ゆう×ぱる! 11 / 「星熊勇儀の疑念」
2009.07.29 Wednesday | category:東方SS(勇儀×パルスィ)
「こないだ末の娘がねえ、この屋台を継ぐなんて言い出してねえ」
屋台できつね蕎麦を啜っていると、主人の狂骨が蕎麦を茹でながら不意に楽しげに言った。
勇儀は丼から顔を上げると、狂骨の旦那の顔を見上げた。からからと骨を鳴らして楽しげに笑う狂骨に、勇儀は目を細める。
「こんな屋台なんぞ継がせることもないとは思うんだけど、嬉しいもんだねえ」
「なんだい、隠居するような歳でも無いだろう」
ずず、と蕎麦をすすりつつ、勇儀は苦笑した。
「でも本当は、姐さんみたいにいい人のところに嫁にやりたいんだがね」
「おいおい、勘弁しておくれよ」
「貰っちゃくれないかい?」
「そこは当人の自由意志を尊重してやりなよ、旦那」
苦笑を返していると、丼の中の箸が空を切った。おっと、と肩を竦めて勇儀は箸を置く。
「嫁ももう居ないしね。娘にゃ幸せになってほしいのさ」
「それだったら、私なんかよりよっぽどいい相手がいるだろうさ」
こんな飲んだくれの鬼なんかよりね、と勇儀は笑って小銭を差し出す。
毎度、と代金を受け取って、それから狂骨はがらんどうの瞳を細めた。
「姐さんは――ああ、いや、なんでもない」
「うん?」
「いやなに、なんでもないさ、うん」
そこで新たな客が屋台に現れ、勇儀は「ご馳走さん」と入れ替わりに店を出た。
屋台の提灯が、地底のほのかな風に揺れている。
狂骨の奥方が居なくなっているのは勇儀も聞き及んでいた。何があったのか、下世話な勘ぐりを入れるつもりはないので詳しい事情は知らなかったが、確かなのは彼が、居なくなった妻の分も、残された娘に愛情を注いでいるということ。
妖怪も、人と同じように伴侶を求め、子を為し、家族を愛する。
それは心を持って生まれた以上、必然的な帰結なのかもしれない。
「……家族、ね」
杯に酒を満たして、その水面に映る自分の顔を見下ろした。
この旧都にある数多の営み。気ままな独り身もいれば、家族を抱える者もいる。
自分は永く永く前者を続けていたが――あるいは後者も、悪くないかもしれない。
そんな風に思っている己に、勇儀はひとつ苦笑した。
原因は間違いなく、彼女だ。あの橋の上で出会った橋姫――。
「……っとと、間抜け面晒してても仕方ないね」
頬が緩んでいるのに気付いて、勇儀は杯を干すと視線を上げた。
ともかく今日も、いつものようにパルスィに会いに行こう。あの橋の上でそっぽを向きながら、彼女はまた待っていてくれるだろう。そんな図々しい確信がある。
それが、星熊勇儀の幸福だった。
――そうしていつか、パルスィを我が家に娶って、なんて。
「いやいや、さすがにそいつはちと拙速に過ぎる――」
まずは、自分のアプローチに応えて貰う方が先決。その先はそれからだ。
だけど近い未来に、そういう光景があれば、きっと自分は今以上に幸せだろう――。
「あるいは、私がパルスィの家にでも――」
そこまで呟いて、はたと勇儀は歩く足を止めた。
『まさか家無き子かい? それなら我が家に』
『家ぐらいあるわよっ! ていうかあんたん家なんて死んでもお断りですからっ!』
――つい先日、パルスィとそんな会話をしたのを思い出した。
いつもパルスィはあの橋の上にいる。家無き子と言ったのはもちろん冗談だ。橋の下に捨てられた人間の赤子ではあるまいに――。
けれど、だとしたら、パルスィはどこに住んでいるのだろう。
「……はて」
勇儀とて、入り組んだ旧都の街並み、その一軒一軒の住人を把握しきっているわけではない。パルスィはその中にいるのだろうか。しかしだとしたら、なぜ旧都から離れたあの橋の上でしかパルスィの姿を見かけないのか。
――旧都から離れて暮らす妖怪も居ないではない。喧噪を嫌う者、あるいは旧都内で悪さをしでかし出て行かざるを得なくなった者、理由はさまざまだが。
ふむ、と勇儀はひとつ首を捻って、指の上で杯をくるくると回した。
落ち着きのない駒のように、浮かんだ疑念は回るばかりで、答えは出なかった。
◇
「というわけで、今日は杯を持たずに来てみたわけだよ」
「……何が『というわけで』なんだかさっぱり解らないんだけど」
思い切り邪険に目を細めて、パルスィは勇儀を睨んだ。
「素面になれって言ったのはお前さんじゃないかい」
「思いっきり酔っぱらった顔して何を寝ぼけたこと言ってるのよ」
ここに来る前に駆けつけ三杯を干しただけだ。勇儀にしてみれば素面のようなものだが。
「酔っちゃいないんだがね」
「酒臭い顔近づけるなっ!」
ぐーぱんちが飛んでくる。笑ってそれを受け止めて、勇儀はパルスィを抱き寄せた。
