ゆう×ぱる! 17 / 「黒谷ヤマメの懸念」
2009.09.01 Tuesday | category:東方SS(勇儀×パルスィ)
旧都の街角で、妖怪同士が小競り合いを起こしていた。
遠巻きに見物する者、囃し立てる者はいても、それを止めようとする者は無い。
あるいはそれも、本来の妖怪らしい姿ではあるのかもしれないが――。
「やっぱり、多いねえ最近は……」
横目にそれを眺めながら、ヤマメはため息混じりにそう呟く。
星熊勇儀が旧都を去って数日、明らかに旧都の雰囲気は変わりつつあった。
もちろん、今までも小競り合いが無かったわけではない。お互いが納得するために必要な喧嘩は、むしろ勇儀も推奨していた。まず腹を割って話し合う、それで納得できなければ力比べ。裁定者は鬼で、決着がついたら後は恨みっこ無し――それが地底のルールだった。
だが今は、喧嘩の裁定者が旧都には居ない。
星熊勇儀は、橋姫のところに転がり込んで、女にうつつをぬかしている。
――そして旧都には、問答無用の小競り合いが華咲いていた。
「何だかんだで、みんな鬱憤溜まってたのかもね」
地上で忌み嫌われて地底に流れてきた妖怪たち。その多くは、地上の妖怪よりもいくぶんか好戦的だ。ぐだぐだとした話し合いよりも、自分の力で相手を屈服させる方が早い――という思考に至るのが当然で、だからこそ勇儀は話し合いを推奨していたのだろう。
忌み嫌われた力を振るい過ぎれば、この地底も安全な場所ではいられない。
怪力無双の鬼ならずとも、危険な力を抱えた者は数多くいるのだ。
――そう、例えばあの橋姫のように。
「橋姫……ね」
先ほど訪れた橋姫の家で見た、あの緑の眼を思い出し、ヤマメは顔をしかめた。
旧都に戻らない、と勇儀は言った。ここで――あの橋姫の家で暮らす、と。
勇儀は、今までまとめてきた旧都を棄ててまで、あの橋姫を選んだ。
その選択は、もちろん勇儀なりに考えた結果ではあるのだろう、とは思うけれども。
「――無責任、なんて言えないよね、私らにゃ」
その糾弾は人間的に過ぎる、とヤマメは首を振った。
だいいち、自分は特に責任ある立場でもない。旧都をぶらつく一妖怪に過ぎないのだ。
それが星熊勇儀を非難できる道理など、やはりあるはずが無かった。
「どうしたもんかなあ、本当に」
腕を組んでヤマメは唸る。――狂骨の困り顔が頭に浮かんだ。
旧地獄街道で蕎麦屋を営む狂骨は、ヤマメにとっても馴染みの相手だ。
勇儀の説得は、その旦那の頼みなのだから、無視するわけにもいかないのだが。
「あー、やだやだ」
首を振って顔を上げると、また別の喧嘩が目に入った。些細なことでの弾幕の応酬、それを超えた力の浴びせ合いは、最近本当によく目立つ。
そして、その喧嘩を見守る野次馬の中に、知り合いの顔を見かけた。
「あれ、お燐じゃない。久しぶり」
「ん? お、ヤマメじゃん」
振り返った猫耳の少女は、尻尾をピンと立ててすこぶる猫らしい笑みを浮かべた。
火焔猫燐、あだ名はお燐。灼熱地獄跡地の上に立つ屋敷、地霊殿に飼われている火車だ。
「ここんとこ旧都に来てなかったよね。どうしてたのさ?」
「あー、ちょいと屋敷でゴタゴタがあってね」
苦笑するお燐に、ヤマメは肩を竦める。
「まーたあの馬鹿鴉が何かやらかしたの?」
「馬鹿とか言わないでおくれよ。いや、おくうは馬鹿だけどさ」
本当にねえ、と疲れたようにお燐は息を吐き出す。この猫娘の気苦労の原因はだいたいにして、彼女の友人の地獄鴉である。三歩で忘れる鳥頭にお調子者を兼ね備えた、あの。
「それはそうと、なんだか随分旧都が騒がしいじゃん。何かあったのかい?」
尻尾を揺らして、お燐は喧嘩の方を見やる。ドォ、と地面が抉れて土煙があがった。
「ああ――ちょっとね。上の方でこっちもゴタゴタしてるみたいだよ」
曖昧に濁して答えつつ、ヤマメはお燐とともに喧嘩から少し距離を置いた。
ふぅん、と鼻を鳴らしつつ、お燐はどこか楽しげに喧嘩の方を見やる。
「何だか昔の混沌としてた地底を思い出すねえ」
「――まあ、確かにね。最近はまったりしたものだったし」
勇儀ら鬼が地底に妖怪を受け入れ始めた頃は、地底はもっと混沌としていた。地上を追われた妖怪たちの吹きだまり、という形容が相応しい、雑然とした魔窟だった。そこに平穏と秩序を生み出したのが、また鬼だったわけだが。
「あたいとしちゃ、こっちの方が好きかな」
猫の目を爛々と輝かせて、お燐は言った。
