東方野球in熱スタ2007異聞「夏に雪桜は咲かないけれど」(2)
2008.10.08 Wednesday | category:東方SS(東方野球)
◇
「大丈夫ですか? レティさん」
「夏の陽射しはね〜、辛いからね冬妖怪には〜♪」
お昼過ぎ。がやがやと博麗神社にやってきたのはチルノたち5人組だった。
「お腹すいてるのかー? ご飯ちゃんと食べてるのかー?」
「あら、霊夢の手料理って美味しいのよ〜」
「そーなのかー」
そういえば、霊夢が大妖精に「ご飯食べさせてあげてください」なんて言われたとぼやいていた。見やれば、大妖精は気まずそうな顔で俯いている。大ちゃんは良い子なんだけど、ときどきちょっと先走ってしまうのはまあ、ご愛嬌。
「すずしくなるように、あたいがこの部屋凍らせてやるわ!」
「だめよチルノ、それは霊夢に大迷惑だわ〜」
つい一昨日、ロッカールームを凍らせてアリスたちにこっぴどく怒られたばかりだというのに、チルノは相変わらず懲りていない様子だった。懲りたらチルノではない気もするけれど。
「でも実際、神社ってあんまり涼しくないんじゃない? レティって普段夏場はもっと涼しいところで寝てるんだよね。そっちで休んだ方がいいんじゃないかな」
私も真冬は冬眠するし、とリグルが言う。確かに、リグルの言う通りではある。風通しのいい部屋に寝かせてもらってるけれど、神社の中はそこまで涼しいわけではない。
「そうね〜。……でも、このままでいいわ〜」
「そう? まあ、レティがいいならいいんだろうけど」
「む〜、それならあたいは氷作るわ! レティが元気になれるだけいっぱい!」
「ありがとう、チルノ。……チルノは良い子ね〜」
「ぅ、ほ、ほめたって氷しかでないわよぅ」
手を伸ばして頭を撫でると、チルノは照れたようにそっぽを向いた。
「私は八目鰻の差し入れでもするわ〜♪ 鰻鰻鰻〜、鰻〜を食べ〜ると〜♪」
「その歌ももう幻想入りしてたんだ……」
ミスティアは相変わらず好き勝手に歌い、五人組はいつもの通り騒がしい。その様子に、レティは目を細める。
「はいこらあんたたち、病人の前であまり騒ぐな。チルノ以外は一軍なんだから、暇なら球場行って練習でもしてなさい」
『はーい』
と、そこで現れた霊夢の言葉に、5人組は素直に立ち上がる。「あ、チルノ。あんたは出来ればレティ用の氷作ってくれる?」と呼び止めた霊夢に、「わかってるわよぅ」と頷いてチルノはひとり飛び去っていた。
「相変わらず騒がしい連中ね」
5人組を見送り、レティの傍らに腰を下ろして霊夢は呟く。
「あんたもよく、あんなのの世話焼いてるわね」
「みんな良い子だし、可愛いわよ〜」
「ま、そうかもしれないけど」
肩を竦めて、霊夢はそれからレティの額に冷たいおしぼりを置いた。「今はこんなのでごめん。後でチルノの氷持ってくるから」と霊夢はレティの髪を撫でる。
「……で、実際、どうする?」
「え?」
「さっきリグルの言ってたことよ。あんたが普段休んでる場所の方がいいなら、そっちまで連れてくわよ?」
心配げに目を細めて、霊夢はレティの顔を覗きこんだ。
その視線は本当に優しくて、レティはまた少し鼓動が早くなるのを感じる。
「……さっきリグルに答えた通りよ〜。ここでいいわ〜」
「でもね」
「霊夢。……病人のわがままぐらい、聞いてほしいわ〜」
遮るようなレティの言葉に、霊夢はきょとんと目を見開いた。
心配してくれるのは本当に嬉しいのだ。だけど、それ以上に。
「……霊夢のそばに居たいの。……だめ?」
「――――」
言ってしまって、自分でも顔が熱くなった。ああ、何を言っているのだろう。これじゃあ本当に、……好き、って言ってしまっているようなもので――。
「……好きにしなさいよ。けど、今より具合悪くなるようなら問答無用でもっと涼しいところに連れてくからね」
「了解したわ〜。……ありがとう、霊夢」
「……感謝されるいわれは無いわよ」
そんなことは無い。居候の自分をここに置いてくれて、世話まで焼いてくれるのだから、どれだけ感謝したって充分ということはないのだ。
