注意報「あま風に御用心」
2008.07.26 Saturday | category:投稿&頂き物SS
「あれ?」
ふとなのはのとある部位に目が留まった。見慣れないものがあったからだ。
「ふぇ? どうかした? フェイトちゃん」
もう放課後だというのに寝惚けているのだろうか。一旦目を擦って、もう一度そこに注目する。
「なのは、……それ……」
やっぱり。目を擦ったところでそれは消えなかった。内心、実は消えて欲しかったのかもしれない。
腕時計。なのはの右腕に『私が贈った覚えのない』腕時計がはめられている。
「あ、これ? にゃはは、昨日もらったんだ」
胸が痛んだ。一瞬で気分が悪くなるくらい。
「…………もらった?」
「うん。お姉ちゃんに」
お姉ちゃん。
その単語を聞いた途端、ふーっと力が抜けてへたり込んでしまいそうになった。
それはどうにか防げたけれど、表情は隠し切れず緩んでしまっていたようだ。
だってなのはが笑ってるから。私をからかう時はいつもこの可愛い、もとい、嫌らしい顔をする。
「安心した?」
「な、何が?」
体ごとそっぽを向いて白を切っても、なのはは関係ないとばかりに回り込んで、正面からにんまりと私を覗き込んでくる。
「フェイトちゃん、今お姉ちゃんからもらったって聞いてホッとしたでしょ?」
あぁ、どうして私は隠し事がこうも下手なのか。だって上手な隠し事の仕方なんて今まで生きてきて教わったためしがない。
だから、つまり、…………意地悪な、なのはが悪いんだ。ということにしておく。
「き、気のせいだよ」
図星だよ、とばかりに声が裏返ってしまう自分が、……面白がって笑うなのはの可愛い顔が見れたからまあいいかなんて同時に感じてしまう自分は、本当にどうしようもない。
「相変わらずうっかりやだね、フェイトちゃんは」
なのはにそう言われると、ひどく落ち込まされる。なのはにそんな気はもちろんないのだろうけれど。
きっとこの腕時計も私を引っ掛けようと身につけてきたに違いない。
「ちょっと早とちりしただけだよ」
少しそっけなく呟いてみた。
最近はもっぱら私がなのはにどきどきさせられてばかりで理不尽すぎる。
きっとなのはは私に悪戯してばかりでどきどきなんてしてない。……多分。
「えへへ。ほら、うっかりやさんだ」
つんつん、私の頬を突いてはしゃぐ、なのは。まるでオモチャ扱いだ。
こっちはそっけなくしてるというのに。全く効き目がない。
「……なのは」
「なぁに? フェイトちゃん」
なのはにも効く、威厳のある雰囲気とはどうすれば出せるのだろう。
とりあえず腰に手を当てて、胸を張ってみる。
「私、怒ってるよ?」
「そんなことないもん」
あっさり否定されて脱力しかけたが、かぶりを振って気を取り直す。
「ううん。怒ってる」
「どうして?」
「解らない?」
「解らないから訊いてるんだもん」
「じゃあ、――教えてあげる」
なのはが身構えるより早く背後に回り、右腕はその細い首を、左腕でその華奢な腰を抱きこんだ。
「にゃっ!?」
「なのはが悪戯ばかりして――ぎゅうってしたくなっちゃうからだよっ」
じたばた、しっかりと回された、私の腕の中で抵抗を試みるなのは。鼻先でなのはのサイドポニーが小刻みに揺れてくすぐったい。
くすぐったい上に、いい香りがして色々大変だ。
お菓子のような、甘い匂い。こっそり頭に口付けるくらいなら罰は当たらないだろう。
「うぅ……捕まっちゃった」
なのはがようやくうなだれた。無念そうに呟く割には嬉しそうだ。
まったく、こうされるのも予想済み、ということか。
「いつまでこうしてるの? フェイトちゃん」
こんな間近で、そんなふうに期待を込めた視線で覗かないで欲しい。動悸がしてとても心臓に悪い。
「なのはが反省するまで」
「じゃあずっとこうしてなきゃいけないね」
