東方野球in熱スタ2007異聞「グラウンドの大妖精」(中編)
2008.05.01 Thursday | category:東方SS(東方野球)
6月24日(日)、幻想郷タートルズ−千葉ロッテマリーンズ第四回戦(幻想郷スタジアム)
当たり前のように、次の日はやって来て。
一軍メンバーには、まだ私の名前があった。
「おはよう」
ロッカールームで私を出迎えたのは、慧音さんだった。
「……おはようございます」
笑顔で返事をしてみたけれど、上手く笑えたのかどうか、自分でもよく解らなかった。――慧音さんの表情を見れば、たぶんあまり上手く笑えていなかったのだと思う。
「今日も、うちの生徒たちが試合を見に来てる」
不意に、慧音さんがそんなことを言った。
私は小さく肩を震わせて、おそるおそる尋ね返した。
「…………芳太くん、も?」
「ああ」
頷く慧音さん。その答えにどう反応していいのか、私には咄嗟に解らなかった。
すると慧音さんは、私の頭に手を置いて、くしゃりと髪を掻き乱す。
「昨日は昨日、今日は今日だ。――しっかりいいところを見せて、名誉挽回といこう。幻想郷タートルズいちの外野の名手なんだから」
「――――」
「それとも、うちの生徒の見る目が違ったか?」
「そんなっ……こと」
咄嗟に言い返そうとした言葉は、しぼんでしまう。思い出すのは、ボールを差しだしてきた彼の憧れに輝いた瞳と――試合後の。
「大丈夫だ。慧音先生の言うことを信じなさい」
「……はい」
まだ、彼はあのボールを大事に持っていてくれているだろうか。
それなら。もしまだ――彼が信じてくれているなら。
頑張らなきゃ。昨日の失敗を、取り返さなきゃ。
これ以上、悲しい顔をさせたくないから――。
「おし、いっくぜー!」
守備練習時、ノッカーを担当していたのは昨日8回を投げたばかりのはずの魔理沙さんだった。カキン、といい音をたてて、打球は三遊間へ。咲夜さんが華麗に捌いて一塁へ送球、幽々子さんのミットに芸術的な正確さで収まる。『咲夜さーん!』という歓声に紛れた『PAD長ー!』という叫び声に、悲鳴が被さった。観客も全く懲りないものだ。
「ちょっと魔理沙! あんたは昨日投げたんだから大人しくしてなさいって言ったでしょ」
と、そこに割り込んでくるのはアリス監督だ。
「いいじゃないか練習のときぐらい。今日もいい天気だし、レミリアや妹様にノッカーさせるわけにもいかないだろ?」
「全くもう……」
呆れたように首を振る監督。そこへ、今日先発の閻魔様が何事か声をかけ、監督はそちらへ呼ばれていく。いつも通り、監督は急がしそうだた。
――そんな様子を、私はレフトから眺めていて。
「おし次、ブン屋んトコ行くぜ!」
カン、と乾いた音をたてて、高く打球は舞い上がった。ただし、センター方向ではなく――レフトの私の方へ。
魔理沙さんの打球が予告通りに飛ばないのも慣れたものだったから、私は打球の方向を見ながら走りだす。高々と打ち上げられた打球は、風に流されてふらふらとライン際へ飛んでくる。
それはちょうど、昨日のあの打球のように。
――土手を叩く衝撃、静まりかえった球場、転がったボール、大暴投、
一瞬、脳裏にフラッシュバックする昨日の光景。
それが、最後の一歩の踏みだしを遅らせて。
――伸ばしたグラブを掠めて、ボールはぽとりとインフィールドに落ちた。
「あ……」
また、またやってしまった――
一瞬思考が白く染まり、それから私は慌ててボールを拾おうとして、
『へったくそー!』
三塁側の内野席から聞こえてきたのは、子供の声の、野次。
愕然と目を見開いて、そして私は半ば祈るような気持ちで振り返り、
――最前列に、並んだ子供たちの姿を見つけた。
その中に、彼の姿がある。
「こらぁっ!」
野次が聞こえたか、三塁から慧音さんが駆けてくる。蜘蛛の子を散らすように、子供たちはスタンドを駆け上がって散っていった。――芳太君も、一緒に。
それを見送って、私は理解する。――もう、取り戻せるものなど無いのだと。
私が壊してしまった彼の夢は、憧れは、もう。
――私になんかに、挽回できる名誉なんて、どこにも無かったんだ。
「大妖精、」
慧音さんの声が聞こえた。そのいたわるような響きが、痛かった。
幻想郷タートルズいちの外野の名手? 誰が?
