ゆう×ぱる! 21 / 「黒谷ヤマメの奮闘」
2009.09.22 Tuesday | category:東方SS(勇儀×パルスィ)
旧都の騒乱は、ヤマメの想像以上に派手に、素早く広がっていた。
中心の旧地獄街道にヤマメが辿り着く頃には、もう他にもあちこちで触発された妖怪たちの小競り合いが始まっていて、その流れ弾をくぐり抜けてくるだけで一苦労だったのだが。
「――どうしろっていうのさ、こんなの」
旧地獄街道で繰り広げられる騒乱に、ヤマメは呆然と声を上げる。
街道近辺に住む妖怪のほとんどが、その騒乱に参加していた。勢力も対立も何も無い、ただそれぞれに暴れたいから暴れている、秩序も何も無い騒乱だった。
ヤマメの仲間たち土蜘蛛は、旧都に住む妖怪の中では大人しい方だった。皆、この騒ぎを収めようと来ていたはずだ。――けれどいつの間にか、彼らもその騒乱に飲みこまれていた。
暴力と破壊。飛び交う弾幕が大地を抉り、建物を穿ち、旧都の街並みを蹂躙していく。
既に、無事な建物の方が少ないほどの騒乱。
その破壊を、誰もが嬉々として行っている。
――ぞっと、ヤマメは背筋が寒くなるのを感じる。
それは旧都に吹き抜ける地底の風が冷たいからではなかった。
自分たちは忌み嫌われた妖怪。地上を追われた者たち。
嬉々として、自分たちが作り上げ暮らしてきた旧都の街並みを壊していく、旧都の妖怪たちの姿に――ヤマメは、自分たちが忌み嫌われた所以を知った。
酒と喧嘩は、旧都の華。言葉にしてしまえば娯楽のようだ。
けれど、喧嘩の、騒乱の生むものは、結局のところ破壊でしかない。
破壊の生む悦楽に酔ったからこそ――自分たちは忌み嫌われたのだ。
壊すことは容易いが、容易いが故に、際限がない。
そうして、何もかもを壊し尽くしてしまったら、どうするというのか。
壊すものさえ失ってしまえば、自分たちはあとは――滅ぶしかない。
自分で自分を、壊していくしかない。
「姐さん――」
星熊勇儀が頑なに、話し合いでの収拾を求めていた理由を、ヤマメは知る。
破壊はどこまでいっても、破壊でしかないからなのだ。
壊れてしまったものを作り直すことは難しいと――知っているからなのだ。
「…………ッ」
だが、今、それを理解したからといって、自分に何が出来る?
慄然と立ちつくして、ヤマメは唇を噛み締める。
脳裏に、自分を見送ってくれたキスメの笑顔が浮かんだ。
「ああもうっ――恨むよ、姐さん!」
言葉など通じないだろう。そしてこの騒ぎを抑えるだけの力など自分にはない。
自分にあるものといえば、せいぜいが顔見知りの多さぐらいのものだ。
黒谷ヤマメ。地底では少しは名の知れた土蜘蛛。
その名前と声に、振り向いてくれる者がひとりでもいれば、あるいは――。
だが、どうしようもないほどに。
うねる旧都の騒乱の中で、土蜘蛛の一匹など、無力でしかなく。
「――うぁっ!」
どん、と地面に叩きつけられて息が詰まり、明滅する視界にヤマメは呻いた。
見上げれば絶望的なほどに、騒乱は続いている。
見つけた馴染みの顔に声をかけようとしても、ヤマメの声は誰にも届かず。
弾き出されて、ただ見ていることしか出来ない。
旧都が、自分たちが暮らしていた場所が壊れていく様を――。
「……狂骨の旦那は――」
自分に、勇儀を連れ戻すよう依頼した狂骨の顔を思い出した。
彼もまた、旧都の有力者のひとりであり、旧都の安寧を望む者だったはずだ。
彼はどこで何をしているのか。この騒乱に巻き込まれていなければ、あるいは――。
顔を上げ、起きあがり、ヤマメは飛び立とうとする。
ぬるり、と額に生温い感触があったが、気にしないことにした。
――とにかく、今はこの場を何とかして、キスメのところに早く帰らなきゃ、
そう、キスメだ。
キスメが自分の帰りを待っているのだ。
――この騒乱がキスメまで巻き込んでしまわないうちに、
旧都の平穏を取り戻して、それで、キスメと――、
すぐ近くで、妖怪の呻き声がした。
地面に落ちていく妖怪の影を足元に見て、そしてヤマメは顔をあげ、
その流れ弾が、どうしようもないほど目の前にあった。
――帰ってきたら、キスして、ね?
