BURNING AFTER #04「王子様とお姫様と黄昏の騎士のわりと平和な一日」(前編)
2008.02.07 Thursday | category:なのはSS(BURNING)
「……むぅ」
ぽかぽかとした春の陽気が気持ちいい、三連休の初日。
月村邸の玄関前に止まったリムジンの車内で、アリサは手鏡と睨めっこしていた。
髪型OK、寝癖なし。お化粧はほんの少し彩りを加えるぐらい、すずかもそれでいいって言ってくれてる。服は最近のお気に入り、短くなった髪型に合わせてちょっとボーイッシュスタイル。ま、王子様だし。
何回目の確認だったか、もう忘れたけど。――大丈夫、今日のあたしもパーフェクトだ。
「よし」
ぱたん、と手鏡を閉じると、それを合図にしたようにドアが開いた。鮫島のドアを開けるタイミングはまさに職人芸の領域である。
ひらりと車外に身を躍らせ、くるりとアリサは振り返る。ドアを閉めた鮫島に、「じゃあ、今日はすずかのところに泊まるから、迎えはいらないからね」と何度目かの念を押す。「承知いたしました」と頭を下げ、そして鮫島の運転するリムジンは走り去っていった。
それを見送り、さてと、とアリサは月村邸の玄関に向き直る。約束の時間は午前九時半。腕時計を見れば、ちょうどぴったりその時刻。OKOK。
インターホンを鳴らせば、すぐに返ってくる返事は聞き慣れたノエルのもの。「おはようございます、アリサです」と名乗れば、ほどなく扉が重々しい音をたてて開く。
――そしてその向こうに佇む、大好きな人の姿。
その姿に、アリサはとびっきりの笑顔で笑いかけ、
「おはよう」
「はい、おはようございます、マスター」
返ってきたのは、何だか抑揚の薄い挨拶だった。
「――――」
「…………」
沈黙。
「今日も良い天気ね」
「はい、マスター」
「どこ行こっか?」
「マスターにお任せします」
沈黙。
「……って、違ああああああうっ!?」
アリサの叫びに、しかし目の前の月村すずか――ではない少女は、しかし小さく首を傾げた。
「どうしました? マスター」
ぜーぜー、と肩で息をするアリサは、びしっと指を目の前の少女に突きつけて叫ぶ。
「どーしたもこーしたもっ、なんであんたがすずかの家にいるのよっ、トワ!」
アリサの叫びに、しかし当の本人――トワは、ただ不思議そうに首を傾げるばかりだった。
「どうして、と言われましても……。マスター、私がここに来ていることを、ご存じなかったのですか?」
「聞いてない、全くこれっぽっちも聞いてないわよっ! てゆか何で管理局の外に出て来られてるのよ! 技術部の保管庫に仕舞われてるはずじゃ――」
「……迷惑、でしたでしょうか?」
「ぅ」
まくしたてるアリサの言葉が、困ったようなトワの言葉に急に詰まった。抑揚の薄いトワの声だが、そこには確かに感情の機微があることを、アリサは知っている。そして今のトワの声は――ひどく寂しく悲しげだった。
「べ、別にそういうわけじゃなくて、……その、単にびっくりしただけなんだけど、えーと、その」
「……はい」
しどろもどろになりながら、アリサは目の前にある少女の顔に目を細める。――直接にこうして顔を合わせるのは、果たして何ヶ月ぶりだろうか。
トワの姿は、最後に言葉を交わしたときから、何も変わっていない。表情の薄い、すずかと同じ顔。黄昏色にグラデーションする長い髪。白いヘアバンドと小学校の制服。全て――あのときのまま。
「……何だか、久々の再会が、全然締まらない形になっちゃったわね」
小さく苦笑して、それからアリサはふっと微笑んで。
「久しぶり、トワ。――元気そうね」
その言葉に、トワはただ、こくりとひとつ頷き。
「お久しぶりです。――会いたかったです、マスター」
とっ、とアリサに向けて、一歩踏みだし。
そのままもたれかかるように、アリサに身体を預ける。
「と、トワ?」
アリサの感触を確かめるように、胸元に頬を寄せるトワ。その表情は、変化は薄いけれど、とても幸せそうで、だけどどこか泣き出しそうで――。
「……寂しかった、んです」
微かに震えた声で、吐き出すように、トワは言った。
「マスターと離れて、ひとりぼっちになって……。胸が苦しくて、切なくて、悲しくて……マスターに会いたくて、どうしようもなくなってしまって……」
