ゆう×ぱる! 7 / 「星熊勇儀の当惑」
2009.07.10 Friday | category:東方SS(勇儀×パルスィ)
鬼は旧都のまとめ役であり、旧都の妖怪の中でも強者である。
故に、旧都で何か揉め事が起これば、それを平定するのは概ね鬼の役割だ。
純粋な力で鬼に刃向かえる者はそういないし、旧都に住む妖怪の多くは地上を追われ、鬼たちによってここに受け入れられた者だから、鬼の言うことには大抵の妖怪は従う。
まあ、もちろん何事につけても例外というものは存在するのだが――ともかく。
「商売熱心なのはいいけどね、他人に迷惑をかけちゃあいけないよ。この旧地獄街道にしたって、色んな店があるからみんなが萃まってくる。追い出せばいいってもんじゃないよ」
その日、勇儀が駆り出されたのは旧地獄街道の商店街の揉め事だった。小豆洗いが元々店を開いていた近くに小豆はかりが似たような店を出して客の取り合いになったらしく、いがみ合った両者の仲裁に入る羽目になったのである。
力比べで決めれば後腐れが無くていい――と勇儀としては思うのだが、鬼と違って他の妖怪ではそうもいかないらしい。
「お前さんもだ。どこで商売をしてもいいが、似た店が近くにあるなら客の取り合いになるのは解ってただろうに。工夫もなしに相手に喧嘩を売っちゃあいけないね」
正直なところ、理で諭すのはあまり得手ではないが、これも鬼の仕事のうちだ。何も年がら年中ずっと呑んで騒いでいるわけでもないのである。
「そうは言いましてもね姐さん、元はといえばそこの新井のが質の悪い小豆を売ってたのが悪いんでしてね。これじゃあいかんとこの不肖葉苅が店を開いてやったというのにそこのが文句つけてきたのが始まりなわけでして」
「てやんでえ、てめえどんな了見でウチの小豆にケチつけてんだい」
「あんだいこんなツヤの無ぇ小豆売りやがって、欠けたもんまで混じってるじゃねえか」
「てめえが混ぜたんだろうが、汚いなさすが小豆はかりきたない」
「はいはい――そこらへんにしときな」
ドン、と大地が揺れて、小豆洗いと小豆はかりは揃って尻餅をついた。
地面を揺らしたのは、勇儀が地面に叩きつけた拳である。
鬼の怪力は、皆が踏み固めた旧地獄街道の土に大穴を開けていた。
その大穴の深さを覗きこんで、睨み合っていたふたりは揃って青くなる。
『来た! 勇儀姐さんの怪力乱神きた! これで勝つる!』と野次馬から歓声があがった。野次馬が勝つも何も無いだろう、と勇儀は思うのだが、ともかく。
「何か問題があるなら、第三者を交えて申し立てをしな。閻魔はもうここには居ないが、我ら鬼の四天王が――今は四人揃わんが、必要なら判断を下そう。その上でどちらかに問題があるならば是正を促すし、どちらにも問題がなければ両者公正な商売で競いな。公正な、ね」
勇儀の言葉に、小豆洗いと小豆はかりは青ざめたまま頷いた。
「よろしい。なら、言い合いはここで終わりだ。皆も商売に戻りな!」
勇儀の言葉に、当事者のふたりはすごすごと店に戻っていき、野次馬たちも慌てて散らばっていく。やれやれ、と肩を竦めて、勇儀は杯の酒をあおる。全く、裁きの真似事は肩が凝る。
「相変わらず強引に場を収めるのは得意だね、星熊の姐さん」
踵を返した勇儀に、馴染みの声がかかった。土蜘蛛の黒谷ヤマメだ。
「何だヤマメか。見てたのかい」
「たまたま通りがかったもんでね。しかし、あんまり地面に穴開けないでよ」
「いやいや、すまんすまん。埋めておいてもらえるかい」
「もう身内を呼んであるよ」
頭を掻く勇儀に、ヤマメは肩を竦めた。振り返れば、がやがやと土蜘蛛の集団が現れて地面の穴を塞ぎにかかっている。
「毎回すまないね。後で酒でも差し入れに行くよ」
「そりゃ、みんなきっと喜ぶよ」
土蜘蛛の集団に手を振って、ヤマメも勇儀に並んで歩き出した。
「ああ、そうだ。姐さん、これから暇?」
「ん? まあ、暇と言えば暇だが」
杯を傾けつつ、勇儀はヤマメの方を振り返る。――実際のところは、これからパルスィのところに顔を見せようと思っていたのだが。
「時間は取らせないよ。――ちょいと、相談したいことがあるんだ」
思案げに目を細めたヤマメに、勇儀は首を傾げた。
◇
キスメっていう釣瓶落としの友達がいるんだけどね、とヤマメは言った。
ああ、あの桶に入ってる子かい、と勇儀は頷く。ヤマメが、緑の髪の少女が入った桶を抱えて歩いている光景は見たことがあった。
その子がちょっと引きこもり気味でさ、とヤマメは肩を竦める。
私の友達を紹介しようとしても、怖がって井戸から出てこないのよ。
やれやれと息をつくヤマメに、ふむ、と勇儀は腕を組む。
それで、私にどうしろって?