照れ顔でそんなことを囁いたキスメの顔が、脳裏に浮かんで、
――ああ、ごめん、キスメ。
その約束、守れないかも、しれな――
衝撃とともに、ヤマメの意識は吹き飛ばされた。
◇
死んだら自分は地獄落ちだろう、とは思っていた。
そもそも、既にしてかつて地獄だった場所に暮らしているのだけれども。
是非曲直庁に裁かれるなら、自分はおそらく地獄行きだろう。
気にくわない相手を疫病に冒して、それで地上を追われた土蜘蛛の自分。
かつての地獄ならともかく、罪人を厳しく裁く今の是非曲直庁なら、極楽行きは無いだろう。
――まあ、それならそれで構わない。
どうせ同じ仲間たちも地獄行きだ。また一緒に楽しくやればいいのだ。
そんな風に、ずっとヤマメは思っていた。
そもそも、死の遠い妖怪は、それ故にあまり死を恐れない。
無論不死ではないが、その身が滅ぶときは、黙ってそれを受け入れるが妖怪。
人のようにみっともなく足掻くことなどしないのだ。命乞いなど無縁だ。
それが、普通の妖怪のプライドだった。
――ああ、そんなプライドなどくそくらえ、とヤマメは思う。
死ぬのは怖くないなんて、そんなことが言えるのは。
大切なものを、守りたいものを、持っていないから言えるのだ。
自分が死んだら、キスメが泣くだろう。
キスメがひとりになってしまうだろう。
もう、キスメを抱きしめて、キスをすることも出来なくなってしまうだろう。
――そんなのは、冗談じゃない。
だから、悔しかった。
キスメに何も言えないまま、こんなところで唐突に朽ちる羽目になったことが。
どうしようもなく――悔しかった。
ごめん、キスメ。本当にごめん――。
そう、真っ暗な視界の中で、ヤマメはずっと呟いていた。
だから、それは最初、幻聴に違いないと思った。
――ヤマメちゃん。
キスメの声が、聞こえた気がしたのだ。
――ヤマメちゃん、しっかりして。
それはきっと、死にゆく自分の意識が作り出した都合のいい妄想なのだと。
――ヤマメちゃん、死なないで。
ああ、キスメに看取ってもらえるなら、最悪ではなかったかな――なんて。
そんな格好つけたことを、考えていたら。
――ヤマメちゃん……!
泣き出しそうなキスメの声とともに、額に何かが触れる感触があって。
同時に、めちゃくちゃ鋭い痛みが走って、ヤマメは思わず目を開けた。
目の前に、泣き出しそうな顔で自分を見下ろす、キスメの姿があった。
「……あ、あれ? ……キスメ?」
――ヤマメちゃんっ!
