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ゆう×ぱる! 5 / 「黒谷ヤマメの場合」
 勇パル連載再開。といっても今回と次回はヤマキス編だったりする。









「おう、ヤマメちゃん。どこ行くんだい?」
「あ、やっほー。それは乙女の秘密だよ」
 屋台の狂骨の旦那に手を振り返して、黒谷ヤマメはひとつウィンクした。
 仄暗い旧都の中央通り、旧地獄街道。妖怪たちの屋台や店が建ち並び、軒先の灯りに照らされた道は旧都とは思えないほどに明るい。
 賑やかな街並みを歩いていれば、見知った顔をいくつも見かける。この旧都だけでなく、地底のあちこちにヤマメの知り合いは多い。顔の広さなら、地底のまとめ役である鬼にも負けないだろう。
 地底のアイドル、なんて呼ばれたりしているらしいが、まあまんざらでもない。
「ヤマザキ春のパン祭り〜♪ ……ヤマザキって誰かしらね?」
 陽気に口ずさんだりしつつ、足取りも軽く路地を通り抜ける。
 旧地獄街道から細い路地に入り、右に左に入り組んだ道をくねくねと曲がる。通い慣れた道だ、間違えることもない。
 そうしていくつか角を曲がれば、その場所は突然現れるように視界に入る。
 旧都の片隅、忘れられたように佇む廃屋と、その傍らにある古びた井戸。
 そこがいつも、彼女のいる場所だ。
「おーい、でてこーい」
 井戸に駆け寄り、底へ声をかける。ほどなくカラカラと滑車が回り、そこに繋がれた桶が勝手に持ち上がってくる。
「おはよ」
 桶に向かって声をかけている自分というのも、傍から見れば間抜けな構図なんだろうなあ、と思いつつ、いつものように笑いかけると、その桶から彼女はおずおずと顔を出す。
 ――おはよう、ヤマメちゃん。
 桶の中から上目遣いでこちらを見つめて、はにかんだように彼女は笑った。
 釣瓶落としの妖怪、キスメ。
 黒谷ヤマメの、一番の友達である。


      ◇


「さて、今日はどこ行く?」
 キスメの入った桶を抱えて、旧地獄街道へ戻る道を歩く。
 別に抱えなくても、キスメは桶に入ったまま飛べるのだけれども、ヤマメはこうやってキスメを抱えて歩くのが好きだった。意外と軽いし。
 どこでもいいよ、とこちらを見上げてキスメは囁く。
 キスメの声は小さい。井戸の中や桶の中、狭いところが好きなキスメは、大きな声を出すと反響しすぎて耳が痛いから、自然と声が小さくなったのだという。最初は聞き取れなかったが、今は地獄街道の喧噪の中でも聞き取れる自信がある。
「そう?」
 うん、と頷いて、キスメはそれからちょっと照れたように笑った。
 ――ヤマメちゃんと一緒なら。
 顔が熱くなるのを自覚して、ヤマメは視線を逸らした。ああもう、恥ずかしいことを言わないでほしい。
「そ、そうは言ってもね。じゃあ、何して遊ぶかは私が考えるから、行く場所はキスメが決めてよ。どこでもいいからさ」
 早口で言うと、キスメはひとつ首を捻って、それからぽんと手を合わせた。
 ――地上の方。
「え? 縦穴のところ?」
 聞き返すと、キスメは頷く。あそこねえ、とヤマメは眉を寄せた。
 ――ヤマメちゃん、嫌? キスメは不安げに首を傾げる。
「や、どこでもいいって言ったのは私だし。んじゃ、行きましょ」
 キスメを抱えたまま、ふわりと浮き上がる。縦穴の方なら飛んでいった方が速い。
 風を切って飛ぶと、腕の中でキスメは楽しげに笑う。
 そんなキスメに苦笑しつつ、ヤマメは心の中だけでひとつため息をついた。
 縦穴の方には、ちょっと顔を合わせたくない相手がいるのだ。
 そこへ通じる道の途中、橋のあたりに、あの緑の眼の妖怪が。


