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魔法少女リリカルなのはCHRONICLE 第一章「天象儀の空」(5)
 第一章その5。今回の闇の書サイドも色々と複雑です。










     ◆


 そこはひどく狭く、殺風景な部屋だった。
 調度はただ、小さなベッドが3つ。それ以外はただ石造りの壁に囲まれるだけ。窓のひとつもなく、光源は蝋燭の微かな煌めきのみ。横になる場所さえあればいい、と言わんばかりのその部屋は、監獄でなければ何であるというのか。――少なくともベッドがあるだけ、過去に比べれば待遇は良い方であるとも言えるが。
 しかしいずれにせよ、そんなことは彼女たちには些末な問題に過ぎない。
 主から与えられたものに不満を持つということはない。あったとしても、それを訴えることはない。そんな些細な感情は、彼女たちには必要のないものだ。
 彼女たちにあるものは、ただ主の命ずることを遂行するという、意志のみだ。
 ――それ以外の意志など、不要なのだ。

「これで、よし」
 声とともに、額にかざされていた手が離れ、シグナムは顔を上げた。
 触れてみれば、額の傷は完全に塞がっている。血の痕を拭うと、目の前で微かに心配げに目を細めるシャマルに、ただ一言「すまない」とだけ言葉をかけ、立ち上がった。
 夜の蒐集まで、休息の時間はさほど長くない。プログラムである自分たちは、人間ほどやわではないが、蒐集を効率よく進めるためにも、ある程度の休息は不可欠だ。
「ヴィータ、お前もシャマルに――」
「いらねぇよ、こんなん怪我のうちにも入りゃしねぇ。放っときゃ治る」
 シグナムの言葉に、吐き捨てるように答えたヴィータは、まだ赤い左腕の傷を気にかけた風もなく、ベッドに転がると盛大に舌打ちを漏らした。
「――夜も蒐集だ。お前もしっかり休んでおけ」
「わぁってら。――けっ、主でもねぇジジイのための蒐集なんざ、騎士の名が泣くぜ」
「ヴィータちゃん」
 口汚い言葉に、シャマルが眉を寄せる。
「だがそれが、我が主の望みだ」
「は。――主の主は主ってか? うぜぇんだよ、あのジジイ」
「そのあたりで止めておけ。聞かれていたら、また面倒なことになる」
 シグナムの制止に、ヴィータはまた盛大に舌打ちして、ベッドにごろりと転がった。
 シャマルも無言のまま横になる。ザフィーラはずっと沈黙したまま部屋の片隅に寝そべっていた。シグナムはひとつ吐息して、唯一の光源である蝋燭を吹き消した。
 世界が闇に閉ざされ、その中でシグナムもまたベッドに横になる。
 闇の中、不意に浮かぶのは、詮無い思考。
 ――今の蒐集は、主であるノア・クルーガーという少女が望んだものではない。主の父である、サイノス・クルーガーの望みだ。主ノアが守護騎士たちに求めたのは、父の望みを叶えること。故に、守護騎士たちは蒐集を続ける。
 最近は、蒐集のペースも落ちている。サイノスが苛立つのも無理はない。主の望みがサイノスの望みを叶えることである以上、シグナムたちはそれに従うだけだ。そこに疑問など覚える理由はない。覚える意味もない。ヴィータのように悪態をつくなど、非効率的なことである。――そのはずだ。
 シグナムは目を閉じる。漆黒よりも深い闇に、世界が閉ざされる。
 ただ今は、休息をとり次の蒐集に備える。それだけでいい。
 意味のない思考を止め、シグナムはひととき、その意識を手放した。


