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魔法少女リリカルなのはBURNING 第4話「決意 -get back-」(3)
 第4話終了。静かに、戦いの影が再び迫ります。



     ◇

 そして――夜。
 アリサは、窓から星のない夜空を見上げていた。
 七夕の夜。しかし織姫も彦星も、空を覆う雲に隠されている。それはあたかも、かけられた無数の願いを拒絶するかのように。
「――――」
 胸元に下げたペンダントを、アリサは見下ろした。それは黄昏の色をした宝石。願い事を叶える、その手助けをしてくれる……宝石。
 すずかがあのとき、プレゼントしてくれたもの。
 ――それは本当に、願い事の手助けをしてくれるものだった。
「……頑張るから」
 宝石を握りしめ、アリサは呟く。
 無力じゃない。今の自分は、決して無力などではない。
 願いを叶える、力がある。
 すずかを救える――力が、ある。
「だから……待ってて、すずか」
 ――そして、その呟きに答えるように、アリサの背後に、ひとつの影が現れる。
「マスター」
 自分を呼ぶ声。だが、アリサは振り返らない。
 そこにいるのは――偽物だから。すがってはいけないものだから。
 本物を、自分の力で取り戻さなければいけないのだ。
 願い事を叶えるのは、自分の力でなければいけないのだ――

 再び、アリサの意識は回想に沈む。
 思い返すのは、エディックから話を聞かされ、そしてこの宝石を手渡された瞬間。宝石はアリサの手の中で、自ら淡い輝きを放っていた。
「目を閉じて。心を静かに。――浮かぶはずです、言葉が」
 エディックの言葉に従って、アリサは目を閉じる。宝石をぎゅっと胸元で握りしめ、静かに深く、息を吸い込み――
 その言葉は、まるであらかじめ知っていたかのように、アリサの口からこぼれ落ちた。
「――彼岸の果てに華散らし、緋き亡霊、黄昏に目覚めよ」
 応えるように、手の中で宝石が輝きを増す。
 それは、デバイスの起動パスワード。
 アリサは右手を目の前にかざす。その手のひらからふわりと浮き上がる、黄昏色の宝石。
「クリムゾン・ローウェル、セットアップ!」
『Stand by ready. Set up』
 アリサの叫びに、デバイスが応え――魔力の渦が、アリサの身体を包み込んだ。
 それは炎の渦。真紅に燃えさかる炎が、アリサの身に纏った白い制服を焼き払うように分解していく。そして代わりにその身を包むのは、アリサのイメージする強き服。その手に形作られるのは、アリサの求める力のカタチ。
 暗い紫を真紅が彩る、学校の制服を基調にした防護服。
 その背を包む、闇よりも深い暗色のマント。
 手にしたデバイスの形は、すらりとした刀身が輝く日本刀。柄に備え付けられた無骨なリボルバーが、鈍い輝きを放っている。黄昏色の宝石は、目貫の部分に埋め込まれ、静かに主の言葉を待っているかのようだった。
「……これ、が」
 時間にすればそれは一瞬のことで――アリサは瞬時に変わった自らの姿に、目をしばたたかせた。これが、魔法の力。
