ユグドラシルの枝(5)
2008.01.08 Tuesday | category:投稿&頂き物SS
*注意*本作は「魔法少女リリカルなのはBURNING」の三次創作です。多大に本編のネタバレを含むため、先に「なのはBURNING」を読まれることを推奨致します。
“あの瞬間”から枝分かれした、泣きたくなるほど幸せなセカイは、どこまでも続いていく――
てるさんのBURNING三次創作短編連作「ユグドラシルの枝」、これにて完結! お疲れ様でした!
なお、てるさんはまだ3巻の14話を読まれていないそうですが、何かシンクロしてしまいましたw 「ユグドラシルの枝は分かれない」という言葉がこんなところで実証されるとは……w というわけで、最終回、どうぞ!
“あの瞬間”から枝分かれした、泣きたくなるほど幸せなセカイは、どこまでも続いていく――
てるさんのBURNING三次創作短編連作「ユグドラシルの枝」、これにて完結! お疲れ様でした!
なお、てるさんはまだ3巻の14話を読まれていないそうですが、何かシンクロしてしまいましたw 「ユグドラシルの枝は分かれない」という言葉がこんなところで実証されるとは……w というわけで、最終回、どうぞ!
「お待たせしました」
声とともに部屋に若い男が入ってきた。眼鏡をかけた知的という雰囲気を纏ったこの部屋の主である。
彼の隣には、小学生ぐらいの女の子が白い制服のような洋服に身を包んで立っていた。
「ただいま戻りました。マスター」
一人部屋の中でソファーに座って紅茶を飲みながら雑誌を読んでいた少女に笑顔で自分の帰宅をつげ、トテトテと少女はソファーに座っている少女の下に駆けて行く。
そんな少女を飲んでいた紅茶を近くのテーブルの上に置き、雑誌を閉じて彼女は笑顔で迎えた。
「おかえり、トワ。異常はなかった?」
「はい、マスター」
トワの返答に満足したのか、ソファーに座った少女は満足げな笑みを浮かべるとすぅ、と伸ばした手でトワの頭に手を持っていき、ゆっくりと頭を撫でる。トワはマスターの行動をネコのように目を細めて心地良さそうに受け入れていた。
「クスクス」
そんな姉妹のような微笑ましい行動を目にして入ってきた男が少しだけおかしそうに、笑っていることがばれないように口元を隠しながら笑う。しかし、悲しいかな。声はしっかりとマスターの少女にはばれていた。
まるで親の敵のように目を細めて男を睨むマスターと呼ばれた少女。だが、それがなおさら子供っぽくて彼の笑いを強く誘う。
「なにが可笑しいのよ、エディック?」
「いえ、なんでもありませんよ、アリサさん」
本当に? という疑いを明らかに含ませた視線で睨み続けるアリサ。だが、エディックもこの手のやり取りはいつものことなので、気にせずに背を向け自分のために紅茶を準備する。チクチクと後ろからの視線が痛い。
コポコポと音を立ててお気に入りのカップに入れられる紅茶。その香りがエディックはとても気に入っていた。やがて、紅茶はカップ一杯に入る。それを右手に持ったエディックは、未だに睨んでいるであろうアリサと対面に座ろうとしていた。
確かに睨んでいる彼女は確かに怖いように思えるが、所詮少女だ。大人のエディックには子供がすねて睨んでいるようにしか思えない。だから、自分の子供を相手にするように接することが出来た。
事実、アリサの隣に控える少女は彼の子供と言っても過言ではないのだから。
さて、対面しましょうか。
ちょっとした覚悟を決めて、背を向けていたアリサの視線を正面から受け止めようとしたのだが、振り返ったエディックに向けられたのは、先ほどまでひしひしと感じていた視線ではなかった。
どちらかといえば、優しい視線。何かを包み込む女性特有とも言える視線だと思う。
あ、あれ? と混乱しているエディックに追い討ちを掛けるようにアリサは口を開いた。
「――――ありがとう」
「えっと……意味が分からないのですが?」
エディックの明晰といえる頭脳をもってしてもアリサの行動は不可解だった。
睨んでいたかと思えば、いきなり柔らかい視線になり、さらには礼まで言われる始末。
一体どういう思考回路をすれば、そんな結論に行き着くのか、皆目検討もつかなかった。