うん。――キスメの友達になってやってくれない?
ヤマメの言葉に、勇儀は目をしばたたかせた。
そんなわけで、ヤマメに案内された先は、路地の奥にある小さな井戸だった。
「おーい、キスメー」
ヤマメが井戸に声をかけると、カラカラと滑車が回り、勝手に桶が持ち上がってくる。
――が。
「や、おはよ」
とヤマメが声をかけ、その緑の髪の少女――キスメは桶からおずおずと顔を出すが、ヤマメの隣にいた勇儀の顔を見るなり、全速力で桶ごと井戸の底に落下していった。
「あ、こら、キスメ、逃げるな!」
桶に繋がる綱を掴んで、ヤマメは無理矢理桶を引き上げる。
引き上げられた桶の中で、キスメは怯えて縮こまっていた。勇儀は肩を竦め、ヤマメがキスメの頭を撫でるのを眺める。もう一度顔を上げたキスメは、ヤマメが笑いかけると少し表情を緩めた。ヤマメのことは随分と信頼しているようだ。
「星熊の姐さんは知ってるでしょ?」
――う、うん。
耳を澄ませなければ聞こえないほど微かな声で、キスメは頷く。
「いや何、ちょいとヤマメに呼ばれたんでね」
――呼ばれた、って……?
不安げにキスメは勇儀とヤマメを見比べる。
ヤマメがこちらを見て、お願いしていい? と目配せした。何をだい、と勇儀は肩を竦めるけれど、よろしく、とだけ囁いて、ヤマメはさっさと踵を返してしまう。
――ヤマメちゃん。
キスメが悲鳴のような声をあげ、それから勇儀を見上げてびくりと震えた。
さすがに、何もしていないのにそう怯えられるというのもなかなか寂しいものがある。
「やれやれ、そう怖がらなくてもいいじゃないか」
全力で井戸の中に逃げようとしたキスメの桶を捕まえて、勇儀は肩を竦めた。
――ふぇ……うぇぇぇ……。
ぶわ、とその目尻に珠のような雫が浮かんだかと思うと、そのままキスメは泣き出してしまう。おいおいおい、とほとほと困り果てて、勇儀は頭を掻いた。
怪力無双の鬼だって、泣く子には勝てないのである。
◇
――ヤマメちゃんがね、友達を作ろうって言うの。
「何だ、いいことじゃないかい」
泣きやんだキスメを桶ごと膝の上に乗せて、逃げないように勇儀は片手で抱えた。
観念したように、キスメはぽつりぽつりと事情を話し出す。
――よくないの。……友達は、ヤマメちゃんだけでいいの。
「そうかい? 大勢で萃まるのも、楽しいもんだがね」
――大勢なんて、いらない。……ヤマメちゃんがいればいいの。
ふむ、と勇儀は唸る。宴好きの鬼にしてみれば、キスメの求めるものはどうにもよくわからない。呑み仲間は大いに越したことはないではないか。もちろん、ふたりで顔を突き合わせて呑むのも悪くないものだが。
――ヤマメちゃんは、人気者だから。
「そうだねえ」
――でも、私には、ヤマメちゃんしかいないの。
「うん? だから、友達を作ろうって話になってるんじゃないのかい?」
――いらない。だって……ヤマメちゃん以上に好きになれる誰かなんていないもん。ヤマメちゃんが一番で……ヤマメちゃんがいれば、それでいいから、だから、
「……よく解らんね。別に一番じゃなくてもいいじゃないか。誰が一番とか、そういうもんじゃないと思うがね?」
キスメは黙り込んで俯く。ふむ、と杯を指で回して、勇儀は唸った。
「お前さん、怖がってるのは本当に、自分が友達を作ること、かい?」
びくり、とキスメの身体が震えた。
「そうじゃなさそうだねえ。何が不安なんだい? 正直に言ってみなよ」
キスメの頭を撫でて言うと、キスメはまた泣き出しそうな顔を勇儀に向けた。
――ヤマメちゃんは、友達が、たくさんいるの。
震えた声は、今までよりもさらに小さくて、なかなか聞き取れない。
「そうだね」
――だから、……私も、そのたくさんの、ひとりでしかなくて、
「うん?」
