ゆう×ぱる! 15 / 「水橋パルスィの恋心」
2009.08.24 Monday | category:東方SS(勇儀×パルスィ)
思い返してみれば、自分は最初から彼女を嫌ってなどいなかったのだろう。
無遠慮に近付き、酒臭い息を吐いて、あけすけに想いをぶつけてくる鬼。
その大きな手に触れられることも、軽薄な言葉を囁かれることも。
何もかも――きっと、心のどこかで、自分が求めていたものだったから。
誰からも好かれない緑の眼。独りぼっちの忌み嫌われた橋姫。
そんな自分に、臆面もなく「好きだ」と言葉をぶつけてくる、変わり者の鬼を。
邪険にしながらも、きっと自分は、いつだって待ち望んでいたのだ。
――いつか、こんな自分を本当に愛してくれる誰かが来てくれるのを。
ずっとずっと、待ち望んでいたのだ。
◇
「なぁ、パルスィ」
「何よ」
「動けないんだがね」
「動く必要なんて無いじゃない」
「まあ、そりゃそうなんだが……」
困り顔で頬を掻く勇儀に、パルスィはふん、と鼻を鳴らして、その胸元に顔を埋めた。
洗い物を済ませてしまうと、することがなくなった。いや、元々やるべきことなどほとんど無い生活だったのだから、それ自体はいつものことなのだが。
「離さないって言ったじゃない」
「だからって、二十四時間くっついてるわけにもいかんだろう?」
むぎゅう、と勇儀の身体を抱きしめながら、パルスィは息を漏らす。
「……勇儀は、そうしたくないの?」
「参ったね、こりゃ」
苦笑とともに、勇儀の手が髪を撫でた。その感触に、パルスィは目を細める。
馬鹿力のくせに、自分の髪を梳くぎこちない手つきは優しくて、心地よいのだ。
「お前さんがこんなに甘えん坊だったとはね」
「……悪かったわね」
呟くと、おや、と勇儀は意外そうに目を見開いた。
「なんだい、怒るかと思ったのに」
「何よ、あんたは恋人をわざと怒らせようとするの? 酷いわね」
「いやあ、怒った顔も可愛いもんねえ」
「……馬鹿」
頬を膨らませると、勇儀はだらしない笑みを浮かべて、また唇を寄せてきた。
押し当てられる柔らかい感触と、漏れる吐息に、パルスィはぎゅっと目をつぶる。
「私は、嫉妬の妖怪なのよ」
「ああ、知ってるよ」
「あんたが、私の見えないところに行ったら、それだけで妬むわ。いつでも私だけを見てくれなきゃ、妬ましくて妬ましくて私は――」
「全く、甘えん坊さんなお姫様だねえ」
強く勇儀の腕に抱かれて、それ以上の言葉は封じられてしまう。
「……ぱるぱる」
勇儀の胸に顔を埋めて、結局パルスィはそう呟くしかないのだ。
――どうしてこの鬼は、こんなにも自分を受け入れてくれるのだろう。
こんなにもあたたかく柔らかく、包み込んでくれるのだろう。
「勇儀の、ばか」
「なんだい、急に馬鹿呼ばわりされる謂われはないよ」
「……ばか」
どうしようもなく泣き出したくなって、それを堪えるようにパルスィはぎゅっと勇儀の服を掴んだ。自分の中で蠢く感情が堪えきれなくて、溢れだしてしまいそうだった。
星熊勇儀が、こんなにも、好きだ。
どうにもならないぐらいに、好きになってしまった。
ただそれだけの事実を、もう何度となく噛み締めて。
「まあ、お前さんのことをこんなに好きになっちまったのは、それだけ馬鹿になったってことかもしれないけどね」
苦笑してそう言う勇儀の頬を、パルスィはまた半眼で睨みながらつねった。
「いたた、なんだい?」
「――名前」
パルスィの言葉に、勇儀はきょとんと目を見開く。
「お前さん、じゃなくて、名前で呼んでくれなきゃ――妬ましいわ」
「おっと、そりゃすまない」
勇儀はまた、パルスィの頬に手で触れて、そしてパルスィの欲しい言葉を囁いてくれる。
「愛してるよ、パルスィ」
そんな、歯の浮くような言葉でさえも。
