東方野球in熱スタ2007異聞「グラウンドの大妖精」(前編)
2008.04.27 Sunday | category:東方SS(東方野球)
東方野球三次創作第2弾前編。今回はタートルズの内外野を回って支える守備職人・大ちゃんこと大妖精のお話。そういえば本家大ちゃんこと山下大輔も守備の名手でしたね(あっちは遊撃手だけど)。残念そこはみんなの大ちゃんだ。「ピッチャーサニー!」
時系列的には13話と14話の間。交流戦の最終カード、ロッテ戦です。勝敗以外の試合経過などは捏造ですのでご注意ください。
時系列的には13話と14話の間。交流戦の最終カード、ロッテ戦です。勝敗以外の試合経過などは捏造ですのでご注意ください。
タートルズの一軍メンバーの中で、一番人気の選手は誰だろう。
例えば、妹紅さん。あの、ここ一番での神懸かり的な勝負強さは、人気が出るのも当たり前だろう。クールな言動のわりに、気さくにサインや握手を受けるのも、人気の一因かもしれない。
でも逆に、サインなんかはほとんど受け付けないレミリアさんは、その威風堂々とした態度が熱狂的なファンを生んでいるみたい。まあ、怖くて迂闊に近づけない、というのもあるかもしれないけれど。
文さんや咲夜さん、フランドールちゃんや藍さんの人気も負けていない。投手ならアリス監督、それに魔理沙さん。特に魔理沙さんは、出番の無い日はスタンドでファンと交流したりしていてやっぱり大人気だ。閻魔様や永琳さん、幽香さんだって人気だし、ピンチでルナサさんが出てきたときの歓声もすごい。紫さんは……あれはあれで人気なのかも。最近はヤジも減ってきた気がするし……目立っているのは確か、だよね、うん。
じゃあ逆に、一軍で一番地味な選手は?
――これはもう、考えるまでもない。私だ。
出番はほとんど試合終盤の守備固め、打席に立つことはまず無いんだから、当たり前といえば当たり前の話。そもそも打撃が全然ダメな私を、ずっと一軍に置いていてくれる監督に感謝しないといけないのだ。……私なんかがずっと一軍にいるのは、ポジションの被っているチルノちゃんたちにちょっと申し訳なく思う。
私は大妖精。幻想郷タートルズの外野手、背番号08。
スーパーサブ、って言われるけど。守備しか取り柄のない、控え選手。
◇
6月23日(土)、千葉ロッテマリーンズ戦(幻想郷スタジアム)。
『もこたあああああああああああああああああんッ!』
『射命丸!』『射命丸!』『あやちゃ〜ん!』
『PADだせええええええええええええ! ――うぼぁ』
試合前の守備練習。スタンドからレギュラー組へかけられる声援は凄い。……一部変なのも混じってるけど。飛んでいくナイフと悲鳴はあまり深く考えないことにする。
「今日も、お客さんいっぱいですねー」
既に外野席はほぼ満杯。内野席も続々と埋まってきている。今日も幻想郷スタジアムは満員御礼だ。客席には人間、妖精、妖怪、色んな姿がある。
「ここ最近は、人間の里でも話題はタートルズのことで持ちきりだからな。特に妹紅や妹紅や妹紅や」
「……慧音さん」
隣で、三塁の妹紅さんに熱視線を送り続ける慧音さんに、私は苦笑した。妹紅さんの活躍に、ベンチで慧音さんが鼻血を噴くのももう見慣れた光景。見慣れてしまうのもどうかと思うけど。
「慧音、交替だ」
「む、そうか」
と、そこで妹紅さんが慧音さんに声をかける。控え組と交替の時間らしい。私も外野の方に視線を向けると、藍さんがこっちに向かって来ていた。今日は屋外のデーゲーム、レミリアさんとフランちゃんが出られないので、小町さんがライト、藍さんがレフトに入っている。
「後はよろしく」
「はーい」
レフトの私は、センターの文さんやショートの咲夜さん、サードの慧音さんとの連携が中心。さっきよりだいぶ控えめになった声援を聞きながら、身体を慣らすように芝生の上を走る。
『けーねせんせー!』
と、三塁側の内野スタンドから子供の声が、私のところまで聞こえた。見れば、スタンド最前列で何人かの子供たちが、慧音さんに手を振っている。慧音さんも笑顔で手を振り返していた。
「うちの寺子屋の生徒たちだ」
守備練習が終わって、慧音さんにあの子供たちについて尋ねると、そんな答えが返ってきた。人間の里で慧音さんが寺子屋の先生をしている、という話は聞いたことがあったので、ああ、と納得する。
「スポンサーですもんね、慧音さん」
