしかなかった。
この緑の眼を、誰もが忌み嫌っていたのに――。
パルスィ自身すらも、こんな眼など大嫌いだったのに。
――それを綺麗だと、勇儀は言ったのだ。
「行かない、で――」
旧都にけじめをつけるためだ、と勇儀は言った。今まで暮らしていた場所にきっちりけじめをつけると。それが、これから長く永くパルスィと一緒にいるために必要だから、ほんの少しだけ待っていてくれと――勇儀はそう言って、旧都に出向いていった。
大人しく、その言葉を信じて待っていることが出来れば。
そう出来ればきっと、自分は上出来なヒロインでいられたのだろう。
――だけど、出来なかった。
勇儀が居ない。手の届くところに居ない。呼びかけても返事がない。
それがどんなに短い時間でも、軋むように胸が痛いのだ。
勇儀が居ない。どこにも居ない。このまま帰ってこない。私はまた捨てられる――。
そんなのは嫌だ。嫌だ。もう捨てないで。ひとりにしないで。私をひとりにしないで。
ひとりにしないって言ったじゃない。離さないって言ったじゃない――。
嘘をつかないで。私に優しい嘘をつかないで。
そんな優しい嘘は、どこまでも残酷な悲しみにしかならなくて――。
「勇儀ぃ……っ、ゆうぎ――」
好きだと言ってくれた。愛してると囁いてくれた。
そんな甘い言葉を、まるで永遠の真実のように、勇儀は自分に刻みつけてくれた。
――信じていいと思った。いや、信じたかった。
今度こそ、彼女が自分の求めるものをくれるのだ、と。
絶対に裏切られない、失われない――想いを。
そう、信じたかったのだ。
だから。
「――――――ッ」
呼吸の苦しさを振り払うように、顔を振ってパルスィは走る。
待っていておくれ、と勇儀は言った。そんなことは出来なかった。
勇儀と一分一秒でも離れていたら、自分は壊れてしまうのだ。
嫉妬の心に押し潰されて――壊れてしまうのだ。
「ゆう、ぎぃ――」
つまり、それほどに、どうしようもないほどに。
水橋パルスィは、星熊勇儀に恋い焦がれていた。
あまりにも――絶望的なまでに。
そして、その想いが故に、あらゆるものが瓦解していく。
◇
その場所にたどり着いたとき、旧都を包んでいた騒乱と混沌は静まっていた。
破壊の爪跡があちこちに残る、旧都の中心街、旧地獄街道。
立ち並ぶ建物のほとんどが崩れかけ、道はひび割れ、傷ついた妖怪たちが呻いていた。
そして、暴れていた妖怪たちが、呆然と立ちつくすその中心に。
――パルスィの求めていた、彼女の姿がある。
その名前を呼ぼうとして、けれど詰まった息が言葉を遮り。
気配に気付いた妖怪たちが振り向いて、パルスィを見つめた。
その中には――パルスィにも覚えのある顔が、いくつかあった。
かつて、この旧都に流れ着いたパルスィを――忌み嫌い、追いやった顔。
地上を追われ、地底に流れ着いて、けれどそこでもこの緑の眼がゆえに居場所は無かった。
嫌悪と侮蔑と僅かな憐憫の視線とともに、パルスィの居場所は奪われた。
そんな苦い記憶も――けれど今は、構っている暇など無かった。
ずっと妬んでいた、旧都の灯りよりも。
今はただ、視線の先にいる彼女の声が、彼女の腕が、パルスィには必要だったから。
「――勇儀っ」
パルスィは今度こそ、その名前を叫んだ。
勇儀が振り向いて、愕然と目を見開いた。
「パルスィ――」
呻くように、勇儀が自分の名前を呼んだ。
――そして、勇儀を取り囲んでいた妖怪たちも、自分を振り返った。
その剣呑な気配に、パルスィは息を飲んで――緑の眼を、見開いた。
見開いてしまった。彼らの視線を、見つめ返してしまった。
狂気は、伝染する。
荒れ狂っていた思念は、膨れあがり伝播する。
旧都に満ちた混沌は、それをあまりにも容易くしていた。
そして、どうしようもないことに。
旧都で暴れていた妖怪たちの内心には、確かにその心があったのだ。
自分たちを押さえつけていた、星熊勇儀という力への嫉妬が。
鬼という存在が持つ力強さへの羨望と嫉妬が、確かにそこにあったが故に。
――狂気は、誘爆し、暴発する。
誰かが、獣のような咆吼をあげた。
それを合図にするように、一度は鎮火した騒乱の炎が、再び噴き上がる。
誰かが誰かを殴り飛ばした。誰かが誰かに向けて弾幕を放った。
小さな火花は、即座に爆発するように大きな炎に変わり。
旧都が揺れた。物理的な意味で大きく揺らいだ。