「お礼よ。トワに関するね」
「ああ、そのことでしたら当然です。私は、技術者ですよ。作ったものに責任を持つのは義務ですよ」
ああ、なんだ、そんなことか、とエディックは納得し、アリサにその礼は無用だと返事をする。
事実、エディックはそう思っている。アリサがどう思うことであれ、トワは、エディックの製作者だ。いや、管理人格という人型を取っている以上は、娘と言っても過言ではない。娘の面倒を見るのは親として当然の役割である。さしずめ、そのマスターであるアリサはトワの嫁入り先ということになるだろう。
だが、その返答にアリサは首を左右に振った。
「違う。違うのよ、エディック。あたしが言いたいのはこうしてまだトワと一緒にいられることよ」
隣に控えているトワの頭を撫でながらアリサが言う。
エディックは、アリサの言うことを聞きながら、対面のソファーに身を沈めた。
「―――そんなこと当たり前じゃないですか。貴方は、トワのマスターですよ」
そう、それは事実。時空管理局の登録簿記でもそうなっている。
「違うでしょう。本当ならトワは、もうすでに試行期間を終えて、初期化されて物置の奥でただの最初の融合デバイスとして眠っているだけだった」
違う? と問うアリサにエディックは返す言葉もない。彼女の瞳から確信めいた光があり、もしもエディックがたとえ違うといっても信じそうになかったからだ。
それに、アリサが話したことは事実。
もうトワが目覚めて契約できるようになってかなりの年数がたった。
そして、次世代の融合機も次々と誕生し、トワもすでに二桁の妹をもつ最年長の姉だ。
もはやこうなってしまっては、テストケースであるトワはお役ごめんだ。最初のテスト融合機としての役割を終え、貴重な資料として時空管理局の一番奥で眠るはずだったのだ。
だが、今はそれをエディックがもつ技術部主任としての最高権限で未だにマスターをアリサとして登録し、エターナルブレイズ共々彼女の元にあるだけなのだ。
「お手上げですよ」
降参の意を表すようにエディックは両手を挙げた。
それを見て、アリサとトワはともにくすっと勝利の笑みを浮かべた。
そんな姉妹のような二人を見て、エディックは微笑ましくなり、またクスリと笑う。
「ところで、どこからその話を?」
「セレナさんよ」
そりゃそうだよな、と思うエディック。
対外的には適当に誤魔化せる理由を提示しているだけに、その事実を知っているのは彼の妻でもあるセレナしかしないからだ。
「セレナさんが、『あなたたちが一緒にいられるのは裏でそうやって仕組んだからよ。今度お礼でも言っておきなさい』だって」
まあ、遅れちゃったけどね、と付け加えてテヘと笑うアリサ。
エディックはその言葉を聞いて、セレナらしいと思う。
彼女は、みんなが幸せになればいい、と考えている女性だ。
誰かが幸せで、その裏で努力している人がいるなら、その努力していることも知っていて欲しい。そうすれば、もっと幸せになれるから、というのが彼女の持論だった。
理由は? と問うと彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべてエディックに答えを言った。
だって、自分の幸せのために努力してくれる人がいるのは嬉しいでしょう。
まったくその通りだ。そして、こうやってお礼を言われれば、努力している側も幸せになれる。
二つの幸せが、さらに幸せにしてくれる。それらが描く二重螺旋。彼女は、そのことをこう称していた。
――――幸せスパイラル理論。
なんとも子供らしい理論だろう。尤も、これを聞いたのは学生時代の話なので、子供らしいといえば当たり前の話なのだろう。今もその考えをセレナが捨てているとは考えられないが。
「ねえ」
「なんですか?」
「どうして、こんなことしてくれるの?」
アリサの疑問ももっともだ。普通の技術者はこんなことしないだろうし、自分の証としてトワを保管庫に眠らせるだろう。だが、エディックはその道を良しとしなかった。
彼がセレナの夫だからということもあるだろう。彼女の考えに共感しているからということもあるだろう。
自分の自己満足のために他人の幸せを奪うということに拒否感を感じたというのもあるだろう。
