東方野球in熱スタ2007異聞「野球の国、向日葵の妖精」(1)
2009.04.05 Sunday | category:東方SS(東方野球)
そもそも、捕手をやることになった理由は至極単純だった。
「レギュラー組以外では一番捕球が上手いから」。きっかけはそれだけ。
何しろ、登録44人のうち捕手専属は3人だけ。そのうちひとりは実質打撃専門なので、まずブルペン捕手からして足りていないのである。だから控え組から何人か、いざというときの保険も込めて捕手も出来るようにしておいてほしい――というわけで、お鉢が回って来たのが私や強肩のチルノちゃん、それに出場機会を増やしたがっていた美鈴さんだったわけで。
とはいえ、私の本職は外野、たまに内野の守備固め。
輝夜さんやレティさんがいる以上、捕手として試合に出ることは無いだろう。
――そう思っていたのだけれど。
◇
「控え捕手……ですか?」
8月3日、巨人との試合後。お願いがあるの、と呼び出してきたアリス監督から告げられたのは、そんな言葉だった。
「ええ、レティを抹消してしばらく休ませないといけないから。その間の控え捕手を、大妖精、あなたにお願いしたいの。頼まれてくれる?」
そうか、そうだよね、と納得する。今日の試合中、スタメンマスクを被っていたレティさんが熱中症で倒れるアクシデントがあった。その場は輝夜さんに交替して事なきを得たけれど、元々レティさんは冬の妖怪だ。チルノちゃんと一緒で、真夏の今の時期、調子が悪いのは至極当たり前の話。体調が戻るまで休ませるという判断は当然のことだと思う。
それはいいんだけど。
「ええと……わ、私でいいんですか? 確かに、ブルペン捕手はやってますけど……」
おろおろと答えつつ、じゃあ他に誰がいるだろう、と考えてみる。藍さん……は紫さん専属だし。チルノちゃん……は、この間抹消されたばかり。美鈴さん……は二塁手でのスタメンが多いから外せない。萃香さんは自分でマスク被る気は無いみたいなこと言ってるし。
「萃香がもう少し守れれば苦労しないんだけどね……。まあ、基本は輝夜に任せるから、そんなに心配しなくても大丈夫よ」
溜息混じりに監督は言う。自分でも納得せざるを得なかった。この状況では確かに、控え捕手が出来そうなのは私しかいない。
「……解りました。輝夜さんやレティさんみたいにはできないと思いますけど、頑張ります」
「ありがとう」
ほっとしたように笑って、監督は肩を叩いてくる。私は小さく苦笑して返した。
「あら、大妖精じゃない」
「霊夢さん。……レティさんは?」
「寝てるわよ、そりゃもうぐっすりと」
永琳さんの医務室。レティさんが寝ているベッドの傍らには、今日先発した霊夢さんがついていた。少し前から、レティさんは博麗神社に居候している。バッテリーを組む霊夢さんと仲良しになるため、みたいなことを言っていたけれど、どうやら上手くいっているみたい。
「あ、じゃあまた出直します。……これから博麗神社に?」
「まあ、たぶんそうなるわね。ウチでゆっくり寝かせておくわよ」
苦笑しつつ霊夢さんは言う。その傍ら、レティさんの髪を自然に撫でる手つきは優しくて、なんだかその自然さがちょっと羨ましかった。
――アドバイスでも聞けたらなぁ、と思ったけれど、まあそれは明日でも間に合うよね。
はふ、とひとつ息をつく。とにかく、引き受けたからにはしっかりやらないといけない。だけど、本当に出来るのかなぁ……。今更のように不安になってくる。
実戦での捕手経験は、オープン戦で1イニングだけ。そのときの投手はルナサさんだったのだけれど、正直いっぱいいっぱいだった記憶しかない。打者への配球、走者が出ればその警戒。試合全体を見通して、相手の得意不得意を把握して、投手の調子を見極めて――やるべきことが多すぎて、半ばパニックになってしまった。結局そのときは、配球をほとんどルナサさんが決めてくれたからどうにかなったのだけれど……。
レティさんや輝夜さんは凄いなぁ、と改めて思う。あんなのを毎日九イニングやっているのだ。輝夜さんなんか打てない時は観客席からよく『働けニート!』なんて野次が飛んでるけれど、捕手をやっている、というだけで充分働いていると思う。うん。
「えーりん、帰りましょ」
と、噂……じゃないけど何とやら。医務室に現れたのはその輝夜さんだった。
「輝夜。まだ寝てる患者がいるからもう少し待ってあげて」
「あ、そうね。りょーかい」
ベッドの方を見やって輝夜さんは頷く。と、そこで私と目が合った。
「あら、大妖精じゃない」