「経理担当は私じゃないんだがな。だいいち、スポンサーになっていたこと自体最近まで知らなかったんだぞ、私は。……まあ、おかげであの子たちを招待できたのは良かったが」
とはいえ、とひとつ慧音さんは首を傾げる。
「応援してくれるのはありがたいが、私は控えだからな。ひょっとしたら出番が無いかもしれん。……あの子たちをがっかりさせてしまうかもしれないのは、少々気がかりか」
「そういうことなら、打席の都合ぐらいつけるわよ」
声。振り向けば、アリス監督が微笑していた。
「監督。いえ、そんな気を遣っていただかなくても」
「せっかくのファンの子たちをがっかりさせるわけにもいかないでしょ。もうオーダー提出しちゃったからスタメンは無理だけど、今日はDHも無いし、代打から守備固めに入ってもらうと思うわ。よろしくね」
「承知した」
「大妖精、あなたも終盤の守備固め、頼りにしているから」
「はっ、はい!」
と、そこで監督は霊夢さんに呼ばれて、小走りにベンチの奥へ向かって行った。私はその背中を見送って、小さく息をつく。
「どうした?」
「……いえ、なんでもないです」
小首を傾げる慧音さんに、私は笑って誤魔化した。
――結局、私はどこまでも脇役だ。そのぐらいの分はわきまえているつもりだけど。……ときどきちょっと、私にはこの場所が眩しく思えてしまう。みんな、凄い人ばっかりだから。
……チルノちゃん、早く一軍に呼ばれないかなぁ。そのときは私が二軍に落ちるのかも知れないけど……。
「慧音」
「妹紅? どうかしたのか」
と、今度は妹紅さんがこちらに駆け寄ってきた。妹紅さんは傍らの私に目をやって、「ああ、大妖精も一緒か、丁度よかった」と頷いた。
「ふたりとも、ちょっと来てくれないか」
その言葉に、私と慧音さんは顔を見合わせた。
「芳太?」
「けーね先生」
ベンチの裏、通用口にあったのは、小さな男の子の姿だった。ここは関係者以外立ち入り禁止のはずだけど、観客の子が勝手に潜り込んできてしまったらしい。反応を見る限り、この子も慧音さんの生徒らしかった。
「こら、ここは立ち入り禁止だぞ。もうすぐ試合が始まるし、早く客席に戻りなさい」
「…………」
慧音さんがそう言っても、芳太と呼ばれた男の子は両手を後ろ手に組んだまま、俯いて黙りこくっていた。
「どうも、サインが欲しいらしいんだが」
「サイン? 誰の?」
妹紅さんは黙って、私の方を見やる。
その視線の意味が一瞬理解できず、私はきょとんと首を傾げてしまった。
「え? ……私?」
男の子は、こくりと頷く。そして、後ろ手に持っていたボールをこちらに差し出した。
――え? サイン? 私の? えええええ!?
「ほ、本当に私ので、いいの……? 誰かと間違えてない?」
まさかと思って聞き返すけれど、男の子は真剣に頷くばかり。
私の、サイン? ……そんなのを欲しがる人がいるなんて考えもしなかったから、理解がまだ追いつかない。
「どうした? 書いてやればいいじゃないか」
「え、あう、で、でも……」
不思議そうに首を傾げる妹紅さん。私は半ばパニック状態で口をもごもごさせた。
「……い、いつも、プレー、見てます。タートルズで一番守備が上手いのは、大妖精選手だって思います。だから、その……サイン、ください」
恥ずかしそうに、けれど一生懸命にそう言って、男の子はボールを差し出す。私は何度か彼の顔と色紙と、苦笑する慧音さんと妹紅さんの顔を見比べて――おそるおそる、そのボールを受け取った。
慧音さんがどこからか取り出した筆を、左手で持ったボールに走らせる。「芳太くんへ 大妖精」。……緊張したせいで、ちょっと字が歪んでしまった。
「あ、あんまり上手じゃなくてごめんね……」
私がボールを返すと、男の子は満面の笑みになって、大事そうにボールを握りしめて踵を返した。「ありがとうございましたー!」と声をからして、あっという間に走り去ってしまう。
その背中を私が呆然と見送っていると、不意に肩を叩かれた。
「良かったじゃないか。ちゃんと見てる人は見てるものだ」
慧音さんだった。私はその顔を見上げて、それから男の子の走り去った方を見つめて。
――なんだか、じんわりと胸の奥が熱くなって。
「……はいっ」
応援してくれる、人がいる。
私みたいな地味な選手でも――ちゃんと、いるんだ。
そのことが、凄く嬉しかったのだと、ようやく気付いた。
◇