だが、それもすべて外付けに過ぎない。
彼が、渋る上層部を黙らせ、弱みをちらつかせ、自分を担保にしてまでトワをアリサに預ける理由の中核は一つだ。
「そうですね、さしずめ『親心』といったところでしょうか」
「親心?」
「そうですよ」
エディックは慈愛の笑みを浮かべながらトワを見つめる。
その笑みを受けて、どうしてそんな笑みを向けられるのか分からないトワは困惑の表情を浮かべていた。
「トワは私が作りました。いわば、私が父親です。だったら、父親が娘の幸せを願うのは当然でしょう? だからですよ。トワが自分で選んだマスターです。私の都合で離れさせ、無理やり初期化させるなんて事が出来るわけないでしょう」
その言葉を聞いてアリサは最初、呆然としていたが、やがてぷっ、と噴出すと、あはははは、と笑い始めた。
「マスター?」
「……何かおかしいことを言いましたか?」
突然、笑い始めたアリサを心配するトワ。そして、何かおかしいことを言ったか? と自分の発言を省みるエディック。
だが、おかしいところはまったく見られないし、そんなことを言ったつもりはまったくなかった。
「はははは……ご、ごめんなさい。トワ、大丈夫よ」
はぁ、とよほど笑いつかれたのか、アリサは笑う途中で浮かべた涙を拭いながら気分を落ち着けるようにカップに入っている紅茶を飲み干した。
「はぁ……あんたいい父親になるわよ」
「―――はぁ、ありがとうございます」
何か釈然としないものを感じながらもエディックは頭を下げた。
さて、トワの診察も終わり、アリサの紅茶も空になった。エディックも次の仕事がある。というわけで、そろそろお暇しようか、といいかけたところで突然、エディックの元に通信が入った。
「はい、エディック・スコールです」
アリサの方に視線を向けながらも通信に出るエディック。アリサは退出するタイミングを失って浮かせた腰を再び、ソファーに沈めた。
エディックが通信に出た相手は、若い女性。エディックも二、三度見たことがある。確か、彼女は執務官の仕事をしているセレナの補佐官だったはずだ。
どうしてエディックの元に彼女から通信が? と疑問に思うエディック。
執務官補佐と技術部主任。二つの間に関係性は殆どない。あえて、あるとすればプライベートな一面でセレナとエディックということだが、彼女に関係あるとは思えない。
だが、そんな疑問も彼女が口にした言葉であっというまに吹っ飛ぶことになる。
『あっ、エディック主任ですよね?』
「はい、どうかしましたか?」
『はい、あの実は……セレナ執務官が急に倒れまして、医務室に―――』
―――運ばれて。
そこまで聞いて後は強制的に通信をきった。
当たり前だ。それ以上、悠長に聞いている時間があるなら、今は一秒でも早くセレナが運ばれたという医務室へと向かうべきだと、その聡明すぎる脳で判断したからだ。
あ、ちょっと! というアリサの制止の声も無視してエディックは、自分の部屋を飛び出した。
―――セレナっ!
最愛の人の名前を心の中で叫びながら。
◇
「くっ、しまった。お昼時か」
エディックは部屋から飛び出すと、すぐさま本局の医務室へと続くトランスポートへと急いだ。
いくら自分が重要人物だからといえ、トランスポートから一番遠い部屋をあてがわれたことを恨んだのはこれが初めてだった。
技術部のポートと本局のポートは物理的に分かれている。繋がれているのはトランスポートのみだ。
これは盗難やテロに対応したもので、最先端のデバイスやロストロギアが盗まれないようにという処置だ。
当然、トランスポートには厳重なチェック体制があり、入るときも出るときもチェックを受けなければならない。
そして、さらに今は間が悪いことにお昼時だった。
誰もがお昼を食べようと食堂がある本局へ行こうとトランスポートの前に集まる。
長い行列がそこには形成されていた。
並べば十五分ほどでトランスポートへと到着するだろうか。普通なら十分許容範囲内。だが、今は一秒でさえ惜しいエディックだ。十五分も待っていたら気が狂いそうだった。
「くそっ!」
ドンっ! と壁を殴るが、それで事態が解決するはずもない。
誰もがガヤガヤと話し、エディックに気づいた様子もない。
―――蹴散らしてやろうか?