      ◇


 誰が建てたのかも解らないその橋は、今日も縦穴の麓に佇んでいる。
 そしてその欄干に、あの妖怪の姿は今日もあった。
 金の髪と緑の眼。いつもこの橋の上で、ここを通る者を見つめている――橋姫。
 気付かれないように、橋の上空をゆっくりと飛ぶ。あの妖怪とは、あまり顔を合わせたくないのだ。あの緑の眼で見つめられると――どうにも、気分がよろしくない。
 ヤマメちゃん? とキスメがこちらを見上げた。なんでもない、とヤマメは苦笑する。
 自分の不機嫌さがキスメにも伝わったらしい。キスメのせいじゃない、ということは苦笑で伝わっているのだといいのだけれども。
 ――そうして、ふっとヤマメは眼下を見下ろして。
 その緑の瞳が、こちらを見上げていた。
「――――っ」
 息を飲み、慌てて視線を逸らす。胸の奥がむかむかとした。得体の知れない疼きに顔をしかめて、こちらを見上げるキスメが困り顔になるのに、誤魔化しの苦笑を浮かべるけれど、上手く笑えたのかはよく解らなかった。
 逃げるように橋の上を通り過ぎて、縦穴を昇っていく。ああもう、だからあの橋の上を通るのは嫌だったのだ。あの緑の眼に見つめられるから。
 橋姫。嫉妬狂いの妖怪。名前は知らない。知りたいとも思わない。
 あいつの近くにいると、胸の奥がムカムカしてくるのだ。
 ヤマメちゃん、とキスメが囁いた。
「なに?」
 こちらを振り向いて、キスメは困り顔で言う。
 ――そんな顔、しないで。
 キスメの言葉に、ヤマメは肩を竦めて、ごめん、と呟いた。
 全く、これだからやっぱり、あの妖怪の近くを通るのは嫌なのだ。
「ごめんキスメ、気にしないで」
 笑って返すと、キスメもにこっと笑ってヤマメを見上げる。
 ――私、笑ってるヤマメちゃんが好き。
 また顔が熱くなった。思わず視線を逸らすと、キスメは楽しげにこっちの頬を突いた。
 ああもう、本当に、恥ずかしいことを言わないで欲しい。
 ――ね、ヤマメちゃん。
 キスメが耳元で、自分の名前を囁く。
 振り返ると、キスメが目を閉じて、こちらに向けて少し唇を突き出していた。
 あー、とヤマメはひとつ頬を掻く。恥ずかしいことを言われるのと、そっちとどっちが恥ずかしいかと言われると、まあどっこいどっこいなわけで――。でもまあその、そういうキスメが嫌いじゃないというか、結局のところ好きだから、どうしようもないという話である。
「……全くもう」
 その名前の通りなのかは知らないけれど、キスメはその行為が好きだった。
 そんなキスメと友達をやっている自分も、結局はそれが好きなのかもしれない。
 諦めたように息をついて、ヤマメはこつんと額をキスメの額にぶつけて。
 一瞬だけ、その唇についばむようにキスをした。
「はい終わり、行くわよ」
 ばっと顔を逸らして、キスメを抱えて飛ぶスピードを上げる。
 キスメは楽しげにこちらを見つめて笑っていた。
 そんなキスメの笑い顔が、ヤマメはやっぱり好きで仕方ないのだった。


      ◇


 日が暮れるまで――という表現は、光の射さない地底には似つかわしくない。
 遊ぶ時間は気の済むまでだ。地上近くの広場で散々キスメと遊び倒し、くたびれたら家に帰る。それがおおよそ、ヤマメとキスメの過ごす一日だった。
 まあ、遊ぶ相手がキスメしかいないわけではないし、旧都の別の場所で遊ぶことも多いけれど、とにかくそうして退屈を潰す日々が、おおよそ地底の妖怪の日常である。
 で、その日もキスメとふたりで遊び倒して、くたびれて旧都へ戻る帰り道。
 桶を抱えて飛んでいたヤマメは、またあの橋のところを通りがかった。
 なるべくあの妖怪の方を見ないように――と気を付けていたのだけれども、その日は何かそこに珍しいものを見かけて、思わずそちらも見やってしまう。
 ――あれ、あのひと。
 キスメもそれに気付いて、桶の中から声を上げた。
 眼下の橋の上。あの緑の眼の妖怪の隣に、見知った顔があった。長身と長い金髪、額の角と手にした大きな杯は、旧都のまとめ役である鬼の一角、星熊勇儀である。
 どうして星熊の姐さんがこんなところに、とヤマメはひとつ首を傾げ、それから数日前のことを思い出した。――そういえば、姐さんから聞かれたのだ。ここの橋姫について。どうして星熊の姐さんがあの橋姫のことなんか聞くのかと不思議に思ったものだが。
 眼下を見下ろせば、勇儀は杯を傾けながら楽しげに何事か橋姫に話しかけて、橋姫はそっけなく視線を逸らしているようだった。
 ――なんだか、楽しそうだね。
 キスメが言い、確かにそうね、とヤマメも頷く。勇儀は随分と楽しそうに笑っていた。あの橋姫の近くにいて、どうしてあんなに太平楽に笑っていられるのだろう。それも鬼だから、なのだろうか。
「ふぅん……」
 あの橋姫のことを気に入ったのだろうか? どこに気に入る要素があるのかはさっぱり解らなかったが、そういうこともあるのかもしれない。
 ――ねえ、ヤマメちゃん。
 キスメがこちらを見上げて言った。ん? と振り向くと、キスメははにかんで目を細める。
 ――今日もね、ヤマメちゃんと一緒で、楽しかったよ。
「……そ」
 ――だから、明日も一緒に遊ぼうね。
 そんなことは、言われなくてもそうするつもりだ。
 解ってるって、とその額を小突くと、キスメはえへへ、と照れくさそうに笑った。
 ――遊んでくれなきゃ、嫌だよ。
 きゅ、とヤマメの袖を掴んで、少し頬を膨らませてキスメは言葉を続ける。
「解ってるってば」
 苦笑して、桶を抱いていない方の手でキスメの頬に触れた。
 柔らかい頬の感触を楽しんでいると、少し頬を赤く染めて、キスメが目を閉じる。
 また? と苦笑すると、キスメはこくんと頷いた。
 ――ヤマメちゃん、好き。
 キスメの小さな声が、洞窟に反響して大きく響いた気がした。
 たぶんそれは自分の気のせいで、きっと足元の橋姫にも勇儀にも聞こえてはいないけど。
「ああもう、解ったから――」
 ――ヤマメちゃん、
 それ以上のキスメの言葉を遮るように、その唇を自分のそれで塞ぐ。
 キスメの唇は柔らかくて少し冷たくて――ほのかに甘いのは錯覚かもしれないけれど。
 いつもより少し長く重ねた唇で、キスメが小さく囁いた。
 ――大好き。
 そう言われたのだと思ったのは、自意識過剰かもしれないけど、それでもいいかと思うことにした。



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| 浅木原忍 | 23:59 | comments(0) | - |
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