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魔法少女リリカルなのはCRUSADERS 第六章「吹け、祝福の風」(6)
 ちょいと滞ってましたが第六章その6。
 チャティさん鳳珠志さんに改めて感謝を捧げます。ありがとうございました。












      ◇


 そこはただ、一面の闇だった。
 見渡しても何もない。ただ一面の闇だけが、永遠に続く世界。
 手は、何にも触れることなく。
 声は、どこにも届くことなく。
 ――そんな世界に、はやてはいた。
 そんな世界で――はやては。

 ごめんなさい、と。
 ただ、謝罪の言葉を繰り返していた。
 その言葉は、どこにも届くことはない。
 あまりにも無為で、空疎な言葉を。
 呪文のように、はやては繰り返していた。

 ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
 誰に言っているのかも、何のために言っているのかも、もう解らなかった。
 けれど、それしか出来なかった。
 それ以外は――何も。

 闇は深く、果てしなかった。
 その闇の中で、はやてはひとりだった。
 ――ああ、これが相応しいのだろう。
 これこそが、闇の書の主に相応しい結末だったのだろう――と。
 はやての意識のどこかが、そう語りかける。

 ……闇の書の、主。
 その本には、別の名前があったはずだった。
 本当の名前が――あったはずだった。
 その名前が、どうしても思い出せない。

『……主はやて』
 不意に、声がした。
 闇の中、響くはずのない声がした。
 はやては顔を上げる。何もなかった闇の中に、ひとつの影が生まれていた。
 長い銀髪の、その女性は。
 紅の瞳で、はやてを見つめていた。
『何や……久しぶりやなあ』
 彼女は、旧知の間柄のはずだった。
 だけど、名前が思い出せなかった。
 彼女は何と言う名前だっただろう。
 ここまで出かかっているのに、思い出せない。
『お迎えに来て、くれたんか……?』
 ああ、そうだ。
 ひとつ、思い出したことがある。
 彼女は――遠くへ旅立ったのだ。
 いつだったか……ずっとずっと遠くへ。
 その彼女が、今ここにいるということは。
 自分を、迎えにきてくれたのだ。
『……貴方が、それを望むなら』
 彼女は、表情を変えずにそう答えた。
 はやては――笑って、頷いた。
『私な……解ってもうたんや』
 それはどうしようもなく、泣きそうな笑顔で。
 はやては、呟くように言う。
『幸せになったら、あかんかったんやって』
 彼女の表情が、微かに揺らいだ。
 真紅の瞳が細められて。彼女は――
『せやから……もう、ええねん』
 はやての首元へ、手を伸ばした。
 その細い指が、喉に食い込んだ。
『ずっと、夢を見ていれば、良かったんや――』
 そして、その指に、力がこもって――。

 闇の中に、別の光景が浮かび上がる。

 それは、はやてを見下ろす誰かの泣き顔だった。
 はやての首に指をかけて、その人は泣いていた。
 ごめんなさい、ごめんなさいと、泣いていた。
 ――その人は。
『おかあ…………さん…………』
 それを呟いたのは、誰だったのだろう。
 ただ、泣きながら、その人は抱きしめた。
 はやてを――抱きしめて。
 祈るように、囁いた。
『どうか――どうか、この子は――』

 幸せだった。
 自分たちは幸せだったのだ。
 誰が何と言おうとも。
 ――あなたという幸せが、この手にあった。

 だから、この子の行く道に、どうか。
 たくさんの希望と幸福がありますように。

 その祈りは、言葉にはならなかった。
 けれど――抱きしめられた、小さな身体に。
 祈りのように、刻み込まれていた。

 ――祝福の、風。

『おか、あ……さん』
 はやての唇が、小さく震えた。
 その瞳に、涙が、浮かんだ。
『……死にたく、ない……』
 それは、呟くような、囁くような言葉。
『死にたく……ない……!』
 銀髪の彼女は、その言葉に目を細めて。
 喉元にかけた手を、そっと離して。
 ――はやてを、抱きしめた。
『泣いても、いいんです』
 彼女の言葉に、はやては目を見開いた。
『辛いときは、悲しいときは――泣いても、いいんです。主はやて』
 その瞼から――大粒の涙が、溢れた。

『――リイン、フォース……!!』

 そして、はやては泣いた。
 生まれたばかりの赤ん坊のように、リインフォースの胸にすがりついて――泣きじゃくった。
 それを、リインフォースはただ、栗色の髪を撫でながら、優しく抱きしめ続けて。
『――幸せになってください、主はやて』
 その言葉に、はやては目を見開く。
『それだけが、私の願いなのですから――』
 優しい言葉。それは、確かな祈り。
 けれど。……けれど。
『でも……私は、みんなを、』
 自分の手を見下ろして、はやては震えた。
 シグナム。シャマル。ザフィーラ。ヴィータ。
 もう――誰もいない。
 どこにも、いない。
 幸せは、壊れてしまった。壊してしまった。
 はやて自身が、この手で――。
『私は――ッ』
 そんなはやてを、リインは再び撫でて。
『――そこに居ますよ。みんな、そこに』
『え……?』
 リインが、はやての手を握る。
 その拳を、ゆっくりと開けば。
 ――そこに、それは握りしめられていた。
 ミニチュアの剣と、鉄槌と、指輪が。
 大切なものの温もりが、そこに残されていた。