「反省してくれないの?」
なのはがニッと唇を曲げた。
「うんっ。絶対しない」
まあ、なのはならそう言うだろう。私に負けず劣らずの頑固者だから。だからこそ、私も譲りたくない。
「私もなのはが謝ってくれるまでこうしてるよ?」
「じゃあ今日はフェイトちゃん、わたしをお持ち帰りするんだ?」
「…………ぇ」
それは、考えてなかった。考えてなかったから、焦りが頭の中をぐるぐると駆け巡る。
「だってフェイトちゃんは離してくれないし、わたしは絶対謝らないから、そうするしかないよね?」
「あ……ぅ……」
どうしよう。ちょっとなのはをぎゅってしたかっただけなのに。どうしてこんな話の流れになったのか。
飄々と言い放つなのはに対し、うろたえるばかりで何も返せない自分がもどかしい。
ふとなのはがポケットの中をまさぐりだした。
「ちょっと待ってて、電話するから」
「で、電話?」
「うん、お母さんに。今日はフェイトちゃんにお持ち帰りされるから心配しないでって連絡しておかないと」
私の返事も待たずに、なのはが取り出した携帯電話を片手操作しだした。
画面には、……「お母さん」――!
「ままままま待って! 待って!!」
慌てて抱擁を解き、なのはから携帯電話をひったくった。電源ボタンを急いで押して、ホッと一息。
冗談じゃない。お、お持ち帰りだなんて、人聞きの悪い。
桃子さんに、私がそんなはしたない子だと思われたくない。それに万一、士郎さんに報告されでもしたら。最悪、収拾がつかなくなるかもしれない。
「あれ? 離しちゃうの?」
どうしてそう、残念そうに言うかな。
そっと、手にしたなのはの携帯電話をなのはに差し出して、
「……なのは」
げっそり、名前を呼んだ。なのははというと、きょとんとして携帯電話を受け取るだけ。
「なぁに?」
「そんなに、私を困らせたいの?」
なのはの表情が変わった。これまでの楽しげな様子は欠片もない、複雑そうな顔。
「フェイトちゃん、困ってたの?」
「…………」
困ってたよ。気づかなかったの? 散々態度に示してたのに。
押し黙っていると、なのはの表情がますます曇っていって。
「迷惑だった?」
「…………」
そうだよ。いつもいつもいつも。勝手に事を運んでばかりで。
……引き結んだ唇が動かないのは、なのはに反省を促したいからだ……多分。
「止めて欲しい?」
本当にずるいんだ、なのはは。そんな顔されてどうして「止めて」なんて言えようか。
なのはにいつでも笑っていて欲しい私に、その顔を見せられることが何より酷だということをいい加減自覚して欲しい。
「止めないもん」
「え?」
苦笑して、口を開きかけたとき、思いも寄らなかった言葉が、なのはの口から飛び出した。
不機嫌そうにムスッと膨れたなのはと思いがけず間近で見つめ合う。
「フェイトちゃんが嫌だって言っても止めないもん」
じろり、上目遣いに覗き込まれて一歩、後ずさった。なのはに睨まれること自体そう経験がないから、つい気圧されてしまう。
「フェイトちゃんに構ってもらえないと、わたしが困っちゃうもん」
「……そう、なの?」
「だって充電できなかったらわたし、止まっちゃうもん」
「…………」
笑い飛ばすことなんて、できるはずもない。この切なげな顔を目の当たりにしたら。
「フェイトちゃんはそうじゃないの?」
なのはに相手にされなくなったら。そんな日が来たら。
……どうすればいいのだろう。考えたこともなかった。考えたくもない。
私の気持ちを読み取ったのか、なのはがそっと、もたれかかってきた。
私より若干背の低いなのはが俯いた状態でそうすると、私の鼻先にはちょうどなのはのうなじの辺りがくる訳で。あの甘い匂いが私の鼻先を漂う訳で。胸の早鐘はますます激しくなる訳で。
まったく、これだけくっつかれては波打つ胸の鼓動はなのはに駄々漏れだろう。
