キミがくれる魔法
2006.06.20 Tuesday | category:なのはSS(フェイト×なのは)
元々は某先輩にお誕生日プレゼントとして送った、なのはSS第1作。拍手お礼として置いてましたが、お礼SS差し替えにつき過去ログに格納ー。
自分のなのはSS書きとしての出発点らしく、やっぱり極甘のなのフェイです。わはー。
自分のなのはSS書きとしての出発点らしく、やっぱり極甘のなのフェイです。わはー。
ひとりぼっち、だった。
何も見えない。何も聞こえない。何にも手が届くことのない、暗闇の空間。静寂に耳が痛くなりそうな、どうしようもなく孤独な場所に――私はぽつんと、佇んでいた。
ここはどこだろう。わたしは、どうして。誰か、誰か――いないの?
周囲を見渡してみても、続くのはただ闇と静寂。
私は闇雲に走り出す。地を蹴る脚の感触すらも、ひどく不確かで。走っているはずなのに、ずっと同じ場所を漂っているような。絶対零度の真空に投げ出されたような――絶望的な虚無が、私を追いかけて包み込んでくる。
脚がもつれ、曖昧な大地に私は転んだ。足元は闇。顔を上げても闇。どこまでもどこまでも、ただ、闇だけが。どうしようもなく――そこにある。
私は誰かの名前を呼ぼうとする。それは大切な人の名前だ。誰よりも誰よりも、大切な。ずっと側にいると誓った、大好きな――あの。
「――――」
言葉は、静寂に吸い込まれる。音にならない。呼ぼうとした名前は、声にならない。ああ。私は誰を呼ぼうとしたんだろう。それすらも解らなくなりそうで、自分の一番大切な人の名前すらも思い出せなくなりそうで――
――不意に、光が見えた。
「あ――」
私はそこへ向かって、再び走り出す。その光は、この絶対的な暗黒の中で、とても温かくて。次第に大きくなる光へ向かって、私はただ、無心に走り続け――
光の中に、その人がいた。
「――母、さん」
その人は、光の中でこちらを見つめていた。優しい笑顔で。あの温かい微笑みで。私を抱きしめてくれる腕を、いっぱいに広げて。
「母さんっ――」
私はただ、その胸に飛び込み、
――私の身体は、母さんの身体をすり抜けた。
「え……」
たたらを踏んで、私は振り返る。母さんはまだそこにいる。だけど――だけど。
母さんは、こっちを見ていない。
私を――見ていない。
母さんが見ているのは、私じゃない誰か。
偽物の私じゃない――本物の。
本物の。
「かあ、さ、」
呼びかけようとした言葉は、喉につかえて。
――そして、光が消えていく。
温かい光が――小さくなっていく。
消えてしまう。
何もかも、消えてしまう。
そして私は、取り残される。
絶対的な闇の中に。
果てもなく続く、虚無の中に。
ひとりぼっちで。
永遠に、たったひとりきりで――
「嫌――」
私はただ、消えていく光に手を伸ばす。だけど、私の手は届かない。すぐ目の前に見えているのに、母さんの背中も、その光も、あまりにも遠い。
そして――光は消える。
私の目の前で。何の容赦もなく。
何もかもが、消え失せる。
「あ……ぁ、ぁぁ……」
私はただ、その場に座り込む。全身の力が抜けていく。思考が麻痺したように、焦点を結ばない。
――私は、棄てられたんだ。
この、何もない、虚ろな世界に。
私は、この場所でひとりきり。
いつまでも、永遠に、ひとりきり――
「……たす、けて」
言葉が――漏れる。
震える声が、静寂の中に、染み渡る。
「たすけて……」
私はただ、どこにも届かない手を伸ばす。
誰もいないのに。
何もないのに。
――手を伸ばして、しまう。
助けて。
助けてよ。
お願い――誰か。
「助けて――――――」
誰か。
「――――――――――――なのは」
◇
夢、だった。
覚醒して最初に目に入ったのは、見覚えのある天井で。背中に感じるのはベッドのスプリング。伸ばした手は――天井に届くはずもなく、ただ虚空を掴んでいる。
「…………夢」
右手から力が抜けて、ぱたりと顔の上に落ちた。手の甲に感じる冷たさは、額に滲んだ汗。