     ◆


 同時刻。
 ランプの光が、仄暗い闇をおぼろに照らす廊下を、少女は小走りに駆けていた。
 銀色の髪が淀んだ空気になびき、小さな足音が静寂に反響して消えていく。
 手にしたのは小さな木箱。それを大事そうに抱え、少女――ノア・クルーガーは、ときおり立ち止まって周囲を確かめながら、ある場所を目指していた。
 そこに向かうことを、父が許さないことは解っている。気付かれれば父は怒り、悲しむだろう。――けれど、ノアは引き返そうとすることはなかった。
 ただ、ノアの脳裏に浮かぶのは、数刻前に目の前にあった光景。
 振るわれた杖。打ちつけられた額から流れた、真っ赤な血。それに構いもせず、ただ静かに傅き続けていた――彼女の騎士。
 ぎゅっと、木箱を抱く腕に力を込める。足を止め、乱れてきた吐息を整え、顔を上げ、それからノアはもう一度走りだそうとして、
 ――石畳の床の凹凸に、その爪先を引っかけた。
「っ!」
 悲鳴はない。そもそも悲鳴をあげることは、ノアには出来ない。
 木箱が床に叩きつけられる音が、悲鳴の代わりのように甲高く響き。少女の細い身体は、前のめりに倒れ込んだ。
 落とした表紙に、木箱の蓋が開く。中から飛び出したのは、包帯と消毒用のアルコール。それらは倒れた少女から逃げるかのように、遠くへと転がっていき。
「…………、」
 ほんの微かな呻きを漏らして、ノアは顔を上げる。打ちつけた肘と膝が痛み、目尻に涙が浮かぶが、すぐにそれを擦ると、慌てて木箱を拾い上げた。
 視線を彷徨わせれば、アルコールの瓶と包帯もすぐに見つかる。包帯を回収し、アルコールの瓶に手を伸ばそうとして、
 ――かつん、と硬い音。そして、ノアの眼前に現れたのは、見覚えのある杖。
 ノアは息を飲み、顔を上げる。
「……何を、している?」
 そこにあったのは――ひどく忌々しげな表情でノアを見下ろす、彼女の父親、サイノス・クルーガーの姿だった。
 身を竦ませるノアの目の前で、サイノスは足元に転がったアルコールの瓶を拾い上げる。そしてその形相が、明白な怒りへと転化した。
「何をしているのかと言っておるのだッ!!」
 何の前触れもなく、その杖がノアへと向けて振るわれた。こめかみをしたたかに打ち据えられ、ノアの細い身体が悲鳴もなくその場に転がる。
「守護騎士どものところへ、行こうとしていたのではあるまいな?」
 冷酷な瞳で、痛みに呻くノアを見下ろして。
「行こうとして、いたのだな?」
 問いかける声は、返答を求めてはいない。――全ては自明であったから。
 故にこそ――サイノスの形相は、憤怒へと変わる。
「ノア! お前も! 私との! 約束を! ――破るのかァッ!」
 嗄れた叫びとともに、容赦なくその杖がうずくまるノアへと振るわれる。身を縮こまらせて、頭をかばいうずくまるノアへ、二度三度、四度五度とその杖を叩きつけ、
「私は、お前を、お前を――ッ」
 七度目で、サイノスの手が滑り、杖があらぬ方向へと飛んでいった。
 からん、と杖が転がる間の抜けた音とともに、世界が静寂を取り戻す。
 そこに残るのは、震えてうずくまるノアと、自らの手を見下ろすサイノス。
 ――そして。
「……ああ、ああ、ノア、ノア! 大丈夫かね!?」
 次の瞬間――悲鳴のような声をあげて、サイノスはその場に膝をつく。
 ノアが震えながら顔をあげると、そこにあったのは、憤怒の形相で自らに暴力を振るう父親の姿ではなく。――目尻に涙さえ浮かべて、娘の身を案じる父親の姿。
「おお、ノア……私の可愛いノア。ああ、すまない……父を許しておくれ」
 娘の細い身体をきつく抱きしめて、サイノスはただ許しを乞う。
 それは傍から見れば、奇怪なほどに滑稽な光景だったかもしれない。自ら娘に暴力を振るっておきながら、まるで別人のようにその許しを乞う父親。
 ――けれど、それはノアにとっては、何も奇妙なことではなく。
 だからノアは、ただ父を許すということを示すために、その背中をさすった。
 骨張った、父の細い背中を、少女の白い手が優しく撫でる。
 それに安堵の息を吐き出して、サイノスは優しく、ノアを見つめた。
「ノア、お前は優しい子だ。……本当に、優しい子だ」
 木箱を拾い上げ、手にしたアルコールの瓶をそこに仕舞うと、サイノスは木箱をノアに返した。ノアはおっかなびっくりそれを受け取り、ぎゅっと抱きしめる。
「……けれど、ノア。お前のその優しさは、あの騎士たちには届かないのだよ」
 悲しげに目を細め、サイノスは静かに語りかける。
「きゃつらは所詮、プログラムに過ぎん。お前の優しさなど、理解できはしないのだ。痛みを感じることもない。苦しみを感じることもない。――そんな者どものために、ノア、お前が悲しむことなど、何もないのだよ」
「――――」
 そうなのだろうか。彼女たちは、痛みも苦しみも感じていないのだろうか。
 彼女たちの負った傷を癒してあげたいと思うこの気持ちは、無駄なのだろうか。
 そんな思考に、答えなど出るはずもなく。
「ノア、可愛い私のノア。お前は悲しまないでおくれ。苦しまないでおくれ。ああ――私だけの可愛いノア。お前は、私の宝物なのだから」
 ノアの銀色の髪を梳くように撫で、骨張ったその手が頬をなぞる。
「だからノア、お前は、私に力を貸しておくれ。お前の力があれば、私たちは《楽園》へ至ることが出来るのだから。――その《楽園》では、悲しみも苦しみもない。もう、こんな薄暗い闇の中で震えながら暮らすこともないのだ。お前のあの綺麗な声だって戻るのだ。――そしてずっとずっと、幸せに暮らせるのだから」
 語りかける言葉は、どこまでも優しく。
 愛おしむように綴られる、楽園への憧憬。
 ただそれだけが、父の願いだから。
 だから、ノアは。
 ――はい、お父様、と。
 声は出ないけれど、頷いて、父のこけた頬に口づける。
 優しい父が、これ以上悲しまないように。苦しまないように。
 そう……それだけが、ノアに出来ることなのだから。
「おお、ノア……ノア……!」
 再び、父の細い腕が、ノアの身体を抱きしめて。
 父の微かな温もりを感じながら――けれども、思考の片隅で、ノアは思う。
 ――騎士たちは、どうしているだろうか、と。
 あの傷はそのままなのだろうか。痛がってはいないだろうか――と。
 でもそれを表に出せば、また父は悲しんでしまうから、心の奥底だけに押し込めて。
 ノアはただ、父に優しく、微笑みかけるのだ。

