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ゆう×ぱる! 15 / 「水橋パルスィの恋心」
 デレたパルスィは可愛すぎると思うのです。










 思い返してみれば、自分は最初から彼女を嫌ってなどいなかったのだろう。
 無遠慮に近付き、酒臭い息を吐いて、あけすけに想いをぶつけてくる鬼。
 その大きな手に触れられることも、軽薄な言葉を囁かれることも。
 何もかも――きっと、心のどこかで、自分が求めていたものだったから。
 誰からも好かれない緑の眼。独りぼっちの忌み嫌われた橋姫。
 そんな自分に、臆面もなく「好きだ」と言葉をぶつけてくる、変わり者の鬼を。
 邪険にしながらも、きっと自分は、いつだって待ち望んでいたのだ。
 ――いつか、こんな自分を本当に愛してくれる誰かが来てくれるのを。
 ずっとずっと、待ち望んでいたのだ。


      ◇


「なぁ、パルスィ」
「何よ」
「動けないんだがね」
「動く必要なんて無いじゃない」
「まあ、そりゃそうなんだが……」
 困り顔で頬を掻く勇儀に、パルスィはふん、と鼻を鳴らして、その胸元に顔を埋めた。
 洗い物を済ませてしまうと、することがなくなった。いや、元々やるべきことなどほとんど無い生活だったのだから、それ自体はいつものことなのだが。
「離さないって言ったじゃない」
「だからって、二十四時間くっついてるわけにもいかんだろう?」
 むぎゅう、と勇儀の身体を抱きしめながら、パルスィは息を漏らす。
「……勇儀は、そうしたくないの?」
「参ったね、こりゃ」
 苦笑とともに、勇儀の手が髪を撫でた。その感触に、パルスィは目を細める。
 馬鹿力のくせに、自分の髪を梳くぎこちない手つきは優しくて、心地よいのだ。
「お前さんがこんなに甘えん坊だったとはね」
「……悪かったわね」
 呟くと、おや、と勇儀は意外そうに目を見開いた。
「なんだい、怒るかと思ったのに」
「何よ、あんたは恋人をわざと怒らせようとするの? 酷いわね」
「いやあ、怒った顔も可愛いもんねえ」
「……馬鹿」
 頬を膨らませると、勇儀はだらしない笑みを浮かべて、また唇を寄せてきた。
 押し当てられる柔らかい感触と、漏れる吐息に、パルスィはぎゅっと目をつぶる。
「私は、嫉妬の妖怪なのよ」
「ああ、知ってるよ」
「あんたが、私の見えないところに行ったら、それだけで妬むわ。いつでも私だけを見てくれなきゃ、妬ましくて妬ましくて私は――」
「全く、甘えん坊さんなお姫様だねえ」
 強く勇儀の腕に抱かれて、それ以上の言葉は封じられてしまう。
「……ぱるぱる」
 勇儀の胸に顔を埋めて、結局パルスィはそう呟くしかないのだ。
 ――どうしてこの鬼は、こんなにも自分を受け入れてくれるのだろう。
 こんなにもあたたかく柔らかく、包み込んでくれるのだろう。
「勇儀の、ばか」
「なんだい、急に馬鹿呼ばわりされる謂われはないよ」
「……ばか」
 どうしようもなく泣き出したくなって、それを堪えるようにパルスィはぎゅっと勇儀の服を掴んだ。自分の中で蠢く感情が堪えきれなくて、溢れだしてしまいそうだった。
 星熊勇儀が、こんなにも、好きだ。
 どうにもならないぐらいに、好きになってしまった。
 ただそれだけの事実を、もう何度となく噛み締めて。
「まあ、お前さんのことをこんなに好きになっちまったのは、それだけ馬鹿になったってことかもしれないけどね」
 苦笑してそう言う勇儀の頬を、パルスィはまた半眼で睨みながらつねった。
「いたた、なんだい?」
「――名前」
 パルスィの言葉に、勇儀はきょとんと目を見開く。
「お前さん、じゃなくて、名前で呼んでくれなきゃ――妬ましいわ」
「おっと、そりゃすまない」
 勇儀はまた、パルスィの頬に手で触れて、そしてパルスィの欲しい言葉を囁いてくれる。
「愛してるよ、パルスィ」
 そんな、歯の浮くような言葉でさえも。
 ――どうしようもなく、今は愛おしくて仕方ないのだった。