カーテンの隙間から見える空はまだ、青白い月だけが浮かぶ夜の色。静まりかえった部屋に響くのは、時計が時間を削り取る音と、アルフの静かな寝息だけだった。
身体を起こし、時計を見る。――午前3時。誰もが寝静まる、真夜中以外の何物でもない時刻。
ひとつ深く息をついて、私はベッドに再び倒れ込んだ。だけど、眠気は全く無い。意識は覚醒したままで、ただ時計の音だけを聞いている。
――この部屋は、まるで夢の続きのようで。
ベッドの傍らで丸くなるアルフに目をやる。よく寝ているアルフを起こさないように、そっとその毛並みを撫でた。
大丈夫。ここは夢の中のあの場所じゃない。手を伸ばせば触れるものはあるし、暗いけどもちゃんと見える。音だって、微かだけど聞こえてくる。
――だけど。
脳裏に浮かんだのは、目の前で消えていった母さんの背中。夢の中で、私を振り返ることもなく、闇の中に溶けていった――母さんの。
「…………っ」
もう、とっくに過ぎたことだ。母さんが私を愛してくれなかったことも。母さんに棄てられたことも。母さんが――最後まで私を見ることなく、次元の狭間に消えていったことも。
でも、それで忘れられるわけじゃない。振り切ったつもりでも――私の中には、母さんがいる。どうしようもなく、記憶の中には――母さんの顔が、焼き付いている。
忘れることなんて、出来るはずがない。
「母さん……っ」
ぎゅっと身体を丸めて、私は小さく震えた。ここは確かに私の部屋なのに、まるで本当に、あの夢の続きのようで。
――寂しかった。
どうしようもなく、寂しかった。
「……なの、は」
呟くのは、彼女の名前。
私と正面から向き合い、あのとき、私を闇の中から救い出してくれた――彼女の名前。
彼女の家はすぐ近くにあるけれど、この時間ではぐっすりと眠っているだろう。朝まではまだ長い。すぐ近くのはずなのに――ひどく、遠い。
私は机の上に置いた、携帯電話を手に取る。一緒に買いに行った、お揃いの携帯電話。電話帳には、一番に彼女の名前を入れた。
――高町なのは。
登録されたその名前を見つめて、私は逡巡する。声が聞きたかった。電話越しでもいいから、「フェイトちゃん」と私を呼んでくれる、なのはの声が聞きたかった。
寂しくて。心がばらばらになってしまいそうなぐらいに、寂しくて。
……だけど、こんな時間に電話をかけて、休んでいるはずのなのはに、迷惑をかけたくも、なくて。
「なのは……」
暗い部屋の中、携帯電話のバックライトはひどく白々しく。私は携帯電話を手にしたまま、ベッドに倒れ込む。
……会いたい。なのはに、今すぐ、会いたい。
だけど、なのはに迷惑は、かけたくない。
いつも、私はなのはに助けられてばかりで。
あの笑顔に、支えられてばかりで。
……でも、それでも。解っていても。
今はどうしようもなく、なのはが恋しくて。
あの声が、あの笑顔が、触れてくる手が、彼女の何もかもが――恋しくて。
気が付けば、私の指は、メールを打ち始めていた。
宛先は、なのはの携帯電話。
本文は、たった4文字。――『会いたい』。
ただそれだけの、真夜中のメール。
たったそれだけを打つのにも、時間がかかってしまう自分がひどくもどかしい。アリサやすずかみたいに、もっと早くメールが打てたら、今のこの気持ちが、もっと早くなのはに届くのに――
「…………送信」
ボタンを押す。「メールが送信されました」という、いつも通りのメッセージ。そして携帯電話は、待ち受け画面に戻って、沈黙する。
きっと、返事は来ないだろう。なのははぐっすり眠っているだろうから、こんな真夜中のメールには気付かない。気付かれなくても、いい。ただ――寂しいという気持ちを、溜め込んでいるだけだと、本当に壊れてしまいそうだったから。
返事は、来なくてもいいんだ。
――――本当は、来てほしいのに。
「……っ」
私はぎゅっと携帯電話を握りしめて、身体を丸める。ああ、どうして私はまだこの携帯電話を手にしているんだろう。メールの返事が来ないことなんて解っているのに――解っているのに。