『Master Program, Starting』
 と、クリムゾン・ローウェルが声をあげる。アリサが顔を上げた瞬間――目の前に、何かが忽然と出現した。
 それはヒトの形をしていた。しかし、形だけである。身につけるものも、体毛すらもない。表情の無い顔。男女の区別すら無い身体。特徴というものを徹底的に排除した、ヒトのようなもの。あるいは――ヒトの原型。素体。
「このデバイスの、管制人格です」
 エディックが言う。その単語はアリサにとって未知の言葉のはずなのに、まるで記憶の奥底に眠っていたかのように、知識が脳裏に浮かび上がる。
 管制人格。マスタープログラム。融合型デバイスの持つ意志の具現。術者と融合し、魔法の管制・補助を行うプログラム。
「初期状態なので、名前も姿もありません。――あなたがそれを与えてください。あなたを助けるプログラムに、姿と、名前を」
「姿と、名前……」
 目の前に佇む、マネキンのようなヒトガタ。これに、名前と姿を、自分が。
 ――アリサは静かに目を閉じる。どんな姿か、どんな名前か。自分の側にいて、自分を助けてくれる者に与える、姿は、
「…………っ」
 すっと思い浮かんだ姿に、アリサは奥歯を噛みしめた。
 それは、すずかの顔。いつも自分の隣にいてくれた、側にいて支えてくれた。誰よりも大切な、守りたかった、守れなかった、少女の姿――
『イメージ認証、具現化します』
 そして、デバイスが声を上げる。
 アリサがはっと目を開けた瞬間――そこには。
「――すず、か」
 月村すずかの、姿があった。
 ウェーブのかかった長い髪も。白いヘアバンドも。その身を包んだ白い制服も。
 何もかも――アリサの思い描いた、すずかの姿、そのままで。
『固有名認証。――スズカ、を、名称として登録します』
「え?」
 それは全くアリサの意図に反したデバイスの言葉。慌ててアリサは訂正しようとするが、もう遅かった。
 目の前のすずか――否、スズカが、ゆっくりとその目を開いていく。
「あ……」
 震えが、アリサの全身を襲った。……目の前に、すずかがいる。すずかが、いる。
 解っていた。本当のすずかが病院で眠っていることなど解っていた。
 けれど……目の前にいるのは、確かにすずかの姿をしていて。
 大切な人が、本当に戻ってきたかのようで。
 アリサは、そっとその頬に手を伸ばす。触れたかった。すずかに触れたかった。その存在を確かめたかった。――あの繋いだ手の温もりを、思い出したかった。
 だが。
「――はじめまして、マスター」
 それは、ひどく平板な声。抑揚も感情も無い、機械のような声。
 よく聞けば、それはすずかと同じ声だった。――けれど、全くそうは聞こえない。同じはずなのに、全く違う声。
 その響きが、アリサの幻想を打ち砕く。
 頬に触れる寸前まで伸びていた手が、止まる。
「マスター?」
 平坦な、どこまでも平坦な、管制人格の声。
 その声が、アリサに現実を突きつける。
 ――姿が同じでも、ここにいるのは偽物だと。
 自分の幻想が作り出した、偽物に過ぎないのだと――