――私はヤマメちゃんのことが一番好きなのに、……ヤマメちゃんにとっては、私は一番でも何でもないのかな……って、
ふぇ、とまたキスメの目尻に雫が浮いた。泣かないでおくれよ、と勇儀は肩を竦める。
――私と遊ぶの、退屈だから、だから友達作ろうって……私に別の友達ができれば、もう私と遊ばなくていいって、ヤマメちゃんそんな風に思ってたら、私、わたし――
ふぇぇぇ、とキスメはまた泣き出してしまう。参ったねこりゃ、と勇儀は頭を掻いて、とにかくその頭を撫でることしか出来なかった。
「何だかねえ……。お前さん、もう少しヤマメのことを信頼してやりなよ、友達ならさ」
ふぇ、と顔を上げたキスメの額を、勇儀は指で押さえた。
「あの子はそんなに不誠実な子じゃないと私は思うがね」
――べ、別にそんな、ヤマメちゃんを責めてるわけじゃ……。
「違うのかい? 結局のところ、お前さんがヤマメを信頼してないってだけじゃないか」
言葉に詰まるキスメに、勇儀は目を細めて言葉を続ける。
「不安や疑問があるなら、ヤマメに直接言葉で言いな。真剣に問えば、あの子はちゃんと答えるよ。友達ならね」
――でも……。
「お前さんがヤマメにとって一番なのかは、私は知らないがね」
勇儀の言葉に、ふぇ、とキスメはまた泣き出しそうになる。
けれど勇儀は、ふっと表情を緩めて、言葉を続けた。
「お前さんと一緒のヤマメは楽しそうだよ。少なくとも、私にはそう見えるね」
きょとん、と目を見開いたキスメに、勇儀にはにっと笑いかけた。
「だからちゃんと、話し合いな。友達同士ならね」
キスメはこちらを見上げて、その目をしばたたかせて――こくりと、頷く。
その頭を、勇儀は優しく撫でて。
「ま、そうさね。――せっかくだし、お前さんの友達二号は、私ってことでいいかい?」
もう一度、キスメはまん丸に目を見開く。
「なに、ヤマメと比べてどうこうとか考えることはないさ。ま、たまにヤマメといるときに私も見かけたら、挨拶ぐらいしてくれればいい」
困ったようにキスメは視線を彷徨わせて、しばしの沈黙ののち――また、頷いた。
よろしい、と勇儀は笑って、呑まずにいた杯の酒をぐっと干す。
――お酒臭い。
勇儀の吐き出した息に、キスメはそう言って小さく笑った。
◇
「よ、お待たせして悪かったね、ぱるちー」
「誰も待ってないわ。てゆか来るな。そしてぱるちー言うな!」
三段ツッコミお疲れさん、と勇儀が笑うと、パルスィは盛大にため息を吐き出した。
いつもの橋の上、パルスィは今日も何をするでもなく、ひとりで欄干にもたれている。
「なあ、ぱるちー」
「だから――」
「お前さん、友達はいないのかい?」
勇儀の問いに、パルスィは一瞬目を見開き、それから眉を寄せて視線を逸らした。
「――いないわよそんなの、悪かったわね」
ふむ、と首を捻った勇儀を、パルスィは横目で睨む。
「私がいるじゃないか、とか言ったら五寸釘刺すわよ」
「そりゃ言わないよ。だって――」
ずい、と勇儀はパルスィに近付くと、その頬に手を伸ばす。
びくりと身を竦ませて逃れようとするパルスィを欄干に追いつめて、勇儀はその顔をにっと笑って覗きこんだ。頬に触れると、パルスィは目をぎゅっとつむって身を縮こまらせる。
「私がなりたいのは、お前さんの友達じゃなく――恋人だからねえ」
「だから馬鹿言ってんじゃないわよこの酔っぱらいッ!」
両腕で全力で押しのけられる。つれないねえ、と勇儀が身を離すと、ぜーはー、と粗い息を吐き出して、パルスィはその緑の眼で思い切り勇儀を睨んだ。
「あんたのそういう不躾で見境の無いところが嫌いなのよっ!」
「見境が無いってのは心外だねえ」
「事実でしょうがっ」
「鬼は嘘をつかないよ。私が惚れたのはお前さんひとりだけさ、パルスィ」
