ゆう×ぱる! 0 / 「そして、星熊勇儀の孤独」
2009.06.11 Thursday | category:東方SS(勇儀×パルスィ)
その橋には、もう誰の姿も見かけることは無かった。
◇
「姐さん、何だか最近暗くないっすか?」
旧都の歓楽街の一角。屋台で蕎麦を啜っていると、不意に店主から声をかけられた。
狂骨の店主は、カラカラと顎の骨を鳴らして喋る。この店の自慢は、店主が自分の骨からダシをとったつゆだ。イメージ的にはどうなのかと思うが、確かに旨い。
「そんなこともないさ」
「ですかい? あ、お代頂戴しやす」
立ち上がり、懐から出した銭を数えて手渡す。店主は骨の手で器用に小銭を受け取ると、へい毎度、とカラカラ骨を鳴らして頭を下げた。
旧都の暗い空にはいつも、燐光が漂いほのかに街並みを照らしている。
その朧な光を見上げて、星熊勇儀はため息のように深く息を吐き出した。
――行きつけの店の主にも、見抜かれるか。
自嘲気味に笑って、懐の瓢を取り出すと、杯にも注がずにそのまま口を付けた。
焼くようなアルコールの熱が喉を通りすぎて、意識の輪郭が明瞭になる。
ああ、全く――確かに、今の自分はらしくないのだろう。
「らしい私、ってのも、誰から見てのもんだか――ね」
自嘲するように苦笑して、カランカランと下駄を鳴らし、勇儀は歩き出す。
行くあてなど、特に無かった。
いや――きっと自分はまた今日も、あの場所に向かうのだろう。
そしてまた、そこに誰も居ないのを確かめて、ひとりで杯を傾けるのだ。
渡る者の途絶えた橋の上。
――彼女の居ない、彼女と過ごした場所で。
「未練がましいね、本当に」
誰に向けたわけでもない言葉は、旧都の冷たい空気の中に霞んで消えていく。
◇
鬼が去っても、妖怪の山が変わらず幻想郷にあるように。
人々が神や妖怪を忘れても、彼らはそこにあるように。
――彼女が居なくなっても、やはりその橋はまだそこにある。
地上と地下を繋ぐ縦穴、そこへ通じる誰も通らない石橋。
一条戻橋、と刻まれた欄干を撫でて、勇儀はまたゆっくりとその上を歩く。
いつもふて腐れたように欄干にもたれていた、彼女の姿はそこにはない。
あの綺麗な金色の髪も、触ると可愛い悲鳴をあげる長い耳も、抱きしめたら壊れてしまいそうな華奢な身体も、耳元で囁かれた、少しキーの高い甘やかな声も――全て、勇儀の記憶の中にはあまりにも鮮明に残されているのに。
全てはもう、失われた残影でしかなかった。
「……なあ、パルスィ」
橋の真ん中で、いつも彼女が不機嫌そうに振り返ったその場所に腰を下ろして、勇儀は杯を取り出し、そこに酒を注いだ。揺れる水面に、自分の顔が映っている。
歪んで、滲んで、情けない顔をしていた。
「お前さん、どこ行っちまったんだい?」
呟く言葉に、答える声などあるはずもない。
覚えている。何もかも、あまりに鮮明に覚えているから、その声がどこにも届かないことなんて、とっくの昔に解りきっているのに。
「一人酒も、いい加減飽きたよ。なあ、そろそろ隠れんぼは止めて、出てきなよ?」
笑っているつもりだ。自分はいつものように、笑っているつもりだった。
――本当に笑えているのか、自信は無かった。
そんなことも何もかも、勇儀にとっては初めてで、唯一のことで。
「パルスィ――」
その名前を何度口にしただろう。
そのたびに彼女は真っ赤になって、あの綺麗な眼でこっちを睨んで。
膨らませた頬が、本当に可愛くて仕方なかったのだ。
「なあ、何がいけなかったんだい? なあ――」
言葉が震えていることに、たぶん勇儀は気付いていた。
いつも、そうだ。
大切に思うものは、まるで霧のように腕の中をすり抜けていく。
それが運命だと言わんばかりに。
どれだけ力強くとも――何も、手に入れることができない。
本当に求めたものは、何ひとつ。
「パルスィ」
――何よ、勇儀。
不機嫌そうに答える声は、もうこの場所に響くことはない。
そんなことは、解りきっているのに――。
「お前さんを好きになったのが――いけないことだったのかい?」
杯に雫がひとつ落ちて、波紋を広げて消えた。
答える声は、それでもやはり、どこにも無かった。
――それは、鬼と橋姫の、幸せすぎた恋物語。
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