今日は土曜日、タートルズの先発はローテ通り魔理沙さん。相変わらずの立ち上がりの悪さで、いきなり4番に2ランを浴びたけれど、その後は立ち直って8回まで6安打2失点でぴしゃり。
打線の方は、相手の先発・小林宏之を5回まで打ちあぐねるけれど、6回に咲夜さん、小町さんが連打で出ると、妹紅さんのツーベースで同点に。7回には代打で出た慧音さんが四球を選ぶと、魔理沙さんがヒットで繋いで、文さんが2点タイムリースリーベースを放って4-2と逆転した。
そして9回表。マウンドには紫さんが上がり、スタンドに歓声と悲鳴が入り交じる。レフトの藍さんが捕手に回り、私は輝夜さんと交替で、空いたレフトに入った。『キャッチャー輝夜に代わり、大妖精が入りレフト。8番レフト、大妖精』のアナウンスは、紫さんへの歓声と悲鳴にかき消されてしまう。
――だけど。
守備位置について、マウンドで投球練習をする紫さんの背中を見ながら軽く身体をほぐす。そして、スタンドを振り返った。
芳太君が、レフトスタンドの最前列で手を振っていた。
だから私も、ちょっと照れくさかったけれど、笑顔で手を振り返した。
――そう、私のプレーを応援してくれる人がいるんだ。
頑張ろう、と思った。あの笑顔を、裏切らないためにも。
それなのに。
今日は珍しく、簡単にツーアウトを取った紫さん。しかし2番・早川の打球は三遊間の深くまで転がり、咲夜さんが好捕したけれど内野安打に。すると3番・福浦の打球は一塁ベースを直撃して高く跳ね、妹紅さんの頭上を越えてライト前ヒットになってしまう。
ツーアウト一塁二塁。長打が出れば同点も有り得る場面で、相手打者は4番ベニー。正念場だけれど、紫さんが投げるときはいつもこんな感じだから、野手陣はわりとリラックスしていた。
そして、ベニーはインハイの直球を強引に叩く。ふらふらっと上がった打球は、風に乗ってレフト線へ――私の守備範囲へと飛んできた。
本当に、何でもない凡フライ。ライン際だったけれど、高く上がったから落下地点へは余裕で間に合う打球だった。だから風のせいになんてならないし、これを捕ればゲームセットなんて、今更意識したわけでもない……と思う。
そんな打球の、目測を数歩見誤った。
落ちてきた打球が、グラブにすぽりと収まる感覚の代わりに。
――土手をボールが叩く衝撃が、左手に伝わって。
瞬間、スタジアムが静まりかえった。
こぼれたボールが、転々と私の足元に転がる。
思考が一瞬停止し、次の瞬間には慌ててボールを拾っていた。
二塁ランナーはホームに滑り込み、一塁ランナーも三塁ベースに辿り着こうとしている。焦って投げたボールはすっぽ抜けて、中継に入った咲夜さんの頭上を超えてしまい、
――それを、慧音さんがカバーに入っていた。
私の大暴投をグラブに収めるや、くるりとその場で反転して慧音さんはバックホーム。藍さんのミットにボールが収まり、滑り込んだ一塁ランナーにタッチ。
審判の判定が出るまでの一秒間、スタジアムが静まりかえり。
『アウト!』
――試合終了を告げるそのコールが響き渡った瞬間、大歓声が湧きあがった。
マウンドで肩を竦める紫さんに、藍さんが駆け寄り。
ベンチでアリス監督が大きく息を吐き出し。
咲夜さんと慧音さんがグラブを打ち交わして。
そんな光景を、芝生の上に座り込んで、私は呆然と見つめていた。
――自分の今のプレーが、信じられなかった。
あんな平凡なフライを落球して。おまけに返球は大暴投。
慧音さんがカバーしてくれていなければ、同点になっていた。
呆然と、私はスタンドを振り返る。
最前列で見ていてくれたはずの、芳太君の姿は。
もう、どこにも見当たらなくて。
文さんが駆け寄ってくるまで、私はその場に座り込んだまま、身動きひとつ捕れなかった。
◇
「お疲れ様」
ベンチに戻った私を出迎えたのは、いつもと変わらない監督の声だった。
「……監督、あの」
「気にしないで。試合には勝ったんだし」
「――――」
肩を叩かれ、私は俯いて口をつぐむ。……タイムリーエラーをする守備固めなんて、存在意義が無いのに。
「貴方が捕れないなら、あの打球は誰も捕れない。そういうこと」
「…………はい」
それは、信頼している、という言葉なのだと思う。
だけどそれが――今の私には、痛かった。
信頼されていたのに。
私の出番を、楽しみにしていた人がいたのに。
――私は。
「そうね、野球にミスはつきものよね」
と、その場にスキマから現れたのは、紫さんだった。