「――――ッ」
勇儀がまた手を伸ばそうとすると、パルスィは真っ赤になって逃げるように身を翻した。
「ああもう、こっち来るなこの色ボケ鬼!」
「色ボケはますますひどいねえ」
「――私なんかの、何がいいって言うのよ」
俯いて、どこか吐き捨てるようにパルスィは言った。
勇儀は眉を寄せる。自分は何を言われてもいいが――それは、聞き捨てならない。
「何がってねえ。ひとつひとつ挙げようかい?」
「え、ちょ――」
「たとえば、この綺麗な髪。触り心地が良くて、私ゃすごく好きだね」
「さっ、触るな馬鹿! 撫でるなーっ!」
パルスィの腕を捕まえて、その髪に触れる。パルスィはまた真っ赤になってもがくけれど、力なら鬼は負けることはない。ふわふわの髪に触れると、ひぅ、と可愛い声をあげた。
「白くて柔らかい肌もいいね。ほら、こうして撫でると――」
「や、止め――」
「細身で華奢なのも好みさ。守ってあげたくなるよ」
「あんたなんかに守られたくないわよっ!」
ぐーぱんちが頬に飛んできた。どうということはない。笑いながら勇儀は言葉を続ける。
「その服も似合ってるしね。私にゃあんまりファッションのことは解らんが」
「その野暮ったい格好見れば解るわよ、そんなのは」
野暮ったいかい? と首を傾げる勇儀に、ふん、とパルスィは視線を逸らす。
「――何よ、だいたいさっきから、見た目のことばっかり……」
「そりゃあお前さん、見た目以上のことはまだ私に何も教えてくれないじゃないか」
勇儀が拗ねたように見つめると、「な、何よ」とパルスィはまた後じさる。
「だから、教えておくれよ。なあ、パルスィ――私みたいな鬼は嫌いかい?」
「だっ、大ッ嫌いだってさっきから言ってるでしょう!」
歯をむき出しにしてパルスィは吠えた。悲しいねえ、と勇儀は肩を竦める。
「何なのよ、本当にあんたは――」
その緑の眼を細めて、パルスィは目元を覆って呟くように吐き出す。
その仕草に、一番肝心なことを言い忘れていたのを勇儀は思い出した。
「ああ――そうだ。私が、お前さんの何に最初惹かれたってね」
勇儀はもう一度パルスィに身を寄せると、目元に当てていた手を掴む。
「何よっ」
もがくパルスィの緑の眼が、こちらを睨むように見つめた。
「その綺麗な、緑の眼さ」
「――――――ッ」
刹那――風が止んだ。その場の空気が、一瞬凍りついた。
そして、次の瞬間。
パァン、と高い音が響いて、勇儀の頬がひどく熱を持った。
「馬鹿に、しないで……っ」
パルスィに頬を張られたのだと気付くのに、勇儀はしばしの時間を要した。
こちらを見つめるパルスィの唇は、青ざめて震えていた。
「いい加減にして――もう来ないで。二度と来ないで! あんたなんか、あんたなんか――」
パルスィの声も、今にも泣き出しそうに震えていた。
「大嫌いよ――ッ」
それは、今までのどんな辛辣な言葉とも決定的に違う。
完全な、完膚無きまでの――拒絶の言葉だった。
「……パル、スィ」
言葉が出てこなかった。目の前のパルスィにかける言葉が、どうしても勇儀には見つけられなかった。――そんなのはおそらく、鬼として生まれて初めてのことだった。
どうしていいか、解らない。
目の前の少女が震えている。泣き出しそうに俯いている。
それは自分が惚れた少女だ。
抱きしめてやりたいのに――両腕が、動かない。
「………………ッ」
パルスィがだっと踵を返して、そのまま走りだした。
橋を通り過ぎ、地上への縦穴の方へ、その姿は消えていく。
それを見送って、勇儀はただ呆然と立ちつくしていた。
張られた頬がひどく、軋むように痛かった。
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