いい笑い者だ。道化でしかない。――ただの妖精には、お似合いの姿。
ここには、私の居場所は、無いんだ。
自分が泣いているのかどうかも解らないまま、私は走りだしていた。
どこにも、行ける場所なんて無いのに。
光から逃げ出して――私は。
私は――
◆
「大妖精が?」
いなくなった、という一報を慧音から受けて、アリスは小さく唸った。
昨日の件に関しては、慧音から既に聞かされていた。だから今日も、大妖精を守備固めで使うつもりだった。
一度のミスで、彼女の守備能力に対する信頼は揺らがない。アリスとしては、それを示したつもりだったけれど。
「昨日の一言が、余計に追いつめてしまったかしら……」
「今はそれを言っても仕方がない。まずは大妖精を探そう」
慧音の言葉に、アリスは頷く。
「そうね。……魔理沙、代わりにスタメン、提出しておいてもらえるかしら?」
「ああ、了解だぜ」
魔理沙が頷いたのを確かめて、アリスは慧音とベンチを出る。まずはチルノあたりに、大妖精の行きそうなところを聞いて――
「慧音」
と、背後からかけられる声。振り返れば、妹紅がそこにいた。
「妹紅?」
「私も手伝おう。一応あの場に居たわけだしな」
「……すまない」
慧音が頷くと、「それより慧音」と妹紅は慧音に何事か耳打ちする。慧音は軽く目を見開くと、「解った」と頷いた。
「監督、私はちょっと助っ人を呼んでくる。大妖精は妹紅と2人で先に探していてくれないか」
「え? ええ、解ったわ」
アリスが戸惑いつつも頷くと、慧音はそのまま逆方向に走りだした。
「妹紅?」
「さ、大妖精を探しに行こう、監督」
「……そうね」
釈然としないものを感じながらも、アリスは妹紅とともに球場の出口へと走りだした。
◇
逃げるなら、いっそ霧の湖まで飛んでいってしまえばよかったのに。
結局私は、幻想郷スタジアムのすぐ近く、博麗神社の境内の片隅に隠れるように座り込んでいた。
それはあの場所への未練だったのかもしれない。そんな自分が、ますます情けなかった。
見下ろせば、08番のユニフォーム。足元には外したグラブ。
――今の私には、どれも重荷だった。
「どうして……こうなっちゃうんだろう……」
膝に顔をうずめて、ひとり呟く。
事態はどんどん大事になって。たくさんの人たちが試合を見に来て。
――そして、期待を裏切ってしまった、自分がいる。
チルノちゃんたちと遊んでいるだけなら、こんな思いはしたこともなかった。
私はただの妖精で。野球を始めたのだって、いつもの退屈しのぎで。そしたら、それが思いのほか面白くて――
ぐるぐると回る思考は不定形のまま、まとまらず。私はただ、全てから目を逸らすように顔を俯けて、目を閉じて、
「ああ、ここにいたのか」
思いがけない声がかかって、私は反射的に顔をあげた。
「も、妹紅……さん?」
「探したぞ」
ひとつ苦笑をその顔に浮かべて、妹紅さんがそこにいた。
「ど、どうして……?」
「チームメイトがいなくなったんだ、探しに行くのが何かおかしなことか?」
――チームメイト。同じ、幻想郷タートルズの。
だけど、立場が違いすぎる。片やみんなのヒーローで。片やただの守備要員の。
私が黙って俯くと、妹紅さんは鼻を鳴らして、それから私の隣に腰を下ろした。
「……期待されるというのは嬉しいものだが、大変なことだな」
呟くように、妹紅さんは言う。
芳太君にサインをしたあの場には、妹紅さんも居た。だから、私がこうしている理由は全部お見通しなのだろう。
「――――妹紅さんは、凄いです。……いつもいつも、活躍していて、私なんかとは、全然」