どうして、期待してしまうんだろう。
なのはが、こんな真夜中の、突然の「会いたい」というだけの、おかしなメールに。
返事を、してくれるなんて。
どうして、私は――
突然。
私の手の中で――携帯電話が震えた。
「あっ……」
マナーモードになっていた携帯電話は、三回震えて、沈黙する。――それは、メール着信の合図。
そんな、まさか。私はおそるおそる携帯電話を開く。液晶が示す時刻は、午前三時十五分。こんな時間に、なのはが起きているはずがないのに。なのはからメールが、来るはずがないのに――
だけど、受信ボックスにあったメールは。
――送信者、高町なのは。
本文は、たった一言。
『今、行くね』
それだけだった。
そして。
――再び、携帯電話が震える。
今度は、メールじゃない。通話の着信。
見なくても解った。発信元の名前は。
まだ信じられない気持ちのままに、私は通話ボタンを押して、携帯電話を耳に当てる。
そこから聞こえてくるのは、彼女の声。
どうしようもなく聞きたかった――なのはの、声。
『フェイトちゃん』
「なの、は?」
ああ、どうして疑問形になってしまうんだろう。間違いなく、聞き間違えようもなく、その声はなのはのものだ。私が一番聞きたかった声だ。
『えっと……ベランダの窓、開けてくれるかな』
言われて、私は振り向く。
閉じられたベランダのカーテンを、おそるおそる開け放つ。
――そこに、なのはがいた。
困ったようにはにかんで、ベランダに佇んでいた。
「……なのは」
私が窓を開けると、なのははばつが悪そうに苦笑いをして、おじゃまします、と部屋に足を踏み入れる。
「ごめんね、こんな時間に、こんな場所からお邪魔しちゃって――」
なのはのそんな声も、ほとんど耳に届いていなかった。ただ、信じられなくて。今目の前に、なのはがいることが。この暗い、静かな部屋の中に、一番いてほしかった人が――いてくれることが。
「なのは……なのはっ」
私はたまらず、なのはにすがりついた。「フェ、フェイトちゃん?」と、なのはは一瞬戸惑ったような声をあげたけれど……すぐに、その手が優しく、私の肩に回されて。
なのはの胸は、とても温かくて。
髪を撫でてくれる手が、心地よくて。
なぜだか急に……涙が、こぼれた。
「フェイトちゃん……」
なのはの指が、私の頬を伝う雫を拭う。
私が目を上げると……なのはが、優しい目で、私を見つめてくれていて。
そして……なのはの唇が。
優しく、私の唇に重ねられる。
「ん……」
温かくて、優しくて、少しだけしょっぱいキス。
それが、心にまとわりついていた寂しさという塊を、ゆっくりと溶かしていくのを感じた。
いつも、そうだ。なのはのキスは、寂しさも、哀しみも、切ない気持ちも、全部溶かして……すごく、温かくしてくれる。
さっきまでと同じ、暗くて静かな部屋なのに。
なのはと触れあっているだけで……それだけで、世界は光に満ちていた。
私の、光。
白く輝く――私だけの、光。
◇
「夢を、見たの」
ベッドに並んで腰掛けて、なのはが囁く。
暗かった部屋は、灯りがともり。アルフは何となく状況を察したのか、黙って外に出てくれた。ちょっと申し訳ないけど……
「暗い場所で、フェイトちゃんが泣いてる夢……。ひとりぼっちで、寂しいよって……。助けてよ、なのは……って」
「あ……」
それは――まるで。
私の見ていた、夢のようだ。
「そこで目が覚めて、そしたらフェイトちゃんからのメールが届いて……慌ててたから、パジャマのままで魔法で飛んで来ちゃった」
えへへ、と照れ笑いするなのは。
「なのは……」
私はたまらなくて……なのはのパジャマの袖を掴んで、俯く。
なのはに出会ってから、たぶん私は、弱くなった。
こんなにも……弱くなって、しまった。
寄りかかれるものが、出来てしまったから。
「……ごめん、なのは」
「え?」
「私……いつも、なのはに支えられてばっかりだ。なのはが優しいから……それに甘えて……なのはから色んなもの、貰ってばっかりで……私、何もなのはに返せてない……」
