ゆう×ぱる! 3 / 「星熊勇儀の初恋」
2009.06.17 Wednesday | category:東方SS(勇儀×パルスィ)
鬼の好むもの。
一に宴。呑み、喰らい、騒ぐ。理由など無くとも、鬼が萃まればそこに宴の輪ができる。
二に力比べ。鬼の自慢は力。強き者を見ると、腕試しをせずにはいられない。勝った負けた、また勝った。勝てば宴、負ければ相手を讃えて宴。要するに宴がしたいのである。
三に強き友。称え合い認め合う好敵手。自慢の力を比べ合える相手。
星熊勇儀は、やはりそのどれもが好きだ。
仲間たちと宴を開き、力比べをする。旧都のまとめ役とはいっても、さして忙しいわけでもない。日がな一日、呑み騒ぎ力を競う、それが鬼の暮らしだ。
そんな暮らしを、勇儀も心から楽しんでいた。
逆に、鬼に縁遠いもの。
一に負の心。強欲、嫉妬、怨恨、憎悪。鬼にそのような感情は無縁だ。鬼は必要以上を求めない。鬼は他人を妬まない。鬼は相手を恨み憎しみはしない。それが鬼だ。それをある妖怪は傲慢であると言い、また無神経だとも言うが、やはり気にするほどのことでもない。
二に沈黙、孤独。宴好きの鬼は、誰だって騒がしく萃まるのが好きだ。一人より二人、二人より三人、三人より大勢。鬼はそれを求め萃まる。そして騒ぐ。故に、鬼は孤独ではない。
そして三に――色恋沙汰。
鬼も伴侶を求めることはある。それはかつてともに過ごした人間の影響だ。寄り添わねば生きていけない人間の弱さは、鬼には無いもの。その真似事をしてみることは確かにあった。
けれど、人よりも遥かに永い生を持ち、力強き鬼には、やはりそれは縁遠いものだ。萃まり騒ぐのが好きなのと、生の支えとして他者を求めるのとは別の問題に過ぎない。
もちろん、色恋沙汰に陥る鬼がいないわけではないが、やはり稀だ。もちろんそんな鬼を、鬼らしからぬと笑いはしないが。
そして星熊勇儀は、一つ目も二つ目も、やはり縁の無い鬼だった。
では、三つ目は?
――それもやはり、縁のないはずだった。
そのはずだったのだけれども――。
◇
目を開ければ、目の前にあったはずの彼女の姿は幻となって掻き消えていた。
仄暗い天井を見上げて、目の前にあった光景が夢であったことを、しばしの後に把握する。
ふわりと触れた金色の髪の感触は、まだ手のひらに残っている気がした。
「……やれやれ、参ったね」
むくりと身体を起こし、頭を掻きながら勇儀はぼやく。
見ていたのは彼女の夢だ。あの橋の上に佇む、金色の髪と緑の眼をした少女。
橋姫、水橋パルスィ。
「どうかしてるね、全く」
独りごちて、それから勇儀は手元に杯を取り寄せると、駆けつけ一杯を注いで干した。
出会ったのは三日前、初めて言葉を交わしたのは二日前。初めて触れたのは昨日。で、夢に見たのが今朝のこと。
どうやら、これは本格的にアレらしい。
「こいつが――惚れちまったってもんなんだねえ」
何となく感心した気分で、勇儀は杯を干した。
脳裏に浮かぶのは、昨日一昨日に見た彼女の顔ばかりだ。つん、と拗ねた横顔。真っ赤になって吠える怒り顔、それから視線を逸らす照れ顔。
「おーい、ぱるちー」
誰もいない空間に向かって、ふと呟いてみる。
『ぱるちー言うなっ!』
真っ赤になって吠える彼女の顔が浮かんで、頬が緩むのが押さえられない。
杯に映る自分の顔が赤らんでいるのは、酔いのせいか、それともそれ以外の要因か?
ともかく確かなことは――彼女のことを考えるだけで、どうにも顔がだらしなく緩んで、胸のあたりがほう、と温かくなること。
それは強者との力比べでの興奮や、宴の昂揚とはまた違う熱量だった。
「さて――」
杯を持ったまま立ち上がり、勇儀は家を出る。旧都の空は今日も暗く、漂う燐光の朧な光の下に、妖怪たちの賑わいが照らし出されている。
彼女は今日も、あの場所にいるだろうか。
浮かれる心持ちを自覚しながら、勇儀は歩き出す。
――さあ、今日のパルスィは、どんな顔を見せてくれるだろう?
