ゆう×ぱる! 13 / 「水橋パルスィの衝動」
2009.08.09 Sunday | category:東方SS(勇儀×パルスィ)
地底の風が、いつにも増して冷たかった。
岩肌を撫でるその音が、橋の上の静寂を際だたせるように遠ざかっていく。
一条戻橋、と刻まれた石橋の上。そこに、今は影がひとつだけだった。
「……どうして」
誰も通らない。誰も訪れない。渡る者の途絶えた橋の上。
パルスィは、落ち着かずに靴の裏で石橋を叩きながら――その道の先を見つめている。
それは旧都へと続く道。視線の先には遠く、旧都の灯りが見えている。
自分は遠い、遠すぎるその喧噪を見つめて。
「妬ましい、わ……」
いつものように呟くけれど、なぜかひどく、胸の奥が冷えている。
奥歯を噛み締めてパルスィは目を伏せ、そんな自分を訝しんだ。
――それは、いつも通りのパルスィの日常だったはずだった。
誰も通らないこの橋の上でひとり、無為な時間をやり過ごす日々。
それが橋姫、水橋パルスィの日常で――それ以外はイレギュラーのはずだったのだ。
そう、毎日のようにここに押しかけて、酒を呑んで騒ぐあの鬼など。
居ない方がせいせいするはずの、迷惑な非日常だった、はずなのに。
「どうして――」
旧都の方角を見つめて、パルスィは無意識に呟く。
「どうして……来ないのよ、勇儀」
その言葉がやけに大きく耳に響いて、パルスィはぶんぶんと首を振った。
何を言っているのだ、自分は。これではまるで、あのはた迷惑な鬼の来訪を、自分が待ち望んでいるみたいではないか。
そんなはずはない。傍若無人で、無神経で、迷惑極まりないあの闖入者など、自分は。
自分は――嫌っているのだ。大嫌いなのだ。
だけどあのしつこい鬼からは逃げられないから、仕方なく付き合っているだけで、
水橋パルスィは、星熊勇儀のことが、嫌いだ。
――そのはずなのだ。
「ゆう、ぎ」
だけど、それならばどうして。
どうしてあの、太平楽な笑顔ばかりが、さっきから脳内に浮かぶのだろう。
『なあ、ぱるちー』
ふざけて自分を呼ぶあの酒臭い声。
『お前さんの横顔を見ながらだと、いつにも増して酒が旨いね』
杯を傾けながら、にっ、と笑いかける赤ら顔。
『私が惚れたのはお前さんひとりだけさ、パルスィ』
そして――息をするように囁きかけてくる、ありきたりな口説き文句。
全て、鬱陶しいだけのはずだったのに。逃げ出したかったはずなのに。
どうしてそれが、ひとりでいると、ありありと脳裏に、瞼の裏に浮かんでくるのだろう。
『お前さんが……いや、言い訳はよそう。すまなかった。そんな泣きそうな顔をされるぐらいに傷つけちまったなら――お前さんが嫌なら、もうここには来ないから。だから――』
いつか、そう言った勇儀のことを思い出す。
そう、本当に嫌いならそのまま、もう来るなと言えば良かったのに――。
『好きにすればいいわよ。来るも、去るも、勝手にすれば。――あんたのことなんて、気になんか、しないんだから』
あのとき、そう答えてしまったのは、どうしてだろう。
どうして、勇儀が「もう来ない」と言ったときに――胸が、軋んだのだろう。
「……勇儀っ」
目を開ける。顔を上げる。――勇儀の姿は、そこには無い。
どうして来ないの? 毎日通い詰めていたここに、どうして今日は、来ないのよ?
ねえ――惚れたんじゃなかったの?
自分が振り向くまで、押しかけてくるつもりなんじゃ、なかったの?
――それともやっぱり、あんたは、嘘つきだったの?
惚れたなんて、好きだなんて、甘ったるい言葉を囁いておいて――。
あの旧都の灯りの中で、自分以外の誰かと酒を呑んで、笑い合っているの?