思わずそう思ってしまう。そして、それだけの力量がエディックにはある。
執務官資格持ちのデバイスの神様をなめないでいただきたい。
―――そうだ。そうしよう。
名案だと思い、実行しよう―――と、したところで不意に肩を捕まれた。
「アリサさん?」
振り向いてみれば、そこに立っていたのは肩で息をするアリサとトワの姿が見えた。
「あんたねぇ……いきなり走り出すのはいいけど、無茶はダメよ」
呆れたように言うアリサ。その口調はまるで、悪戯しそうな子供に言うような口調だ。
それは、急いでいるエディックにしてみれば、大きなお世話。今は気がせきすぎているのだ。
「ですけど、今はセレナが―――」
「落ち着きなさいっ!」
パン、と頬を張る音が響く。
だが、幸いにしてそれを誰も見ていなかった。
「あのねぇ、あんたが今、やろうとしたことをやって捕まったら、セレナさんに会えないでしょうが」
はぁ……と、大きくため息。
エディックはというと、張られた頬を押さえ、呆然としているように思える。だが、その瞳からは急いた感情は消えうせ、いつもの冷静なエディックになっていることが伺えた。
「―――すいません」
「いいのよ。ったく、大人ねぇ、と感心したことでこれなんだから」
そう言いながら、アリサはアリのようにウジャウジャと並んでいる人だかりを見据える。
「あれを越えなくちゃいけないのね」
「ええ、あの先のトランスポートしか出入り口はありませんから」
落ち着けば、はっきりと受け答えは出来る。先ほどのような暴走した考えは浮かんでこない。
もちろん、セレナのことが気になって仕方ないのは変わらない。
「―――仕方ないわね、蹴散らしましょう」
「ちょっ!?」
冗談でしょう!? と、言いたいのはエディックだ。先ほど、自分がしようとした行動を棚に上げているように感じられるが、アリサもそれをとめたにも関わらず同じ事をやろうとしているのだから同罪だ。
アリサもエディックが言いたいことを理解しているのか、エディックをまっすぐ真正面に見据える。
その奥には確かな意思が伴っていた。
「いい、よく考えて。あたしが捕まってもエディックはセレナさんに会えるわ」
それに、とアリサは悪戯する子供のような笑みを浮かべて続ける。
「デバイスの暴走とか、あんたの権力で後で何とでも出来るでしょう?」
パチンとウインクを決めるアリサ。
あまりの言いようにエディックは開いた口がふさがらない。
いや、確かにアリサの言うことは一理ある。エディックの権力とアリサのエターナルブレイズの特性を考えれば可能だろう。いや、確実に可能だ。だが、しかし――――
と悩んでいたが、アリサはそんな時間はくれないようだった。
すでに胸元で淡く光っている黄昏の宝石を手にしている。準備万端という感じだ。
「それに……別にそんな打算的な意味合いだけで手伝うわけじゃないわ」
「え?」
アリサが宝石を握りながら、にやっ、と意味ありげに笑ってみせる。
「あんたがトワにしたことを『親心』というなら、これはトワからあんたに対する『親孝行』よ」
それだけ言うと、もはやアリサはエディックを見ていなかった。
すえるのは目の前で、うじゃうじゃ蠢いている人の山だけだ。
「行くわよっ! トワっ!!」
「はいっ! マスター」
アリサの気合にトワが応え、アリサの左手を握る。
「祈りを勇気に、願いを力に」
右手に宝石を、左手に自らの相棒を手にして朗々と流れる呪文。
偶然とも運命的とも言える出会いで手にした力を具現化する呪文。
その力は、まさしく彼女そのものを表しているといえるだろう。
「そして、深い闇を解き放つ、永遠の炎をこの胸に!」
燃え盛る炎。それは、希望を照らし出すために永遠に輝き続ける炎。
その具現化した力がアリサの元に―――
「――エターナルブレイズ、セットアップ!」
一瞬だけ炎に包まれ、一瞬にして白い制服のようなものに身を包まれる。
右手には、彼女専用の日本刀のようなデバイスが握られた。
人の山の勘のいい一部がこちらに気づいた。
確かに、技術部でBJを纏うこともあるが、通路で纏うことなど稀だ。いや、殆どないといっていい。