「あ、ど、どうも……」
思わずぺこりと一礼。なんだかんだ言って月の姫様である。面と向かうと少々萎縮してしまう自分がいる。まぁそんなこと言ってたら、このチームは色々と凄い人(?)ばかりだから常に萎縮しっぱなしになってしまうのだけども……。
「聞いたわよ、控え捕手よろしくね」
「あ、は、はい。ええと……がんばります」
どもってしまう私に、何やら輝夜さんは試すような視線を向けた。何だか心の奥底まで見抜かれているような居心地の悪さを感じて、私は少したじろぐ。
「んじゃまあ、正捕手からひとつだけアドバイスしておきましょうか」
ぴっと指を一本立てて、どこか楽しげに輝夜さんは笑った。
「捕手はマイペースたれ。これね」
「……はぁ」
きょとん、と首を傾げた私に、輝夜さんはそれ以上何を言うでもなく、永琳さんににじり寄って何やら相談をし始めた。……また息をついて、私は一礼すると医務室を辞去する。
マイペースたれ。……確かに輝夜さんはいつもマイペースだと思うけど。
試合に出ることがあれば、その言葉の意味も解るのだろうか。
「……とりあえず、色々とデータ、貰っておかないと」
付け焼き刃にしても、特に相手のデータは頭に入れておかなければいけない。あんまり記憶力とかには自信が無いけれど……。そのへんの話は阿求さんか文さんだろう。……阿求さんかぁ。うう、ちょっと怖い。けれど文さんはまだ忙しいだろうし……。
いや、ダメだ、怖がってちゃ。監督は私に控え捕手を任せてくれたんだから、頑張らないと。
ぎゅっと両手を握りしめて、私は駆けだした。
――だというのに。
「あ? なんだって?」
思いっきり剣呑な口調で阿求さんに聞き返されて、私は思わず後じさった。
「あの、だから、その……控え捕手、やることになったので」
「それは聞いた」
「だから、相手のデータとか、頭に入れておかないと、って……」
阿求さんの目つきがますます険しくなる。お、怒ってる? なんで?
「……言っておくけどね、大妖精」
「は、はひ!?」
「誰もあんたにそんなこと期待しちゃいないから。捕手なめんな」
「あ……」
強くそう言い捨てるようにして、阿求さんは背を向けて行ってしまう。
私は呆然と、その背中を見送ることしかできない。
――阿求さんが、私たち妖精を嫌ってることぐらいは知っている。物覚えの悪い私たちに、ルールやら何やらを教え込むのが阿求さんのコーチとしての主な仕事なわけで、チルノちゃんや三月精たちにあのドスの効いた声で怒鳴っているのも見慣れた光景なのだけども。
うう、だからってなんでこんな……。
「ん、大妖精。どうしたの?」
「あ……ルナサさん」
不意に声をかけられて振り向けば、ルナサさんがいた。後ろにはリリカさんとメルランさんもいる。3人で帰るところなのだろう。
「あ、いえ……なんでもないです」
「そう? それならいいけど……レティみたいに無理はしないようにね」
ぽんとルナサさんの手が頭に乗せられて、あう、と私は小さく呻いた。ちょっと恥ずかしい。
「姉さーん、大ちゃんお持ち帰りしちゃだめだよ?」
「チルノあたりが怒るわね〜。め〜るぽっ」
後ろから、冷やかすようなふたりの声。
「なっ、何を急に――」
「え、だって大ちゃん、姉さんのお気に入りじゃん」
「ブルペンでもいつもご指名だもんね〜」
「いや、それとこれとは――」
何だか慌てたようにルナサさんは言い返す。
確かに、ブルペンではルナサさんの球を受けるのはいつも私の役目だけど……。
「ルナサさん?」
「ああ、いや、別にそういうわけじゃなくてね?」
よくわからない弁解を始めるルナサさんに、私は首を傾げる。
「……どういうわけですか?」
「い、いや、だから……ああもうっ、なんでもないなんでもないっ」
わたわたと、なんだか赤くなってルナサさんは首を横に振った。
普段のルナサさんとは全然違うそんな様子に、私は思わず笑みを漏らす。ルナサさんって、慧音さんや妹紅さんみたいに「頼れる格好いいお姉さん」みたいなイメージだったんだけど。
「ルナサさん、何だか可愛いです」
「なっ、だ、大――ああ、うう」
真っ赤になってルナサさんは呻いた。ルナサさんでも慌てて取り乱すことがあるんだ。そのギャップがなんだかとても可愛く思えた。……って、ちょっと失礼だったかも。
「はいはいそこー、公衆の面前でいちゃつかないー」
「霊夢とレティじゃないんだから〜」
と、後ろからさらにかけられる冷やかしの声。そこで私ははたと気付く。
――あれ、そういえばルナサさんはなんで取り乱してたんだっけ?
