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ゆう×ぱる! 10 / 「水橋パルスィの悪酔」
 ぱるぱるぱる。









 目が覚めた途端、猛烈な頭痛に襲われて、パルスィは盛大に顔をしかめた。
 がんがんと鐘を鳴らされたような音が頭蓋に響く。吐き気に襲われて、欄干にもたれて呻き声をあげ、ようやくそこが橋の上であることに気付いた。
 橋姫だからといって、普段橋の上で寝ているわけではない。橋の下にちゃんと家はある。
 だというのに、どうして橋の上で自分は寝ていたのか。
 頭痛に顔をしかめながら、パルスィは周囲を見回して、その姿に気付く。
 冷たい風の吹きさらす橋の上、盛大にいびきをかいて寝転ぶ、星熊勇儀がそこにいた。
 傍らに転がる空の杯、赤ら顔で幸せそうに眠る勇儀。頭痛と吐き気。
 がんがんと痛む頭で、けれどパルスィはようやく状況を把握した。
 ――昨日、いつものようにここにやってきた勇儀と、成り行きで酒を呑んだのだ。
 それは概ね、勇儀のあのふざけた口説き文句から逃げ出したいがためだったのだが。
 杯を渡されて、そこに注がれた酒を口にして――そこまでは覚えている。
 のだが、そこから先の記憶が全く無かった。
「……うえ」
 込み上げる嘔吐感に顔をしかめて、パルスィは欄干から身を乗り出し風に当たる。地底の湿った風が、今だけはひどく心地よかった。
 そう、勇儀の注いだ酒を呑んだ。そこまではいい。そこから先――自分はどうした?
 頭痛が少し治まっても、記憶はさっぱり戻らなかった。パルスィは顔をしかめる。
 思い出せない、というのはひどく気持ちが悪い。確かに自分はここで勇儀と酒を呑んだのだ。そして、酒を呑んで――自分がどうしたのかが思い出せない。
 恐怖にパルスィは身を震わせる。――何かとんでもないことをやらかして、それを勇儀がしっかり覚えていたとしたら、
 いや、仮に例えば、目を覚ました勇儀が、昨日の自分の行動について何を語っても、記憶が無い以上それを自分は否定できない。
 ――自分が酒に弱い、ということ自体、パルスィにとっては今回初めて解ったことだったが。
 その事実が、今はひたすら恨めしかった。
「ん〜……ふぁぁぁ、お、パルスィ、起きてたかい」
 不意にむくりと、勇儀がその身体を起こして大きく伸びをする。まだ鈍い頭痛と吐き気に襲われているパルスィに対して、全くけろりとした様子で勇儀は笑った。
「……なんであんたは平気そうなのよ、妬ましいわ……ぱるぱる」
「おいおい、大丈夫かい? 妖怪が二日酔いたぁ珍しい」
 顔が青いよ、と勇儀の手が背中にのばされた。避ける気力もなく、パルスィはさすられるがままに任せる。不本意だが、今だけはその手が心地よかった。
「吐くなら吐いちまった方が楽だよ」
「……大丈夫よ」
 二日酔いでぐったりしてるだけでも不覚だというのに、その上嘔吐するなんてみっともない場面、勇儀の前で見せられるわけがないではないか。
「ほれ、水でも飲みな」
 と、勇儀が杯に注がれた透明な液体を差し出す。
 パルスィは思い切り眉を寄せて、杯に映る自分の青い顔を睨んだ。
「……水?」
「かけつけ一杯、水みたいなもんだよ」
 全力で杯をひっくり返してやった。
「わぷっ、何するんだいもう、勿体ないねえ」
 酒を頭から被って、勇儀はぷるぷると首を振った。
「二日酔いで死にそうな相手に、酒を出す馬鹿が、どこにいるのよ……」
 アルコールの匂いにまた気分が悪くなった。「あれま」と勇儀は肩を竦め、それからまた杯に透明な液体を注いで差し出す。
「今度は本当の水だよ。ほれ」
「……本当に?」
「本当だって。舐めてみなよ」
 勇儀の差し出した杯に、指を入れて舐めてみる。……酒の味はしなかった。
「……いただくわ」
「そうした方がいいさ」
 杯を傾ける。冷たい水がノドを通り抜けて、全身に染み渡っていく。
 はぁ、と盛大に息をついたパルスィが杯を返そうとすると、不意にその手を勇儀に掴まれた。
「……ゆう、ぎ?」
「お、名前で呼んでくれたね」
 勇儀はにかっと笑う。反論する気力も浮かばず、パルスィがゆるゆると首を振ると、
 ――不意にその手が引かれ、気が付けば勇儀の胸に抱かれるような格好になっていた。
「なに……するのよ」
 もがく力も湧かないまま、パルスィは僅かに険を含ませて勇儀を見上げる。
 勇儀は全く悪びれる様子もなく、その大きな手でパルスィの髪を撫でた。
「落ち着くまで、大人しくしてなよ。こうしててあげるからさ」
「……余計な、お世話よ」
 口ではそう言い返してみるけれど、顔を埋めた勇儀の胸元の柔らかさは心地よかった。
 目を閉じる。髪を撫でる勇儀の手は、いつもなら鬱陶しいのに、今は優しくて。
「……勇儀」
「うん?」
「起きたら……覚えてなさいよ」
 精一杯、それだけを呟いて、パルスィの意識はまた眠りに落ちた。


