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魔法少女リリカルなのはCRUSADERS 第六章「吹け、祝福の風」(5)
 第六章その5。













      ◇


 機龍の胎の中、死線が踊る。
 唸る聖槍、閃く長剣。
 斬撃を槍が受け流し、突撃を刃が弾き返す。
 殺意を込めて放たれる切っ先と、
 意志を込めて振るわれる刃。
 舞い踊るように、ふたりの騎士は交錯し、
 ――その中で、シグナムは。
 似ている、と思った。
 目の前で戦う少女の、描く軌跡が。
 確かに、あの騎士の面影を残している。
 ヴォルツ・ラウム。あのとき自分が殺した、勇敢なるベルカの騎士――。
 力量は、父親の方が圧倒的に上だ。
 だが、どうしようもないほどに、面影が重なるのだ。あの騎士の不敵な笑みが――。
「懐かしい、な」
 不意に、シグナムはそう呟いていた。
 目のまで、アイシスの表情が歪む。
「その刃の軌跡――似ている。父に」
「――違うッ!!」
 その顔を怒りに歪めて、アイシスは聖槍を振るった。切っ先がシグナムの脇腹を掠める。
「父様は、もっと強かった!」
 弾ける刃。散る火花。
「父様は、誰よりも強かった!!」
 怒りの表情は――やがて、泣きそうに歪む。
「父様は――ッ!!」
 その切っ先は、シグナムの刃が受け止めた。
 視線が交錯する。アイシスの瞳が、シグナムを見上げて、さざ波のように揺らめく。
 ――それは、冷酷な復讐者の瞳ではない。
 迷子になった幼子のような、すがるような瞳。
「返して――」
 雫が、紅くない雫が、床に落ちて砕けた。
「父様を、返して――」
 いつしか、アイシスは泣きじゃくっていた。
「私たちに、あの幸せを、返して――ッ!!」
 そこにいるのはもう、復讐者ではなかった。
 子供のように泣きじゃくる、ひとりの少女。
「ああああああああああああっ――!!」
 悲鳴のように叫んで、アイシスは聖槍を振り上げて。
 シグナムの左手が、刃を離した。そして、その切っ先を、手のひらで受け止めた。
 鮮血が、腕を伝って床に砕ける。
 愕然と目を見開いたアイシスに、シグナムは。
 ただ黙って、刃の食い込んだ左腕を振るう。
 ――聖槍は、アイシスの手を離れ、転がった。
「あ――――」
 それを、呆然と見下ろすアイシスに。
 シグナムは、ゆっくりと歩み寄って。
 血に濡れたその手を、アイシスに伸ばし――

 それは、偶然の悪戯だった。
 悪夢のような――そう、まるで十三年前。
 シグナムが放ち、ヴォルツ・ラウムが避けた一撃が、たまたまそこにいた双子の姉妹を直撃したというのと、同レベルの。
 皮肉めいた、偶然の戯れ。

「――ッ!?」
 ド、と炸裂音。そして、シグナムの背中に衝撃がかかる。ぶつかってきた何かともつれるように、シグナムはその場に転倒した。
「……ヴィータ!?」
「ぐっ……ぅ」
 ぶつかってきたのは、吹き飛ばされたヴィータの身体だった。二人は硬い床の上を転がり、
「く――」
 それははやてに吹き飛ばされたヴィータが、シグナムをたまたま直撃したという、どうしようもないほどの偶然が生んだ――致命傷だった。
「シグナム!」
 頭を振って起きあがろうとしたシグナムが聞いたのは、すぐ傍らでシグナムの背後を見上げたヴィータの悲鳴。
 ――そして、シグナムが振り向こうとした刹那。

 腹部を、異物が貫く感触。

 吐き出した血が、ヴィータの顔を汚した。
 眼球を失った左の眼窩が見開かれ、どろりとした血をこぼして。
 最後に、振り返ったシグナムが見たのは、
 ――血に染まったレヴァンティンを握りしめた、アイシスの姿。

 リピートする。
 記憶が、反復する。
 ああ――またこうして、終わる。
 自分が、ヴォルツ・ラウムを刺し。
 自分は――背後から刺された。
 セリカ・ヘンリットに刺されて――。