照れたように視線を逸らす霊夢。そんな表情は、他の誰かに見せたところを見た事がない。
優しい霊夢。照れる霊夢。誰に対しても態度の変わらない霊夢が、そんな姿を見せてくれるのは――自分が特別だからなんて、自惚れてしまってもいいのだろうか。
「あ、あの……」
と、不意に声。振り向けば、障子の隙間から大妖精が顔を出していた。
「何よ?」
「え、えと……レティさんに、ちょっと」
胡乱げに振り向く霊夢に、大妖精は困ったように俯きつつ答える。
レティは霊夢と顔を見合わせ、それから霊夢は肩を竦めて立ち上がった。
要件は控え捕手の件だろう、と見当はついていた。
普段からブルペン捕手を務めているとはいえ、大妖精は実戦での捕手経験はほとんどない。真面目な子だから、アドバイスなり何なり聞きにくるのは予想の範疇だった。
というわけで、霊夢には一度席を外してもらう。
「ごめんなさいね〜。大ちゃんにも迷惑かけちゃったみたいで」
「あ、いいえ、全然そんな」
レティの言葉に、大妖精は慌てて首を振る。
「それで、話は控え捕手のことかしら〜?」
「あ……はい。その……」
膝の上で手を握って、訥々と大妖精は口を開いた。
「昨日、阿求さんのところに行ったんです」
「阿求の?」
それはまた。阿求の妖精嫌いはブルペン組には周知の事実である。それは大妖精でも例外ではない。まあ、妖精としては格段に良い子なのは解っているようなので、三月精やリリーに対してのように邪険にすることはあまり無いけれども。
「その……捕手やるからには、ちゃんとその、データとか知っておかなきゃ、って思って。阿求さんにそう言ったら……『誰もあんたにそんなこと期待してないわよ、捕手なめんな』って言われて」
――ああ、なるほど。阿求なら言いそうなことだ、とレティは納得した。
「それで、どうすればいいのか、って〜?」
「は、はい……」
ふむ、とひとつ鼻を鳴らし、レティは霊夢が置いていったお茶をすすった。
「そうね〜……ねえ、大ちゃん」
「はい?」
「問題。中日のスタメン野手8人、一番から順番に挙げてみて〜」
「ほえ? え、えと……井端、荒木、福留、ウッズ、森野……ええと、李、それから」
わたわたと指折り数える大妖精。が、7番で詰まってしまった。レティは苦笑して、
「井上、谷繁、ね。――じゃあ、その8人がだいたいどのくらいの成績か解る〜?」
「……う、ううう……」
ぷしー、と頭から湯気が吹き出そうな様子で、大妖精は唸った。
大妖精は良い子だけど、やっぱり妖精は妖精、そこまで賢いわけでも、記憶力に優れているわけでもない。レティは微笑して、その手を握った。
「阿求の言うことは、つまりそういうことよ〜。大ちゃん、相手5球団の選手ひととおり覚えて、その得意なコース苦手な球種覚えて、そこから配球考えて……なんて、出来る〜?」
「で、でも……捕手の仕事は」
「そうね〜。本職ならもちろん、覚えなきゃいけないことだわ〜。でも、大ちゃんは本職じゃない。あくまで臨時の代理。急に輝夜と同じことをやれなんて、誰も言わないわ〜」
「――――」
大ちゃんのことだ。控え捕手を頼まれて、輝夜や自分と同じように出来なきゃいけない、と気負ってしまうのも無理はない。良い子すぎるのは、時に裏目に出る、という話。
「ホームラン打て、なんて言われたって急に出来ないでしょう〜? 出来ないことを慌てて身につけるより、今自分に出来ることをもっとしっかり出来るようにする。大事なのはそっちじゃないかしら〜」
「今、自分に出来ること……」
「そう〜。大ちゃんに出来ること。何だか解る〜?」
「え、えと……」
困惑して首を傾げる大妖精。レティはその左手を、包み込むように握った。
「捕手はね、もちろん相手のことも知らなきゃいけないわ〜。でもそれ以上にね、他の誰よりも、味方の投手のことを、知ってなきゃいけないの〜」
「味方の……」
「そう〜。そして大ちゃんは、ずっとブルペンでみんなの球を受けていたわ〜。たぶん、リリーフ陣に関しては、私や輝夜よりその球をよく知っているはずよ〜」
