魔法少女リリカルなのはCHRONICLE 第二章「夜天の殺戮者」(2)
2007.11.19 Monday | category:なのはSS(CHRONICLE)
◇
10月23日、午前10時、聖王教会中央聖堂。
「今回の件が闇の書の守護騎士によるものだとすれば――やはり問題は、その主がどこに潜んでいるか、ということになるだろう」
クライドの言葉に、ビュートとアメリアが頷いた。
「別の次元世界、という可能性は排除しても?」
「ここは次元空間的には孤島に近い世界だ。一番近い管理外世界でも、個人転送でどうにかなる距離じゃない。――闇の書の主は、アースガルドにいると見ていいと思う」
「やはりそうですか。となれば……」
ビュートがひとつ鼻を鳴らし、手元のモバイルから映像を投影する。
今までに、魔力を奪われた生物の死骸が確認された場所を示した地図だ。
「死骸の発見地域は広いですが、その死亡推定日時を調べてみると――次第に蒐集の範囲を拡大しているのが解ると思います」
死骸の発見位置を示す印に、日付が書き込まれる。――第一ドームを中心に、北東部にある第三ドーム近辺から、南と西へ2方向に広がっていた。
「けど、これで拠点が第三ドーム近辺と判断するのは早計じゃないですか?」
「そこは、主がどういう人物かにもよるでしょうね。教会の動きを予見して動ける智者か、ただ考えもなく蒐集を続ける愚者か――」
「相手が愚であることを期待するのは間違いかと、騎士ビュート」
「その通りです。――いずれにしても、主がドーム内部にいるのか、それともそれ以外の場所にいるのかで、状況はだいぶ変わってきます」
ひとつ息をついて、ビュートは冷めかけた紅茶を口にする。
ドームの外部が汚染された大気と雪に覆われたこの世界で、ドーム以外に人間の住める場所。――それは。
「廃棄、区画」
「ええ。可能性として一番高く――そして一番厄介な場所、ですね」
廃棄区画。それは機能不全を起こして廃棄されたドームの総称だ。
汚染大気の侵蝕が進むそのドームは、しかし今も、ただ打ち棄てられているだけではなく、むしろ聖王教会によって、体よく利用されていた。――監獄として。
重犯罪者や、教会の禁忌を犯して追放された者。そんな者たちの流刑地、収容所として、廃棄区画は利用されている。一度送られたら、出ることは決して叶わない檻。ドーム外のように即死には至らず、しかしじわじわと身体を蝕んでいく程度の汚染の中、楽園を追われた者たちは生き続けている。その数は、およそ数千人と言われる。
そして、廃棄区画の内部は教会も基本的にノータッチである。既に住民によって一定の自治が形成されているらしく、教会は住民が廃棄区画から脱出するような事態の無いように外部から対策を立てるだけで、それ以外は放置と言っていい。
「廃棄区画とは互いに不可侵というのが暗黙の了解ですが、闇の書の主がそこにいるとなれば話は別です。あそこの住民が教会に良い感情を持っているわけが無いのですから、闇の書の力の使い道は、最悪のパターンの可能性が高いでしょう」
闇の書の力は、純粋に破壊のみに特化したものだ。それは過去の稼働例からも明らかである。――それがもし、このドームへと向けられたら。アースガルドという世界そのものにとって、最悪の事態になりかねない。
「しかし、疑いがあるというだけで簡単に手をつけられる場所でもありません。――闇の書が稼働していて、そこに主がいるという確証がなければ。そして闇の書を押さえるに充分な戦力が保証されなければ、こちらとしても動けないのが実情ですね」
紅茶を飲み干し、慨嘆するようにビュートは言う。
「――厄介ですね」
「厄介です。主が例えばドームの貧困層の住民なら、格段に楽なんですがね。可能性は低いですが――最近は妙な信仰もありますし、案外そっちかもしれません」
アメリアの言葉に頷きつつ、紅茶のおかわりを用意しだすビュート。クライドも自分の紅茶を飲み干しつつ、ビュートの言葉に小さく眉を寄せる。
「妙な信仰?」
「ああ、そういえば話していませんでしたっけ。――数年前から、貧困層を中心に聖王教とは別の聖王信仰が広まってましてね。教会としても対応に苦慮しているんですよ」
「別の聖王信仰って――」
アメリアが首を傾げる。「話が逸れますけど、どうします?」とビュートが確認をとってきたので、クライドは続きを促した。アースガルドに着任してから一週間。まだこの世界について、知らないことはいくらでもある。知っておくに越したことはない。
