にと×ひな! Stage6「明日晴れたら、雨は昨日へ」(4)
2009.02.21 Saturday | category:東方SS(にとり×雛)
◇
「カエルが〜けろけろ〜♪ 雨にも負けず〜♪」
ゲコゲコ。踊る少女の足元で、集まったカエルたちが低く啼いた。
その中心で、洩矢諏訪子は可憐にステップ。軽やかな足取りで湖の畔を踊る。
「おたまじゃくしですてに〜♪」
ゲコゲコ。久しぶりの雨に、カエルたちも楽しそうだ。
諏訪子自身も雨が好きだから、今日は久しぶりにご機嫌である。
大きな帽子を被り直して、ホップ、ステップ、ターン。雨よ降れ、もっと降れ。
さっきは、湖に随分と厄い神様が来たせいで踊りが中断されてしまった。カエルたちもびっくりして湖に潜ってしまって、ようやくまた集まってきたところなのだ。神奈子や早苗が迎えに来たところで止めるつもりはさらさらない。
――のだが。
「あう?」
不意に、湖の水面にさざ波が浮かんだ。風はない。足元のカエルたちが、何かに反応して振り向いた。諏訪子もそちらを振り向いて――その目をまん丸に見開いた。
湖から流れてくる河が、物凄い勢いで逆流してくる。
「あーうー!?」
その流れは湖にたどり着いて、大波となって膨れあがり――諏訪子のいるところへ真っ直ぐに迫ってきた。カエルたちが慌てて逃げ出し、諏訪子も逃げようとするが、間に合わない。
――そして、盛大な水音とともに、諏訪子の姿は波の中に消えた。
◇
「うああああああああっ!?」
一方、その大波に乗って河を溯ってきた、にとりの方はと言えば。
湖で膨れあがり、地面に叩きつけられようとする波の上で、悲鳴をあげていた。
――どうやって止まるのかを、全く考えていなかったのである。
「とっ、止まってー!?」
そう叫んだところで、膨れあがった暴力的なまでの質量の水は、止まってはくれない。
半ば絶望的な境地で、にとりは地面にぶつかっていく波の上から天を仰いで――
その身体は、吹き飛ぶように中空に舞った。
「あーうー!?」
ほとりで弾けた波間に、小さな影と悲鳴が飲みこまれたような気がしたが、にとりにはそんなことに気を留める余裕など無かった。
無重力に放り出される身体。そして再びの重力。――落ちる。
一日二度目のダイブインザスカイ。貴重な経験なんて話ではない。
「たっ、助け――ッ!!」
威勢はどこへやら、情けない悲鳴を雨の中ににとりは叫んで――。
「にとりっ!!」
ふわり、と。
重力が消えるように、にとりの身体は中空で受け止められた。
水飛沫が雨と混ざり降り注ぐ中、にとりは恐る恐る目を開ける。
――見上げた先に、大好きな彼女の顔があった。
「……ひな?」
にとりの身体を、中空でしっかりと抱き留めて、鍵山雛は、そこにいた。
ふわり、とそのまま雛は、地面までゆっくりと舞い降りる。
「大丈夫? ……にとり」
心配げに、雛はにとりの顔を覗きこんだ。
その顔は、その声は、まぎれもなく――にとりの大好きな、雛だった。
「ひ、な…………雛ぁっ!!」
弾けるように溢れだした感情のままに、にとりは雛を押し倒すように抱きしめる。
雛はそれも、ぎゅっと強く受け止めた。その両手で、きつく、確かに。
「にとり……」
「雛、雛ぁっ……ばか、ばかばかばか! どこ行くつもりだったのさ!?」
全身が熱くて、溢れ出る雫が止められそうになかった。
でもその雫は、雛の指が優しく拭ってくれる。
「ごめん……ごめんなさい、にとり……」
にとりを抱きしめて、雛は震える声で謝罪の言葉を紡ぐ。
違う。そうじゃない。聞きたいのはそんな言葉じゃない。
「私……私の、厄が、にとりを……だから」
「そんなの平気だ! へっちゃらだよ! 不幸なんかじゃない!」
にとりは叫ぶ。伝えなきゃいけない言葉を、全身で叫ぶ。
「雛が好きだ! 雛といるのが幸せなんだ! 不幸になんてならない! ――雛のことも、不幸になんてしない! 絶対に!!」
その言葉に、雛は目を見開いて。