「そうならぎゅってして」
ぎゅってして、とは。あぁ、このいい匂いのせいで頭がよく働いてくれない。
多分、この細い背中に腕を回して思いの限り力を込めて――それだけだ。
何だ、簡単じゃないか。というか、さっきしたばかりじゃないか。
「……そうじゃないなら――」
「なのはの」
ばか。
返事を行動に移すことで、なのはの言葉を切った。先を聞く必要なんてない。体が動いてしまったのだから。
後ろからと、前からと。一日に二度もなのはを抱きしめてしまうなんて、今日は何て贅沢な、もとい、積極的な日なのだろう。
抱きすくめた腕の中からひょこっと顔を上げたなのはが、ぱぁっと、にこやかに笑った。
そう、この表情だ。この表情見たさに私は頑張っているのだ。色々と。
「なのは。桃子さんに電話してくれる?」
「にゃは。何て言っておけばいいのかなぁ」
澄ました顔して。
そんなふうにとぼけた態度を取れるのも今のうちだ。
「なのはが最近悪い子だから、私が連れ帰ってどうにかしてみせますって、伝えておいて」
「えへへ。どうにかされちゃうんだ、わたし。楽しみだなぁ」
――どうにかするのは家に着いてからだと、解ってはいたけれど。
「あ、着替え持ってないからフェイトちゃんの貸してね」
その相変わらず破廉恥な唇に、キスを落とさずにはいられなかった。
Comment
まったくこの二人はもうね!
って言葉を思い出しました
って言葉を思い出しました
Posted by: |at: 2008/07/27 1:11 AM
>「なのはが最近悪い子だから、私が連れ帰ってどうにかしてみせますって、伝えておいて」
>「えへへ。どうにかされちゃうんだ、わたし。楽しみだなぁ」
この2行で悶死しかけた骸にトドメが刺されました。
ああ、ティッシュ箱新調しておいて良かった…危うく鼻血の海に撃沈する所でしたよ…
本当にmattio様のSS読むときは輸血パックと覚悟が必要だよね。
私の様に妄想力が高くて各シーンのイメージが勝手に湧いてくるような輩には。
>「えへへ。どうにかされちゃうんだ、わたし。楽しみだなぁ」
この2行で悶死しかけた骸にトドメが刺されました。
ああ、ティッシュ箱新調しておいて良かった…危うく鼻血の海に撃沈する所でしたよ…
本当にmattio様のSS読むときは輸血パックと覚悟が必要だよね。
私の様に妄想力が高くて各シーンのイメージが勝手に湧いてくるような輩には。
Posted by: LNF |at: 2008/07/30 10:47 PM
なんだかんだでやっぱり甘々少女百合は破壊力がヤバいです。甘すぎて血糖値が上がるんじゃなかろうか…
Posted by: 名無しさん |at: 2008/08/03 11:38 PM
>1:11コメントの方
バカップルへの常套句ですね(笑)。作品出す度言ってもらえるように頑張ります。
>LNFさん
またそんな大げさな(笑)ありがとうございます。
なのはさんの確信犯的誘い受けにすっかりハマってしまっていることにフェイトさんは気づいてないんです(笑)。
>名無しさん
>破壊力
CPがこの二人だと特に! ですよね(笑)。劇場版ではこの二人がもっと百合百合してくれることを希望します(おい
バカップルへの常套句ですね(笑)。作品出す度言ってもらえるように頑張ります。
>LNFさん
またそんな大げさな(笑)ありがとうございます。
なのはさんの確信犯的誘い受けにすっかりハマってしまっていることにフェイトさんは気づいてないんです(笑)。
>名無しさん
>破壊力
CPがこの二人だと特に! ですよね(笑)。劇場版ではこの二人がもっと百合百合してくれることを希望します(おい
Posted by: mattio |at: 2008/08/04 12:10 AM
甘い。甘過ぎます。
いや、甘いのは大好きですがね。