 回想を途切れさせ、アリサは目を開けた。目の前の窓に、背後に控える影の姿が映っている。――それは、すずかの偽物の姿。
 だから、アリサは振り返らない。その名前を呼ばない。
 本当の、大切なものを救うまでは、決して。
「アリサさん」
 声に、アリサは視線だけをその方向に向ける。
「――八神はやてが、こちらに帰還しています。現在側にいる守護騎士は、二名のみです」
 エディックが言ったのは、ただそれだけ。彼は命令しない。アリサも、命令されて戦うわけではない。――これは、自分の意思ですることだ。選ぶのはアリサ自身。誰にも責任は押しつけない。全て、自分が背負うのだ。
 たとえそれを、一番大切な彼女が、許してくれなかったとしても。
「行くわよ、クリムゾン・ローウェル」
 アリサはただ、胸元の宝石にだけ、そう呼びかける。
 宝石はただ、微かな輝きだけをもって、それに応えた。

     ◇

 同時刻、アースラ艦橋。
「けど、本当にはやてちゃんたち、家に帰して大丈夫なの?」
「……万が一にそなえて、武装局員も周囲に待機させてる。それに、はやてとヴィータ、ザフィーラと三人揃っているんだ。そうそう簡単に負けるような面子じゃない」
 エイミィの問いに、クロノは自らに言い聞かせるようにそう答えた。
 アレックスほかオペレーターたちは、八神家のある中丘町を中心に、海鳴市全域に警戒網を張っている。モニターに映し出された八神家の外観には、今のところ異常はない。
 はやてたちに、一度家に戻るように勧めたのはクロノ自身だった。それまで連日、917号次元の捜査に当たっていたところに、突然こちらに呼び出されたのだ。向こうでの疲れも残っているだろう、ということで、休息を取るように言ったのである。
 もちろん実際のところは、人手はいくらでも欲しいのだ。だが――
「…………欺瞞だな」
 ぽつりとクロノは呟く。その言葉は小さすぎて、エイミィには届かない。
 ――実際のところ、クロノがはやてたちを家に戻したのは、別の思惑もあってのことである。即ち、アリサたちに対する囮としての役割。
 何を目的として、アリサがなのはたちを襲撃したのか。それが未だ判然としない以上、はやてが実際に襲撃を受けるかどうかもまた未知数である。だからこそ、クロノははやてを海鳴市に戻した。アリサたちが、襲撃をかけてくるか否か。かけてきたとして、その目的は何か。――もちろん理想は、その場でのアリサたちの捕縛。
 エイミィに答えた言葉も、嘘ではない。実際に武装局員は周囲に待機させているし、はやてたちの実力を信頼してもいる。いざとなればなのはとフェイトもいるし、自分が出動する準備もしてある。そもそも昨日の今日であるから、向こうがよほど焦っているのでもない限り、様子を見て動かずにいる可能性も充分ある。
 だが……いずれにしろその根底にあるのは、冷徹な計算だった。最初の襲撃は、結果的にはおそらく向こうの失敗に終わっている。とすれば目的が何であれ、遅かれ早かれ再び襲撃があるのは確実だ。ならば迎撃の準備を整えた上で、こちらから呼び込む方がいい。
 ――結局、欺瞞だ。自嘲するように、クロノは息をつく。そこにあるのはただひとつの事実。事件解決のため、味方を囮として使うことを厭わない自分の姿。それによってはやてたちが傷つけられる可能性も考慮に入れてなお、それを選択する冷酷さ。
 なのはとフェイトは、今の自分を、どう思うだろうか?
 ――そんなことを心の隅で考えてしまう自分は、あるいは指揮官向きではないのかもしれない、とも思う。冷酷さもまた、指揮官には必要なものなのだから。
「……エイミィ、コーヒーをくれないか」
「はいはい」
 首を振って、クロノは詮無い思考を振り払う。今更何を考えたところで、状況は変わらない。あとはただ見守り……そして、状況に応じて動くだけだ。
 クロノは八神家を映し出すモニターへと視線を向ける。
 モニターの中で……そこはまだ、沈黙を保っていた。





第4話「決意 -get back-」closed.

to be continued....



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| 浅木原忍 | 12:49 | comments(0) | trackbacks(0) |
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 3 / 火焔猫燐
 4 / 霊烏路空
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 13 / 霊烏路空
 14 / 火焔猫燐
 15 / 古明地さとり
 16 / 霊烏路空
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 15 / 「水橋パルスィの恋心」
 16 / 「星熊勇儀の応談」
 17 / 「黒谷ヤマメの懸念」
 18 / 「星熊勇儀の懊悩」
 19 / 「キスメの不安」
 20 / 「火焔猫燐の憂鬱」
 21 / 「黒谷ヤマメの奮闘」
 22 / 「古明地さとりの場合」
 23 / 「水橋パルスィの狂気」
 24 / 「古明地さとりの思案」
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 26 / 「水橋パルスィの意識」
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 31 / 「水橋パルスィの戸惑」
 32 / 「黒谷ヤマメの嫉妬」
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 34 / 「キスメの献身」
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 36 / 「水橋パルスィの変化」
 37 / 「火焔猫燐の懸案」
 38 / 「星熊勇儀の失態」
 39 / 「水橋パルスィの存在」
 40 / 「星熊勇儀の審判」
 41 / 「水橋パルスィの幸福」
 42 / 「星熊勇儀の願い」
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