ユグドラシルの枝(2)
2007.09.27 Thursday | category:投稿&頂き物SS
*注意*本作は「魔法少女リリカルなのはBURNING」の三次創作です。本編のネタバレを含むため、先に「なのはBURNING」を読まれることを推奨致します。
てるさんから、BURNING三次短編シリーズの第2話が到着ですよ! 今回はエディックとフェイトのお話。たったひとつの差異によって、BURNING本編とは全く立場を違えたふたりの会話をどうぞお楽しみあれー。
なお、このシリーズは全5話だそうです。一番楽しみにしてるのはたぶん俺w
てるさんから、BURNING三次短編シリーズの第2話が到着ですよ! 今回はエディックとフェイトのお話。たったひとつの差異によって、BURNING本編とは全く立場を違えたふたりの会話をどうぞお楽しみあれー。
なお、このシリーズは全5話だそうです。一番楽しみにしてるのはたぶん俺w
これは一体どういう事態なのだろう? とフェイト・テスタロッサは小一時間ほど自分を問い詰めたかった。
状況は極めて単純だ。フェイトが、この部屋の主から呼ばれ、それに応じる形で部屋を訪問し、その部屋のソファーに腰掛けている。そして、この部屋の主はというと―――
「♪〜♪〜」
鼻歌を暢気に歌いながらフェイトのために紅茶を入れていた。
普通なら、何も問題ない状況だ。そう、普通なら。残念なことにフェイトの状況は普通ではなかった。部屋が? ソファーが、いや、違う。普通じゃないのはこの部屋の主だ。
「どうかしましたか? フェイトさん」
フェイトが後ろから見つめる視線に気づいたのだろうか。背を向けていた男性が、紅茶のカップに入れたお湯を捨てながらフェイトに問いかけた。
「い、いえ、なにもありません。スコール主任」
誤魔化したように慌てて両手を左右に振るフェイト。
その行動が功を奏したか、あるいは、気づかない振りをしてくれたのかわからないが、その男性は微笑みながら、また紅茶を入れる作業へと戻った。
温度計と睨めっこしながら紅茶を入れる男性。彼こそがフェイトを呼んだ人物であり、この部屋の主であり、フェイトを緊張させている人物である。
名は、エディック・スコール。齢二十歳になる前に技術部の主任の地位へとついている人物。技術屋の人間に言わせてもらえば、『デバイス工学の神様』らしい。
らしいというのは、フェイトが機械工学に興味を持っているわけでもなく、彼女がよく知る噂好きの女性であるエイミィから聞きかじった程度の話である。
でも、なんでそんな人が私を呼び出すんだろう?
フェイトと技術主任のエディック。フェイトからしてみれば、接点など何所にもなく、『神様』が一介の嘱託魔道士について興味を持つはずもないということを考えれば、さらに謎は深まるばかりである。
呼び出した用件について聞こうとしてもこの部屋に入ってきてからすぐにエディックは紅茶を入れる準備を始めてしまい、ソファーにかけてくださいと言ったっきりほったらかしにされている。
時折、先ほどのように様子を伺ってくれてはいるようだが、何も話が進んでいな以上はフェイトにしてみれば、同じ事である。
フェイトはエディックには聞こえないように小さくはぁ、とため息を吐いておとなしく待つことにした。
◇
「お待たせしました」
先ほどまで紅茶を入れていたエディックが、二つのカップを手にフェイトの前に座った。そして、持っていたカップのうちの一つをフェイトとエディックの間にあるテーブルの上にコトリと置く。
まったくだ、とはとてもいえないフェイトは、そんなことありません、と慌てて両手を振ってエディックが言った言葉を否定した。
フェイトの否定を受け止めるでもなく、否定することもなくエディックは、微笑を浮かべながらフェイトの正面に腰を降ろしていた。
そして、自分が入れた紅茶に一口含み、飲み干した後に何故か満足げにうなずいてフェイトに紅茶を促すようにまっすぐ見つめられた。
こうやって見つめられてはフェイトも断るすべはない。何より紅茶は冷める前に飲む方がおいしい。それは彼女の親友である月村すずかから教わった。