「妬ましい、わ……妬ましいのよ」
唇を噛んで、パルスィは自らの身体を抱きしめるように腕をさすった。
ひどく、地底の風が寒い。凍りつくような風が、肌を掠めていく。
「勇儀――」
『パルスィ』
名前を呼んでも、応えてくれるのは記憶の中の勇儀の声だけだった。
遠く見える旧都の灯りが妬ましくて、パルスィは緑の瞳を閉ざす。
勇儀が居ない。勇儀が来ない。勇儀は――勇儀は、自分を――、
星熊勇儀のことばかりが頭を渦巻くのを止められず、そんな自分に首を振りながら。
「妬ましい……のよ……」
ただ、橋の上にひとりきり、パルスィは立ちすくんでいるしかなかった。
――その日、星熊勇儀は、橋の上に姿を現さなかった。
◇
夢を見る。
それが架空の夢なのか、それとも自分の過去なのか、夢の中ではそれも定かでない。
いずれにしても、その夢はひどく現実的だ。
自分は、誰かに恋い焦がれている。
その誰かがいれば、他に何も要らないと思えるほどに、強く焦がれている。
――そして相手も、自分のことをそう思ってくれている、そのはずだったのに。
その誰かは、自分以外の誰かの方を振り向く。
繋いでいた手が離れる。別の、見知らぬ者のところへ、愛した人が遠ざかる。
その誰かの名前を呼んで、追いかけようとするのに、足が動かない。
そして、愛した人は、自分でない誰かと腕を組んで――。
幸せそうに、その笑顔を、自分でない誰かに向けている。
どうして。
どうして、私じゃないの。
私だけって言ったじゃない。
私を愛してるって言ったじゃない。
どうして、私から離れるの。
どうして私だけを見てくれないの。
どうして私以外に笑いかけるの。私以外と楽しそうに話すの。
私はあなたがいればいいのに。
あなたさえいれば私は他に何も要らないのに。
――どうして、あなたはそう思ってくれないの。
私があなたを好きなのと同じぐらいに、あなたも私を愛してくれないの?
どうして?
ねえ、どうして?
どうして――私がいなくても、あなたは笑っていられるの?
嫌よ。そんなの許せない。
もし私が先に死んだら――ずっと悲しんでくれなきゃ嫌。
別の誰かと幸せになるなんて、絶対に許せない。
だから、私も、私も――。
だけど、愛した人はもう、こちらに笑いかけてはくれないのだ。
それを悟って、視界が闇に閉ざされて――いつもそこで、目が覚める。
◇
瞼を開けて最初に感じたのは、頬に触れる優しい指の感触だった。
それが愛おしい誰かの手のような気がして、パルスィは安らぎを覚える。
――いつか誰かが、こんな風に自分の涙を拭ってくれたのだろうか。
そんなことも、思い出せはしないのだけど。
「パルスィ」
囁かれるのは優しい言葉。その声がひどく切なくて、パルスィは瞼を開けて、
「……ゆう、ぎ?」
自分を覗きこむその鬼の顔に、数度目をしばたたかせた。
「ああ、起こしちまったかい」
ばつの悪そうに手を引っ込めて、勇儀は苦笑した。
ぼんやりとした思考のまま、パルスィは身体を起こそうとして、自分の頬が濡れていることに気付いた。――悪夢を見ながら、泣いていたのかもしれない。
どうして勇儀がここにいるのか。泣いているのを、見られたのか。
そんなことがふと脳裏に浮かんだけど、何だかどうでもいいことに思えた。
「勇儀」
身体を起こして、パルスィはぼやけた視界の中、手を伸ばした。
「パルスィ?」
その手が勇儀の服を掴んで――その柔らかい胸元に、パルスィは顔を埋めた。
相変わらず酒臭い吐息と、その身体の熱が、なぜだかひどく心地よかった。
手を伸ばしたところに、触れられる誰かの温もりがある――。
そのことがこんなに心安らぐことなのだと、パルスィは目を閉じながら思って。
「……どうしたんだい、急に」
困惑を滲ませながらも、勇儀の手がおっかなびっくり、髪を撫でてくる。
その大きな手の感触も、今はただ心地よかった。
「いや、嬉しいけどねえ」
「うるさい。……なんで、ここにいるのよ」
自分の家の寝床に、星熊勇儀がいるという事実。
家の場所は以前知られたから、有り得ることなのだとぼんやりと思ったけれど。