「聖王教の教義が、現世の幸福追求なのはご存じですよね?」
「ええ。確か――現世こそ聖王に護られた楽園であり、楽園に生きるからには幸福にならねばならない、でしたよね」
「はい。幸福を掴み取らんとする者には、聖王の福音が届けられるだろう――。無償の救済ではなく、あくまで幸福は自らの力で為すもの。それが教義の軸なわけなのですが」
ひとつ溜息のように吐息し、ビュートは眼鏡の位置を直した。
「《楽園》信仰、楽園教なんて呼ばれてますが――それは、ウチの教義と全く逆を行くものでしてね」
「逆というと、楽園は現世ではなく、別にある、と?」
「はい。この世は楽園などではなく、聖王の召されし天上こそが真の楽園と。そしていずれ、聖王はゆりかごに乗って守護者とともに再臨する。その時この世は真の楽園の一部となるだろう――といったものだったかと」
「ゆりかごと、守護者?」
「ベルカのお伽話ですよ。聖王のゆりかごと呼ばれる巨大戦艦と、その守護者ファブニール。古代ベルカを平定した聖王を語る、ただのお伽話です。――全く、誰が言い出したのかは知りませんが、お伽話はお伽話。聖王の加護を否定する者に、福音は届けられません」
呆れたような調子で語りつつも、ビュートの視線は厳しい。一週間をここで過ごして、ビュートが敬虔な信徒であることはクライドも把握している。ビュートからしてみれば、聖王教の教義を根幹から否定するような信仰など愚にもつかないものなのだろう。無宗教派のクライドには、今ひとつその感覚は理解しがたい部分もあったが。
むしろ、貧困層のような現世の幸福を信じられない人間に、その信仰が広まるのは心理的に理解出来ると思ったが、口には出さないでおいた。
「まぁ、いずれにしても。――闇の書の稼働、それ自体を確定させてしまわなくては、何も始まらないのは確か、か」
代わりに、クライドは吐き出すように口にする。この一週間、結局のところ結論はそこに行き着くのだ。――しかし未だに、闇の書の稼働を示す明確な証拠はない。状況証拠ばかりな上に、人の踏み込めない場所と不可侵地域が現場では、どうしようもなかった。ドーム外部で活動していると思われる守護騎士たちと接触する手段はヘリしかなく、ヘリでは守護騎士たちの攻撃の前にあまりに無力。最初に犠牲になった騎士2名のように、雪原の中に屍を晒すことになるだけだ。これ以上の無為な犠牲を出していい道理など無い。
「守護騎士たちが、ドーム内部に襲撃をかけてくるのを待つしかない――というのは、あまりにも歯がゆいですね」
「最悪なのは、このまま闇の書を完成させられてしまうことです。ドーム外部での蒐集だけで終えられてしまっては、さすがに手のつけようもない。――闇の書の完成に必要なリンカーコアはかなりの量ですから、強靱なものが多いとはいえ絶対数の少ない外部生物だけで足りるということは無いとは思うのですが」
腕を組んでアメリアが唸り、ビュートも眉を寄せながら呟く。
捜査開始から一週間、状況が煮詰まるのはあまりにも早すぎた。状況に対し、こちらから打てる手はあまりにも限られている。
「騎士ビュート。……廃棄区画の潜入捜査という手段は」
「危険すぎます。おそらく教会から来た人間だとばれた時点で殺されますよ。――そうでなくても、生きてはいけるとはいえ、汚染されていることに変わりはありません。第一、潜入したとして、どうやって闇の書の主を特定するのです?」
「――目星は、ついているんじゃないんですか?」
アメリアが不意に言い、ビュートが微かに眉を動かした。
「闇の書は古代ベルカの遺産で、過去の記録を見ても主は古代ベルカ式の使い手。このアースガルドでも、古代ベルカの使い手はそう多くありませんよね? ――廃棄区画へ追われた古代ベルカの使い手となれば、それなりに絞り込めるんじゃないですか? そのぐらいのことを、騎士ビュートが見落としているとは思えないのですけれども」
その問いかけに、ビュートはすぐには答えず、新たに淹れた紅茶を一口。
そして、どこか苦笑するように笑みを漏らした。
「――仰る通り。廃棄区画の古代ベルカ式の使い手は、一通りリストアップ済みです」
しかし、とビュートはそれ以上を断ち切るように言い放つ。
「今の段階では、何もかも仮定に仮定を積み上げていく作業でしかありません。全ては仮説、砂上の楼閣です。――それはおふたりとも、お解りでしょう」