「ちょ、こら、離しなさい――」
「私としちゃあ、またお前さんと呑みたかったんだけどねえ」
「死んでもお断りよっ!」
悲鳴のようにパルスィは叫ぶ。先日の二日酔いはトラウマになっているらしい。
勇儀としてみれば、酒を酌み交わしたことでようやく一歩前進、という気分なのだが。
「私ゃ楽しかったよ」
「あんただけでしょうがっ」
「ぱるちーだって可愛かったしね」
「ぱるちー言うなっ!」
がり、と引っかかれた。わはは、と勇儀は笑ってパルスィの髪を撫でる。多少は痛いが、猫に引っかかれたようなもの。可愛いものである。
「いいじゃないか。酒を酌み交わし、腹を割って話し合う。これで大抵のことは解り合えるもんだよ。酒があれば天下太平、恒久平和の極楽浄土だ」
「どこまでもアルコール中毒な生き物ね、鬼って」
呆れたようにため息をつくパルスィに、勇儀は再び顔を近づける。
「というわけで、私ゃお前さんと解り合いたいのさ、パルスィ」
「何をよっ!?」
「とりあえずは、私の気持ちがどれだけ真剣かを解ってもらうために」
「だからそれに酒を持ち込むなって言ってるんでしょうがっ!!」
話をループさせるなこの馬鹿鬼っ、とパルスィは怒鳴って肩で息をした。
勇儀は肩を竦める。どうしてそんなに酒を嫌うのか、勇儀には解らない。
「大丈夫だよ、お前さんが酒に弱くても私ゃ気にしないからさ」
「私が気にするのよ!」
「可愛かったのにねえ、こないだのぱるちー」
「思い出させるなぁっ!」
悲鳴のように叫んでパルスィは頭を抱えた。そんなに悩むことでもあるまいに。
初めは慣れていなくても、呑んでいくうちに飲めるようになるものだ。たぶん。
「大丈夫だって、ぱるちー」
「な、何がよ」
「お前さんが酔って倒れても、私が介抱してやるからさ。ついでに家まで抱いて連れ帰ってあげてもいい。地上にだって運んでやるよ」
「全部お断りですから!」
げしげし、と今度は臑を蹴られた。「暴力的なのはあまり感心しないねぱるちー」と肩を竦め、その背中と膝の裏に腕を回す。
「ちょっ!?」
「ほら、暴れるんじゃないって。こんな風にお姫様らしく抱っこしてやるからさ」
「だから離せこのアル中色情魔ッ!!」
もがくパルスィに構わず、「はて」と勇儀はパルスィを抱えたまま首を傾げた。
――それはここに来る前に頭に浮かんだ、ひとつの疑念。
「ところでパルスィ、お前さんの家ってどこにあるんだい?」
そう、いつもパルスィと会うのはこの場所で、ここ以外で彼女を見かけたことはない。
パルスィはきょとんと目をしばたたかせ、それから「ふん」とそっぽを向いた。
「教えないわよ。押しかけられたらたまらないわ」
「押しかけやしないよ。通いはしたいが」
「同じじゃないのよっ!」
ぐーぱんち。笑いながら頬で受け止めて、勇儀はそれから視線をぐるりと回した。
「旧都かい?」
その街並みの灯りが見える方角を振り返って、勇儀がそう問いかけると――。
パルスィは不意にその顔から表情を消して、そして視線を逸らした。
――その仕草の意味は、勇儀には解らない。
「……橋の下よ」
ぽつりと呟くような言葉に、「え?」と思わず勇儀は問い返す。
「橋の下? この橋のかい?」
パルスィは沈黙。ふむ、と勇儀はパルスィを抱いたまま、橋の欄干から飛び降りた。
「ちょっ!?」
重力の衝撃はしっかり腕で殺す。我ながら紳士的だと思ったが、パルスィには「いきなり何してるのよ!」とまた殴られた。どうにも上手くいかないものだ。
ともかく、橋の下に降り立って勇儀が視線を巡らすと、その家はすぐ見つかった。
――橋の下の、バラック造りの粗末な小屋。
勇儀は思い切り目を細める。まさか、これがパルスィの家だというのか?
「悪かったわね、ボロ家で」
ふん、と鼻を鳴らしたパルスィに、勇儀はひとつ唸る。
旧都から離れた、他に誰もいない橋の下の、みすぼらしい小屋。
そんなところにパルスィがひとりで住んでいるのは――何故だ?
「悪かぁ無いさ。ちょっと驚いたけどね」
「……馬鹿にしてるでしょ」
「私がそんな風に見えるかい?」
勇儀がパルスィの顔を見下ろすと、パルスィは「ふん」と目を伏せた。
肩を竦めて、勇儀はその小屋を見やる。自分の住んでいるのも決して立派な家などではないが、しかしこれではやはり――まるで。
「なあ、パルスィ」
「何よ」
「今度は朝早くにこの小屋に来て、お前さんの寝顔を拝んでもいいかい?」
パンチが角を狙って飛んできて、勇儀は笑って身をのけぞらせた。
――その笑みの後ろで、勇儀は思う。
パルスィ。お前さんはどうして――こんなところでひとりきりなんだ?
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