「おい、止め――」
勇儀の制止の声も、最早届かない。
暴れ出す嫉妬の狂気はうねり――そして、その対象に向けて牙を剥く。
誰かが、血走った目で勇儀を振り返った。
星熊勇儀。旧都の統率者。――地底最強の妖怪。
その力への嫉妬、誰もが抱える小さな嫉妬が、狂気となって噴出し、
その狂気は、勇儀へと向けられた純粋な暴力となって具現化する。
「――止めなって言ってるだろうがッ!!」
勇儀が大地を踏みならし、弾幕を持って迎撃するが、最早誰もそれでは止まらなかった。
波のように妖怪たちが勇儀へと押し寄せ、飲みこまれて勇儀の姿は見えなくなる。
それを、パルスィは呆然と見つめて。
「おいおい、ちょっとちょっと、どうなってんのさこれ!?」
追いついてきた火車が、その惨状に悲鳴のように声をあげ、そしてパルスィを見やった。
「――あんたがやったのかい? あんたが火をつけたのかい?」
「ち、が――」
パルスィは首を振る。首を振るが、目の前の光景は現実だった。
なんだこれは。何なのだ、これは。
自分はただ、勇儀のそばにいたかっただけなのに、
勇儀に抱きしめていてほしいだけだったのに、
恋をした相手に、自分を好きでいて欲しかっただけなのに――、
「……お前か、お前だな」
呪詛のような声が、騒乱の中に低く響いた。
「私らを狂わせたのは、お前だな――」
どこまでも暗い視線が、パルスィを射すくめた。
振り向いたパルスィが見たのは、狂気の影を落とす瞳で、こちらを見つめる姿。
それが誰だったのか、パルスィは咄嗟に思い出せず、
「あああああああああああああああああああッ!!」
――足長手長の夫婦の、足長の夫は。
かつて、嫉妬に狂った妻に襲われ、そして妻も愛人も居場所も失ったその男は。
憎悪と狂気とを叩きつけるように、パルスィに詰め寄って――、
「いい加減にッ――目を、覚まさないかいッ!!」
大地そのものを叩きつけたような衝撃が、地底を揺るがした。
襲いかかった数多の妖怪を、全部まとめて投げ飛ばした、その怪力は。
彼女の愛した者に襲いかかろうとした狂気を、全力で弾き飛ばして。
「パルスィ――ッ」
そして、覆い被さるように、パルスィを抱きしめた。
目を見開いたパルスィの眼前に、今にも泣き出しそうな勇儀の顔があった。
「パルスィ……お前さんって奴は、本当に、もう」
パルスィの髪を撫でて、勇儀は吐き出すように口にして。
そしてその身体を抱きしめたまま、騒乱を振り返った。
狂気に埋め尽くされた旧地獄街道の惨状に向けて。
――星熊勇儀は、叩きつけるように、その言葉を叫んだ。
「もういい。解った。――私は、星熊勇儀は、この旧都を棄てる」
妖怪たちの動きが止まった。勇儀は途切れることなく言葉を紡ぐ。
「勝手に旧都を離れ、統率を放り出したのは私の責任だ。そのことに関してはいくらでも謝るが――その統率を、平穏をお前さんたちが望まないなら、もう私は関わらない。好きに暴れ、好きに壊し、――そして好きに滅べばいい」
吐き捨てるような言葉だった。
そんな言葉を、勇儀が発してしまうということが。
何故だかひどく悲しいことのように、パルスィには思えた。
「どうして自分たちが忌み嫌われたのかも解らないような者には――それがお似合いだよ」
そして勇儀は、パルスィを抱き上げて、旧都に背を向けた。
下駄を鳴らして、勇儀はゆっくりと歩き出す。
「――姐さんっ」
土蜘蛛の少女が、釣瓶落としの少女を抱きしめたまま、勇儀を呼んだ。
振り返った勇儀は、「すまないね」とひどく儚く笑った。
「ヤマメ、キスメ。……お前さんたちも、旧都を離れなよ。ここはもう、終わりだ」
そして勇儀は、再び歩き出す。
ヤマメとキスメは、それ以上勇儀には何も声を掛けられないようで。
「……ゆう、ぎ」
その名前を囁いたパルスィに、勇儀は。
唇を、血が滲むほど強く噛み締めていたその表情を、ふっと緩めて。
「大丈夫だよ、パルスィ」
――あまりにも透明な微笑で、そう囁いた。
「私はもう、ずっとお前さんのそばにいてやるから――安心、しなよ」
それは、パルスィの望んだもののはずだったのに。
どうして、自分を抱き上げる勇儀の腕が、こんなにも冷たく感じるのだろう。
――パルスィには、解らなかった。
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