だから、気になった数人がこちらに顔を向けていた。
「いいわね、エディック、チャンスは一回だけだから」
デバイスを構えるアリサ。
融合機の特性で魔力がワンランク上がろうともアリサ自体の魔力がもともと少ない。よって、攻勢魔法が使えるの一回だけだ。だから、チャンスは一回。
「――――分かりました」
エディックも覚悟を決めた。
娘の親孝行なのだ。ならば、それを乗らない親は何所にもいない。
「行くわよっ!!」
アリサが叫ぶと同時に術式が展開される。刀身に纏わりつくように火球が跳び舞う。
ここまで来て幾人かが、アリサの暴走に気づき叫びだした。
だが、もう遅いっ! 準備はすでに出来ている。後は、これを発射するだけだ。
タイミングを計って、人ごみに向かって走りだすエディック。
それを見てアリサは術式を開放した。
「火傷したくない奴は道を譲りなさいっ!!」
アリサの脅しのような一言に人ごみが動き出す。だが、冗談だろうとたかをくくって動かないものも多数。
この脅しだけで退けば余計なことはしないつもりだったが、仕方ない。
ニヤリとアリサは笑い、その一言で解き放つ。
「ガンズブレイズっ!!」
アリサの叫びと同時に火球が、人ごみに向かって走り出した。
火球は、先に走り出したエディックを追い抜いてあっというまに人ごみに突入する。
まさか、脅しだけだと思っていたのに本当に実行するとはっ! と驚き慌てふためく人たち。火球が通った後は、まるでモーセのように人ごみが割れていた。
割れた部分を颯爽と走り抜けるエディック。それはトランスポートまで引かれた一本の道。
エディックは誰にも邪魔されることなくトランスポートへと飛び乗った。
◇
「セレナっ!!」
バンッ、と扉を壊しそうな勢いで飛び込んできたのは、言わずとしれたデバイス工学の神様として有名なエディック・スコールだった。
よほど急いで駆け出してきたかのか、エディックは肩で息をしながら、キョロキョロと医務室を見渡した。
だが、ベットが並んでいる割にはセレナの姿は、見られなかった。
「エディックさん、どうしたんですか?」
「あ、シャマルさん」
この医務室の主、八神シャマルがキョロキョロと見渡して、明らかに挙動不審なエディックに声をかける。
この二人、はやてを通して顔見知りというレベルでは知り合いである。
セレナが倒れたというたった一つの事実に混乱しているエディックは、藁にでもすがる思いで知り合いのシャマルに縋り付き、肩をガタガタ揺らしながら問う。
「セレナが倒れたって聞いたんですけどっ! どこですかっ!?」
考えてみれば肩を揺らしながら問いに答えられるはずもない。だが、そのことに混乱しているエディックが気づくはずもない。下手に口を開けば口を噛みそうなので答えられないシャマルだが、答えなければ答えないでますますエディックが肩を揺らす強さは強くなっていく。
誰かが止めなければ止まらない無限ループ。
生憎、ここにいるのはシャマルと患者のみ。そして、医務室にいる患者はたった一人だった。
「エディ?」
エディックが、尋ねたときの声で反応したのだろうか、カーテンで仕切られたベットの向こう側から彼が望んでやまない女性の声がした。
「セレナっ!?」
その声に反応したエディックにもはやシャマルなど必要なく、肩をゆするのをやめると声が聞こえた方向へと歩み寄り、ベットのカーテンを勢いよく開けた。
シャアと、カーテンのボールが滑る音ともに開かれ、その向こうに一人の女性がベットに腰掛けるようにして座っていた。
「セレナっ!」
「エディ、なんで、あんたここにいるのよ?」
エディックからしてみれば、捜し求めた女性。セレナからしてみれば、どうしてここにいるのか分からない男だった。
だが、そんなことはエディックには関係ない。ただ倒れたという情報から、過去のテロ爆破事件を思い出して、愛する娘の力まで借りて駆けてきただけなのだから。
そして、彼はセレナの無事を確認するように抱きついた。
「よかった……無事だったんですね」
「ちょっと、エディ? どうしたの」