 繰り返す惨劇。繰り返す結末。
 だとしたら、これも――。

「あ、る、じ、……は、」

 シグナムの意識は、そこで途切れた。


     ⇔


「はや、て――ッ!!」
 ああ、もう何度こうして名前を叫んだだろう。
 けれどそのたびに、返ってくるのはあの優しい笑顔でも、名前を呼ぶあたたかな声でもなく。
 冷たい、剣十字の切っ先なのだ。
 硬い金属音。シュベルトクロイツとグラーフアイゼンが、幾度目かの火花を散らす。
 冷たい瞳のまま、感情の消えた顔のまま、はやては刃を振るう。自らの騎士へ。
 ――それが、はやての意志なのか?
 それが、はやての願いなのか?
 自分たちが消えることが。
 罪を犯し、それを主に背負わせ、そして――はやてからかけがえのない両親を奪った自分たちを、この世から消し去ることが。殺すことが。
 それが、はやての、願いなのか?
 それが――望みなのか?
「ああああああああッ!」
 闇雲に振るったグラーフアイゼンが、はやての障壁に受け止められる。
 障壁越しに交錯する視線も、どこまでも透明。
 その瞳で、はやては――。

 煌めく白色の魔力光。
 ――衝撃。

「――――――ッ!!」
 魔力の槍に撃ち抜かれ、ヴィータはもんどりうって転がる。呻き天井を見上げたヴィータに、ゆっくりと歩み寄るはやて。その手に、血で濡れた剣十字を携えて。
 ――処刑を告げる刑務官のごとく。
「はやて……はやてぇ……っ」
 立ち上がる。目が霞む。ヴィータという存在が、だんだんとその形を保てなくなってきていることが、嫌でも解った。
 グラーフアイゼンを握る手が滑る。
 もう、そこに自分の手があるのかどうかもよく解らない。
 それでも、――それでも。
「うあああああああああああああああああっ!!」

 この手の刃は何のためにある?
 ――主に向けて、振るうためにあるのか?

 そんなはずはない。
 そんなはずはないのに――どうして。
 自分は、はやてと戦っているんだろう。

 こんなものが――望まれた結末だというなら、
 あの雪の日の、願いは、どこに――。

「はやて、」
 ――なんで、泣いてるんだよ?

 そして再び、ヴィータを魔力の槍が撃ち抜く。

「ぐ――――ッ」
 ヴィータの両足が床を離れ、その小さな身体が空中を舞った。飛んだ。一直線に。
 ――それが偶然の悪戯ならば、あまりにも悪意に溢れた方向へ。
 アイシス・ラウムと攻防を続ける、シグナムの元へ。――滑稽なまでに。

 そして、目の前で惨劇は繰り返された。

 アイシスの手からこぼれたレヴァンティンが、刃からミニチュアへと姿を変える。
 倒れ伏したシグナムの身体から、水たまりのように鮮血が溢れだす。
「シグ、ナム……ッ!!」
 ヴィータは悲鳴のように叫んで、その身体に手を掛けようとするが――
 魔力光が、煌めいて。
 シグナムの身体から、リンカーコアが浮き上がって。その身体が、薄らいでいく。
 ――そして。
「は……や、て」
 ゆっくりと、こちらへ歩み寄ってくる影。
 八神はやては、ただ感情の消えた瞳で、消滅していくシグナムの身体を見つめて。
 ――リンカーコアは、はやての身体に吸い込まれるように消えて。
 そこにはもう、シグナムの姿はどこにもなく。
「あ、はは、あはははっ、あはははははははははははははははははははははははははははは――ッ」
 哄笑が響いた。
 血に染まった両手を広げて、アイシスが笑っていた。泣きながら、笑っていた。
 その、どうしようもなく絶望的な笑い声が響く中で――ヴィータは。
「ちく、しょう……ッ」
 その手に、鉄槌を握り直し。
「ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
 雄叫びを挙げ、鉄槌を振りかざして――

 剣十字の、切っ先が。
 ヴィータの胸元を――貫いた。

 ゆっくりと、ひどくゆっくりと、ヴィータの身体は前のめりに崩れ落ちる。
 その手からグラーフアイゼンがこぼれ、ミニチュアの待機フォルムへと戻り。
 倒れ伏した身体から、シグナムと同じように、鮮血が水たまりを作っていく。
 ――その血溜まりに、顔を埋めながら。

「はや、て」

 それでも、ヴィータは手を伸ばした。
 真っ赤に汚れた手で。
 血で染まった剣十字を手にした、主に。
 ――手を、伸ばした。
「はや……て……ごめん、なさ……い」
 掠れた声は、音になったのかどうかも解らない。
 ただ、ヴィータは。
 薄れていく意識の中で、ただ、繰り返す。
 伝えなければいけなかった――言葉。