「――――」
「世界で一番大切な人と会えないことが、離れていることが、触れられないことが……こんなに辛いということを、知りました。寂しいという気持ちを――知りました」
訥々と紡がれるトワの言葉に、アリサはただそっと、その背中に腕を回すことで応えた。
そこにある温もりを、確かめるように。
「……ごめん、トワ」
「謝らないで下さい。マスターは間違ったことはしていないんですから。――これはただの、私の我が侭です。ですが……今はその、我が侭に甘えても、いいですか」
上目遣いに見上げる視線に、アリサは微笑む。
「……うん。――おかえり、トワ」
「マスター……っ!」
すがりつくように、トワはアリサの胸元に顔を埋めて。アリサはその黄昏色の髪を、そっと優しく撫でた。
離れていた時間は短くなかったけれど。今ここにある温もりだけで、その全てを埋められるような気がして――
すずかがばっちりこちらを見ていた。
「――――っ!?」
慌ててばっと、アリサはトワの身体を引き離す。
「す、すずか、あ、えっと、その、」
「おはよう、アリサちゃん」
呂律の回らないアリサに、すずかはいつも通りの笑顔のままで言う。そしてトワの元に歩み寄ると、トワの肩に手を置いて、ちょこんと首を傾げて見せた。
「ふふっ、びっくりした?」
「――――心臓止まるかと思ったわよっ!」
それはもう、色々な意味で。
「あの、すずかさん……。どうしてマスターに連絡をしていなかったのですか?」
「だってアリサちゃんが帰ってきたとき、本当は前から日付決まってたのに、教えてくれなかったんだもの。――だから、ちょっと仕返し♪」
小悪魔じみた笑みを浮かべて、すずかは答える。
そんなすずかに、アリサはただ、盛大に溜息を漏らしたのだった。
◇
さて――どうしてトワが海鳴に居るのかといえば、やはりというか案の定というか、はやてとエイミィの策略だったりする。
ミッドチルダを中心とした管理世界では、魔法が使えれば誰でも魔導師認定されるわけではない。管理局のランク認定試験を受けなければ正規の魔導師とは認められず、管理局認可のデバイス所持も許されない。魔導師とは立派な資格名なのである。
認定を受ける前に魔力資質を失ってしまったアリサは、魔法を使った経験はあるが、魔導師を名乗る資格を持ってはいない。そしてあの事件後、管理局保管となったエターナルブレイズは管理局認可のデバイスとなり、魔導師でないアリサが所持することは出来なくなってしまった。
――あの事件後、アリサとトワが別れなければいけなかったのは、そのような理由による。
で、管理局の技術部に保管されていたエターナルブレイズは、局外への持ち出しは原則禁じられていた。そのため、アリサとトワが再会する手段はほぼ絶たれていた、のだが。
何事にも抜け道というのは存在するものであり、またそういう抜け道を見つけ出すことにかけては天才的な人物が、事件関係者に約二名存在したのは、僥倖というべきかもしれなかった。
技術部保管の稀少デバイス、その局外への持ち出しはあくまで「原則」禁止であり、厳禁ではない。『特別な事情のある場合、制作者、管理者、もしくはその委任を受けた第三者が申請を行えば、その内容に応じ、一日〜数日の局外持ち出しが認められる場合がある』。――とくれば、あとは得意技、口先八丁の出番である。
エディックの委任を受け、エイミィがマリーを通じて根回しし、はやてがその弁舌を弄して技術部のお偉方を言いくるめた。技術部の上層部的にも、犯罪者とはいえかつてのデバイス開発事業に大きな功績を残し、獄中から現在も多大な貢献をしているエディックからの申請となれば、無碍には出来なかったらしい。
――というわけで。
◇
『期限はこの連休中や。目一杯楽しんでなー』
通信の向こう、笑顔で言うはやてに、アリサはどう返したものか判断しかね、小さく肩を竦めた。
「まさかとは思うけど、不法行為の類はやらかしてないでしょーね、あんた。脅迫とか」
『なんや、ひどい言いぐさやなぁ。あたしはこれでも一応法の守護者、時空管理局員や。今回の件もあくまで合法的な手段に乗っ取っとるよ。もうちょい素直に感謝してほしいもんやけどなー』
どうだか。ルール上合法的というだけで、ギリギリの手段を講じるぐらいははやてならばやりかねない。