――それが嫌でなかったことが、パルスィにとっては。
「橋の上に、お前さんが居なかったからね」
勇儀はそう苦笑して、「居なくなっちまったかと焦ったよ」と呟いた。
その言葉に、パルスィは勇儀の服の胸元をぎゅっと握りしめる。
不意にまた、胸に冷たい風が吹いた気がした。
「何よ――昨日は、来なかったくせに」
自分でも驚くほど、刺々しい言葉が口からこぼれた。
勇儀ははっと息を飲む。顔を上げて、パルスィは勇儀の顔を睨んだ。
「どこへ、行ってたのよ」
「どこへって……私だって来られないときぐらいあるさ」
困ったように、勇儀は頭を掻いた。――その仕草が、ひどく癇に触った。
「嘘つき」
「――嘘じゃないよ」
「嘘よ。……私以外の誰のところに行ってたの。誰と、何をしてたのよ」
自分が何を言っているのか、パルスィにはもうよく解らなかった。
ただ溢れ出るままに、言葉は口からこぼれ続ける。
あるいはこれは、夢の続きなのかもしれない。
「惚れたとか好きだとか――好き勝手に言っておいて、あんたも」
「……パルスィ?」
「そうやって、私以外の誰かにも、同じように笑うんでしょう――ッ」
勇儀の胸元を叩いて、パルスィは叫んだ。
「嘘つき、だから大嫌いなのよ、みんなそう! 好きだなんて、愛してるなんて、当たり前みたいに言って――別の誰かとも笑うのよ。他に何もいらないなんて囁いて、なのに私だけを見てくれない、私以外の誰かと笑ってる、私だけのものでいてくれない――」
そうだ。人も妖怪もみんな同じだ。
生涯の愛を誓うなんて、そんなのはいつも嘘っぱちで。
愛は冷め、言葉は意味を失い、心はすれ違い離れていく。
あるいは、永遠を誓った相手を失っても、人も妖怪も当たり前のように生きていく。
――そんな風に、この世は嘘つきばかりで。
誰も、心の底から自分以外を求めてなんていないのだとしたら。
「私は、私は――ッ」
それを嫉妬と呼ぶならば、自分はきっと世界の全てに嫉妬しているのだ。
自分以外の、自分を必要としてくれない全てに――。
「……パルスィ」
勇儀の腕が、不意に強く背中に回された。
痛いほどにその腕に抱きしめられて、パルスィは息を飲んだ。
「泣かないでおくれよ」
囁かれた声が優しすぎて、髪を撫でる手はあたたかすぎた。
それが――それだからこそ苦しいのに。
寄せられる言葉が優しいほど、触れる温もりが愛おしいほどに――それが嘘だったとき。
どうしようもない、ありきたりな愛の証でしかないと知ったときに、哀しいから。
だから、自分は――。
「すまない。でも、昨日来られなかったのは、お前さんに言った言葉が嘘だからじゃない」
「……みんな、そう言うのよ。嘘じゃないって、平気な顔して嘘をつくの――」
「なあパルスィ――じゃあ私はどうすりゃいい? どうすれば、お前さんは私を信じてくれるんだい? どうすれば、――そんな風に、泣かないでいてくれるんだい?」
パルスィの頬に触れて、勇儀はひどく寂しげにそう囁いた。
「好きだよ、パルスィ」
「嘘よ……」
「好きだ。お前さんが好きだ。何遍だって言うよ。嫌がったって言うよ。信じてもらえるまで何万回でも何億回でも言うよ。――パルスィ、お前さんが好きだよ」
勇儀の言葉に、パルスィはただ血が滲みそうな程に強く唇を噛み締める。
言葉だけなら誰でも言える。それなのに。
勇儀の温もりが心地よくて――その言葉が切なくて。
「だったら――」
パルスィは勇儀を見上げた。勇儀の細められた瞳が、自分の緑の瞳を見つめた。
「私の……そばに、いて」
――ああ。
結局のところ、自分の求めていたのは、ただそれだけだったのかもしれない。
「どこにも行かないで。私のそばにいて、私だけを見て、私だけに触れて。私から離れないで、私以外の誰とも楽しそうにしたりなんかしないで――」
言葉にすると、それはどうしようもなく醜い想いでしかなくて。
だからこそ、自分はずっとひとりきりだったのかもしれない。
けれど――それを割り切ってしまえるのが正しいことなら。
そんな正しさは、大嫌いだ。
「参ったね、こいつはとびきりの我が侭お姫様だ」
苦笑するように髪を梳いて、勇儀は言った。