恐る恐るフェイトは紅茶を飲む。砂糖もミルクも入っていない紅茶だったが、苦味はあまりなくフェイトでもなんとか飲み干せた。すずかの家の紅茶はあまり砂糖などを入れなくても大丈夫であり、この紅茶もその類のものだ。しかも、腕は月村家の凄腕メイドさんに勝らずとも劣らず。
デバイスの神様はどうやら紅茶の入れ方も上手らしい。
おいしい紅茶を飲めるのは嬉しい。だが、それよりもフェイトは、呼ばれた用件を知りたかった。高官の相手との話はクロノやリンディとなれているとはいえ、いくらなんでも一部署のトップと話す機会はなかった。だから、フェイトの心臓は緊張でドキバクだ。
さっさと用件を聞いて帰ろう。
「あ、あの……スコール主任」
「私のことはエディックで構いませんよ。フェイトさん?」
いきなり出鼻をくじかれた。しかし、目の前の男性のこのフレンドリーな空気は一体なんだろう。まるで知り合いの妹を相手にしているかのような気軽い雰囲気が漂っている。もしも、最初にクロノから主任だと教えられていなかったらそんな高官だとは気づけなかっただろう。
さて、閑話休題だ。用件を聞いて早く帰るという目的はまだ果たしていないのだから。
「では、エディックさん。私がここに呼ばれた理由はなんですか?」
「まあ、そんなに慌てずとも……と、いいたいですが、そうですね。用件を先に済ませたほうがいいかもしれませんね」
そういいながら、エディックは、懐に手を入れて何かをつかんだかと思うと、フェイトとエディックの間にあるテーブルの上にコトリと何かを置いた。
三角形の黄色く輝く見慣れたデバイス。
「バルディッシュっ!?」
バルディッシュ。彼女の親であるプレシア・テスタロッサによって作られた彼女専用のデバイス。今は、カートリッジシステムを搭載し、バルディッシュ・アサルトと名を新たにした彼女の相棒がそこに鈍い輝きを放ちながら置かれていた。
なぜ、この人が?
バルディッシュはあの闇の書の最終決戦の後にオーバーホールに出した。もちろん、原因はザンバーフォームへの変形である。
だが、オーバーホールを頼んだのは彼女がよく知る技師であるマリエルであるはずだ。だから、目の前の主任であるエディックが持っていることなど有り得ないはずだった。
「ああ、これですか。マリーさんがレイジングハートというもう一つのデバイスで大変そうだったので、私がこちらを代わりにオーバーホールをしました」
フェイトの浮かべていた驚愕の表情を読み取ってのことなのか、ご丁寧にもエディックは彼がバルディッシュを持っていた理由を説明してくれた。
「しかし、さすがプレシア・テスタロッサの作品ですね。魔力回路といい、設計といい、本職と引けを取らないほどですよ」
彼女はエネルギー系の技術者だったはずですが……、という呟きはもはやフェイトには届いていなかった。
当然だ。こんなところで自分の母親の名前を聞くことになろうとは夢にも思わなかったのだから。
本当はバルディッシュは、使い魔であるリニスが製作したのだが、突然出てきた母親の名前に気にする余裕はなかった
「あの……母を知っているんですか?」
「もちろん。プレシア・テスタロッサと技術者の中で知らない人はいませんよ」
エディックの返答にフェイトは驚いた。
てっきりフェイトは、母親が知られている理由が、PT事件に由来していると思っていたのだ。だが、エディック語ったのは、『犯罪者』としてのプレシア・テスタロッサではなく、『技術者』としてのプレシア・テスタロッサだった。
「エネルギー系の技術についての研究であれば、彼女は常に最先端でしたからね。ただ……あの事故で娘さんを亡くしてからは……」
エディックが顔を伏せると同時にフェイトも顔を伏せた。
出来れば思い出したくない事件。そこから派生するのだ。次元犯罪者プレシア・テスタロッサへの道が。
少し気まずい雰囲気になってエディックは場を誤魔化すように紅茶を口にした。フェイトもそれに習ってやはり同じように紅茶を口にする。先ほど感じられた苦味が今は一層強くなっているような気がした。
「ただ」
その気まずい雰囲気の中、エディックは再び言葉を口にする。フェイトが驚愕する一言を。
「ただ、あなたのお母さん。プレシア・テスタロッサが取った行動も私は理解できるのですよ」