あのテロ事件以来、時々見せるエディの弱い一面を急に目にしてセレナは驚く。この状態は、エディックが悪夢にうなされたときにしかならないのだから。どうして、エディックがこうなっているか分からない。だが、セレナはエディックがこの状態になったときと同じように、背中をさする。
「大丈夫、私はここにいるわ」
「セレナ……」
まるで赤子をあやすようにしてセレナが囁き、その囁きでエディックも冷静さを取り戻していった。
「あの〜、お楽しみのところすいません〜」
「きゃっ!」「うわっ!」
セレナとエディックの桃色空間に勇猛果敢に突っ込んでくる者が一人。エディックの肩をゆすられ、その存在をすっかり忘れ去られているこの場所の主であるシャマルだった。
米神に井形を浮かばせながら、二人の雰囲気など知ったことか、とばかりに二人の間に割ってはいる。
「エディックさん、あなたね、どうしてここにいるんですか?」
「え? それは……セレナが倒れたと聞いたから」
それ以外に理由は存在しない。
「だったら、もう少し静かにしてくれませんかね? ここは医務室で、もしかしたらセレナさんは寝ていたかもしれないんですよ」
―――まあ、幸いにして誰もいなくて、被害は私一人でしたけど。
なんて、痛い目で見られれば、エディックは素直にすいません、と謝り、頭を下げるしかない。彼女に非はなく、エディックが百パーセント悪いのだから。
一応、それでシャマルの気は晴れたのだろう、ふぅ、と大きく息を吐くともう米神に井形は見られなかった。
それを見てエディックは一安心する。と同時に今まで気にならなかった疑問が浮上してきた。
「そういえば、セレナはどうして倒れたんですか?」
「―――はぁ、エディックさん、あなたは一体どういう連絡を受けたんですか?」
「え? セレナが倒れたとしか……」
正確にはそこだけ聞いて飛び出したのだ。
そういえば、あの補佐官は何か言いたそうにしていたような……、と今更ながらに隅に残った記憶を思い出していたが、もはや後の祭り。彼女から情報を聞くことは出来ない。
「だ、そうですよ。どうしますか? ――――って、聞くまでもないですね」
そういうと、シャマルは白衣のポケットに両手を突っ込んで医務室の出入り口へと向かう。
もう脇役は必要ない。後は主人公とヒロインで勝手にやってくれ、といわんばかりに。
「十分ほど出てきます。たぶん、誰も来ないでしょうから、ご自由に」
怪しい笑みを残してシャマルはそれだけ言うと医務室から出て行った。
跡に残されたのは、ベットに座るセレナと呆然とシャマルを見送ったエディックだけだ。
セレナを心配してきただけのエディックには何のことか分からない。だが、自分の子からだの事ゆえにセレナは分かっているのだろう。小声で「ありがとう」とだけ独り言のように言った。
「えっと……セレナ?」
おそらくシャマルの態度から、後はセレナに聞けといわれたと解釈したエディックは、改めてセレナに尋ねる。
倒れた理由はなんだ? と。
その問いにセレナは、彼女がいつも浮かべている笑顔に若干の喜びを加味して、右手をお腹よりも若干下に当てながら衝撃の一言を口にした。
「――――出来たわ」
その衝撃の一言はエディックに若干の空白を生み出した。
エディックの明晰な頭はセレナの言った一言を理解している。だが、理解と受け入れるは異なるのだ。
理解した事象は、エディックの受け入れられる容量をはるかに超えていた。
だから、問う。受け入れるために。
「なにが?」
「子供が」
「誰の?」
「殴るわよ?」
笑顔でそういわれれば、エディックとて無理矢理に押し込んだとしても受け入れるしかない。
そして、その事象を受け入れたエディックに生まれてきた感情はただただ純粋な喜びだった。
「や、やった! セレナっ!!」
「はいはい、だからあんまり私に抱きついて暴れないでね」
念願の融合デバイスが完成したときでさえ、喜びを体で表さなかった男が、自分の妊娠で子供のように体全体で喜んでくれている。
それだけで、セレナはまた自然と笑みがこぼれるのだった。
◇
セレナの妊娠自体は非常に喜ばしいものだった。だが、それを確認するために医務室まで向かう経緯が拙かった。