それは、ええと、私のことがお気に入りだとかリリカさんに言われて――。
……え? あれ? …………え?
思考がようやく状況に追いつく。……え、それってつまり、ルナサさんが――。
ふと、眠るレティさんの髪を撫でている霊夢さんの、優しげな笑みを思い出した。
それから、さっき頭に乗せられた、ルナサさんの手を思い出して。
――ぼんっ、と顔が爆発したように赤くなった。
「だから違うって! もう、ふたりとも、帰るよ。大妖精、またね」
「あ、え、えと……は、はい」
無理矢理話を打ち切るようにして、ルナサさんは踵を返す。私は顔が熱いのを抑えられないまま、生返事をするしかできない。
「ん、じゃーねー、大ちゃん」
「また明日〜」
リリカさんとメルランさんも、ルナサさんを脇でつっつきながら歩きだす。それを見送って、私は自分でも何が何だか解らないままに息を吐き出した。
確かに、ルナサさんはいつも、ブルペンで私を指名してくる。気圧が安定するとか何とか。
それはつまり、私の方が投げやすい、っていうだけなんだと思うけど……。
……でも、霊夢さんとレティさんも、それを言ったら同じなわけで。
ルナサさんに撫でられた頭のてっぺんが、なんだかひどくくすぐったい。
……どうしてこんなに、顔が熱いんだろう。
胸元に手を当ててみる。……心臓がすごくドキドキしていた。
なんだか身体がふわふわする、不思議な気持ち。
――つい先ほど阿求さんに怒られたのも忘れて、私はしばらく、その感覚に浸っていた。
◇
次の日。
博麗神社に、チルノちゃんたちと5人でレティさんをお見舞いに行った。
レティさんは思ったより元気そうだったけど、やっぱり少しやつれて見えた。ご飯は食べさせてもらってるみたいだけど、この夏場に動き回ること自体、冬妖怪のレティさんには辛かったんだと思う。チルノちゃんも昼間はぐったりしてるし。
それでも、試合中に倒れるまで頑張ったのは――やっぱり、霊夢さんのためなんだろう。
霊夢さんに追い出されたあと、氷を作りに行ったチルノちゃんを待つ、と言って私は神社に残った。……実際は、レティさんと話をしたかったのだ。
昨日、阿求さんに言われたことについて――。
「ん、大妖精、まだいたの?」
と、襖を閉めて霊夢さんが姿を現した。
「あ……はい。……あの、ちょっと」
「レティなら寝たわよ。話ならまた今度にして」
すげなく言って、霊夢さんは歩き去ろうとする。「あ、あの!」と私は思わず声をあげた。
「何よ?」
振り向いた霊夢さんの視線に、私は少したじろぐ。
だけど、だめだ、怖がってちゃ。首を振って、私はもう一歩詰め寄った。
「わ、私って……信用、されて、ないんでしょうか……?」
「え?」
霊夢さんは眉を寄せて、腰に手を当てると「お茶でも淹れるわ」と息をついた。
で、別の部屋に場所を移し。
「なるほどね。阿求が妖精嫌いなの知ってるでしょうに、気にすることないと思うけど?」
お茶を啜りながら、霊夢さんはそう言うのだけれども。
「でも、何も教えてもらえなくて……」
ふむ、とお煎餅を囓って、霊夢さんは鼻を鳴らす。
結局、阿求さんからデータはもらえず、射命丸さんも忙しそうで声をかけられなかった。今日も夜には試合があるのに、私の相手の知識は試合で見てなんとなく覚えたことぐらいしか無いまま。こんなので控え捕手が本当に務まるのだろうか――。
「ま、別に阿求もあんたのことは、そこまで嫌ってないはずなんだけどねえ」
「え、そうなん、ですか?」
私は目をぱちくりさせる。そもそも野手の私は、あんまり阿求さんに相手にはされてないんだけど……。
「あんたが居なきゃブルペンが機能しないじゃない。他の妖精どもと違って、あんたは真面目だしね。ま、実際のとこはどうだか知らないけど」
「…………あう」
反応に困って、私はお茶を啜った。熱かった。舌が痛い。うう……。
「要は、付け焼き刃でどうにかなるもんじゃないって話じゃないの?」
「え?」
「だから、阿求の件よ。相手のデータもらいに行ったんでしょ?」
頷く。霊夢さんは二杯目のお茶を注ぎながら言葉を続けた。