それは禁句だった。この時空管理局に所属するものならば、理解できるといってはいけない言葉だ。特にプレシア・テスタロッサの行動は、娘のために次元振動さえ起こし、一つの世界さえ壊そうとしたほどなのだから。
フェイトが驚愕していることにもエディックは気づいていないのだろうか、マイペースに次々と言葉を続けていた。
「確かに彼女がやったことは犯罪です。しかも、次元振動さえ起こそうとしたほどですから重罪もいいとことでしょう」
それがプレシア・テスタロッサの罪。娘の蘇生。アルハザードという夢物語を信じた愚か者が背負う罪だ。
「彼女がそれを理解していなかったとは考えにくい。彼女自身が、彼女の行動を犯罪だと理解していないわけがない。でも……それでも、彼女はきっと会いたかったのでしょう。取り戻したかったのでしょう。その手に。わが子を」
プレシア・テスタロッサが犯罪に走った理由はただ一つ。
アリシア・テスタロッサという存在をその手に取り戻すため。ただ、それだけなのだ。
「ただ一人の大切な人のため」
それは端から見たらバカらしい話。たった一人のために数万、数十万の命を犠牲にするという等価交換にもならない話だ。だからこその重大犯罪なのだ。
「でも……だから、僕は理解できます。彼女の気持ちが」
その一言にフェイトはひどく安心した。
プレシア・テスタロッサといえば、管理局内部で言えば、ただの重大犯罪者だ。ジュエルシードを使い、次元振動を起こし、アルハザードという夢物語への道を追い続けた狂った研究者。それが、プレシアの位置づけだ。
だが、フェイトはその位置づけを聞くたびに胸が苦しくなる。
たとえ虐待をされていたとしても、彼女から人形だといわれても、それでもフェイトにとってプレシアとはたった一人の母親なのだ。アリシアの記憶かもしれない。だが、それでもフェイトに笑顔を見せてくれた優しいお母さんなのだ。
だから、エディックのようにプレシアの気持ちを理解してくれる人がいてくれることはとても嬉しいことだった。
「でも……どうしてエディックさんは、母さんの気持ちが理解できるんですか?」
それがフェイトにとって最大の謎だった。
誰かが誰かの気持ちを理解できるなんて事は有り得ないとフェイトは思う。だから、理解できると断言したエディックには違和感を感じたのだ。少なくてもエディックの本音を知らない限りは。
そして、そのフェイトの質問に対してエディックは意地悪を思いついた少年のような笑顔を浮かべて口を開いた。
「簡単ですよ。僕にもプレシアさんのように大切な人がいて……そして、もしかしたら僕もプレシアさんと同じ立場にいたかもしれないというだけです」
にっこりと笑いながら自分が犯罪者になりえたかもしれないと語るエディックにフェイトはひどく違和感を感じた。
◇
そう、もしかしたら自分が第二の、あるいは最初のプレシア・テスタロッサになっていたかもしれないのだ。
思い出すのは四年前の事件。あの駅のテロ事件で爆破に巻き込まれた自分の大切な最愛の女性―――セレナ・オズワルド。
確かに彼女は一命をとりとめた。だが、爆発に巻き込まれてから三日間は予断を許さない状況が続いたことは確かなのだ。
彼女がもう二度と目を覚まさないかもしれない。もしかしたら、もう自分に笑いかけてくれないかもしれない。
そう考えるだけでエディックの手は震えていた。彼女が見たら笑い飛ばすほど情けない姿。だが、その笑い飛ばす人物は、目を覚まさず目の前でただ眠っているだけ。
もしも、このまま彼女がいなくなったら、自分はどうしよう。
何度、セレナの手を握りながらそんなことを考えただろう。今まで学んだことすべてを総動員して、必死にセレナを救う手立てを組み立てていた。たとえ、見つからなくても絶対に見つけてやる、と。どんな夢物語にすがってでも必ず彼女を救い出す、と。そう心に誓っていた。
幸いにして、セレナは三日目にして目を覚まし、その誓いを果たす必要はなくなったが。
そんな誓いをしたことがあるエディックだからだろう。PT事件の報告書に目が留まったのは。
執務管と技術主任の両方の資格を持つエディックは、事件の報告書をかなりのレベルで閲覧することが可能だった。そもそもPT事件の資料を見ようと思ったのは他でもない。エディックの親友がその事件に絡んでいたことを知っていたから。その事件が解決したと聞いて、その報告書を見てみようと思っただけだ。