本局内部―――しかも、一番重要な技術開発区画―――での魔法使用。さらに、それを技術員に向けて発動している。
普通ならこれだけで刑罰ものの上、時空管理局を首になっているだろう。
だが、セレナの妊娠で喜びに満ち満ちているエディックに敵はなかった。
アリサの魔法命令はすべて自分が発令したとし、自分ですべての罪を被ったのだ。念には念を入れて、そうしなければエターナルブレイズを自分の下に戻すと脅したという証言までして。
これで困ったのは時空管理局。
エディックを首にする? そんなことすればデバイス開発が二桁年単位で遅れる。
刑罰にする? それが元で辞職願を出されたら堪らない。
しかも、これでエディックに行く道がないならまだしも、エディックが時空管理局を辞めたと聞けばこぞって大企業が主任かつ役員待遇で引き抜こうとするだろう。
つまり、首という脅しは効かない。それどころか、時空管理局の自分の首を絞めかねない。
結局、時空管理局に出来たのは、減給60%三ヶ月と反省文のみだった。もちろん、アリサには何も罰はない。
しかも、エディックはエディックで昼時の緊急時の対応マニュアルと昼食時の規制緩和を提案し、さらに技術部の人気を集めることになったのだが、これは別の話である。
その後、妊娠したセレナをエディックが心配しすぎて、色々動きすぎて逆にセレナに怒られたということが度々起こることを除いては比較的平穏な日々が続いた。
彼らの周りには親友のクロノ、エイミィがいるのだ。そうそう心配することもなかった。
そして、時は流れ―――――
◇
夜が明けるまで後一時間という程度の時間だろう。
総合病院のとある部屋の前の長椅子に座る一組の夫婦。そして、その夫婦の前をうろうろする男が一人。
夫婦の旦那が、目の前をうろうろしている男を見てはぁ、とため息をつく。
彼がため息をつきたくなるのも無理はない。彼はかれこれ二時間はこうしてうろうろしているのだから。尤も、気持ちは分からないこともないが。
「エディック、少しは落ち着け」
「これが落ち着いていられますか? クロノは他人事だからそうやっていえるんです」
「そうは言っても、子供が生まれるのって時間がかかるんだよ」
旦那であるクロノをかばうような形で妻のエイミィが口を出してくる。
その時間は己の経験談だ。すでにハラオウン夫妻の間には双子の子供が生まれている。
ちなみに、スコール夫妻の出産にどうして彼らがいるかといわれれば、陣痛が始まったセレナにエディックは気が動転して思わずクロノに連絡を取ったからに他ならない。
救急車を手配したのもクロノたちだ。幸いにして出産日が近いのが分かっていたのですぐに病院に運ばれた。
そして、気が動転しているだろうエディックを一人にしておくのは危険だと判断したクロノはついてきたのだ。エイミィはついでである。
閑話休題。
「しかし――――っ!」
時間がかかるといったエイミィに何か反論しようとしたエディックだったが、それはエディックたちは壁一つ隔てた向こう側から聞こえてきた声で途切れることになる。
もちろん、その声の持ち主はクロノでもエイミィでもエディックでもセレナでもない。
たった今、この世に生まれた命の声だ。
その声に思わずクロノもエイミィも立ち上がったところで向こう側へのドアが開き、看護師が顔を出す。
「ほら、お呼びだ。行って来いよ。お父さん」
ぽん、とクロノから背中を押されて、呆然としていたエディックは一歩、二歩前へと進み、不安げにクロノを見返すが、そんなにクロノはさっさと行けといわんばかりにくいっ、と顎を動かすだけだった。
うん、と覚悟を決めるとエディックは看護師に促されるままに部屋の中へと入っていく。
◇
入った部屋は分娩室ではない。小さな個室のようだった。話によると、一晩は一応ここで過ごすらしい。看護師はエディックを案内するとすぐに出て行ってしまった。
部屋の中に入ったエディックはまずセレナの姿を探した。
セレナの姿はすぐに見つかった。移動用のベットの上に座り、タオルのような白い布で包まれた赤ん坊を抱いていた。