「データって一口に言ったって、いろいろあるでしょ。コースの得意不得意とか、苦手な球種とか、打球傾向とか。そんなの、一夜漬けで覚えたって、いざ実戦で使える?」
「う……」
た、確かにそんなに、記憶力に自信があるとは、言えないけど。
「捕手なめんな、ってのはそういうことでしょ。あんたの本職は外野なんだから。控え捕手って言ったって、急にレティや輝夜と同じことやれなんて、誰も言わないわよ」
「で、でも……」
声をあげた私に、霊夢さんは目を細める。
「レティと似てるわね、あんたも」
「え?」
「自分の限界考えないで、無茶して自滅するタイプ」
ぐっと言葉に詰まった。霊夢さんは立ち上がる。
「倒れる前に休みなさいって話よ。誰もあんたにホームラン打てなんて言わないんだから。自分で無理なこと自分に課す前に、自分の出来ることやりなさい。……そういうことじゃない?」
「私の、出来ること……」
「それが何かなんて私に聞かないでよ?」
私は黙って、ようやく冷めてきたお茶をもう一度啜った。舌はひりひりした。
「……ありがとうございます、霊夢さん」
「お礼を言われるようなことじゃないわよ」
どこか呆れたように苦笑する霊夢さんの顔は、だけど優しかった。
――ああ、こんな風に笑える人なんだな、と、少し意外に思って。レティさんが霊夢さんと仲良くなりたいと言った理由が、なんとなく解った気がした。
「霊夢さん」
「うん?」
「レティさんのこと、幸せにしてあげてくださいね」
霊夢さんは、飲みかけていたお茶を盛大に吹き出した。
神社を辞して、チルノちゃんと一緒に球場に向かった。
試合開始まではまだ随分時間があるのに、もう並んでいる人たちがいるのも、そんなに珍しい光景じゃなくなっている。今日は魔理沙さんの先発だし、大入りになるんだろう。
「あ〜づ〜い〜」
「チルノちゃん、またロッカールーム凍らせちゃだめだよ?」
「わかってるわよぅ」
なんだかんだで、チルノちゃんも暑さでへばり気味だ。氷作りに行ってくる、と着替えもせずに飛んでいってしまう。それを見送って、私はひとりロッカールームに向かう。と。
「大妖精。早いね」
「あ……ルナサさん、こんにちは」
ばったり、入口のところでルナサさんと出くわした。リリカさんとメルランさんの姿はない。いつも3人揃ってるイメージなので、珍しいなあ、と思った。
「ルナサさんひとりって、珍しいですね」
「メルランは応援団の手伝いに行ってるんだ。リリカは何か用があるとか。……大妖精の方こそ、ひとりなんて珍しくない?」
「えと、私もちょっと用事で……」
ドアを開ける。まださすがに早いせいか、ロッカールームに人気は無かった。先にこっちに来ているはずの3人は、もうグラウンドの方だろう。
「早く来すぎたかな」
「ミスティアさんとか、もう来てるはずですけど」
「まあ、練習してればいいかな。キャッチボール、相手してくれる?」
「あ、はいっ」
着替えながら、ルナサさんとそんな言葉を交わす。
ブルペン以外でこうしてふたりきりで話すのなんて初めてだから、なんだか新鮮だった。
――ふたりきり?
「大妖精?」
「あ、い、いえ、なんでも……」
着ようとしたユニフォームを落としてしまって、慌てて拾う。
こちらを覗きこんだルナサさんに背を向けて、私はぎゅっとユニフォームを握りしめた。
……なんで急に、心臓がドキドキし始めるんだろう。
自分の身体が、自分のものでなくなったみたいで。
だけど……それがすごく、心地よいのだ。
ふたりでロッカールームを出たら、先に来ていた3人と出くわした。
「あれ、大ちゃん、ルナサと一緒?」
「仲良しなのかー?」
「好きとか嫌いとか〜最初に言い出したのは〜誰なのかしら〜♪」
そんな調子で囲まれて、しどろもどろになってしまったのは、余談である。
ちなみに、試合は魔理沙さんが7回3失点も、木佐貫に好投されて1−4で敗戦だった。
その2へ
⇒ こじたん (11/17)
⇒ 浅木原 (11/16)
⇒ こじたん (11/16)
⇒ 時の番人 (11/14)
⇒ 置き石 (10/14)
⇒ 葉月 (09/19)
⇒ ろっく (05/17)
⇒ 六仁祝 (08/27)
⇒ はまなす (06/20)
⇒ 橘 奏 (08/10)