そして、そこに載っている事件の全容を見たときの驚きようは言葉に出来るものではない。
そこに載っているプレシア・テスタロッサはもしかしたらあったかもしれない自分だった。
たった一人の愛娘のために幾人の人間を犠牲にして、愛娘のクローンでさえも利用するという狂気にしたがってまで成し遂げようとした執念さえも似ていると思った。
そんな中でエディックはもう一人の人物にも興味がいった。
フェイト・テスタロッサ。
プレシア・テスタロッサの愛娘のクローンで、母親から虐待を受けようとも母親のため自分のすべてを犠牲にしていた少女。
彼女もまた自分と似ていると感じた。
プレシア・テスタロッサにとってのアリシア・テスタロッサであるようにおそらくフェイト・テスタロッサにとっては、プレシア・テスタロッサがすべてだったのだ。
死者から話を聞くことは出来ない。だが、生きている人間から話を聞くことは出来る。だからだろう、エディックがフェイトと話をしてみたいと思ったのは。
そして、その望んだ状況は現実のものとなっている。エディックがバルディッシュのオーバーホールを肩代わりすることによって。
「あ、あの……」
「ああ、なんですか」
いけないいけない。思わず思考の渦に入ってしまっていた。
何か一つの思考に没頭すると周りが見えなくなる。悪い癖だと思いながら、セレナに治すように言われながらも未だに治る気配を見せていなかった。
「そろそろ、いいでしょうか?」
非常に言いづらそうにフェイトが、退出の意を口にする。
だが、このまま帰すわけにはいかなかった。なぜなら、彼女にはまだ大事なことを聞いていないのだから。
「……あの、それじゃ、失礼します」
だが、エディックが何も言わないのを肯定の意と汲み取ったのか、フェイトは少し腕を伸ばしてバルディッシュを手に取ろうとしていた。
だが、エディックにはまだ帰すわけには行かない理由がある。だから、フェイトがバルディッシュを手にする前にその黄色に光るデバイスを自分の手の中に再び収めた。
「エディックさん?」
フェイトの顔に浮かぶのは困惑の表情。
当然だ。帰っていいよ、といわれたかと思えば、用事の要であるデバイスを手にとられたのだから。
だが、エディックとしてもまだ帰すわけにはいかなかった。まだ聞きたいことがあるのだから。
「フェイトさん。質問に答えてくれますか?」
それはただの確認。バルディッシュがエディックの手の内にあるうちは彼女は首を縦に振るしか方法がないのだから。
現にフェイトは、首を縦に振った。
「それでは、尋ねます」
一呼吸置く。この質問は意地の悪い質問だと分かっているから。おそらく彼女の心を傷つけると分かっているから。
でも、いずれは直面するだろう彼女に自覚してもらいたい。彼女がプレシア・テスタロッサの後を追わないように。だから、あえて口にした。
「―――プレシア・テスタロッサを生き返らせる方法があるとしたらどうしますか?」
◇
思わず息を呑んだ。
そんな方法が……本当にあるのだろうか?
最初に浮かんだ疑問だ。
プレシアは確かに魔法の力すら効力のない虚数空間へと落ちた。アリシアと一緒に。そこからプレシアを救う方法などあるのだろうか?
答えを探るようにフェイトはエディックの顔を見つめる。
彼は、右手にバルディッシュを持ったまま微笑むだけ。その微笑みはひどく曖昧で、何を考えているかわからない。微笑みという名のポーカーフェイス。まだ人生経験の浅いフェイトにそんなエディックの考えが読めるはずもなかった。
だから、自分で考えるしかない。
もしも、もしも、母さんが助けられるなら……
フェイトにとってプレシアは大切な人だ。大切で、大切で、フェイトの存在意義といっても言いぐらいの人だった。
だから……もしも、助けられるなら、助けたい。もしも、そんな方法が存在するなら……
今の環境に優しい母親が加わる。それは、フェイトにとって夢のような光景だ。
「ただし――」
だが、そんなフェイトの幸せな情景に思いをはせるのに水を差すようにエディックは付け加える。
「生き返らせる場合、あなたはすべてを失いますよ。今の環境も大切な人も。全部」
―――それでも、やりますか?