      ◇


 好きだ、と彼女は自分に向けて言う。
 惚れた、と彼女は自分を指して言う。
 恋をした――と彼女は大真面目な顔で、水橋パルスィに言い続ける。
 その言葉を、どう受け取るべきなのかが、パルスィには解らなかった。
 鬼は嘘をつかない。だから本気だ、と勇儀は言う。
 その割にはひどく軽い調子で、あけすけと好きだと言い放つ。
 その相反する態度。酒を呑んでばかりの酔っぱらいの笑顔。信じられるはずもない。
 ――自分など、好きになるような存在など、あるはずがない。
 そのはずなのに、彼女はいつもここにやって来る。
 忌み嫌われた水橋パルスィの元に足繁く通って、益体もない口説き文句を繰り返す。
 解らない。星熊勇儀のことが、パルスィにはどうしても解らない。

 彼女は本当に、自分を好きなのか?
 ――本当に好き、というのは、どういうことなのか?
 誰かを、好きになるということは――。

 解らない。解らないから、あけすけにそれを語る彼女が妬ましいのだ。
 自分の知らない、恋という気持ちを語りかける、星熊勇儀が。
 ――自分がそれに、どう答えればいいのか解らないから。
 パルスィはただ、妬むしかないのである。


      ◇


 次に目を覚ましたときには、頭痛と吐き気はだいぶ治まっていた。
 目を開けてすぐ、パルスィはもたれていた勇儀の胸元から離れる。「おおう」と残念そうな顔をする勇儀に構わず、まだぼんやりする頭を振って大きく伸びをした。
「大丈夫かい?」
「――大丈夫だから、さっさと帰りなさいよ」
 思い切り邪険な声で、振り向きもせずにそう言い返してやる。
 ――目を覚まし、状況を把握して、その不覚さに正直今、本気で死にたいのだ。
 二日酔いで弱って、勇儀に抱きしめられて眠っていた。
 あり得ない。なんという弱み、醜態を勇儀の目の前で晒してしまったのだ。
 おまけに相変わらず、酒を呑んでから潰れるまでの記憶は戻らないままだ。
 ――このネタでこれから先いじられるのかと思い、絶望を覚えた。
 それは本当に、勘弁してほしい。というかそうなったら、今度こそ逃げてやる。
 そうパルスィは決意を固めていると、不意に背後で勇儀が立ち上がる気配がした。
「二日酔いのときは、熱い風呂にでも入るといいさ」
 呵々と笑いながらそう言って、「はて」とそれから勇儀は首を傾げる。
「ぱるちー。お前さんの家ってどこだい?」
「……教える義理なんて無いわ」
「まさか家無き子かい? それなら我が家に」
「家ぐらいあるわよっ! ていうかあんたん家なんて死んでもお断りですからっ!」
 思わず振り返って吠える。勇儀はまた笑って、指先で杯をくるくると回した。
「そりゃ残念だねえ。嫁に来ちゃくれないのかい」
「馬鹿言ってんじゃないわよ!」
「ああ、だったら私が婿入りすればいいのか」
「いい加減帰れこの色ボケアル中!」
 臑を思い切り蹴飛ばしてやると、「痛いじゃないかい」と笑いながら勇儀は肩を竦めて、それから「んじゃ、今日は退散するとするかね」と背を向ける。
 思わず盛大なため息を漏らしたパルスィに、しかし勇儀は。
「ああ、そうだ、パルスィ」
「……何よ」
「昨日の晩の酔っぱらったお前さんも、可愛かったよ」
 振り向いて、満面の笑みでそう言い放つのだ。
「――――ッ」
 口をぱくぱくさせて、わなわなと震えたパルスィに、勇儀は唇の端を吊り上げ。
「ついでに、さっきの寝顔は極上だったね。思わずキスでもしちまいそうになったよ」
「なっ、なっ、な――!?」
「実際にゃ、してないから安心しなって」
 勇儀の言葉の処理が頭の中で追いつかないうちに、勇儀がすっとこちらに歩み寄り。
 ――頬に手を触れて、目を細めて、耳元で囁いた。
「本当にキスさせてくれる日を、楽しみにしてるからさ」
「――――帰れ馬鹿ぁー!! 二度と来るなーっ!!」
 泣き出しそうなパルスィの悲鳴が、いつものように地上への縦穴にこだました。



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| 浅木原忍 | 23:57 | comments(0) | - |
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