東方野球in熱スタ2007異聞「星の光はすべて君」
2009.02.03 Tuesday | category:東方SS(東方野球)
でこるんさんお誕生日おめでとうございます!
というわけでまたまたむぎさんと企んでやらかしました。久々の東方野球SSは第21話のあの場面・魔理沙視点編です。むぎさんの素敵な挿絵付きでお楽しみくださいませひゃっほう!
というわけでまたまたむぎさんと企んでやらかしました。久々の東方野球SSは第21話のあの場面・魔理沙視点編です。むぎさんの素敵な挿絵付きでお楽しみくださいませひゃっほう!
『これは危険な賭けなんだから』
言われなくたって、そんなことは百も承知だった。
他人の心の内側なんて、それこそその人物の中に入ってでもみなければ解らない。あんな力業は一回こっきりの切り札で、それで原因は解ったけれど、それが解決したかどうかは自分だけでは確かめようがなかったのだ。
――ああ、解っている。これはすこぶる危険な賭けだ。
失敗すれば、最悪の事態だって充分に起こりうる。
けれど、もう彼女の中に入って確かめることが出来ない以上、あとは賭けるしかないのだ。
「ほら、横になれ」
千鳥足のアリスを支え、ベッドまで連れていく。この部屋の光景も、いつの間にか随分と見慣れてしまったと、そんならしくない感慨めいたものをふと覚えた。
「これ、永琳から貰った薬だ。飲んでおけ」
――嘘をつくのは慣れている。呼吸をするように嘘をつく、なんて言われたこともある。
そもそも、永琳から貰った薬、というのは嘘ではない。嘘はついていないのだ、ひとつも。
「ありがと……」
それでも、アリスがその錠剤を飲み下すまで、内心を気取られやしないかと冷や冷やしていた。アリスは酔っているのだから、そんな不安は無いと解っていても。
(全く、二度も私に騙されてるってのに、無警戒にすぎるぜ)
錠剤を嚥下したのを確かめて、心の中だけでほっと息をつく。
「じゃあ、寝るわ。おやすみ……」
そして着替えもせずに、アリスはそのままベッドに倒れ込んだ。
「おやすみ、いい夢見ろよ」
アリスの瞼は下りていたけれど、精一杯に笑って、そう声をかける。
――永い夜の、始まりだった。
人間も妖怪も、本音と建前を使い分けるのは変わらない。
誰だって、心の中に他人には見せたくない部分を持っているのは当たり前の話だ。もし本心を残さずさらけ出す者がいるとすれば、嘘をつかないと言い切る鬼か、そもそも裏表を使い分けるほど知能のない妖精ぐらいのものだろう。
そして、霧雨魔理沙は人間で、アリス・マーガトロイドは妖怪だった。
要するに、それだけと言えばそれだけの話なのだ。
――ただ、アリスの方がいささか、それが過剰だったというだけで。
「そりゃ、私だって触れられたくないことのひとつやふたつ、あるけどよ」
灯りの落ちた部屋。ベッドの傍らに膝をついて、魔理沙はアリスの寝顔を見下ろした。
窓から見える月の光はひどく朧で、静かな闇がアリスの表情を覆い隠そうとする。
目を細めて見つめた顔は、安らかであるように見えたけれど。
それが、安眠できている証拠とは限らないのだ。
「……何をそんなに、怖がってるんだ? アリス」
呟く言葉は夜の闇に溶けて、どこにも届くことはなく。
ただ、魔理沙は瞼を閉じて思い返す。――あの日、アリスの心に触れたときのことを。
◇
それは喩えるなら、湯船の中にたゆたうような感覚だった。
幽体離脱と吸霊の薬。パチュリーの協力で入り込んだ、アリスの中。
意識だけが他人の中を漂うというのは、ひどく不安定な感覚だった。星のない夜空に投げ出されたような不安を覚えてもがいても、自分の身体は思うようにはならず。
――聞こえたアリスの声は、まるで光のようだと思った。
アリスが目覚めたことで、視覚と聴覚をアリスと共有していることに気付き、同時に身体は自由にならないと悟って、そのままアリスの目と耳を借りて外の情報を仕入れながら。
同時に、魔理沙の意識は、闇の中へと潜っていった。
それは映像を思い浮かべているときの状態と思ってくれればいい。視界は目の前の光景をとらえながら、同時に別のものを見ている。そんな感覚の中で、魔理沙はただ闇の中を泳いだ。
どこまでも続くような暗闇。これがアリスの心なのか、それとも――。
上下も左右もわからない闇の中で、それでもどこかに光があるはずだと思った。
そうでなければ――こんな闇がアリスの心なのだとしたら。
あまりにも、寂しすぎるではないか。
魔法は打てない。自分の星で、この闇を照らすことは出来ない。
そのことに歯がゆさを覚え、そんな自分に苦笑しながら、魔理沙はさらに潜っていき――
それを、見つけた。
それは、闇の中に漂う、小さな鳥籠。
その中で、幼い少女が魔導書を抱いて座っていた。
金色の髪に青いリボン。身体に不釣り合いな大きな魔導書――。
『……アリス?』
呼びかける声は、鳥籠の中の少女には届かない。いや、そもそもその声が音になっているのかどうかも、魔理沙自身には解らなかったのだ。
ただ、少女は鳥籠の中で、振り向きもせず沈黙する。
魔理沙は、格子に手を掛けて、ただそれを見つめていた。
――アリス。これが、お前なのか?