・・・僕はこんなに甘い小説は書けません。書こうとしても、途中で破綻するかネタが思い浮かばなくなってしまいます。
ですから、甘く仕様がないのです。それでも、甘くしようとして頑張っていますが、・・・あんまり甘くならないです。
いや、甘いのは大好きですがね。
・・・僕はこんなに甘い小説は書けません。書こうとしても、途中で破綻するかネタが思い浮かばなくなってしまいます。
ですから、甘く仕様がないのです。それでも、甘くしようとして頑張っていますが、・・・あんまり甘くならないです。
Posted by: ユキト |at: 2008/08/06 8:42 PM
>ユキトさん
うー……私はふとしたきっかけで浮かぶ二人の一連のイチャコラを文にしてるだけなので、難しいことは言えないのですけど。
私は自分でどうにか満足のいくもの書けるようになったのは今年初めくらいからです。十ヶ月位でしょうか……。
当然ですが書く人によってなのフェイの在り方は異なるわけで(極論だと受け攻めの違いとかw)。こんな感じのなのフェイが今のところ私が試行錯誤の上行き着いた形なんです。
時折自分の作品読み返して(これが何より苦痛なんですがorz)時折他人の作品や日記読んで何かを感じて(幸いこの界隈は甘系書く人いっぱいいますから)。私はそんなだったような。
向き不向きは当然あるとは思いますが書きたいと思えている以上、色んな角度から眺めて焦らず時間かければ見えてくるものがあるのでは、なんて。
若輩なのに色々語ってしまいまして(汗)えと、応援してます、頑張ってください。
うー……私はふとしたきっかけで浮かぶ二人の一連のイチャコラを文にしてるだけなので、難しいことは言えないのですけど。
私は自分でどうにか満足のいくもの書けるようになったのは今年初めくらいからです。十ヶ月位でしょうか……。
当然ですが書く人によってなのフェイの在り方は異なるわけで(極論だと受け攻めの違いとかw)。こんな感じのなのフェイが今のところ私が試行錯誤の上行き着いた形なんです。
時折自分の作品読み返して(これが何より苦痛なんですがorz)時折他人の作品や日記読んで何かを感じて(幸いこの界隈は甘系書く人いっぱいいますから)。私はそんなだったような。
向き不向きは当然あるとは思いますが書きたいと思えている以上、色んな角度から眺めて焦らず時間かければ見えてくるものがあるのでは、なんて。
若輩なのに色々語ってしまいまして(汗)えと、応援してます、頑張ってください。
Posted by: mattio |at: 2008/08/06 10:43 PM
わたしをお持ち帰りするんだ?
もって帰りてえー!!!
「迷惑だった?」
「止めてほしい?」
「止めないもん」
やっぱいい!フェイトはよく耐えてる、俺なら迷惑だったの時点で強制お持ち帰り〜する
もって帰りてえー!!!
「迷惑だった?」
「止めてほしい?」
「止めないもん」
やっぱいい!フェイトはよく耐えてる、俺なら迷惑だったの時点で強制お持ち帰り〜する
Posted by: コウ |at: 2008/10/11 3:29 PM
>コウさん
残念! このなのはさん持って返って良いのは他でもないフェイトさんだけなんです(´ω`)
>強制お持ち帰り〜
でも組み敷かれてるのはなぜか毎回フェイトさんというなのはさん最強説が(ry
残念! このなのはさん持って返って良いのは他でもないフェイトさんだけなんです(´ω`)
>強制お持ち帰り〜
でも組み敷かれてるのはなぜか毎回フェイトさんというなのはさん最強説が(ry
Posted by: mattio |at: 2008/10/12 10:06 PM
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