「ええそうよ。私は嫉妬の妖怪だもの。……妬むわ。好きな相手が私以外の誰かのことを考えて、私以外の誰かを見て、私以外の誰かに笑っていたりしたら――殺したいぐらいに妬むわ」
「……パルスィ」
「そんな嫉妬狂いの橋姫には――付き合いきれないって、言うんでしょう」
その答えは――重ねられた唇の熱だった。
触れあうのは刹那。酒臭い吐息が鼻をついて、パルスィは顔をしかめた。
だけど勇儀はどこまでも真剣に、パルスィを見つめていて。
――そしてパルスィは、どうしようもなく悟ってしまう。
唇を奪われたことに、拒絶も嫌悪も、沸き上がってこない。
いや、きっと、自分はそうされることを望んでいたのだ――と。
「妬んでくれて、構わないよ」
そして勇儀は、静かに囁いた。
「いいや――好きなだけ妬んでおくれ」
「……何よ、それ」
ふっと表情を緩めて、勇儀はパルスィの頬に触れた。大きな手が、あたたかい。
「妬んでくれるだけ――パルスィは、私を好きでいてくれるんだろう?」
「――――――ッ」
「それなら、妬まれるのも私は幸せだよ」
ずるり、と全身から力が抜けて、パルスィは勇儀の胸元にもたれた。
その髪を優しく撫でながら、勇儀は言葉を続ける。
「……パルスィ。お前さんが望むなら、私は私以外の全部を棄ててやるさ」
「嘘……」
「嘘じゃない。旧都の家も、暮らしも、酒だって――パルスィ、お前さんが笑ってくれる、泣かないでいてくれることに比べたら、価値なんてない」
「嘘、つかないでよ……ッ」
「離さないよ。お前さんが嫌がるまで離すもんか。ずっと抱きしめててあげるよ。そして一生かけて証明してあげるさ。この言葉が嘘じゃないってことを」
そして、勇儀は笑った。それは幸福に満ちた、満面の笑み。
水橋パルスィに向けて、星熊勇儀が与える、幸福の欠片。
「星熊勇儀が、水橋パルスィに誓おう」
パルスィの細い手を握りしめて、勇儀は。
「生涯ただひとり――水橋パルスィだけを愛すと、今ここで誓う」
その手の甲に口づけて、そしてもう一度パルスィを抱きしめた。強く、強く。
「だから、パルスィ。――この誓いが嘘じゃないことを証明するのに、これから一生かけて付き合っちゃくれないかい?」
けれど最後は、何だか苦笑混じりの言葉になってしまうのが、どこまでも勇儀らしくて。
――そしてパルスィは、思わず噴き出した。
「何よ、それ――馬鹿みたい」
「馬鹿だからね。こんな証明の仕方しか思いつかなかったよ」
たはは、と笑う勇儀に、パルスィはひどく泣き出しそうな気分で目を細めた。
想うことは、今さら、たったひとつしかなかった。
――どうして、星熊勇儀のことを、好きになってしまったのだろう、と。
「いいわよ。……その証明、付き合ってあげる」
この馬鹿で、傍若無人で、無神経で、飲んだくれの鬼が。
ひょっとしたら、本当に自分の望むものをくれるのかもしれない――なんて。
そんな、裏切られるだけのはずの期待に、身を任せてしまうのが。
――どうしようもなく、恋い焦がれるということなのかもしれない。
「だけど、嘘をついたら――」
「針千本、かい?」
「そんなのじゃ生温いでしょう。――旧地獄跡の炎に突き落とされるぐらいは覚悟しなさい」
たぶん自分は笑ったのだろう、とパルスィは思った。
見上げた勇儀の顔が、幸せそうに微笑んでいたから。
「覚悟はしないよ。お前さんを、幸せにしてやるからさ」
「……期待はしないわ」
「しておくれよ。――さしあたっては、何がお望みだい? お姫様」
勇儀の言葉に、パルスィはぎゅっと、両腕を勇儀の首の後ろに回した。
「……このままで、いて」
そして目を閉じると、勇儀はただ、今までで一番優しく、パルスィを抱きしめた。
その腕がたまらず心地よくて、パルスィは静かに、その胸に顔を埋めて。
――たぶん、泣きながら、笑っていたのだと思う。
幕間 / 旧都の噂話
――鬼の四天王、星熊勇儀が、旧都から姿を消したそうだ。
――姐さんが? 旧都のまとめ役が、その役目を投げ出して、どこへ行ったってのさ。
――女のところへ転がり込んでいるらしい。
――女?