◇
誰がこの橋に名を刻んだのだろう、と欄干の文字をなぞりつつ勇儀は思った。
一条戻橋。名など刻まれなくても橋はただ橋として在るのに、それに名を付けずにはいられないのはひどく人間的な所行だ。なれば――人間の居ないこの地底で、誰がこの橋に名をつけたのだろうか。
まあ、そんなことは全く、どうでもいいと言えばどうでもいいことだが。
ともかく、その橋の上に、今日も彼女はひとりで佇んでいた。
地底に吹く冷たい風に目を細め、水橋パルスィはその緑の眼で、どこかを見つめている。
「また、何を不機嫌そうな顔してるんだい?」
カランカラン、と下駄を鳴らして歩み寄る。その音で彼女は気付いているはずだが、こちらを振り向こうとはしなかった。む、と勇儀は唸る。無視されるのは少々悲しい。
「おーい、ぱるちー」
やはり反応はない。全力でスルーを決め込んでいるようだ。
「ぱーる、ぱるぱる、ぱるりらー」
歌ってみた。微かにその頬が引きつった。その反応に勇儀はにまっと笑みを浮かべる。
「水橋さんちのぱるちーちゃん、あなたのおうちはどこですかー」
「ええい歌うなそこの酔っぱらい!」
堪えきれないという様子で、青筋を浮かべてパルスィは振り返る。
「なんだ、聞こえてたんじゃないか」
「そんな近くで大声で歌われたら当たり前でしょうがっ」
「だったら無視しないでおくれよ」
勇儀が肩を竦めると、ふん、とパルスィはまた視線を逸らした。
「ぱるちー」
呼んでみる。また無視された。
「ぱるちーってばさ」
沈黙。ふむ、と勇儀は首を傾げる。それならば――。
「そんな顔してたら、皺になって取れなくなるよ?」
わしわし、と頭ひとつ低いパルスィの頭に手を乗せて、その髪を掻き乱してみた。
それはちょうど、今朝方夢の中でそうしていたように。
「なっ、何するのよっ!」
ばっと驚いたようにパルスィは飛び退く。手に残る柔らかい髪の感触は、夢の中のものと寸分違わなかった。そのことに、どうにも頬が緩んでしまう。
「いや、撫でやすい位置に頭があったものだからね」
「人の頭を勝手に撫でるなっ!」
「いいじゃないか。その綺麗な髪、触らせておくれよ」
「お断りよっ」
勇儀が撫でた頭を押さえて、パルスィは緑の眼を細めて吠える。
「本当につれないねえ」
「あんたが馴れ馴れしすぎるだけでしょうがっ。ああもうその傍若無人さ、妬ましいわ」
頬を膨らませて睨んでくるその仕草も、子犬が吠えているようで可愛らしいと勇儀は思う。
「妬むぐらいなら、こっちにも馴れ馴れしくしておくれよ」
「どうしてそうなるのよっ」
「私は一向に構わんからさ」
「私はあんたのことなんて――どうでもいいのよ」
どこか呟くようにその言葉を吐き出して、パルスィはまた視線を逸らす。
その言葉に、勇儀は目を細めた。
――どうでもいい。今までの言葉で、一番堪える言葉だった。
「嫌われちまったかね」
「あんた、気付いてなかったの?」
そっぽを向いたまま、呆れたように息を吐き出して。
こちらを振り向かないまま、パルスィは言い捨てるように口にした。
「あんたみたいな無神経な鬼は――大嫌いよ」
ぐさりときた。今までの力比べでのどんな一撃よりも致命的だった。
「……参ったね、こりゃ」
天を仰いで、勇儀は呟いた。痛恨の一撃、大ダメージだ。
胸の奥のほのかな温かみに、冷たい地底の風が吹き抜ける。
「嫌われちまったからには、退散するしかないかね……」
視線を落として、パルスィに背を向ける。
「結構、ついでに二度と来ないで」
つん、と言い放たれた言葉を背に、ため息をついて勇儀は歩き出した。
――途中で一度振り返っても、パルスィはこちらに背を向けたままだった。
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