こんな小さな鳥籠の中で、お前は何をしているんだ?
ここで、たったひとりきりで、お前は――。
ああ、そうか。……だから、あの球場の力は、アリスには最悪の毒だったのだ。
そのことに思い至り、魔理沙は奥歯を噛み締めて、鳥籠の格子を痛いほど強く握った。
この鳥籠がアリスの心なら、身体に影響が出るほどの『想い』の力を持つあの球場は、鳥籠を壊そうとする暴力そのものだ。
――そして、鳥籠の中の鳥は、空を飛べないから。
檻を壊されてしまえば、生きていくことなど出来ないのだから――。
『……だったらお前は、なんで私の前に現れたんだよ?』
少女の背中に、届くことのない言葉を、魔理沙は投げかける。
『そんなにひとりが好きなら、ずっと引きこもってればいいじゃないか。なんでいちいち、ことあるごとに私を引っ張り出す? なんで――』
なんで、悪態をついて、文句を言って、それでも霧雨魔理沙という野良魔法使いと、関わることを止めようとしない? こんな鳥籠に心を閉じこめておいて――どうして、
どうして、あんな風に、私のそばで笑うんだ、お前は。
『なあ、アリス、』
呼びかけて、名前を叫びかけて――不意に、魔理沙は気付いた。
鳥籠の中の小さな少女は、ただ座っているだけではない。何か、手を動かしている。
『……なんだ? 何やってるんだ、お前』
目を細め、格子の向こうにある背中を、魔理沙は見つめる。
――かがんでいたその背中が、不意に伸びた。
少女が、魔導書を抱えたままの腕で、その手に何かを持ち上げる。
どこか満足げに頷く、その少女が手にしているのは――人形、だった。
それは普段のアリスが作る精巧な人形には遠く及ばない、シンプルなぬいぐるみだった。
ネグリジェのようなゆったりした服。手にした小さな本。三日月型の髪飾り。
フェルトで貼り付けた表情は、ひどくシンプルな笑顔。
……パチュリーを模した人形なのだと、一目見て魔理沙にも理解できた。
『お前……』
少女は魔導書を置いて立ち上がる。そして、すぐ傍らにあった棚に、その人形を置いた。
魔理沙もその姿を視線で追って――目を見開く。
棚にずらりと並ぶのは、見知った面々を模した人形たちだ。
霊夢がいた。メディスンがいた。阿求がいた。レミリアが、フランが、咲夜が、美鈴が、小悪魔がいた。妹紅が、慧音が、永琳が、輝夜が、鈴仙が、てゐがいた。幽々子が、妖夢が、紫が、藍が、橙が、レティが、萃香が、チルノが、ルーミアが、リグルが、ミスティアが、大妖精が、ルナサが、メルランが、リリカが、映姫が、小町が、幽香が、文が、静葉が、穣子が、にとりが、雛が、リリーホワイトが、三月精がいた。
――そして、その真ん中に。
黒い帽子に黒い服。箒を持って、星を抱いた、目つきの悪い人形が、あった。
43体の人形たちが、どれも笑みを浮かべて、棚の上に並んでいた。
だけど。……だけどその中に、ひとりぶんだけの、空白がある。
少女はそれを見つめていた。自分を見返す、43体の人形を――見つめていた。
『アリス!』
魔理沙は叫んだ。その声が届かないと知って、けれど叫ぶことしか出来なかった。
魔法の打てない魔女は、この鳥籠を壊すことも、こじ開けることも出来やしない。
ああ、だけど。――だけど。
『アリス――ッ!』
そして、意識の旅はそこで終わる。
◇
「ぅ……ん」
不意にアリスが呻き、魔理沙は追憶から我に返った。
「アリス!?」
思わず声を上げ、慌てて口をつぐむ。むずがるように僅かに首を振ったアリスは、しかしそのまま再び寝息をたて始めた。……盛大に息を吐き出し、魔理沙はベッドに突っ伏す。
「びっくりさせるなよ……」
寝顔は相変わらず安らかで、精神を犯される苦痛に見舞われているようには見えない。
……大丈夫、なのだろうか。自分は、賭けに勝ったのだろうか。
そんな希望的観測が浮かんだが、魔理沙はすぐに首を振ってかき消した。