キスメがぎゅっと自分にしがみついてきて、ヤマメは目を白黒させながらその小さな身体を抱きしめ返す。――頭が痛い。ぬるりとした血の感触。口の中が鉄錆の味で苦かった。
「私……あれ? 生きてる?」
抱きしめたキスメの温もりと、伝わってくる鼓動は確かだった。
自分の胸元に顔を埋めて、キスメは泣いていた。
その髪を撫でようとして、自分の手が血に汚れていることにヤマメは気付いて。
「キスメ……」
ああ、どうやら自分はまだ生きているらしかった。
流れ弾の直撃を食らっても、地面に叩きつけられて気絶するだけで済んだらしい。
いや、相変わらず出血している頭はだいぶ痛いのだが――。
「……って、あれ?」
そこでようやく、ヤマメはひとつの異変に気付いた。
いつの間にか、周囲が随分と静かになっていた。
騒乱が収まったのか? それともやっぱり自分は死んで、ここは三途の川だったりするのだろうか――。そんなことを思いながら、ヤマメは視線を巡らせて、
その静寂が、張り詰めた緊迫であることに気付いて、ヤマメは息を飲む。
そこは変わらず、旧地獄街道の中心だった。
ただ変わっていたのは、暴れていた妖怪たちが皆その手を止めていたことと。
その妖怪たちの中心に、それまで無かった影があることだった。
樹海の巨木のごとく、圧倒的な存在感をもって屹立するその影は、旧都の統率者。
「怪力乱神の名の元に、旧都に暮らす全ての妖怪に告げるよ」
静かに、しかしどこまでも力強い声で、その影は言った。
誰もが息を飲んで、その言葉を聞いていた。
「これ以上の無益な破壊は、暴力は、その一切をこの星熊勇儀は許さない」
全ての反論を断ち切る、斧のような言葉。
「文句があるなら、この星熊勇儀が相手になろう。この旧都の全員でまとめてかかってきてくれたって構わないよ」
その場に居合わせる全ての妖怪を見渡して、勇儀は言葉を続ける。
「私がこの旧都でしてきたことに不満があるなら、私に言葉で告げな。それなら聞こう。だが、暴力で告げるなら、私はそれをこの力を持って組み伏せる」
その顔に浮かぶのは、忘れ去られた最強の妖怪、鬼としての獰猛な笑みだった。
「鬼に暴力で刃向かったことへの後悔を、その身に刻みつけてやろうじゃないか」
誰も、その言葉に声をあげられなかった。
旧地獄街道に集い暴れていた妖怪の数は数百ではきかないだろう。
だがその全員が、ただひとりの鬼に呑まれていた。
たとえこの場の全員が束になろうとも、この鬼ひとりには決して敵わない。
――有無を言わさず、それを納得させるだけの威圧が、今の勇儀にはあった。
それこそがつまり、ただひとりでこの旧都を統率してきたということなのだ。
星熊勇儀。鬼の四天王のひとり。語られる怪力乱神。――旧都の支配者。
紛れもなくそこに居たのは、地底で唯一にして最強の存在だった。
「さあ――誰か来るかい?」
獰猛なその言葉は、その場の全員の戦意を殺ぐに充分過ぎた。
あんな凶暴な笑みを見せつけられて、これ以上勇儀に刃向かえる者などいるはずもない。
張り詰めていた糸が弛緩した。旧都に満ちていた剣呑な空気が流れていった。
誰もが暴れ疲れたと言わんばかりに、その力を抜いた。
それを見渡す勇儀の姿に、ヤマメは目を細める。
――すごい、勇儀さん。
自分にしがみついたキスメも、いつしかそれを見上げて感嘆の声をあげていた。
「そうだよ。姐さんは凄いや。――そんな姐さんが、友達なんだよ、キスメ」
キスメの言葉に微笑み返して、ヤマメはそれからもう一度キスメを抱きしめた。
「……ごめん、心配かけて」
――ううん……痛くない? 大丈夫?
「正直に言えば、結構痛いかな」
頭だけでなく、全身が軋むように痛みを告げている。
それでも、キスメを心配させまいと、ヤマメは笑った。
「……でも、キスメがキスしてくれたら、平気」
ああ、そんなことを囁いてしまうのは、きっと自分も脱力しているせいだ。
腕の中にあるキスメの温もりが心地よくて、愛しくて――。
――ヤマメちゃん。
キスメが目を閉じて、唇を寄せた。それを受け止めて、ヤマメは抱きしめる腕に力を込めた。
何だかんだで、生きてまたキスメを抱きしめられる。
その幸せを、噛み締めるようにして。
――だが。
平穏は、されど刹那で再び崩れ去る。
妖怪たちの一部が不意にざわめいて、ヤマメは振り返った。
勇儀もそれに気付いて顔を上げ、――その表情が強ばった。
同時に、妖怪たちの間に這うようにざわめきが広がっていく。
そのざわめきの原因は、旧地獄街道に現れたひとつの影だった。
「――勇儀っ」
騒乱の終息したその場に、姿を現したのは、ここにいるべきでない存在。
かつて旧都を追われた、誰からも好かれない緑の眼。
「パルスィ――」
水橋パルスィの、嫉妬の心を操る緑の瞳が、旧地獄街道を見つめた。
振り返った妖怪たちは――その緑の瞳を、見つめ返してしまった。
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