「えっと……お疲れ様―――でいいのかな?」
こんな状況は初めてで何と言って良いのかわからない。でも、かろうじてそれだけは搾り出せた。
先ほどまでエディックは子供が生まれたという実感が薄かった。だが、今、こうして実際にセレナに抱かれる赤ん坊を目にして実感した。その実感が胸に染み渡ってくるに従って湧き上がってくるのは歓喜。エディックの心は喜びで支配されているといっても過言ではない。
そんなエディックの状態がわかっているのか、セレナはクスクスと笑いながら「ありがとう」と答えた。
セレナの笑いで少し余裕を取り戻したエディックはセレナに抱かれている赤ん坊の覗き込むように顔を近づけた。
「この子が、僕たちの子供」
「そう、女の子よ」
ふふっ、と母性愛に満たされた笑みを抱かれた赤ん坊に向けるセレナ。
「ねぇ、エディ。私いいこと思いついたわ」
「なにを?」
笑いながら子供を見つめるセレナに劣らない笑みでセレナと赤ん坊を見ながら、セレナの『いいこと』とはなんだろうと思いをめぐらす。きっと、セレナが考えることなのだから良いことに違いない、とそう思いながら。
「みんなを幸せにする方法」
それはセレナの理想だった。
決して届くことはないだろう理想。
誰もが夢見る理想。
誰に話しても笑われ、一蹴されるであろう理想。
だが、セレナは常にそれを追い求め、望んできた。
そんな彼女だからエディックは惚れたのだし、愛おしいと思う。
そして、そんな彼女が考えた方法をエディックが知りたいと思わないわけがなかった。
「どうやって?」
問うエディックにセレナは赤ん坊からエディックに視線を移すと、悪戯を思いついた子供のような笑みを浮かべて口を開く。
「この子に受け継ぐのよ。私が、貴方を幸せに出来たように、この子も誰かを幸せにする。その子供がまた誰かを幸せにする。そして、この子達が幸せにした人たちがまた誰かを幸せにする。そしたら、いつかみんなが幸せになると思わない?」
それは――――
おそらく普通の人が聞けば、笑い飛ばして終わりだろう。だが、エディックは違う。
苦笑はするものの、それはセレナらしいという意味合いだ。
その理論は破綻している。エディックの明晰な頭脳を使わずとも分かるだろう。
だが、セレナが言うと出来そうな気がする。いや、実現させてやろうと思う。たとえ、無理だと分かっていても。
それがエディック・スコールの生き方だ。
だから、ふっ、と彼特有の柔らかい笑みを浮かべるとセレナに言う。
「だったら、僕はもっとがんばらなくてはいけませんね」
「どうして?」
「だって、僕は貴方以外にもこの子も幸せにしなくてはいけませんからね。幸せを知らなければ、幸せにすることも出来ないでしょう?」
なるほど、道理ね、と言ってセレナは笑った。
その笑みにつられてエディックも笑った。
赤ん坊は、すやすやと安らかに眠っていた。
「ねえ、エディ。そういえば、この子の名前はもう決めた?」
「ええ、もちろんですよ」
当然だ。性別は調べなかったから男の子でも女の子でもいいように用意してきた。
ただ、その二つの名前に共通するものがあった。
それは――――
「この子の名前は――――」
―――セレナとエディックの共通の望みであり、願いである『幸せ』を冠する名前だということである。
〜FIN〜
あとがき
どうも! てる です!
BURNINGのオリジナルキャラであるエディックとセレナ。
彼らの不幸っぷりに涙し、幸せな世界を―――と思って書き始めたこれもついに完結です。
もしかしたら、有り得たかもしれない世界楽しんでいただけたでしょうか?
少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
最後に今まで読んでくださった皆様ありがとうございました。
そして、リリカルなのはBURNINGという名作を生み出してくれた浅木原さんに最大限の感謝を―――
それでは! またどこかで。 BY てる
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