そう、彼の瞳は語っていた。
母さんを助けます。そう言葉にしかけたフェイトはエディックの言葉を聞いて口をつぐむ。
フェイトが望むのは、今の環境にプレシアだ。決してどちらか片方ではない。
二者択一。それでどちらを選ぶのか? フェイトに選べるのか?
「それは―――分かりません」
フェイトの出した答えは実にあやふやなもの。どっちつかずの中途半端な答え。
実際、フェイトにはどちらを選ぶかわからない。
確かにプレシアは彼女にとってかけがえのない人だ。プレシアのための人生だといっても過言ではなかった。
―――でも、でも、今の生活が大切じゃないわけがない。
フェイトの脳裏に浮かぶのは、この一年で出会った大切な人たち。
クロノ、リンディ提督、アースラのみんな、アルフ、アリサ、すずか、そして―――なのは。
全員が全員、今のフェイトにとっては大切な人だ。彼らとプレシアを比べることなんて出来ない。
フェイトにとって両方とも大切な人だから。
「……はい。どうぞ」
「え?」
目の前に差し出された相棒。まるで、すぐに手にとって欲しいといわんばかりに輝く彼女の心強い相棒が、エディックの手のひらで鎮座していた。
フェイトは、驚きの表情でエディックを見つめる。
だって、もらえないと思っていたから。こんな中途半端な答えで返してもらえるなんて思わなかったから。
「どうしたんですか、受け取らないんですか?」
「あ、いえ……ありがとうございます」
フェイトは多少、釈然としない思いを抱きながら大事にバルディッシュを受け取る。
久しぶりに見る相棒は、オーバーホールと調整を受けて前よりも頼もしく思えた。
「……どうしてですか?」
そんな相棒を見ながら、フェイトはエディックに疑問に思ったことを口にしていた。
「どうして、私にバルディッシュを返してくれたんですか?」
フェイトの疑問にエディックは少し苦笑した。
「簡単ですよ。貴方の答えが私を満足させたからです」
「でも……あんな答えじゃ……」
納得いかないフェイトがさらに突っかかろうとするのをエディックは、微笑み、首を左右に振ることで流した。
「貴方が私の提案を完全に否定するならバルディッシュを返すつもりはありませんでした。だってそうでしょう? あなたにとってプレシア・テスタロッサは、大切な人。その人にすべてをささげるぐらいに大切な人。それなのに、目の前に助ける方法があってまったく考えないなんて嘘ですよ。それは、自分の心に蓋をしているだけ。あるいは、何も考えていないだけです。そんな人にこんな強力なデバイスは渡せません」
でも―――といってエディックは、子供によく出来ました、と褒めるようにフェイトの頭を撫でた。
「貴方は考えた。そして、迷った。だから、合格です。迷えるほどに今に愛着をもっているなら、貴方はそのデバイスを持つ資格が十分にありますよ」
撫でていた頭から手を離すと、エディックは再びソファーに座って、紅茶を口にした。
「貴方はこの先、どうであれ時空管理局に関わるつもりなのでしょう?」
コクリ、とフェイトは無言でうなずく。
クロノがフェイトを助けたように、なのはがフェイトに与えたように、自分も誰かを助けて、与えられたら、そう思ってフェイトは時空管理局に関わることを決めた。
「その中で、もしかしたら出会うかもしれません。先ほどの願いを叶える人知を超えた過去の遺産、ロストロギアに」
フェイトは、はっとした。
そう、フェイトはもしかしたら出会うかもしれないのだ。プレシアを助けられるロストロギアに。
エディックの問いはそのときの予行練習のつもりだったのだろう。もしくは、フェイトの覚悟を問うための。
この問いは、気づかせると同時にフェイトに考える時間を与えるものだったのだ。
そう納得したところでフェイトは、一つだけ疑問を持った。
「あの……エディックさん」
「なんですか?」
「もしも……もしも、エディックさんの大切な人が……その……亡くなっていて、助けられるとしたらどうしますか?」
先ほど、彼は同じ立場だと語った。だから、フェイトは知りたかった。目の前で微笑んでいる彼なら、一体どんな結論を出すのだろう、と。
「もちろん、助けるに決まってるじゃないですか」
―――即答だった。
清々しいぐらい。さっき自分に言ったことは一体なんだっただろう、と考えさせるぐらいに清々しい即答だった。
「で、でも……」
「私にとって彼女は、大切な人なんですよ。とっても大切な人。この世界で、かけがえのない人です。だから、彼女を助けられるなら私はなんでもしますよ」
