東方野球in熱スタ2007異聞「May I Help You?」
2008.06.05 Thursday | category:東方SS(東方野球)
7月23日(月)、幻想郷スタジアムプルペン。
パァン、と小気味良い音を立てて、白球はミットに収まった。
「ナイスボールよー、永琳」
声をかけつつ、輝夜は永琳へとボールを返す。
約一週間のオールスター休みを挟んで、明日から後半戦。幻想郷スタジアムで対広島3連戦だ。初戦は火曜日ということで、先発は永琳である。そんなわけで、投手コーチの阿求を伴って、最終調整の投げ込みである。
「はい、次でラストね。ど真ん中ストレート、思いっきり来なさい」
「解ったわ」
頷き、永琳は振りかぶる。美しいフォームから流れるように放たれた白球は、寸分の狂いもなく輝夜の構えたミットに収まった。正確無比のコントロールは健在だった。
「お疲れ様。輝夜、ちょっといい?」
それを合図にしたように、阿求が輝夜に声をかける。「じゃあ、先に戻ってるわね」と言い残して、永琳はロッカーの方へ戻っていった。
「何かしら? 永琳の球に問題でもあった?」
受けている側からすれば、文句なしの球だったと思うが。マスクを外して輝夜が首を傾げると、阿求は小さく首を振る。
「ううん。制球もキレも申し分無しよ。……ただね、ちょっと気になることがあって」
と、阿求は何かを懐から取り出した。――何枚かのスコアシートだ。
「まあ、今更私が言わなくても気付いてると思うけど。永琳って、特定のイニングだけ崩れて失点するパターンが多いのよね。スコアシート見ても明らかなんだけど」
ああ、と輝夜は頷く。確かにその通りだ。
白黒や花屋のようなムラっ気のある投手の多いタートルズの中で、6〜8回を確実に2、3失点でまとめる永琳の安定感はピカイチだ。イマイチ援護に恵まれず勝ち星は伸びないけれど、QSの達成率でいえば文句なくチームトップである。
しかし逆に言えば、ノリノリのときの白黒や花屋のように目の覚めるようなピッチングをすることも少ないということであり、零封も多くは無いのである。捕まっても試合中に立て直せるのだが、一度はどこかで捕まってしまう――それが永琳の投球だった。
「で、失点したイニングって、だいたい四球出した回なのよね」
「そうねえ。実況板でも『永琳の四球は失点フラグ』って言われてるし」
「私の個人的な印象なんだけど、永琳ってマウンドで考えすぎてるんじゃないかと思うのよ。特に四球で出した走者は返しちゃいけないって意識しすぎてるんじゃないかって」
ふむ、と輝夜は鼻を鳴らした。永琳の四球自体が珍しいから、四球が失点フラグというのは印象論のような気もしていたが――。
「りょーかい。ちょっと対策、明日までに考えておくわ」
「お願いね」
◇
何でも解っている、と思っていても、意外と見えていないことはあるものだ。
近すぎて、当たり前に思っていることに、余所からの指摘でふと気付かされることもある。永遠亭に篭もっていた頃には、なかなかあり得ない話だったけれども。
「逆に難題を出される側になったわねぇ」
永遠亭の自室。PCの前で、輝夜は溜息をつく。
永琳が考えすぎている、という指摘は確かに、傍から見れば妥当なものかもしれない。輝夜にしてみれば、永琳が常に色々考えているのはあまりに当たり前の話だから意識もしなかったけれど、何も考えてなさそうな連中の多いあのチームの中では目立つのだろう。
しかし、である。月の頭脳と呼ばれた永琳に対して「考えるな」というのは、それこそ呼吸をするなと言っているようなものだ。無心になれ、など、永琳といえどもおそらく言われて出来るものではない。
『に〜とにとど〜がっ♪』
と、気付けば日付が変わろうとしていた。動画を遮って時報が流れ出す。
『にとゆきが子の刻ぐらいをお伝えしま』
「はいはい」
F5でキャンセル。再び流れ出す動画を、しかし溜息をついて輝夜は閉じた。――さて、どうしたものか。
「輝夜様、お茶をお持ちしました」
不意に声。振り向くと、ふすまが開いて鈴仙が顔を出していた。
「あら鈴仙、気が利くじゃない。ありがとう」
受け取り、熱いお茶を一口すする。ほぅ、とひとつ息を吐き出して、輝夜は鈴仙を振り返った。