「ファンの目の前でエラーをして、夢を壊してしまうような自分とは、か?」
「――――――」
その通りだ。――本当に、比べ者になんてなりはしない。
私は脇役。どこまでもただの脇役で、失敗でしか目立たない。――主役になんて、なれっこない。
「それなら、3回に2回は凡退している私は、どれだけの夢を壊しているんだろうな」
一瞬、妹紅さんが何を言ったのかよく解らなかった。
――確かに、そうだけど。妹紅さんの打率は3割4分。ヒットを打つ確率は、3回に1回。残り2回は確かに凡退だ。――だけど。
「でも、妹紅さんはいつもチャンスに強くて――」
「それはたまたま、いい場面で打席が回ってくるだけさ。私の得点圏打率自体は、普段の打率より低い」
「…………だとしても、妹紅さんはちゃんと、結果を残して、取り返してるじゃ……ないですか」
その言葉に、妹紅さんは笑って、私の肩を叩く。
「なんだ、解ってるじゃないか。――そう、取り返せばいいんだ」
「――――」
「私だって打てない日がある。チャンスで凡退する。――けれど、取り返す機会はいくらでもある。ペナントはまだ長いんだ。一度のミスで、全部が終わってしまうわけじゃない」
「でも――」
「応援してくれる人たちも、それを解ってくれている。だから凡退しても、次の打席ではまた声援を送ってくれる」
――客席からかけられた声が甦った。『へったくそー!』子供の声。芳太君の悲しげな顔――
「それは、お前のファンだって一緒だと、私は思うがな。――お前にサインをねだったあの子は、本当に心ない野次を飛ばすような子だったか?」
「――――――っ」
顔をあげた私に、妹紅さんは視線で後方を指し示す。私がその視線を追うと、そこには――
「……芳太、君」
慧音さんとアリス監督に連れられて、芳太君が、私をじっと見つめていた。
その頬に引っ掻き傷。目尻には涙を浮かべて。
「ど、どうしたの、その顔――」
慌てて駆け寄ると、傍らの慧音さんが呆れたように腰に手をあてて息をついた。
「喧嘩したらしい。――他のみんなが大妖精選手を馬鹿にするのが我慢出来なかったから、だそうだ」
「え――――」
息を飲んだ私に、芳太君は、ぎゅっと唇を引き結んで、私を見上げた。
「……大妖精選手は、凄いんだ」
そして、震える声で。
「どんな難しい打球だって、くるくる回って簡単に取るんだ。難しいプレーを簡単に見せるのが本当に凄いんだ。――へたくそなんかじゃ、絶対ないんだ」
けれどはっきりと、私へその言葉を投げかける。
――ああ、なんだ。
私は、ようやく理解する。
彼を傷つけるのは、応援してくれる人を裏切るのは、ミスをすることじゃなくて。
その期待から――逃げ出してしまうことなんだ、と。
「…………芳太君」
私は、ぎゅっと彼を抱きしめる。そして、囁くように言った。「ありがとう」と。
――ありがとう。こんな私を応援してくれて、ありがとう。
「ねえ、芳太君。……昨日私がサインしたボール、持ってるかな」
私が言うと、芳太君はすぐにそれを懐から取り出した。――ああ、ちゃんと大事に持っていてくれたんだ。
「ごめんね。……それ、一度返してもらえるかな」
「え……?」
呆然と声をあげる芳太君に、私は微笑んで。
「私、頑張るから。次は絶対、君に胸を張れるプレーをするから。――そのときに、もう一度、ちゃんと渡させてほしいんだ」
それは、あの落球への、私なりのけじめだ。
ミスはミス。公式記録に残された失策1も、あの時彼に与えてしまった失望も消すことは出来ないけど。
――取り返すことは、きっと出来る。
だから、そのときに、胸を張って。