――地上への縦穴の近くに住んでいる、橋姫だそうだ。
――あの、緑の眼の?
――ああそうだ。あの嫉妬狂いの橋姫に、星熊の姉御は何を血迷ったか惚れたらしい。
――やっぱりそうだったのかい。物好きな話だね。
――それで、他の上役は対応に頭を悩ませてるようだ。
――連れ戻せばいいだけの話じゃないの?
――鬼を力ずくでか? そんな妖怪がこの旧都に居るか。
――それもそうだね。
――それに、あの橋姫を呼び戻されたらたまらない。
――ああ、それは確かに。
――旧都の平穏を保つ鬼が、旧都に災難を呼んでくることになりかねん。
――だったらどうするのさ。まさか橋姫を、
――そんなことをしたら、旧都が血の海になりかねんぞ。
――確かに。
――鬼は律儀で、情に弱い。その方向から攻めるつもりのようだ。
――今までまとめてきた旧都を棄てるのか、って?
――何より鬼は、嘘つき呼ばわりを嫌うからな。
――しかし、そうまでして星熊の姐さんを連れ戻さなければいけないのかい?
――鬼の力というのはそういうものだ。諍いの抑止力なんだよ、姉御は。
――そういえばここ数日、あちこちで小競り合いを見かけるけど。
――つまりはそういうことだ。鬼という抑止力を失えば、旧都社会は早晩瓦解する。
――殺伐とした混沌か、平穏な統制か、ね……。後者を望むのは人間だけじゃあない?
――案外とそうでもないのさ。慣れてしまえば、統制の安寧も悪くないと思う者も出る。
――そして混沌への回帰を望む者も、ね。
――いずれにしても、星熊勇儀をどうするかが、目下最大の問題だ。
――他の鬼の四天王はどうしているんだっけ?
――三人とも行方知れずだからな。だからこそ、姉御まで旧都を棄てるのか、と。
――どこまでも人間くさい話だね。
――全くだ。だが、社会を作ってしまった以上、そうならざるを得ないのかもしれん。
――難儀だねえ、本当に。……ねえ、狂骨の旦那。
――なんだい。
――あんたの奥さんって、確か。
――……。
――血迷うんじゃないよ。
――解ってるさ。……全ては過ぎたことだ。儂には娘もいる。
――だからこそ、さ。……あんたが姐さんに殺されるのなんて見たくないよ。
――心配しなくていいさ、ヤマメちゃん。……あんたも、姉御を説得してくれないか。
――……橋姫のところには、あんまり行きたくないんだけどねえ。
――そりゃ、みんな一緒だ。
――違いないね。まあ、話はしてみるよ。簡単に聞いてくれるとは思えないけど。
――頼むよ。儂はちいと、話しづらいもんでね。
――期待はしないでよ?
――ともかく今は、そういう懸念を姉御に伝えるのが肝心なのさ。
――まあ、それもそうか。了解したよ。
――すまない。……ヤマメちゃん。儂は、この旧都が好きだよ。
――それは私もだよ。なんだかんだ言って、ここは私たちみたいなのにはいい場所だ。
――それは姉御も一緒のはずなんだ。それを作ったのは姉御なんだから。
――作るも壊すも思いのまま、かい。……鬼ってのは難儀な種族だね。
――力ある者ってのは、望む望まないに関わらず、そういうものさ。
――自分が土蜘蛛で良かったと、今は思うよ。
――よく一緒にいる釣瓶落としの子かい。
――たはは、バレてたか。……まあ、とにかく明日にもあの橋に行ってみるよ。
――よろしく頼むよ、ヤマメちゃん。
――蕎麦、一杯奢ってよね。
――お安い御用さ、そのぐらいはね。
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