――そして、その瞼にも、みるみる雫が浮かんでいく。
「にとり」
「うん」
「……にとり」
「うんっ」
「にとりが、好き。……にとりが好き。にとりと一緒にいたい、離れたくない」
「私も、私もだよ。――離すもんか、雛が嫌がったって、逃げたって、掴まえる」
「にとり――」
「雛」
――これからも、ずっと、そばにいてもいいですか。
あなたの名前を、呼び続けてもいいですか。
あなたのことを、抱きしめ続けても、いいですか。
いくつもの問いかけ。いくつもの答え。――全部、一緒の答え。
厄は不幸を呼び、不幸は厄を呼ぶ。
けれど――幸福も不幸も、全ては裏返しの表裏一体。
ならば、厄もまた、益の裏返し。御利益と御利厄、どちらを選ぶか、決めるのは己だ。
そう、決めるのは――。
「――愛してる」
その囁きは、果たしてどちらのものだったのだろう。
雛のものか、にとりのものか。――どちらでも、変わりはしなかった。
ただ、確かなのは、その言葉と一緒に重ねられた唇の温もり。
触れあった、抱きしめ合った大切なひとに、捧げる誓いの温もりだ。
そして、まるでその言葉が呼んだように、ひときわ強く、風が吹いた。
「わっ――」
にとりが帽子を、雛が長い髪を押さえて、同時に空を見上げる。
吹き抜けた風は、雨雲を追い払うように押し流していき。
降り注いでいた雨は、いつの間にか止んでいた。
「あ――――」
そして、雲間から差し込む陽光が、空にそれを描き出す。
七色の虹を。空に架かる、プリズムの橋を。
「綺麗……」
雛が、その虹を見上げて、目を細めながら呟く。
その横顔を見つめて、にとりはそれから、雛の手をきゅっと握りしめた。
「ねえ、雛。……知ってる?」
「うん?」
「虹の根元には、宝物が埋まっているんだって」
ああ、そんなのはただのお伽話でしかないけれど。
雨上がりの空に輝く虹を見ていれば――それもきっと真実なのだ、とにとりは思った。
だってきっと、ここが虹の根元なのだから。
「じゃあ――私達は、それを見つけちゃったのかしら、ね」
振り向いて、雛は微笑んだ。
にとりも笑い返して、繋いだ手をきつく握り直した。
そうして、にとりと雛は、虹が空に溶けて消えるまで、ずっと寄り添って。
雨上がりの蒼天を、ふたりでずっと見上げていた。
◇
――以下、これはちょっとした余談。
「全く、そうそう奇跡の力をほいほい使うのも、どうかと思うけどねえ」
「いいじゃないですか。こういう場面に、雨は似合いませんよ」
「ま、それはそうだけね」
「あ〜う〜……ひどいめに遭ったよお」
「諏訪子様、大丈夫ですか?」
「さーなーえー。雨雲飛ばしちゃうことないじゃん〜」
「ご、ごめんなさい……」
「こら諏訪子、少しは空気読んでやりな」
「空気読まなかったのはあっちの方だよ〜!」
「でも、素敵ですよね……。まるでお話みたいな恋、してみたいなあ」
「さ、早苗、何を言い出すんだい」
「そーだよ! 私の目の黒いうちは早苗をお嫁になんて行かせないよ!?」
「諏訪子様、それだと私一生結婚できないんですけど……」
「あーうー……」
「まあともかく。これ以上覗き見も趣味がよくないよ。戻ろうか」
「そうですね。晩ご飯の支度もしないと」
「あーうー。今日の晩ご飯なにー?」
「山菜鍋ですよ、諏訪子様」
「あう、またそれ〜?」
「仕方ないじゃないですか、それぐらいしか無いんですから」
「あ〜う〜」
「賽銭収入も無いしねえ……。そろそろ何とかしないとねえ」
「そういえば、ここに来たときに神社を見かけましたよね」
「ああ、でもあまり信仰の萃まってなさそうな神社だったね」
「それでも神社は神社です」
「そうだね、今度ちょいと行ってみるかい?」
――そんな会話を交わしながら、二柱の神と一人の現人神は、ゆっくり家路を歩いていく。
それを見送る者は、今はいない。
季節は、もうすぐ秋だった。
【にと×ひな! おしまい】
Comment
完結お疲れ様でした!