 そしてまた、救急箱はその役目を果たすことなく片付けられる。
 幾度そんなことを繰り返しているのかも、定かでなく。
 ただ、仄暗い闇は闇のままに世界を覆い尽くしていて。
 ――天象儀の空さえも、その世界には存在しなかった。



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| 浅木原忍 | 20:06 | comments(6) | trackbacks(0) |
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Comment
なんと言うわかりやすい悪役!!
とりあえずこのオヤジは軽く滅殺でいいんじゃねーかと思ったりなんだり。まぁ、いつか死ぬわけですが。
でもなー、娘も死んじゃうんだよなー、世知辛いなー、幼女日本の少しの希望をー(幼女言うな
Posted by: 緑平和 |at: 2007/11/03 12:43 AM
サイノスの悪っぷりが出まくり。
読んでてイラっと来ちゃいました。
Posted by: ユリかもめ |at: 2007/11/03 3:26 PM
>緑平和さん
 サイノスさんは全力で今回の嫌われ役担当です。うふふふふ。まぁBURNINGのエディックも連載中はブーイングの嵐だったわけで、さて最終的にはどうなっているのでしょうね?(微笑

>ユリかもめさん
 サイノスさんの登場シーンはイライラ小説(RC2)を目指しますか(ぇー
Posted by: 浅木原忍 |at: 2007/11/03 10:35 PM
サイノスさんは色々と病んでいるみたいですね。そこに至る経緯が気になりますがそれは先のお楽しみなんでしょうね。