そのためなら、この世のすべてを捨ててもいい。
彼は微笑んだまま真剣な声色で語った。
はっきりしていて、先ほど真面目に考えた自分は何なんだ? と再びフェイトに考えさせるほどだった。
「そうですね、もしかしたら私はそれを実現させるために貴方さえも利用したかもしれませんね。同じ立場なら尚のこと利用しやすいですから。その方法を貴方にも教えるといって」
貴方ぐらいの年頃の女の子を揺さぶるぐらいは簡単なんですよ、と柔らかい微笑からは想像できないほど黒いことを口にしていた。
そこから不快感を感じることはない。
唯一つだけ、よく理解できたことがあった。
「エディックさんは――」
フェイトが次の言葉を口にしようとするが、それは突然発せられたバンッという扉を開ける大きな音によって遮られることとなった。
反射的に音の鳴った方向に視線が向くフェイトとエディック。
勢いよくあけられたドアの向こうには、執務管特有の制服を纏い、右手に書籍型のデバイスを手にして、めがねをかけた女性が若干焦った表情で立っていた。
「エディ!」
「セレナ? どうしたんですか。今日から任務でしょう」
それに対して、名前を呼ばれたエディックは困惑の表情。話から察するにセレナという女性はこの場にはいないはずらしい。
エディックは、ちょっと慌てた様子で立ち上がるとパタパタと足音を立ててセレナに近づく。
「それが、拠点制圧の任務なんだけど、相手のほうが、思ったよりも火力がありそうなのよ。私一人じゃ不安だから、エディ一緒に来て」
「またですか? この間もそういって私は……」
「いいじゃない。エディの仕事は私も手伝ってるんだから」
フェイトから見れば、エディックのほうは渋っているがその顔は頼られることを嬉しがっているようで、セレナという女性はエディックが拒否することがないことを分かって甘えているような気がする。
そして、フェイトは一目で理解した。
あの人が、エディックさんの大切な人なんだ。
それはエディックの表情からも分かるし、フェイトと対峙していたときは明らかに違う雰囲気からからも分かる。
そんな彼を見ながらやはり先ほど口にしようとした言葉が浮かんでくる。
―――エディックさんは、本当にその人のことが大切なんですね。
それが羨ましいと思う。なぜなら、フェイトの大切な人は、大切な人は―――もういないのだから。
本当に?
確認した直後に心の底から返ってきた疑問。そして、同時に浮かぶフェイトの大切な親友の笑顔。
―――なのはに会いたいな。
なんとなくエディックとセレナの二人を見ているとそう思った。
どうやら、二人の話もまとまってきているようだ。もちろん、エディックがセレナに従うという形で。
これ以上、この場にいても意味はないだろう。
そう考えて、二人に気づかれないように外に出る。幸いにして、二人はお互いにお互いにしか意識がいっていないようでフェイトに気づいた様子は……いや、帰り際こっそりとエディックは手を振っていた。それでもフェイトよりもセレナを明らかに優先させていたのは、もう用事がないからだろう。
フェイトは、少しだけ離れたところで今までのお礼と何か大切なことに気づかせてくれたことに感謝して、ぺこりとエディックに頭を下げて彼の執務室を後にした。
―――なのは、どこにいるのかな?
早く会いたいというはやる気持ちを抑え、大切な親友の少女の笑顔を思い浮かべながらフェイトは時空管理局の廊下を走るのだった。
FIN
Comment
なんだか邪気のない子供のようなエディの言葉に逆に狂気を感じてしまったり・・・これでセレナを亡くしていたら、本編以上に静かに壊れていきそうですね。
Posted by: 通りすがりのF |at: 2007/09/27 3:23 AM
正直、微妙な気分です・・・。ほんの少しの差がここまで展開を変えるとは・・・。
Posted by: ぎりゅう |at: 2007/09/27 2:55 PM
お初です。
しかし、これは・・・。
本当に些細な違いでここまで変わるものですね。
全5話だそうですから、楽しみに待っています。
しかし、これは・・・。
本当に些細な違いでここまで変わるものですね。
全5話だそうですから、楽しみに待っています。
Posted by: 吉 |at: 2007/09/27 4:12 PM
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