以前のことを思い出す。人形に昏倒させられたとき、アリスは数時間意識を失っていたが、あのときはそのぐらいの時間ならば大丈夫だったはずだ。あのときより弱っているなら、もっと時間は短くなっているだろうが――いずれにしても、まだ一時間も経っていない。
夜が明けて、アリスが目を醒ますまでは、安心など出来はしないのだ。
「あと何時間だよ……全く」
息を吐き出し、魔理沙はアリスの顔を覗きこんで……胸の前に置かれたアリスの右手に、そっと自分の右手を重ねた。
握り返してはこないその手はあたたかくて、魔理沙はなんでだか、泣きたくなった。
「……アリス」
何だろう、この気持ちは。重ねた手の熱に、締め付けられるような痺れを覚えて、魔理沙はぐっとこらえるようにその手を持ち上げて握りしめた。
――すがっているのは、自分の方なのかも知れない。
ことあるごとに自分を引っ張り出すアリスに、やれやれなんて言いながら。
アリスに頼られることを、喜んでいたのだろうか、自分は。
アリス・マーガトロイドという存在を求めたのは、霧雨魔理沙自身だったのか――。
「そんなの、冗談じゃないぜ……」
苦笑で思考を誤魔化して、魔理沙は持ち上げたアリスの右手に額を乗せた。
「……ちゃんと、眠れてるか?」
お前の鳥籠の鍵は、――誰かが開けてくれただろうか?
背後で、物音。
「――――ッ!?」
あげかけた悲鳴を寸前で飲みこみ、魔理沙はおそるおそる振り向く。
部屋の薄闇の中、ぼんやりと浮かぶのは、中空に浮かんだ小さな影。
「…………なんだ、お前か」
「シャンハーイ」
上海人形は、どこか睨むようにこちらを見つめていた。
「何も盗みやしないから、そんなに睨むなよ」
「……シャンハーイ」
「武器を出すな!」
ちゃ、と装備の刃物を取り出す上海に、魔理沙は両手を上げる。
こちらをじっと見つめる上海は――その刃物を畳むと、魔理沙へ差し出した。
「? なんだお前、預けるってことか?」
頷く上海。「そう言われてもな」と魔理沙は首を傾げる。
「私ゃ魔法使いだ。刃物は装備できんのぜ。だからそれは、お前が持ってろ」
「シャンハーイ」
懐に刃物をしまって、上海は警戒を解くように魔理沙の肩に乗った。ふっと魔理沙は息を吐き出し――それから、怪訝に思って目を細める。
「ちょっと待て。……アリスが寝てるのに、なんでお前が活動している?」
そうだ、上海人形は決して自律人形ではなく、アリスの命で活動しているはずだ。そうなれば、アリスが寝ていれば、基本的に上海も活動を停止しているはず。
「――――」
上海は答えない。元々、言葉は話さないのだから当然だが。
「寝ずの番を命じられてるのか? ――それとも、まさか」
眉を寄せて、魔理沙は小さく唸り。……思い至った可能性に、どこか力なく笑った。
まさか、いやしかし、今アリスが確かに眠っていて、そして上海が活動していて。
今目の前にあるものが全て事実なら、上海人形は、本当は――。
「シャンハーイ?」
とぼけるように小首を傾げる上海。その動作は、魔理沙の疑念への無言の肯定だった。
「ははっ……そうか、そうなんだな、お前。……全く、世話の焼けるご主人だと思わないか?」
首を振り、魔理沙はアリスの寝顔へ視線を戻した。相変わらず、その顔は安らかで。
「全く、呑気に寝やがって……お前、知ってるのか? みんな、お前を心配してんだぜ?」
鳥籠の中で、少女はひとり、人形に囲まれていた。
笑い続けるだけの、黙して動かない人形に。
「パチュリーも、永琳も。……上海にまで心配されてんだぞ? 全く、お前って奴は」
右手を握るのを離さずに、空いた左手で魔理沙はアリスの髪を撫でた。
――なかなかこんな風に、触れさせてもくれなかったよな、お前。
怖いか? 鳥籠の外に出るのは、笑顔以外の表情を向けられるのは怖いか?