『私は――』

 呆然と、それを再び握りしめて。
『私は……私は、』
 はやては、ただ、たったひとつの問いを、口にしようとして。

『――――――ありがとう』
 別の声が、そこに響いた。
 はやての知らない声だった。
 振り向けば――光が、そこにあって。
 見知らぬ家族が、そこに佇んでいた。
 精悍な騎士。それに寄り添う妻と、小さな娘。
『ありがとう、私のかけた呪いを解いてくれて』
 騎士がそう言って、娘の頭を優しく撫でた。
『レコル、ストラ。――お前たちも』
『ありがとう』
『ありがとね』
 言葉が、重なる。
 見知らぬ誰かの、言葉が――。

『ありがとう』
 また振り向けば、別の青年がいた。
 小さな白いウサギを抱いて、笑っていた。
『僕があげられなかったものを、彼女たちに君は与えてくれた。――ありがとう』
 青年はそう言って、優しく笑みを浮かべて。
『彼女たちを幸せにしてくれて――ありがとう』
 彼の腕の中で、うさぎは静かに眠っていた。

『……ありがとう』
 それは、闇に消えそうなほど、か細い声だった。
 白い髪。白い肌。透けるような蒼い瞳。
 細い腕に、ボロボロのぬいぐるみを抱いて。
 その少女は――笑っていた。
『私は、何もしてあげられなかったけど』
 きっとそれは、誰も見たことのない、
 彼女の――心の底からの、笑顔。
『みんなの楽園は、きっと、貴女だから――』
 その少女の傍らに、静かに佇む影があった。
 優しく目を細めて、少女の肩を抱いていた。
『ノア、お前は……幸せだったかい』
『はい――お父様』
 父親の問いに、少女は頷いた。
 少女の答えに、父親はただ、目を細めた。
『みんなが、幸せになってくれたから――』

 闇の中に、無数の輝きが灯っていく。
『ありがとう』
『ありがとう』
『――ありがとう』
 いくつもの光が、そこにあった。
 いくつもの命が――そこにあった。
 それらは全て、夜天の魔導書の記憶。
 失われた全ての悲劇の記憶。
 だけど、皆が笑っていた。
 はやてへ、ただその言葉を届けていた。

『ありがとう』――ただそれだけを。

 そして、その中に。
 はやての知らない、だけどとてもよく知っている、ふたりがいた。
 ふたりは、寄り添って、微笑んで。
 その名前を、愛おしむように囁いた。
『はやて』
 優しい声。記憶の奥底に染みこんだ、声。
 ――両親の、声。
『お、とう、さん……おかあ、さん……』
 声が、震えた。全身の震えが、止まらなかった。
 はやては手を伸ばした。だけど、届かなかった。
 両親の姿はこんなに近くにあるのに、
 もう、手は届かない――。

『君に会えて、良かった』
 父が、眼鏡の奥の瞼を細めて言った。
『あなたを産めて、良かった』
 母が、そっと目を閉じて囁いた。
『――僕たちは、幸せだった』
『はやて。あなたがいたから――幸せだった』
『だから――』

 アルバムが開かれる。
 そこに、いくつもの写真がある。
 笑っている、家族の写真。
 幸せだった――家族の肖像。

 八神優人。
 八神芹香。
 ――八神はやて。

『お父さん、お母さん……っ!』
 はやては叫んだ。泣きながら叫んだ。
『私は、私は……っ』
 その問いかけを、叫んだ。

 ――幸せになっても、いいですか。

 手は届かなかった。
 言葉ももう、届かなかった。
 だけど、それで充分だった。

 答えなど、もう、必要なかったのだから。

『主はやて』
 いつか、はやてが彼女にそうしたように。リインフォースは、はやての頬に触れて、微笑んだ。
『――あなたの未来に、どうか、たくさんの希望と幸福が、ありますように』

 闇の中に静寂が満ちる。
 けれどそれは、全てを飲みこむ暗黒ではない。
 全てを包み込む――夜の蒼天。

 そして――。
 無数の命の輝きに見守られて。
 闇を覆い尽くす、星屑の光に導かれて。

 八神はやては、瞼を開けた。



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| 浅木原忍 | 23:36 | comments(4) | trackbacks(0) |
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Comment
はじめまして
やばい涙が出てきました。
Posted by: JAGABANA |at: 2009/03/30 12:27 AM
復!活!
八神はやて復!活!
Posted by: hiten |at: 2009/03/30 8:16 AM
アタマの中ではSnow Rainが流れてます
あれっ、目から汗が・・・
Posted by: palomar |at: 2009/03/31 5:03 PM
これは良い"星屑の革紐"ですね……
Posted by: klown |at: 2009/04/02 12:02 PM








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意見感想ツッコミなどありましたら
こちらかコメント欄にてー。

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 3 / 火焔猫燐
 4 / 霊烏路空
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 12 / 古明地さとり
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 14 / 火焔猫燐
 15 / 古明地さとり
 16 / 霊烏路空
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 桜〜なのは〜の舞う季節―Prince of ・・・―
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