ゆう×ぱる! 16 / 「星熊勇儀の応談」
2009.08.29 Saturday | category:東方SS(勇儀×パルスィ)
扉を誰かが叩く物音で、勇儀は目を覚ました。
瞼を擦り、それから身体を起こそうとして、左腕にかかる重みに気付く。
すぅ、とパルスィが、自分の腕を枕に静かな寝息をたてていた、
その柔らかな髪を撫でて、それから再びの物音に勇儀は振り向く。
こんなところに来客か? さりとて、このままでは起きあがれないし――。
「……んぅ」
パルスィが身じろいで、薄くその瞼を開けた。勇儀は苦笑して、「おはよう」と囁く。
「ゆうぎ……?」
「すまないけど、ちょっと来客のようだね。見てくるよ」
勇儀が起きあがろうとすると、パルスィがぎゅっとその服を掴んだ。
「誰も来ないわよ、こんなところ……」
「いや、でもね」
――ドンドン、と扉を叩く音が強まった。ほらね、と勇儀がその音の方を指し示すと、パルスィは訝しげに目を細める。
「勇儀」
「ちょいと見てくるだけさ。すぐ戻るよ」
「……解ったわよ」
頬を膨らませたパルスィの額にひとつキスをして、勇儀は寝床から這い出した。
寝癖がついたままだったが、構っている余裕もない。足早にあばら屋の扉を開く。
「はいよ、どちらさんだい?」
声をあげた勇儀は、次の瞬間、そこにあった姿に目を見開いた。
「や、姐さん」
人なつっこい笑みを浮かべて片手を上げたのは、顔なじみの土蜘蛛。黒谷ヤマメだ。
「ヤマメ? どうしたんだい、こんなところに」
「いや、ちょいとね――」
珍しく歯切れの悪い調子で、ヤマメは勇儀を見上げて目を細める。
「姐さんが、旧都を出ていったなんて聞いたもんだからさ」
「――――」
ヤマメの言葉に、勇儀は眉を寄せる。
確かに、あれ以来数日、旧都には戻っていない。パルスィが離してくれなかったというのもあるし、勇儀自身もパルスィと離れがたかったのは事実だ。――それに、パルスィに『旧都の暮らしも棄ててやるさ』と言ったのは自分だ。しかし、
「それで、ちょいと様子を見に来たわけだよ」
「……そうかい。いやすまない、心配をかけちまったかね」
「ううん、元気そうで一安心だよ」
頭を掻く勇儀に、ヤマメは笑う。けれどその笑みは、どこか上滑りしていた。
――狂骨の言葉を思い出す。旧都に橋姫を連れ戻さないでくれ、と懇願した狂骨。その翌日に星熊勇儀が旧都から姿を消したとなれば、自分がパルスィのところに転がり込んでいるのはおそらく、旧都の上役の間では既に周知なのだろう。
「勇儀?」
声。振り向くと、パルスィが目を細めてこちらを覗いていた。
――その姿を認めて、ヤマメの表情がさっと険しくなる。
「ねえ、姐さん」
「うん?」
「それで、いつ頃旧都に戻ってくるのさ?」
「――――」
表情を消したヤマメの問いに、勇儀は息を飲んだ。
背後のパルスィの表情は、今の勇儀からは見えない。
「いつ頃って――」
あの日、パルスィに自分が囁いた言葉が、ふっと脳裏をよぎった。
『嘘じゃない。旧都の家も、暮らしも、酒だって――パルスィ、お前さんが笑ってくれる、泣かないでいてくれることに比べたら、価値なんてない』
そう、自分はパルスィに言ったのだ。
そして今、自分は旧都を離れ、パルスィのところに居る。
ならばそれが――星熊勇儀の決断だった。揺るぎない、鬼の決断なのだ。
「……いや、旧都に戻るつもりは無いよ」
勇儀の言葉に、ヤマメは眉を寄せる。
背後のパルスィがどんな表情をしているのか、勇儀には見えない。
「これからの私は、ここで暮らすつもりだ」
はっきりと言い切った勇儀に、ヤマメが何かを言いかけて、口をつぐんだ。
勇儀の背後のパルスィから視線を逸らすように、ヤマメは顔を俯けて。
「……旧都の上役があたふたしてるよ。星熊の姐さんが居なくなったって」