「死体もこっちの方が増えそうだしね。最近少なくてさあ」
「――相変わらず剣呑だねえ、あんたは」
死体を運び、灼熱地獄に放り込んで火力の足しにするのが火車であるお燐の仕事だ。
「というか、あんたは人間の死体専門じゃなかったの?」
「こだわってもいられないんだよ、このご時世」
そういうものなのか。ヤマメには今ひとつよく解らない話である。
「そう――どうにかしないといけない」
ふと、お燐がぽつりと呟いて、どこか遠い目で道の先を見やっていた。
その見つめている先は、地霊殿のある方角だ。
「お燐?」
「ん、何でもない。喧嘩もケリがつきそうだし、そろそろ退散するよ」
見やれば、喧嘩をしていた妖怪の片方が地面に膝をついていた。勝敗はほぼ決したようだ。死ぬまでやり合う様子でも無さそうなので、お燐はそれ以上興味は無いのだろう。
「じゃ、また」
その身を猫の姿に変え、お燐はさっさと旧都の奥へと走り去る。それを見送り、ヤマメは小さく肩を竦めた。
『あたいとしちゃ、こっちの方が好きかな』
お燐がそう言うように、昔のような混沌とした地底の形を望む妖怪は少なくないだろう。
勇儀が居なくなったとなれば、果たして地底の妖怪たちはどちらを望むだろう。
――旧都はまた、変わり始めようとしているのかもしれない。
そのとき、自分はいったいどうするべきなのだろうか。
◇
狂骨の屋台に出向いて、説得が失敗した旨を伝えた。
話を聞いた狂骨は、「そうかい」と一言呟いただけで、それ以上は沈黙した。
約束通り蕎麦を一杯奢ってもらって、さて、とヤマメは首を振る。
七面倒くさい話はとりあえず終わりだ。――キスメに会いに行こう。
その顔を思い浮かべると、途端に心が弾んで、現金だなぁと自分自身に苦笑する。
ともかく、旧都の細い路地を通り抜け、いつもの井戸の元へ足早に急いで。
「おーい、キス――」
その名を井戸に向かって呼びかけようとして――ヤマメは足を止める。
景色が、いつもと違っていた。
無人のあばら屋の傍らにある、小さな涸れ井戸。そこがキスメの住処だ。
その井戸は、変わらずいつもの場所にあるのだが――あばら屋が、半ば崩れていた。
抉れた地面、近くの壁の爪跡。誰かが暴れたような形跡が、あちこちに残っている。
「キスメ!?」
悲鳴のように叫んで、ヤマメは井戸にすがりついて中を覗きこんだ。
暗い井戸の底に、彼女の入っている桶があるのか、ここからは見えない。
まさか、そんな。
最悪の予感に、ヤマメは身震いして、もう一度キスメの名を呼ぼうとして、
――……ヤマメちゃん?
からからと滑車が音を立てて、井戸の底から桶が上がってきた。
その中から、キスメはおずおずとヤマメを見上げて。
「何だ……びっくりさせないでよ」
大きく安堵の息を吐き出して、ヤマメはキスメの桶を抱えると、その場に座り込む。
キスメは怯えたように身を竦めたまま、ヤマメを上目遣いに見つめた。
「何があったのさ、これ」
――知らない妖怪さんたちが、ここで喧嘩し始めたの。
ボロボロになった周囲を見回してヤマメが問うと、キスメは俯いて答える。
――わたしは井戸の底に隠れてたけど……怖かったの。
「キスメ……」
震えるキスメの頭を、ヤマメは撫でた。――キスメが怯えるのも無理はない。地底の妖怪の中でも、釣瓶落としのキスメはお世辞にも強い妖怪では無かった。元々がせいぜい、頭上から落ちてきて人間を気絶させる程度の妖怪である。地底の強い妖怪同士の喧嘩に巻き込まれたら、どうこうできるはずもない。
そう、巻き込まれたら、キスメは。
「…………っ」
その可能性に、背筋の凍るようなものを感じて、ヤマメは身震いした。
喧噪といえば聞こえはいいが、要するに今の旧都は、強い者が弱い者を力で従わせる状態に戻りつつあるということだ。そして土蜘蛛のヤマメと釣瓶落としのキスメは、基本的に地底の中では決して強者ではない。
星熊勇儀という鬼の力に、鬱憤を溜め込んでいた妖怪たちが、本格的に暴れ出したら。
地底が騒乱状態に陥ったら――自分たちなど、ひとたまりもないのだ。
――ヤマメちゃん。何だか最近……旧都が怖いよ。
キスメが頼りなげな声で、そう囁く。
また、どこからか喧嘩の騒乱が遠く聞こえていた。
「……大丈夫だよ」
ヤマメは笑って、キスメの柔らかい髪を撫でた。
「みんなちょっと鬱憤を発散してるだけだって。そのうち収まるよ」
憂いの消えないキスメの瞳に、ヤマメは精一杯笑いかけて。
「心配なら……うちに来る?」
――ほえ?