幻想郷タートルズの背番号08、大妖精として、彼にサインボールを渡そう。
「……はいっ」
芳太君は頷いて、私にサインボールを差し出す。受け取り、私はもう一度芳太君を抱きしめた。
――私、頑張るよ。だから、スタンドから見ててね。
◆
「これで、一段落かな」
「そうみたいね。……何か私、完全にのけ者だったけど」
慧音の言葉に、アリスは苦笑混じりに頷く。
「……私も、まだまだね」
「そう卑下することはないと思うが。監督はよくやっている。……ただ、もう少し回りを頼ってもいいのではないか?」
「…………」
「貴方は指揮官だが、神ではないんだ。例えばメイド長や庭師には、他の誰より主からの言葉が一番効くだろう。別に、何もかも自分で背負い込むことはない」
「……そうね。善処するわ」
頷くアリスに、慧音はひとつ息をつく。……魔理沙に対しても、もう少し素直になればいいと思うが、それは口にしないでおこうと思った。
「しかし妹紅は本当に大したものだな。私などより教師に向いているかもしれない」
「それは大げさだぞ、慧音。……たまたまさ」
慧音の向ける賛辞にも、妹紅はクールに微笑して返す。
「さて、もうすぐ試合が始まるな。早く球場に戻ろう」
「ああ」
「そうね、急ぎましょう。大妖精も」
「あ……はいっ」
そして、5人はその場から小走りに駆け出す。13時の試合開始は間もなくだった。
(本当にたまたまだお。――出しゃばって余計なこと言ったんじゃないかってもこたんドキドキだったんだお! 大妖精が元気出してくれて良かったお♪)
――そんな妹紅の内心は、無論その場の誰ひとりとして知ることは無かった。
Comment
大ちゃんにそんな葛藤があったなんて考えると本編もさらに楽しめますね。
最後のもこたんの心の声もwこんなSS作れる浅木原さんに脱帽です
最後のもこたんの心の声もwこんなSS作れる浅木原さんに脱帽です
Posted by: テッシ |at: 2008/05/02 11:09 PM
一度活躍するとファンも次を期待しますからねぇ。同じ打席に立つのでも妹紅と幽々子じゃコメントの温度差が全然違いますしなw
赤松もしばらくは「HR来い!!!」と期待されるんじゃないかな
後編での大ちゃんのリベンジに期待!きっとアライバもびっくりなあんなことやこんなk(以下自重
赤松もしばらくは「HR来い!!!」と期待されるんじゃないかな
後編での大ちゃんのリベンジに期待!きっとアライバもびっくりなあんなことやこんなk(以下自重
Posted by: |at: 2008/05/03 1:29 PM
ただ当たり前にアウトを取ることって、本当はとても難しいことなんですよね。
大ちゃんが守備に入ると、とても安心して見れたのを覚えています。
でこるんさんは現在リメイク版を考えられているようですので
それがUPされたら、このSSを思い出しながら見させていただきますね。
後編にも期待しています!
自分の好きなみょんで東方野球SSを作ったら、本当に悲惨なSSになりそうですw
大ちゃんが守備に入ると、とても安心して見れたのを覚えています。
でこるんさんは現在リメイク版を考えられているようですので
それがUPされたら、このSSを思い出しながら見させていただきますね。
後編にも期待しています!
自分の好きなみょんで東方野球SSを作ったら、本当に悲惨なSSになりそうですw
Posted by: しょんぼり侍 |at: 2008/05/04 10:42 AM
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