それにしても、やさぐれていてもヴィータは可愛いなぁ(おぃ
Posted by: T |at: 2007/11/04 11:09 AM
更新はやい!!
気づかなかった・・・orz

ノアのお父さん、なんというか典型的な悪役というか、狂心者というか、そんなかんじですね・・・。

この物語はBADEDみたいですからとりあえずこの二人は死亡フラグかなーなどと思っております。
今回も気づいたことがあったらバンバン書くつもりなので(爆

ではノシ
Posted by: 吉 |at: 2007/11/04 4:43 PM
>Tさん
 サイノスさんはサイノスさんでまた色々とある人物なのですが、そこらへんの話はまた後ほどですねー。教会上層部のまだ出てきてない人たちとかも色々。
 あ、守護騎士たちの中ではやさぐれヴィータがメインっぽいですよ今作は(ぇ

>吉さん
 まぁ既に何人かは死が明示されてますので、そこに至る過程をお楽しみいただけますれば。うふふふふ。
 BURNINGのときほどのペースではありませんが、今回もコンスタントに更新していきたいです。がんばるます。
Posted by: 浅木原忍 |at: 2007/11/04 4:48 PM








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 第2話「あの月のこちらがわ」
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 第5話「君に降る雨」
 第6話「月からきたもの」
 第7話「月下白刃」
 第8話「永遠エスケープ」
 第9話「黄昏と月の迷路」
 第10話「穢れ」
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 3 / 火焔猫燐
 4 / 霊烏路空
 5 / 古明地さとり
 6 / 火焔猫燐
 7 / 霊烏路空
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 9 / 古明地さとり
 10 / 霊烏路空
 11 / 火焔猫燐
 12 / 古明地さとり
 13 / 霊烏路空
 14 / 火焔猫燐
 15 / 古明地さとり
 16 / 霊烏路空
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【勇儀×パルスィ】
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 14 / 「星熊勇儀の微睡」
 15 / 「水橋パルスィの恋心」
 16 / 「星熊勇儀の応談」
 17 / 「黒谷ヤマメの懸念」
 18 / 「星熊勇儀の懊悩」
 19 / 「キスメの不安」
 20 / 「火焔猫燐の憂鬱」
 21 / 「黒谷ヤマメの奮闘」
 22 / 「古明地さとりの場合」
 23 / 「水橋パルスィの狂気」
 24 / 「古明地さとりの思案」
 25 / 「星熊勇儀の煩悶」
 26 / 「水橋パルスィの意識」
 27 / 「星熊勇儀の虚言」
 28 / 「水橋パルスィの嫉妬」
 29 / 「星熊勇儀の決断」
 30 / 「キスメの幸福」
 31 / 「水橋パルスィの戸惑」
 32 / 「黒谷ヤマメの嫉妬」
 33 / 「古明地さとりの思惟」
 34 / 「キスメの献身」
 35 / 「星熊勇儀の愛情」
 36 / 「水橋パルスィの変化」
 37 / 「火焔猫燐の懸案」
 38 / 「星熊勇儀の失態」
 39 / 「水橋パルスィの存在」
 40 / 「星熊勇儀の審判」
 41 / 「水橋パルスィの幸福」
 42 / 「星熊勇儀の願い」
 43 / 「地底への闖入者」
 44 / 「水橋パルスィの真実」
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 47 / 「地底の恋物語」

【にとり×雛】
にと×ひな!(完結)
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  SIDE:A SIDE:B
 Stage2「厄神様へ続く道」
  SIDE:A SIDE:B
 Stage3「神々も恋せよ幻想の片隅で」
  SIDE:A SIDE:B(前編)(後編)
 Stage4「秋めく恋」
  SIDE:A SIDE:B SIDE:C
 Stage5「少女が見た幻想の恋物語」
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 Stage6「明日晴れたら、雨は昨日へ」
  (1) (2) (3) (4)

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 君が見てくれているから/新年
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 いたずらなお姫様
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