「鈴仙、ちょっといい?」
「は、はい」
何かお茶に問題でもあっただろうか、と怯えたような鈴仙に小さく苦笑しつつ、輝夜は半ばおどけたように首を傾げた。
「永琳をびっくりさせるには、どうすればいいかしら?」
「……はい?」
◇
7月24日(火)、広島東洋カープ戦(幻想郷スタジアム)。
「ここ2試合負け続きだし、今日は勝たないと2軍かしらね?」
「QS達成してるんだから投手の責任じゃないわよー。落ちるなら主にどっかの4番さんあたりじゃないかしら?」
「……聞こえてるぞ」
「あら、自覚はあるんだったらちゃんと仕事したらどう?」
輝夜と妹紅の間に火花が散る。4番に抜擢された妹紅が先月ほどの活躍が出来ていないのは事実だった。永琳も永琳で、ここ2試合はどちらも7回3失点で敗戦投手という勝ち運の無さである。
と、そこに「はいはい、そのへんにしておきなさい」と呆れ混じりにアリスが割り込んだ。
「永琳も妹紅も、あまり気にしないで。2人とも主力なんだから、あまり監督を困らせないで欲しいわ」
「ごめんなさいね」
「……善処しよう」
永琳は苦笑し、妹紅は一度輝夜を睨んで引き下がる。輝夜はその姿にほくそ笑んだ。その様に、アリスはまたひとつ溜息。
「まぁ、ともかく。夏場でレティも調子崩し気味だし、大変だと思うけどしっかりお願いね、輝夜」
「了解してるわよー」
そんなわけで、いつも通りに試合が始まる。広島の先発はベテラン、高橋建だ。
永琳がコーナーを丁寧に突く抜群の制球力でゼロを並べれば、高橋もベテランらしいのらりくらりとした投球で凡打の山を築く。サクサクと進む試合は、6回まで両軍1安打ずつで0-0の投手戦になっていた。
そして7回表、広島の先頭打者は2番東出。4球目のスライダーがやや甘めに入り、センター前に弾き返される。
初めて先頭打者を許して、3番栗原。フルカウントからの6球目、空振りを取りにいったスローカーブに、しかしバットが止まる。ハーフスイングの判定は――セーフ。フォアボールで無死一、二塁。迎えるのは4番新井だ。
『低めに萃めて。打たせてゲッツー取りましょ』
『解ったわ』
サインに永琳が頷く。初球、内角低めのストレート。狙い通りバットが出る――が。
叩きつけた打球は、一塁の妹紅と二塁の美鈴の間を抜けていく。レミリアの強肩で本塁突入は阻止したものの、無死満塁だ。そして次は5番前田である。
「ごめん、タイムね〜」
タイムをかけ、輝夜はマウンドへ駆け寄る。内野陣や監督も動こうとしていたが、それは視線と身ぶりで止めた。
「輝夜」
「大丈夫よ〜、まだ失点はしてないんだから」
笑って、輝夜は永琳の肩を叩く。けれど、永琳の表情からは憂いが消えていない。負け続きなこともあるし、チームドクター兼任という立場上、それ以外にも色々と気に掛けていることも多いのだ、永琳は。
「目の前の打者に集中していきましょ。今日の球は最高なんだから、抑えられるわよ」
「……ええ」
頷いても、やはり表情は晴れないままだ。
……仕方ない、奥の手を使いますか。
「永琳」
「ん?」
「集中できるおまじない、してあげるわ」
「――え?」
きょとんと目を見開いた永琳の頬に、輝夜は手を添えて。
マウンドで、ひとつ背伸びをして。
――互いの顔を、ミットに隠すようにして。
永琳の唇に、自分を唇を寄せた。
触れるのは一瞬。唇を離し、輝夜がにっと笑うと、永琳の顔が爆発したように赤くなる。――わお。効くかどうか半信半疑だったけど、ここまで効果絶大とは。
「かっ、かかかっ、輝夜っ――」
「じゃ、サインは全部私が出すから、しっかり投げてね〜」
笑いながら、逃げるように輝夜はホームベースへ戻る。内野陣を見回せば、一塁の妹紅は呆れたように肩を竦め、二塁の美鈴は口元に手を当てて顔を赤くし、角度的に見えなかっただろう咲夜と藍は首を傾げていた。
ともかく。ミットを構えて、輝夜はサインを出す。初球、ど真ん中ストレート。普段の永琳なら絶対に首を振る要求だ。だが、永琳は顔を赤くしたまま頷いた。――OK、雑念は消えてる。
初球、要求通りのど真ん中に最高のストレートが来た。完全に予想を外された格好で、驚いたように前田は見送る。不敵に笑って、輝夜は2球目のサイン。永琳はまた頷いた。そうそう、それでいい。