きょとんと目を見開いたキスメに、ヤマメは照れ隠しに視線を逸らしながら。
「だから、ここもちょっと危ないかもしれないからさ。……キスメが良ければ、その、私んちに来ても――ああいや別に下心とか無いからね全然!」
自分でも何が言いたいのか解らなくなってまくしたてたヤマメに、キスメは目をしばたたかせて。――それから、くすくすと笑った。
――ヤマメちゃん、顔真っ赤。
「う、うるさいなぁもう……」
――……ヤマメちゃんがいいなら、わたし、ヤマメちゃんと一緒にいたい。
今度は、ヤマメの方がその言葉に目をしばたたかせた。
「いいの? うち、広いよ?」
――誘ったのはヤマメちゃんだよ?
「いや、そうだけどさ――い、いや、キスメがいいなら、じゃあ……」
こんなにあっさりOKが出るとは思わなくて、ヤマメはどもってしまう。
単なる思いつきではあったけれど、キスメにうちに来てほしい――というのは、ヤマメ自身ずっと望んでいたことだったかもしれない。
――ヤマメちゃん。
「な、なに?」
――ふつつかものですが、よろしくお願いします。
「い、いや、それじゃあまるで――」
結婚するみたいじゃない。その言葉は流石に気恥ずかしくて口に出せなかったけれど。
キスメの方は目を細めて、それからすっと唇を上に少し持ち上げた。
目が閉じられる。それはいつもの、キスメの合図。
うーあー、とヤマメはひとつ唸って、それから自分の唇をキスメのそれに寄せる。
結局のところ、自分はキスメが好きで、キスメもたぶん、自分を好きでいてくれる。
だから一緒にいたいという、それだけのことで。旧都云々は口実でしかない。
「じゃあ……うち行こうか」
――うん。
照れたようにふたり笑い合って、そしてヤマメはキスメを抱いて立ち上がった。
あるいは、ひょっとしたら――自分は。
橋姫の家に転がり込んだ勇儀を、妬んでいたのだろうか。
全てを放り出して、惚れた相手と四六時中一緒に居られる場所を選んだ彼女を。
だから――。
――あのね、ヤマメちゃん。
不意に胸元でキスメが声をあげ、「ん?」とヤマメはその顔を見下ろす。
キスメは恥ずかしそうに目元を伏せて、ヤマメの服の胸元を掴んで、
いつもよりいっそう、消え入りそうな声で、囁いた。
――下心は、あっても……いいよ。
真っ赤になって俯いて、そんなことを言われてしまったら、どうしようもなかった。
「キスメ」
――な、なに?
「ばーか。……大好き」
その身体を抱き寄せて、先ほどより少し長いキスをする。
触れあう唇の温もりと、混ざる吐息の感触だけが確かで。
キスメがここにいるのを確かめるように、ヤマメは強くその細い身体を抱きしめた。
BACK|NEXT
Comment
お久し振りです実家帰ってましたクランです。
うん、ヤマキス的に凄く自然な流れですね…それでもどこかおかしく思えるのは、混沌が広がってる中で謎が密度を増しつつあるからでしょうか。
……内情が分からない地霊殿…非常に気になります。
うん、ヤマキス的に凄く自然な流れですね…それでもどこかおかしく思えるのは、混沌が広がってる中で謎が密度を増しつつあるからでしょうか。
……内情が分からない地霊殿…非常に気になります。
Posted by: クラン |at: 2009/09/02 1:57 PM
どうも、通りすがりのものです。
ゆう×ぱる!拝見させていただきました。もうアツアツすぎて見てるこっちが恥ずかしくなります。
これから先シリアスな展開がありそうで、ちょっとビクビクしてますが次回の話楽しみにさせていただきます。
それでは。
ゆう×ぱる!拝見させていただきました。もうアツアツすぎて見てるこっちが恥ずかしくなります。
これから先シリアスな展開がありそうで、ちょっとビクビクしてますが次回の話楽しみにさせていただきます。
それでは。
Posted by: 初見の人 |at: 2009/09/03 12:11 PM
⇒ こじたん (11/17)
⇒ 浅木原 (11/16)
⇒ こじたん (11/16)
⇒ 時の番人 (11/14)
⇒ 置き石 (10/14)
⇒ 葉月 (09/19)
⇒ ろっく (05/17)
⇒ 六仁祝 (08/27)
⇒ はまなす (06/20)
⇒ 橘 奏 (08/10)