 ごめんなさい。
 ごめんなさい。
 はやて――ごめんなさい。

 はやての大切なものを奪って、
 家族の座に居座って、
 たくさんの悲しみを、与えてしまった。

 ごめんなさい。
 ごめんなさい。
 ――ごめんなさい。

 だけど。
 だけど、それでも。
 それでも――自分は。自分たちは。

「なか……ない、で」
 雫が、その頬に落ちて。
 ヴィータの指は、はやての顔に、届かない。

 ――八神はやてという主の元で。
 ヴィータは。
 シグナムは。
 シャマルは。
 ザフィーラは。
 ――リインフォースは、きっと。
 幸せ――だったから。
 だから。

「――――は、や」

 最後に、ヴィータが見たのは。
 子供のように泣きじゃくる、主の姿。
 それがいつのことなのかは解らなかった。
 解るはずも、無かった。


      ◇


 最後の騎士の姿が、消えていく。
 そのリンカーコアが、八神はやての胸元に消えていくのを、アイシスはただ笑いながら、笑い続けながら見送って。
 ――そこに残されたのは。
 ミニチュアの鉄槌と、剣と、指輪。
 騎士たちの手にしていたデバイスだけだった。
「……あは、は、は……」
 笑いは、しぼむように消えていく。
 ――終わった。これで、終わったのだ。
 そのことを理解して、アイシスはその場に膝をついて――頭上を仰いだ。
 ここは機龍の胎内。空など、無い。
 最初から――本物の空など、この世界のどこにも存在はしないのだから。
 そんな場所で、全ては終わる。
 終わるのだ、何もかも。
 闇の書の因縁も。悲劇も。
 ――アイシス・ラウムの18年の人生も。
 ふらり、とアイシスは立ち上がる。
 そして、八神はやてへと歩み寄って。

 闇の書の主は、泣いていた。

「――――――ッ!!」
 その首に手を掛けて、アイシスははやての身体を押し倒す。馬乗りになり、その細い首に両手をかけて――それでも、はやては抵抗もせず、ただ無言で、涙をこぼしていた。
「……最後のパスワードを、教えなさい」
 吐き捨てるように、アイシスは言った。
「――――」
 短く、はやては応えた。
 それは、古代ベルカの言葉だった。
 その単語を、記憶に刻み込んで。
 アイシスは。

 ――これで、終わりだ。
 終わりなのだ。

「……さようなら、闇の書の主」

 復讐劇に、幕を引くために。
 はやての首にかけた手に――力を、こめた。



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| 浅木原忍 | 00:58 | comments(2) | trackbacks(0) |
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Comment
ヴォルケンズ死亡www
Posted by: hiten |at: 2009/03/24 10:43 PM
そ………そんな……………
シグナム………ヴィータ………
鬱展開はまだ続くのですか………?
Posted by: ほわとと |at: 2009/03/24 11:08 PM








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 第2話「あの月のこちらがわ」
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 第4話「儚い月の残照」
 第5話「君に降る雨」
 第6話「月からきたもの」
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 3 / 火焔猫燐
 4 / 霊烏路空
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 11 / 火焔猫燐
 12 / 古明地さとり
 13 / 霊烏路空
 14 / 火焔猫燐
 15 / 古明地さとり
 16 / 霊烏路空
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 15 / 「水橋パルスィの恋心」
 16 / 「星熊勇儀の応談」
 17 / 「黒谷ヤマメの懸念」
 18 / 「星熊勇儀の懊悩」
 19 / 「キスメの不安」
 20 / 「火焔猫燐の憂鬱」
 21 / 「黒谷ヤマメの奮闘」
 22 / 「古明地さとりの場合」
 23 / 「水橋パルスィの狂気」
 24 / 「古明地さとりの思案」
 25 / 「星熊勇儀の煩悶」
 26 / 「水橋パルスィの意識」
 27 / 「星熊勇儀の虚言」
 28 / 「水橋パルスィの嫉妬」
 29 / 「星熊勇儀の決断」
 30 / 「キスメの幸福」
 31 / 「水橋パルスィの戸惑」
 32 / 「黒谷ヤマメの嫉妬」
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 34 / 「キスメの献身」
 35 / 「星熊勇儀の愛情」
 36 / 「水橋パルスィの変化」
 37 / 「火焔猫燐の懸案」
 38 / 「星熊勇儀の失態」
 39 / 「水橋パルスィの存在」
 40 / 「星熊勇儀の審判」
 41 / 「水橋パルスィの幸福」
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  SIDE:A SIDE:B(前編)(後編)
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 Stage5「少女が見た幻想の恋物語」
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