全くその通り。事件に対して先手を打つということなど、厳密に出来はしないのだ。未然に防がれた事件の存在を立証することは出来ないし、起きてしまった事件を先んじて防ぐことも出来はしない。予言者ではないのだから、結果に基づいて動くしかないのだ。それは本当に、どうしようもない現実。
「現状で出来ることは、結局は今もやっていることです。ドーム内の古代ベルカ式の使い手、その身辺の洗い出し。貧困層を中心に、教会に対する不満分子への監視の強化。――向こうがそれで尻尾を出す可能性は低いとしても、やるしかない」
「――本当に、歯がゆい事件だ」
「ええ、全くです」
議論が終結し、いわく言い難い沈黙が落ちる。ただ紅茶のたてる湯気だけが、凝り固まった場の空気の中に溶け――
「よお、シャルウィーダンス? 会議はぐるぐる踊ってるか?」
そこに、見計らったように空気を読まない闖入者が約一名。言うまでもなくヴォルツだ。
「隊長。――乱組みは終わりですか」
「おう、本日も完勝完勝。ま、ウチの連中もちったぁ根性がついてきたか。悪くねぇ連携も出たし、叩きのめし甲斐があるってもんよ」
腕をぐるぐると振り回しながら、豪快にヴォルツは笑う。クライドたちが会議の間中、ヴォルツは騎士団の若手騎士たちと一対多の模擬戦を行っていた。その様子はクライドも見たことがあるが、全力で突っ込んでくる若手騎士をちぎっては投げちぎっては投げするヴォルツの様子には、師であるリーゼロッテの特訓を思い出さずにはいられなかった。
「楽しそうですね、騎士ヴォルツ」
「お、アメリア執務官殿は解ってくれるか。そこの副隊長はイマイチ根性がねぇし、今度相手してもらえるかい。そっちも身体なまってんじゃねーか?」
「いいですね。負ける気はありませんけど」
「ほう、空戦AAAの意地ってやつか?」
「ランクなんて飾りですよ。――勝ちはせずとも負けるなかれ。執務官の鉄則です」
ヴォルツの言葉に答えるアメリアも楽しそうだった。結婚してからも前線に出続けていることが示す通り、アメリアも実戦派なのだ。なかなか表だって飛び回る機会のない今回の件では、フラストレーションも溜まっているのだろう。
「ヴォルツ隊長、ほどほどにしてくださいね? 隊長の訓練は乱暴なんですから、治療する方の身にもなってくださいよぅ」
――と、ヴォルツの背後から少し舌っ足らずな声。
「しっ、シスター・セリカ!?」
ひょっこりと顔を出した小柄な少女――もとい女性に、ビュートがしゃっくりのような声をあげた。大柄なヴォルツの背後に完全に隠れてしまっていたのは、第五師団医療隊の修道女、セリカ・ヘンリットである。ヴォルツとは昔からのなじみらしく、クライドとアメリアも既に顔合わせは済ませてあった。
――そしてもちろん、ビュートの件もふたりとも把握済みである。
「こんにちは、クライド提督、アメリアさん、それからビュートさん」
ぺこりと頭を下げるセリカに、クライドとアメリアは頷いて返す。
「ビュートさん?」
反応の無かったビュートに、セリカが首を傾げる。「あ、いやいや、」と取り繕うように首を振るビュートの様子は、明らかにしどろもどろで。
「こ、こんにちは、シスター・セリカ」
「はい。――大丈夫ですかビュートさん? 顔赤くありません?」
ずい、と顔を寄せてビュートの顔を覗きこむセリカ。
「い、いやいやいや、大丈夫、大丈夫ですから!」
「――ひょっとして、昨晩のお酒が残ってるとか? アルコールはほどほどにって言ったじゃないですかー。隊長もっ」
急に振られて、「んあ?」とヴォルツは間抜けな声をあげる。
「俺もかっ!? そりゃ濡れ衣ってもんだぜセリカちゃん。まぁ昨日も呑んだが」
「やっぱり呑んでるんじゃないですかー! もー、お酒取り上げますよ?」
「それは勘弁だぜセリカちゃ〜ん、酒は百薬の長って言うだろ?」
「薬も過ぎれば毒です。ていうかセリカちゃんって呼ばないでください。――ビュートさんも、体調管理はしっかりしてくださいよ? 心配する方の身にもなってくださいー」
「は、はい……」
濡れ衣もいいところなのだが、セリカに睨まれてしおしおと萎縮するビュート。全く威厳のないセリカの説教がダイレクトに効くのは彼ぐらいのものかもしれない。
ともかく――それまでの重い空気をあっという間にかき消す3人の様子に、苦笑混じりにクライドは肩を竦める。
『シスター・セリカは、あれは解っていてやっているのか?』