      ◇


 地上で忌み嫌われた緑の眼。
 この薄暗い地底に追われてなお、この緑の眼は忌まれ続けた。
 嫉妬の心を操る橋姫。人の心の奥底にくすぶる闇をさらけ出させる悪魔の目。
 追われ続ける自分は、何もかもが妬ましかった。
 自分を追い立てる無数の影たち。
 自分の居ない場所で笑い合う者たち。
 ――全て、自分には手に入らないものだから。
 妬ましくて、妬ましくて、妬ましくて――。

 ああ、だけど。
 妬み続けているうちに、だんだんと解らなくなってくるのだ。
 自分が本当は、何を妬んでいたのかも。
 孤独であるから妬ましいのか。
 妬ましいと思い続けるために孤独であるのか――。

 解らない。解らないのだ。
 全ては遠い過去の残影。忘却の彼方に埋もれ果てた残骸。
 自分はいったい、何をそんなに妬んでいたのだろう。
 いや、そもそも自分は、最初からこの橋姫という妖怪だったのか――。

 解らない。今のパルスィには、何も解らないのだ。


      ◇


 仕舞っていた瓢と杯を返すと、「おお我が相棒よ!」と勇儀は目を輝かせた。
 やっぱり鬼というのは、とことんまで酒好きな生き物である。
「……妬ましいわね」
「ん、パルスィも呑むかい?」
 いつもの脳天気な笑みで杯を差し出す勇儀を、パルスィは思い切り睨みつけた。
「だからどうしてあんたはそう、自分と同じ基準で考えるのよ」
 こっちは大して酒には強くないのである。
「おっと、そうだったね。ま、少しでもいいから付き合っておくれよ」
 小ぶりの杯をどこからか取り出し、また勇儀は呵々と笑う。
 受け取って、注がれた酒を舐めるように口にしていると、勇儀はひどく楽しげにこちらを見つめていた。
「……何よ」
「いや、パルスィを見てるだけさ」
「見てるだけって――」
 ぐい、と杯を傾け、酒臭い気を吐き出しながら、勇儀は目を細める。
「見ててやらないと、お前さん拗ねるだろう?」
「……ふん」
 ああもう、こっちが馬鹿みたいだ。いや――馬鹿なのは自分も勇儀も両方だ。
 勇儀が酒好きだからって、酒にまで嫉妬することはない。そんなことは解っているのに。
 ――どれだけ妬んでも、勇儀が笑って抱きしめてくれるから。
「酒を肴に、パルスィを愛でる。即ちパル見酒」
「馬鹿なこと言ってるんじゃないの」
「おっと、見てるだけじゃお姫様はご不満だったかい?」
 そして、こっちの考えてることなんてお見通しみたいな顔で、勇儀は唇の端を吊り上げて。
 パルスィは杯をぐっと干すと、じん、とアルコールが頭の奥を痺れさせるのを感じながら。
「ええそうよ、不満ですよ――馬鹿」
 勇儀の唇に自分のそれを寄せて、口の中の酒を、勇儀の中に流し込む。
 アルコールと唾液とが混ざり合って、唇の端からこぼれて伝った。
 唇を離すと、勇儀は数度目をしばたたかせて、それからまただらしなく頬を緩めて。
「――辛抱たまらんよ、そんなことされちゃあね」
 ぐっとパルスィの身体を強く引いて、今度はそちらから唇を重ねた。


      ◇


 ただ、今、水橋パルスィにとってどうしようもなく確かなことは。
 勇儀の語る言葉が。勇儀の触れてくる手が。勇儀の腕の温もりが。
 何もかもが――恋しくて。
 それを求めてしまうことを、抑えられないのだ。
 囁かれたい。触れられたい。抱きしめられたい。
 どうしようもない欲求ばかりが、ぐるぐると身体の中を渦巻き続けて。
 そしてそれを口に出せば、勇儀はその通りに、応えてくれる。

 ――つまりはそれが、幸せということだった。

 水橋パルスィと星熊勇儀は、地底の片隅で、ふたりきりの幸せを満喫していた。
 誰にも邪魔されない、見捨てられたこの場所で。
 小さなあばら屋だけが――ふたりだけの、聖域だったのだ。



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| 浅木原忍 | 23:22 | comments(0) | - |
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 3 / 火焔猫燐
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 14 / 火焔猫燐
 15 / 古明地さとり
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