「紫。……貴方もお疲れ様。デーゲームはなるべく回避って言ったのに、無理に投げさせてごめんなさいね」
「あら、最近優しいわね?」
「今日はヒットも不運な当たり2本だもの。――貴方の場合、それすら狙ってそうだけど」
「さあ、どうかしらねぇ?」
「……否定しないのね、まあ抑えてくれればいいけど」
飄々と微笑する紫さんに、監督は肩を竦めて溜息をつく。
監督の意識が私から逸れたので、私はそのままこっそりと場を離れた。
球場の通路を走る。裏でアイシング用の氷を作っているチルノちゃんの姿が見えたけど、そのまま通り抜けた。
――今は、ひとりになりかった。
だから私は、通路を抜けて、球場の裏手に出て、
「あ……」
どうしてそこに、彼がいるんだろう。
目が合ったのは、裏手にぽつんとひとりで佇んでいた少年と。
――他でもない、芳太君とだった。
一瞬の沈黙。そして、私が何か声を発する間もなく、芳太君は私から目を逸らして――逃げるように、走りだしてしまう。
呼び止めることも出来ず、私はその背中を見送って。
そして、理解した。
私のミスが生んだのは、ピンチよりも、失点よりも。
――何より、ひとりの少年の、憧れと夢を壊してしまったことなのだと。
私は呆然と、まだ多くのファンの声がこだまする球場を見上げる。
どうしようもなく、その場所が眩しすぎて。
ただの妖精でしかない私には――あまりにも、場違いすぎる。
「こらぁ! なんで逃げるのよぅ!」
――と、馴染みのある声が、背中越しに響いた。
「チルノ……ちゃん」
振り向けば、飛んできたチルノちゃんがいつものように脳天気に笑っていて。
「追われてるなら、さいきょーのあたいがやっつけてやるわさ!」
何も変わらない、底抜けの笑顔が――何だか無性に、温かくて。
気が付いたら、私はチルノちゃんにすがりついて。
「……チルノちゃん……っ」
「わ、わわ?」
悔しかったのか、情けなかったのか、自分でも解らないまま。
私は、チルノちゃんの胸で、しばらく泣き続けた。
困ったように頭を撫でてくれたチルノちゃんの手は、冷たいけれど……何だか少し、あたたかかった。
◇
タートルズ 連敗脱出
幻想郷○4-3●ロッテ
タートルズが逆転勝利、連敗を2で止めた。2点をリードされた6回、咲夜、小町、妹紅の3連打で同点に追いつくと、7回には慧音の四球、魔理沙の中前打で1死13塁とし、射命丸の走者一掃となる3塁打でロッテ・小林宏を攻略。9回に2死12塁から守備の乱れで1点差とされるも、慧音の好守により辛くも逃げ切った。先発で8回2失点と好投した魔理沙が7勝目。紫が11セーブ目を上げた。ロッテは小林宏の続投が裏目に出て3連敗。打線も初回のベニーの2ラン以降は繋がりを欠いた。
(6月24日付 文々。新聞一面より)
中編へ
Comment
本家さんから来ました。
面白い…!
最近涙腺が緩んでるのも相まってぐっっときましたわ。
心理表現とかまさに、ですな。
大妖精が守備固めで出てくる度にちょっと嬉しくなってた身としてはすげー楽しかったですわ。
手放しで賛辞送りたいです。後編も期待してますね。
面白い…!
最近涙腺が緩んでるのも相まってぐっっときましたわ。
心理表現とかまさに、ですな。
大妖精が守備固めで出てくる度にちょっと嬉しくなってた身としてはすげー楽しかったですわ。
手放しで賛辞送りたいです。後編も期待してますね。
Posted by: jam |at: 2008/04/29 1:06 PM
東方野球機構事務局から来た男!(ry
なんか脳内で観客の悲鳴と歓声が聞こえてきた・・・後編に期待!
・・・しかしやっぱ守備のスペシャリストっつーのは序盤から出るもんじゃないよなぁ・・・今期幻想郷入り(?)となる球場を本拠地においてる某球団はもうちと攻撃的なオーダーで臨んでもいいんじゃなかろうか・・・
なんか脳内で観客の悲鳴と歓声が聞こえてきた・・・後編に期待!
・・・しかしやっぱ守備のスペシャリストっつーのは序盤から出るもんじゃないよなぁ・・・今期幻想郷入り(?)となる球場を本拠地においてる某球団はもうちと攻撃的なオーダーで臨んでもいいんじゃなかろうか・・・
Posted by: |at: 2008/04/29 11:25 PM
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