呪いの藁人形も打ち方逆にすれば健康を祈る祝福の藁人形ですからね
にとりにとっては雛は立派な愛の神
さて、ワインでも飲むとしますかね〜辛口がいい。
早苗のお嫁さんはこれまた予想外な人になりそうw
ドSとかだったら面白かったりするんだろうか
呪いの藁人形も打ち方逆にすれば健康を祈る祝福の藁人形ですからね
にとりにとっては雛は立派な愛の神
さて、ワインでも飲むとしますかね〜辛口がいい。
早苗のお嫁さんはこれまた予想外な人になりそうw
ドSとかだったら面白かったりするんだろうか
Posted by: |at: 2009/02/22 12:25 AM
お疲れさまでした。
いつ読んでも浅木原さんはうまいですね。途中の障害を乗り越えて幸せになれる…終わった後もお話が続いていそうな気にさせてくれます。僕もそんな文才がほしいです
浅木原さんの書く諏訪子見てみたかったので、諏訪子ファンとしてはGJでした
こんなところで質問していいのかわからないので不安なのですが、先日東方の同人アニメがありましたが、もし浅木原さんがにとひなをアニメ化するならにとりと雛の声優には誰を当てますか?もしよければお教えいただきたいです。
いつ読んでも浅木原さんはうまいですね。途中の障害を乗り越えて幸せになれる…終わった後もお話が続いていそうな気にさせてくれます。僕もそんな文才がほしいです
浅木原さんの書く諏訪子見てみたかったので、諏訪子ファンとしてはGJでした
こんなところで質問していいのかわからないので不安なのですが、先日東方の同人アニメがありましたが、もし浅木原さんがにとひなをアニメ化するならにとりと雛の声優には誰を当てますか?もしよければお教えいただきたいです。
Posted by: Ryu-jin |at: 2009/02/22 9:58 AM
素敵に甘いお話でした。
ハッピーエンドになると信じていても、ハラハラさせられました。くそぅ(笑)
次作も楽しみにしてます☆
ハッピーエンドになると信じていても、ハラハラさせられました。くそぅ(笑)
次作も楽しみにしてます☆
Posted by: |at: 2009/02/22 9:28 PM
完結お疲れ様でした!
浅木原さんのせいでにと雛にどっぷりハマってしまって、布教活動もちょっとしようかと思ってます(ぁ
俺もにと雛SS書いてるけど・・・あなたは俺の心の師匠みたいな人ですw
書籍化しても絶対買いますねw
あ〜もう、甘い甘い、ニヨニヨが止まらないからブラックコーヒーを所望する!!
てことで、乙でしたw
次も期待してますw
浅木原さんのせいでにと雛にどっぷりハマってしまって、布教活動もちょっとしようかと思ってます(ぁ
俺もにと雛SS書いてるけど・・・あなたは俺の心の師匠みたいな人ですw
書籍化しても絶対買いますねw
あ〜もう、甘い甘い、ニヨニヨが止まらないからブラックコーヒーを所望する!!
てことで、乙でしたw
次も期待してますw
Posted by: |at: 2009/02/23 11:01 PM
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