だけどお前は、もう知ってるだろう? 誰だって笑顔以外の表情があって、綺麗じゃない感情があって――けど、それを受け止めれば、ちゃんと解り合えるんだって。
お前がそれに気付いてないんじゃ、メディスンが泣くぞ。
だから――だから。
「人形じゃない、みんながお前のために、頑張ってやってるんだからな――?」
少女を囲んだ43体の人形は、43人のチームメイト。
でもその中で、お前がひとりぼっちだったなら。
――そんな場所には、身代わりの人形を置いてこい。
「大丈夫だ、アリス。……私が、お前のそばに、いてやるから――」
飛べない小鳥が泣いていたら、箒に乗せて飛んでやろう。
風を切って大空を飛ぶ、その気持ちよさを教えてやろう。
星をなくした夜空には、またたく星屑を散らしてやろう。
暗闇に煌めくまばゆい光で、その足元を照らしてやろう。
霧雨魔理沙という魔法使いには、それが出来るのだから。
――だから、さあ、アリス。人形は置いて、外に出よう。
みんな、笑って出迎えてくれるはずだから。
アリス・マーガトロイドという――ひとりの魔法使いのことを。
◇
少女は満足していた。
たくさんの人形に囲まれて、少女は幸せだった。そのはずだった。
――心の片隅に、ぽっかり空いた空白を、見ないようにすれば、少女は幸せだった。
だから、少女は満足していた。
部屋のドアが、開く音がした。
少女は怯えたように振り返った。その視線の先にあったのは、黒い人影。
人影はゆっくり、少女に歩み寄る。怯えて後じさる少女に、しかしその人影は――
折れ曲がった帽子をくいっと持ち上げて、その顔に「にっ」と笑みを浮かべた。
きょとんとその顔を見上げた少女に、人影は何かを取り出した。
――それは、少女の姿を象った、人形だった。
『ワタシ、アリス♪』
そんな声をあげる人形を、しかし人影は、少女には差し出さず。
ずらりと人形の並ぶ棚に、人影は歩み寄って。
白黒の魔女を象った人形の隣。ぽっかり空いたひとつぶんの隙間に、その人形を置いた。
――少女は、目を見開いた。
44体の人形が、並んだ光景は――それは、まるで。
『さあ、行こうぜ』
そして、人影がその手を差し出した。
少女は――アリスは、おそるおそる、その手と、人影の――魔理沙の顔を見比べて。
その手を、掴んだ。
暗闇に、一筋の光が流れていく。
それは、星屑を撒き散らして飛んでいく、一本の箒とふたりの少女。
白黒の少女は、楽しそうに笑って。
七色の少女は、その背中にしがみついて。
少女たちは、星のない夜空を切り裂いて、光を撒き散らして飛んでいく――。
◇
そして……永い夜が、明けて。
少女は、その瞼を、ゆっくりと開いた――。
⇒ こじたん (11/17)
⇒ 浅木原 (11/16)
⇒ こじたん (11/16)
⇒ 時の番人 (11/14)
⇒ 置き石 (10/14)
⇒ 葉月 (09/19)
⇒ ろっく (05/17)
⇒ 六仁祝 (08/27)
⇒ はまなす (06/20)
⇒ 橘 奏 (08/10)