「そいつは、すまないと伝えておいちゃくれないか」
「まとめ役が不在で、旧都は今、ちょっとゴタゴタ続きなんだ」
ヤマメの静かな訴えに、勇儀は目を細める。
解っている。自分が居なくなれば、鬼の力という戒めが旧都から失われる。平穏だった旧都は、おそらく騒然となるだろう。そんなことは解っているのだ。
――けれど。
「すまないね。……だけど、私は旧都には戻らないよ」
鬼は、嘘をつかない。
鬼は、約定を違えない。
――生涯をかけて、水橋パルスィにこの心を証明すると誓ったのだ。
愚かな選択かもしれない。けれど、その選択を勇儀は悔いてはいない。
「どうしても?」
「ああ」
「……そう」
頷いた勇儀に、ヤマメはゆるゆると首を振って、ひとつ息を吐き出した。
「姐さんがそこまで言うなら、今日は退散するよ」
くるりと勇儀に背中を向けて、ヤマメはひらひらと手を振り歩き出す。
「気を付けて帰りなよ」
そんな声をかけた勇儀に、ヤマメは一度立ち止まって、振り返った。
「だけど、姐さん」
目を細め、ヤマメは短く、最後の言葉を言い残す。
「――それでも旧都は、姐さんが作った街なんだよ」
そして、ヤマメの姿は地底の薄闇の中に消えた。
それを見送って――勇儀は大きく息をつく。
「……勇儀」
と、背中を掴む手の感触。勇儀が振り返ろうとすると、とす、と背中に重みがかかった。
「パルスィ?」
「……すぐ戻るって言ったじゃない」
拗ねたような、愛おしい声。
「すまないね」
苦笑して、勇儀は振り返る。睨むように自分を見つめたパルスィに、ふっと微笑んで。
「大丈夫だよ。……私はどこにも行きやしないさ」
その髪をくしゃりと撫でて、細い身体を抱き寄せた。
腕の中で身じろぐパルスィは、胸元に顔を埋めて、「……ほんとう?」と囁く。
「本当だよ。なんたって私は、こうしてるのが一番幸せなんだからさ」
そう、こうやってパルスィを抱きしめて、その温もりを感じることで。
どうしようもないほどに、今の勇儀は満たされてしまうのだ。
「……勇儀」
「なんだい?」
「妬ましいわ」
「またそれかい」
苦笑した勇儀を、パルスィはまたその緑の目を細めて睨む。
「私以外の誰かと親しそうにしてるなんて……妬ましいわ」
「ヤマメは、ただの顔なじみだよ」
それに彼女には、あの釣瓶落としの少女がいる。
「――私とふたりのときに、他の誰かの名前を出すなんて、妬ましいのよ」
「おっと、こりゃ失礼致しました、お姫様」
全く、我が侭なお姫様である。
それに心底骨抜きにされてしまっている自分こそ、きっと処置なしなのだろうが。
「それじゃあ――パルスィ、お前さんが妬ましく思った分だけ、言うことを聞いてあげるよ」
「……何でも?」
「あんまり無茶なことじゃない限りはね」
笑う勇儀に、パルスィは目を細めて。
「だったら、……好きって、言って」
「ん、そんなのでいいのかい?」
「私の、気が済むまでよ」
「解ったよ。――好きだよ、パルスィ」
「……もっと」
「愛してるよ。……今もこうしてるだけで、好きすぎてどうにかなっちまいそうだよ」
「……どうにかなって、いいわよ」
「パルスィ?」
覗きこんだ勇儀に、パルスィは真っ赤になって顔を逸らして。
「……私のこと、好きにしていいって、言ったの」
全く――そんなことを言われて、理性を保っていられる者はいないだろう。
覆い被さるように、その場にパルスィを押し倒して、首筋に唇を這わせて。
切なげに身をよじるパルスィの耳元に、「愛してる」と何度も囁いて。
深みへと、勇儀は沈んでいく。
――それはあるいは、ヤマメの言葉からの、逃避だったのかもしれない。
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