――どうしようもなく、今は愛おしくて仕方ないのだった。
◇
地上で忌み嫌われた緑の眼。
この薄暗い地底に追われてなお、この緑の眼は忌まれ続けた。
嫉妬の心を操る橋姫。人の心の奥底にくすぶる闇をさらけ出させる悪魔の目。
追われ続ける自分は、何もかもが妬ましかった。
自分を追い立てる無数の影たち。
自分の居ない場所で笑い合う者たち。
――全て、自分には手に入らないものだから。
妬ましくて、妬ましくて、妬ましくて――。
ああ、だけど。
妬み続けているうちに、だんだんと解らなくなってくるのだ。
自分が本当は、何を妬んでいたのかも。
孤独であるから妬ましいのか。
妬ましいと思い続けるために孤独であるのか――。
解らない。解らないのだ。
全ては遠い過去の残影。忘却の彼方に埋もれ果てた残骸。
自分はいったい、何をそんなに妬んでいたのだろう。
いや、そもそも自分は、最初からこの橋姫という妖怪だったのか――。
解らない。今のパルスィには、何も解らないのだ。
◇
仕舞っていた瓢と杯を返すと、「おお我が相棒よ!」と勇儀は目を輝かせた。
やっぱり鬼というのは、とことんまで酒好きな生き物である。
「……妬ましいわね」
「ん、パルスィも呑むかい?」
いつもの脳天気な笑みで杯を差し出す勇儀を、パルスィは思い切り睨みつけた。
「だからどうしてあんたはそう、自分と同じ基準で考えるのよ」
こっちは大して酒には強くないのである。
「おっと、そうだったね。ま、少しでもいいから付き合っておくれよ」
小ぶりの杯をどこからか取り出し、また勇儀は呵々と笑う。
受け取って、注がれた酒を舐めるように口にしていると、勇儀はひどく楽しげにこちらを見つめていた。
「……何よ」
「いや、パルスィを見てるだけさ」
「見てるだけって――」
ぐい、と杯を傾け、酒臭い気を吐き出しながら、勇儀は目を細める。
「見ててやらないと、お前さん拗ねるだろう?」
「……ふん」
ああもう、こっちが馬鹿みたいだ。いや――馬鹿なのは自分も勇儀も両方だ。
勇儀が酒好きだからって、酒にまで嫉妬することはない。そんなことは解っているのに。
――どれだけ妬んでも、勇儀が笑って抱きしめてくれるから。
「酒を肴に、パルスィを愛でる。即ちパル見酒」
「馬鹿なこと言ってるんじゃないの」
「おっと、見てるだけじゃお姫様はご不満だったかい?」
そして、こっちの考えてることなんてお見通しみたいな顔で、勇儀は唇の端を吊り上げて。
パルスィは杯をぐっと干すと、じん、とアルコールが頭の奥を痺れさせるのを感じながら。
「ええそうよ、不満ですよ――馬鹿」
勇儀の唇に自分のそれを寄せて、口の中の酒を、勇儀の中に流し込む。
アルコールと唾液とが混ざり合って、唇の端からこぼれて伝った。
唇を離すと、勇儀は数度目をしばたたかせて、それからまただらしなく頬を緩めて。
「――辛抱たまらんよ、そんなことされちゃあね」
ぐっとパルスィの身体を強く引いて、今度はそちらから唇を重ねた。
◇
ただ、今、水橋パルスィにとってどうしようもなく確かなことは。
勇儀の語る言葉が。勇儀の触れてくる手が。勇儀の腕の温もりが。
何もかもが――恋しくて。
それを求めてしまうことを、抑えられないのだ。
囁かれたい。触れられたい。抱きしめられたい。
どうしようもない欲求ばかりが、ぐるぐると身体の中を渦巻き続けて。
そしてそれを口に出せば、勇儀はその通りに、応えてくれる。
――つまりはそれが、幸せということだった。
水橋パルスィと星熊勇儀は、地底の片隅で、ふたりきりの幸せを満喫していた。
誰にも邪魔されない、見捨てられたこの場所で。
小さなあばら屋だけが――ふたりだけの、聖域だったのだ。
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