2球目も、ど真ん中へのストレート。今度は見逃さない。前田のバットが鋭く振られる――が、その寸前でボールが横滑りした。直球とほとんど球速差の無い、永琳の決め球のシュートである。
芯を外された打球が、三塁線へ転がった。前進守備の藍が拾いバックホーム、受けた輝夜は迷わず三塁へ。カバーに入った咲夜のグラブにボールが収まるのと、二塁走者の栗原が滑り込むのがほぼ同時、判定は――アウト。ホームゲッツーだ。
だが、咲夜はその判定を確認すらせず、くるりと身を翻らせる。その手から放たれたボールは――真っ直ぐに妹紅の構える一塁へ。
バシィ、とファーストミットにボールが収まる。ワンテンポ送れて、前田が天を仰ぎながら一塁を駆け抜けた。――アウト。
「イェイ♪」
思わず輝夜は、右手を高く月へ向けて突きだした。トリプルプレー、完成。無死満塁が一瞬にしてチェンジ、まさに永夜返しである。
藍と咲夜がグラブを打ち交わし、妹紅が肩を竦め、ひとりプレーに関われなかった美鈴が複雑な表情を浮かべる中で、永琳だけが、マウンドでどこか呆然と突っ立っていた。
ベンチ裏。
「か、ぐ、やっ、貴女はいきなり何をッ――」
「まぁまぁ落ち着いて永琳。落ち着かないと次の回もしちゃうわよ?」
「――――っ」
顔を真っ赤にしたまま、永琳は押し黙る。うーん、こんな永琳は新鮮で可愛いかも、などと思いつつ、にひひ、と輝夜は笑った。
「あ、それとも試合に勝ったご褒美に取っておいた方が良かったかしら?」
「だ、か、らっ――」
「冗談よ」
ふっと表情を緩め、輝夜は永琳の頬に手を添える。
「試合の間は、私だけを見て、永琳」
「――輝夜」
「なんちゃって」
ちゅ。
「――――ッ!」
「あら、歓声。吸血鬼のお嬢様でも打ったかしらね。キャッチボールに戻りましょ」
何事か叫びかけた永琳の言葉を遮るように、輝夜は走りだす。背後から、疲れたような溜息を吐き出して追ってくる永琳の足音が聞こえていた。
◇
まぁ、その後の試合展開は概ね、語るまでもない。
7回裏、2番咲夜が四球で歩くと、レミリアのツーベースで先制。妹紅が2ランで好投の高橋を打ち砕くと、永琳は8回9回をピシャリと3人で抑えて3安打1四球完封。3-0でタートルズの勝利であった。
なお蛇足であるが、その日のヒーローインタビューで、7回表のマウンドでの出来事について射命丸から問われた永琳の取り乱した姿は、トリプルプレーのシーンと合わせてその後しばらく、ニトニト動画スポーツカテゴリのランキング上位に居座り続けたことを、付記しておこう。
Comment
永琳が可愛いだとっ・・・!?
だが許す!むしろもっとy(ry
毎度の事読み手を楽しませてくれるいいSSを書いてくれる忍さんには感謝しています。私も別のジャンルでSS書いてたりしますがこれはホントすごいです・・・こんな文章を書ける能力が羨ましい
これからも無理せずに頑張ってくださいな。次回作も期待しています。
だが許す!むしろもっとy(ry
毎度の事読み手を楽しませてくれるいいSSを書いてくれる忍さんには感謝しています。私も別のジャンルでSS書いてたりしますがこれはホントすごいです・・・こんな文章を書ける能力が羨ましい
これからも無理せずに頑張ってくださいな。次回作も期待しています。
Posted by: 名も無き通行人A |at: 2008/06/06 4:43 AM
( ゚∀゚)o彡゜えーりん!えーりん!
永琳好きの俺としては永琳がちゃんと輝夜を呼び捨てにしてて、感動した!
素敵なお話をありがとう!
永琳好きの俺としては永琳がちゃんと輝夜を呼び捨てにしてて、感動した!
素敵なお話をありがとう!
Posted by: |at: 2008/06/06 11:55 PM
あれ輝夜って「うどんげ」のこと「うどんげ」って言ってた様な…
それよりもあまりの甘さにクラッときました(≧▽≦)
永琳は確かに輝夜の嫁でしたww
それよりもあまりの甘さにクラッときました(≧▽≦)
永琳は確かに輝夜の嫁でしたww
Posted by: |at: 2008/06/10 7:22 PM
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