「……フェイトちゃん」
俯く私の唇に、不意になのはの指が押し当てられる。顔を上げると……なのはが少し、怒ったように頬を膨らませていた。
「そんなこと言う口には、もうキスしてあげないよ」
「え」
そ、それは、ちょっと……いや、すごく、その、困る。
目を白黒させる私に、なのははふっと、表情を緩めて……私の頬に、優しく触れた。
「そんなこと、ないよ」
――それが、私の言葉への、なのはの答えだと気付くのに、少し時間がかかった。
「わたしだって、フェイトちゃんにいっぱい、いっぱい、色んなものを貰ってるよ」
「……なのは」
それはただの慰めなんかじゃなく。
心からの、なのはの言葉。
「フェイトちゃんがいたから、今のわたしがいるの。お返しとか、支えるとか……そういうのじゃなくて、わたしにとっては、フェイトちゃんはもう、無くせないわたしの一部なの」
上手く言えないけど、と言って、なのはは照れ笑いする。頬を撫でる指先が、くすぐったい。
「わたしは、フェイトちゃんが好き。フェイトちゃんが困っていたら、助けてあげたい。泣いていたら、抱きしめてあげたい。一緒に笑って、一緒に泣いて、ずっと、フェイトちゃんの側にいたい。――それがわたし。高町なのは。……それだけなの」
私をまっすぐに見つめる、なのはの瞳。
ああ――そうだ。
初めて出逢ったときから、彼女はこんな瞳をしていた。
その瞳を、まっすぐ向き合う視線と言葉を、私ははじめに好きになったんだ。
「……私も」
言葉は、すんなりと心からあふれ出る。
「私も、なのはが好き。なのはが笑っていたら、一緒に笑いたい。苦しんでいたら、それを分け合いたい。ずっとなのはの側にいて、なのはと一緒に、いろんなことを感じたい。――それが、私。フェイト・テスタロッサ」
「……うん」
2人、見つめ合って、頷き合う。
「なのは……キスしても、いいかな」
「ん……別に、断らなくたって、嫌じゃないのに」
くすくす笑うなのはに、なんだか無性に恥ずかしくなって、私は不意打ち気味にその唇を塞いだ。
「…………ん」
重なった唇から伝わってくる温もりは、髪を撫でてくれる手よりも、抱きしめた背中よりも、何よりも柔らかくて、優しい。
このままいつまででも、なのはとキスしていたい衝動にかられそうなぐらいに。
(……なのは)
唇を重ねたまま、ほんの微かに、名前を囁く。
くすぐったそうに身をよじったなのはの唇が、今度は別の単語を囁いた。
(フェイトちゃん)
声にはならないけど、確かに唇から伝わる言葉。
それが、何だか嬉しかった。
キスしていた時間は、ほんの少しの間だった気もするし、すごく長かった気もする。
唇は、どちらからともなく離れて。
私たちは……そのままゆっくり、ベッドに倒れ込んだ。
「なのはとキスしてると……すごく、落ちつくんだ」
ベッドの上で向き合って、私はそんなことを囁く。
「それが、なのはの魔法なのかな」
キスだけじゃない。
その手も、言葉も、笑顔も、何もかも。
私の心を優しく溶かしてくれる、魔法。
「わたしはね……ドキドキするよ」
なのはの手が私の手を取って、胸にそっと触れさせる。手のひらから伝わる、なのはの鼓動。
「ね?」
「……うん」
とくん。とくん。柔らかななのはの震動。
それを全身で感じたくて……私はなのはの身体を、ぎゅっと強く抱き寄せた。
「ふぇ、フェイトちゃん?」
とくん、とくん、とくん……。
これは私の鼓動だろうか。なのはの鼓動だろうか。
……どっちでもいいかな。そう思った。
「あったかいよ、なのは」
耳元で囁くと、なのはも囁き返してくる。
「うん……フェイトちゃんも、あったかい……」
……そうして。
私となのはは、いつの間にか眠りに落ちていた。
もう、哀しい夢を見ることはない。
すぐ側に、愛しい人がしてくれるから。
なのは。
――それが、キミのくれた魔法なんだね。
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