大妖精が腫れた左手を、チルノの氷で冷やしている様子を、レティは何度も見てきた。
その回数がそのまま、味方の投手を知ることだ。レティはそう思う。
「輝夜なんかは、捕手こそがゲームを支配してるのよ、なんて言うけど。私は捕手はあくまで引き立て役だと思うわ〜。結局、投げるのは投手だもの。だからね、投手に一番いい球を投げてもらえるように、信じてもらうこと。それが一番大事なことだと思うのよ〜」
「……信じて、もらう」
レティの手を握り返して、大妖精は呟く。
「もちろん、それも簡単なことじゃないけどね〜。けど、大ちゃんが頑張ってることは、みんな知ってる。だから大ちゃんは、きっと信じてもらえるわ〜」
「それが……私の出来ること、ですか?」
首を傾げた大妖精に、レティは笑って、その頭を撫でた。
「そうね、それがひとつ。もうひとつあるけど……それは宿題かしら〜」
「ほえ」
「大ちゃんならすぐ解るわよ〜。自分に出来ること。自分がしなきゃいけないこと。だから私は、大ちゃんを信じて、控え捕手を任せるわ〜。……よろしくね」
「……は、はいっ!」
表情を引き締めて、頷く大妖精。その頭を、レティはもう一度優しく撫でた。
◇
8月8日、水曜日。
「大丈夫だってば〜。身体動かさないとなまっちゃうわ〜」
「あんたの大丈夫はアテにならないのよ。いいからもう少し大人しくしてなさい」
「れいむ〜」
「休むときはしっかり休む、それも仕事のうちでしょ」
む〜、と膨れてみせるレティに、霊夢は腰に手を当てて溜息をつく。
起きあがれるようになって、歩くのにもさほど支障は無い。球を受けたり試合に出たりはまだ無理にしても、球場までついていきたい、とレティは言ったのだが、霊夢は頑として首を縦に振らなかった。
「すぐ近くなんだからいいじゃない〜」
「バカルテットじゃないんだから、子供みたいなわがまま言わないでよ」
「子供じゃないわ〜」
「はいはい病人だったわね。だから大人しくしてなさいってば」
結局、霊夢に押しきられてレティは渋々床の間に戻る。レティが布団を被ったのを確かめて、
「じゃあ、試合終わったらすぐ帰ってくるから」
そう言い残し、萃香を連れて球場へ向かって飛んでいった。
――ひとり残されて、布団から起きあがり、レティは溜息をつく。
霊夢が心配してくれているのは嬉しいのだけれども。やっぱり、霊夢は解っていない。
ひとりで休むより、霊夢と一緒に居る方が、よっぽど元気が出るのだということを。
溜息が、静まりかえった神社の空気に溶けて消える。霊夢も萃香も居ない博麗神社はひどく静かで、遠く聞こえてくる球場の歓声が余計にそれを際だたせていた。
ああ……今まで、どうやってひとりの時間を過ごしていたのだっけ。
神社に居候しだしてから、誰かが居るのが当たり前で、それが思い出せなくなる。
「……霊夢のばか」
毛布を抱いて、ごろんとレティは横になった。
――と、不意に障子の向こうに気配。誰か来客だろうか? しかし博麗神社に参拝客なんて滅多に来ないし、それ以外に訪れる面々はだいたい球場に居るはずだが。
「どなた〜?」
呼びかけると、すっと障子が開き、その影が姿を現す。
それはいささか珍しい来客で、レティは軽く目を見開いた。
「や、お邪魔するよ」
「やほ〜」
軽く片手を挙げて上がり込んできたのは、小野塚小町と河城にとりだった。これはまた組み合わせとしても来客としても非常に珍しい顔ぶれである。
「どうしたの〜? もうすぐ試合じゃないのかしら〜?」
「ああ、あたいは今夏休みで抹消中さね」
「私は一軍だからすぐ戻るよー」
よっこいせ、と小町とにとりは背後から何かを持ち上げて、部屋に運び込んでくる。
それを見て、レティは「ほへ?」と間抜けな声をあげた。
「……天狗のテレビ?」
「この部屋に繋いでって霊夢に頼まれたのさ」
棚の上にテレビを置き、裏で何やら配線を弄り始めるにとり。
「ん、よし。これで映るはず」