とはいえ、トワが今ここにいるのは、はやてとエイミィ、そしてエディックのおかげだというのは確かなようだった。
「……ん、まぁ、感謝するわ。またトワと会わせてくれて、ありがと、はやて」
『せやせや、感謝の念を忘れんといてなー。この恩は出世払いでええよ?』
で、人が素直に感謝して見せればこれである。全く、素直でないのはどっちなんだか。
ほななー、とはやては手を振り、通信が途切れる。アリサはすずかと顔を見合わせ、小さく苦笑し合った。
「なんかもう、はやてに借りを作りっぱなしで、後が怖いわね……」
「ふふっ」
怪我をさせた負い目とか、トワの救出とか、悔しいが全くはやてにはすっかり頭の上がらないアリサである。まぁ、それを言ったらあの事件で迷惑をかけた全員に対してそうなのだけれども。
「で。――今日、どーしよ?」
ひとつ息を吐き出して、アリサはトワの方を振り返りつつ言う。トワは小さく首を傾げた。
何しろ突然のことだったから、全く遊ぶ計画も何もあったものではない。まぁ、元々これといった予定があったわけではなく。すずかの家で少しゆっくりしてから、どこか出かけようか、ぐらいのつもりだったのだけれども。
「トワ、どこか行きたいところとか、したいこととかある? ……って言っても、こっちの世界のことはあんまり知らないわよね」
とりあえず、本日の主役はどう考えてもトワなのだから、本人の希望を伺いたいところではあるのだが。
「私は……その、マスターと一緒でしたら、何でも構わないのですけれど……」
案の定の答えだった。さて、ではどうするか。
別に、このまま三人でのんびりとお茶したり話したりしてるだけでも、充分楽しいとは思うけど。
「んー、それなら」
と、すずかが声をあげた。
「前にこっちに居たころは、それどころじゃなかっただろうし……トワちゃんを色々、案内するっていうのは、どうかな」
「そうね、それが無難かも。トワはどう?」
「はい、構いません」
よし、とアリサは頷く。まぁ、別に観光名所のあるような街ではないけれど、海鳴観光ガイドというのも、たまには悪くない。
「じゃあ、そうしよっか。――トワ、どんなところ見て回りたい? 遊べるところ? 美味しいお店? それとも公園とか――」
立ち上がりつつ、アリサが声をかけると。「ええと……」と少し口ごもって、トワはそれから、おそるおそるという調子で、口を開いた。
「それなら……その。……マスターの、思い出の場所が、いいです」
その言葉に、アリサとすずかは顔を見合わせる。そんなふたりに、トワはそっと、囁くように、自分の希望を口にした。
「私の知らない、マスターの大事な思い出を……色々と、聞かせてもらえたら、嬉しいです」
(つづく)
Comment
トワちゃんお帰り〜。そしてはやて師匠GJ
タイトル通り平和ですね・・・本編では叶わなかった事を叶えて欲しいです。
タイトル通り平和ですね・・・本編では叶わなかった事を叶えて欲しいです。
Posted by: らさ |at: 2008/02/08 12:15 AM
トワよかったねーヽ(´▽`)/
のんびりしていくといいです^^
のんびりしていくといいです^^
Posted by: 時祭 |at: 2008/02/08 1:19 AM
涙腺が決壊しやがりましたw
やっぱり、あの戦いを経ての今のアリサたちなのだと改めて思うと・・・・・・。
っく、ちくしょう、4つの数字がボヤけて見えねぇ。
やっぱり、あの戦いを経ての今のアリサたちなのだと改めて思うと・・・・・・。
っく、ちくしょう、4つの数字がボヤけて見えねぇ。
Posted by: JollyRoger |at: 2008/02/08 8:47 AM
いや〜、風景を想像するだけでご飯三杯いけますね。素晴らしい光景です。
Posted by: なかざわ |at: 2008/02/08 9:56 PM
久々の書き込みDAZE!
はやて師匠gj!
アリサのほのぼの感を満喫する様子が見える。
はやて師匠gj!
アリサのほのぼの感を満喫する様子が見える。
Posted by: ぎりゅう |at: 2008/02/08 11:46 PM
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