『騎士ビュートのことですか? ――どうでしょうねぇ?』
念話でアメリアに話を振ってみたら、返ってきたのは含み笑いだった。
――全く、アメリアまでここの空気に汚染されてきているらしい。
『クライド提督。――こういう空気は、不謹慎だと思いますか?』
と、今度はビュートからの念話だった。ベルカの思念通話とミッドの念話は基礎原理の共通する魔法なので、少しの調整さえすれば会話に支障はない。
『……粛々と事件に当たることで、事件が早く解決するならば、な。TPOを弁えるのは無論だが、何にしても結果が伴わなければ、結局は意味がない』
『同意します。――ウチの隊長も、ふざけてはいますが不真面目ではないと弁解させてください。信用できないかもしれませんが』
『騎士ビュートが保証するならば、信用するにやぶさかでないさ』
『ありがとうございます』
――そんな念話を交わしている間も、ビュートはセリカにたじたじのままで。
本当に、変わった人間ばかりだ、ここは。
クライドはもう一度、大仰に肩を竦めてみせたのだった。
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Comment
会議がぐるぐる踊ってるってーのはなかなか面白い表現ですなw
それにしても、なにやら粛々と進んでおりますなー。まぁ実際問題隠密行動に徹されるとヴォルケンズ見つけるのにも手間取りそーですしなー
それにしても、なにやら粛々と進んでおりますなー。まぁ実際問題隠密行動に徹されるとヴォルケンズ見つけるのにも手間取りそーですしなー
Posted by: 緑平和 |at: 2007/11/19 10:46 PM
宗教の対立はどこにでもあるんですね。
お互いを認め合わず、滅び合いそうです。
まあ、元々バットエンドなんですけど(汗)。
お互いを認め合わず、滅び合いそうです。
まあ、元々バットエンドなんですけど(汗)。
Posted by: ユリかもめ |at: 2007/11/20 2:29 PM
現状では有効打をうてず、事が起こるのを待つのみというのは歯がゆい事でしょうね。
クライド氏の場合は特にそうではないかと。
それにしても廃棄区画、荒廃した情景が目に浮かびます。
そこで救いを求める故の信仰が生まれるというのはよくある事象でしょうね…
クライド氏の場合は特にそうではないかと。
それにしても廃棄区画、荒廃した情景が目に浮かびます。
そこで救いを求める故の信仰が生まれるというのはよくある事象でしょうね…
Posted by: T |at: 2007/11/20 7:19 PM
>緑平和さん
小田原評定とゆーかウィーン会議というかw
ヴォルケンズと主役組がぶつかるまでの前提作りが世界設定のせいで思ったより難しくなってしまってちょっと困ってますw おかげでバトル突入がだいぶ遅くなってますがご了承下さい(ぇー
>ユリかもめさん
宗教ネタは生半可に足をつっこめる領域ではないので、今作でもあまり突っ込んだ話にはなりませんが、楽園信仰は物語の根幹に関わってくる重要問題なので気に留めておいてくだされば。
>Tさん
BURNINGのときもそーだったんですが、管理局vs敵組織の構図になると「敵が動いてくれないとどうしようもない」って問題が常につきまとって、作者としてもちょっと困りものだったりしますw
廃棄区画に関してはまた後ほどー。
小田原評定とゆーかウィーン会議というかw
ヴォルケンズと主役組がぶつかるまでの前提作りが世界設定のせいで思ったより難しくなってしまってちょっと困ってますw おかげでバトル突入がだいぶ遅くなってますがご了承下さい(ぇー
>ユリかもめさん
宗教ネタは生半可に足をつっこめる領域ではないので、今作でもあまり突っ込んだ話にはなりませんが、楽園信仰は物語の根幹に関わってくる重要問題なので気に留めておいてくだされば。
>Tさん
BURNINGのときもそーだったんですが、管理局vs敵組織の構図になると「敵が動いてくれないとどうしようもない」って問題が常につきまとって、作者としてもちょっと困りものだったりしますw
廃棄区画に関してはまた後ほどー。
Posted by: 浅木原忍 |at: 2007/11/20 11:30 PM
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