ぽちっとな、とスイッチを入れれば、見慣れた幻想郷スタジアムのグラウンドが映し出されていた。提供が画面上に並ぶ。チャンネル109の中継が始まったところのようだった。
「じゃ、私は戻るねー」
「あいよ、お疲れさん」
リュックを担ぎ直して走りだすにとりを見送り、小町は小さく肩を竦めた。
「……えーと、それでどういうことなのかしら〜?」
「いや、暇ならあんたの様子見ててくれないかって頼まれてね。ついでにあの河童がテレビ運ぶの手伝わされるハメになったわけ。あ〜あ、せっかくの休みだってのにねえ」
「霊夢が?」
「いやいや、あんたの旦那は過保護だあね」
ニヤニヤ笑いながら言う小町に、何やら気恥ずかしくてレティは口元を毛布で覆った。
「だ、旦那って〜」
「ん、違うのかい? 結婚するとかしたとか聞いてたけど。あ、それとも逆で霊夢が嫁?」
「……う〜」
そりゃあ、言い出しっぺは自分なのだけれども。
色々と意識しすぎな今になって改めてそんなことを言われると、恥ずかしくて仕方ない。
こちらを愉しげに見つめる小町から視線を逸らすように、レティはテレビを見上げる。両チームのスタメンが映し出されていた。そこに並ぶ名前に、思わず声をあげる。
――8番キャッチャー、大妖精。9番ピッチャー、風見幽香。
「大ちゃん?」
「ああ、永遠亭の姫様が風邪引いて欠場らしいね。あの花屋妖怪が先発の日に当たるとは、あの子も運が悪いってーかなんつーか、生きて帰れるかね?」
どこからか取り出したお煎餅を囓りながら、くつろいだ様子で小町が言う。よくもまあ他人の家でそこまで堂々とくつろげるものだ。
「大丈夫だと思うわ〜。大ちゃんなら」
「ふうん? ま、のんびりテレビ観戦と洒落こみますか。あ、呑むかい?」
「遠慮しておくわ〜。一応病人だもの〜」
プレイボール、と声があがる。画面の中で、幽香が振りかぶって第一球を投げ込んだ。
試合は、3回まではおよそ何事もなく進んだ。
幽香は相変わらず内角直球一辺倒の投球で、無理矢理横浜打線をねじ伏せて3回までパーフェクト。打線の方は2回、先頭の藍が二塁打で出ると、久々の二塁スタメンとなった鈴仙がセンター前にぽとりと落とし、相手先発の寺原からまずは1点を奪った。
そして4回の表。先頭の仁志がライト前への安打で出ると、バントの構えを見せた石井に対し幽香は四球を出してしまう。無死一、二塁で3番金城はボテボテのピッチャーゴロだったが、併殺を取ろうとした幽香の送球が逸れてオールセーフ。ノーアウト満塁である。
「あちゃあ、あかんねこりゃあ、焦げ臭くなってきたよ」
柿の種を囓る小町に、レティも頷く。四球にFC、幽香が一番イライラするランナーの溜め方だ。元々制球がアバウトなのに、カッカしだすと本気でぶつけようとする幽香である。もちろんぶつければ押し出しなのだから、ここはタイムを取って少し落ち着かせないといけない。
大妖精も幽香が苛立っているのに気付いたか、タイムをかけてマウンドへと向かった。
――だが、ほとんど言葉を交わすこともなく、すぐに戻って行ってしまう。
「何しに行ったんだろね?」
小町が首を傾げる。レティは難しい顔でひとつ唸った。
苛立った幽香には、輝夜であってもなかなか近付くのは勇気が要ると言っている。大妖精ならば一睨みされただけで身が竦んでしまうのは容易に想像できるが――しかし、捕手がそれでは、幽香の苛立ちは解消されるべくもない。
打たれる。レティは半ば確信した。
――そして、その通りになった。
打席には4番村田。初球は低めに外れて2球目、内角の直球がシュート気味に真ん中に入る。どうしようもないほどの絶好球。4番がそれを見逃すはずがなかった。
快音を響かせて舞い上がったのは、打った瞬間それと解る快心の一撃。幻想郷スタジアムの外野席を軽々と超えて場外へ消える、特大の満塁ホームランだった。
「あちゃあー」
小町が大げさに声をあげ、顔を覆った。レティは深く息を吐き出す。
画面の中で幽香がマウンドを蹴り、大妖精は呆然とその打球を見送る。スコアボードに刻まれる4の数字。しかし、呆然としている間もなく試合は続く。
続く5番鈴木尚が、また真ん中に入ってきた幽香の直球を綺麗に弾き返した。痛烈なピッチャー返しが、幽香の顔面のすぐ横を通り過ぎてセンター前に抜けていく。
おそらくその打球が、最後の一線を踏み越えてしまった。
幽香の顔が、画面越しでも解るほど昏く歪む。「うげ」と小町が呻いた。
そして、6番吉村への初球。――完璧に狙ったビーンボールが、ヘルメットを直撃する。
倒れ込む吉村。色めき立つ両ベンチ。頭を押さえて立ち上がった吉村が、幽香を睨みつけた。慌てて大妖精が間に割って入ろうとするが――突き飛ばされ、大妖精はそのまま倒れ込む。
結局、吉村を押しとどめたのは妹紅と藍だった。乱闘になるわけにはいかない、幻影とはいえ、タートルズの面々とやり合ったら相手選手が無事で済む道理はない。ペナントの進行に支障をきたす事態は避けなければいけなかった。
両監督が出て、審判と話し合う。吉村はベンチに下がり、突き飛ばされた大妖精も慧音に連れられてベンチへ向かう。審判から幽香の危険球退場が宣告され、幽香は苛立ちを隠さないまま肩をいからせてダグアウトへ引き上げていった。
結局そのまま、吉村には代走内川。投手はミスティアに代わり、大妖精もそのまま下がって捕手には急遽ブルペンに居た美鈴が入ることになった。
「……やでやで。乱闘にならなくて良かったって言うべきなのかね」
「そうね〜。……大ちゃん、大丈夫かしら〜」
とは言っても、ここからではどうすることも出来ない。
自分が出られていれば、こうはならなかっただろう――と思えば、歯がゆいものはあった。
結局その後、後続で投げたミスティア、パチュリー、アリス、リリカも揃って打たれ、終わってみれば試合は久々の二桁失点での惨敗だった。
「……ただいま。あ〜」
試合後。ぐったりした様子で、霊夢は戻ってくるなり畳に座り込んで呻いた。
「お疲れ様〜。今日は大変だったでしょ〜」
「あー、見てたのねテレビ。まあ、あんな状況じゃね。仕方ないっちゃ仕方ないけど」
「大ちゃん、大丈夫?」
「怪我はね。ただ、また落ち込んでるみたいだったけど」
「そう……」
まあ、そうだろう。自分の責任だと背負い込んでしまうのは容易に想像できる。
ただそれでも――今の大妖精なら、それほど心配することはないかもしれない。
「大妖精が心配?」
「そりゃあね〜。……でも、大ちゃんなら大丈夫だと思うわ〜」
「そう?」
「ええ〜。大ちゃんは失敗を強さに変えられる子だもの〜」
そう、それはいつかのタイムリーエラーのときのように。
失敗はしても、彼女を支える誰かが居て、彼女はきっとまた立ち直るだろう。
捕手は打たれて学ぶのだ。かつての自分がそうだったように。
――そうなれば、宿題の答えもきっと、彼女自身の口から聞かせて貰えるだろう。
「あんたが言うなら、そうなんでしょーね」
霊夢もふっと笑って、それからひとつ伸びをした。
と、そうだ。レティはそこで聞きたかったことを思い出す。
「ねえ霊夢、あのテレビって〜」
「ああ、文が余った旧型いらないかって言うから引き取ったのよ。あんまり映りがよくないらしいんだけど、そんなんでも別にいいかと思って」
どこか投げやりに霊夢は答える。
――私がひとりの時間に退屈しないように? とは、聞かないでおこうと思った。
「あ、小町の奴ちゃんと来た?」
「ええ、来たわ〜。一緒に観戦して帰っていったわよ〜」
「そ、それなら良かっ……って、あーっ! 取っておいたお煎餅が!」
戸棚を開け、霊夢が悲鳴じみた声をあげた。お煎餅? とレティは首を傾げ、あ、と思い出す。中継を見ながら小町が囓っていたお煎餅――あれは霊夢のとっておきだったのか。
「あのサボり死神、あとで閻魔に言いつけてやるわ、うふふふふ……」
「れ、霊夢、ちょっと怖いわ〜……」
「食べ物の恨みは恐ろしいのよ」
――自分も食べたことは尚更言わないでおこう。レティは心からそう思った。
(つづく)
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