Feline days
2007.09.23 Sunday | category:なのはSS(アリサ×すずか)
我が輩は猫である。名前はアイン。
『第一』の名を与えられた、月村家の飼い猫である。
さて今日は、我が主のことについて語ろうと思う。
我を拾い、名付け、食と住を与えて下さる主。
まだ幼き主の名は、月村すずかという。
Feline days
「ただいまー」
夕暮れ。いつものそんな声とともに、ドアの向こうから主が姿を現す。足元に駆け寄ると、いつも主は我を一番に抱き上げてくれる。それが我の小さな誇りだ。
ベッドに腰掛けた主の膝の上に丸まって、ひとときの微睡みを享受する。その時間は至福の一言に尽きると言えよう。無論、この家の飼い猫は我だけではないが故、常に主の膝の上を独占できるわけではないのだが。
「今日はね、アリサちゃんと一緒に図書館に行ったの。私が本借りてる間に、アリサちゃん寝ちゃっててね。ふふっ、寝顔、可愛かったな」
我の喉元をくすぐりながら、楽しげに主は語る。気持ちよさを鳴いて示しながら、我は静かに主の言葉に耳を傾ける。
「そうそう、帰り道でね、スーパーの前に繋がれてたワンちゃんに、アリサちゃん夢中になっちゃって。飼い主さんが出てくるまで、ずっと撫でてたんだよ? ……ちょっと羨ましいなぁ。私もアリサちゃんに……って、何言ってるんだろうね、私」
日常の何気ない一風景を、主はとても楽しげに語る。見上げれば、浮かべるのは幸福に満ちた笑顔。
その幸福の根元が何かなど、考えるまでもない。
主の話を聞いていれば、嫌でも解る。その話の中での、最頻出の名前。主がもっと愛おしげに、幸せそうに、呼びかける名前。――アリサ・バニングス。
ヒトの世では、犬が忠義の動物であるのに対し、猫は気ままで恩知らずと思われているらしい。確かに犬ほどに主に献身的に尽くすのは性分では無いが、だからと言って恩義を感じていないと思われるのは心外というものだ。
野良猫であった我を拾い、血統書付きの揃うこの家の一員に加え、あまつさえ『第一』を示す名を与え可愛がってくれる主には、一生かけても返しきれぬ恩義がある。
我としては常々、その恩義を少しでも返す機会をうかがってはいるのだが、どうしたものか。
「……はふ。アリサちゃん……」
ベッドに横になり、主は枕を抱きしめている。
ぼふ、と顔を枕にうずめ、息を吐き出す主。
その抱いた枕に、主は愛しき者の姿を重ねている。猫の我にもそのぐらいのことは理解できるのだ。
「……もっと、ぎゅってして……」
きつく枕を抱いて主が呟くのは、想像の中であの少女へ向けた言葉か。無論枕が抱き返してくれるはずもなく、ただ主の腕の形に枕が変形するばかりだ。
「好き、だよ。……大好き」
囁く言葉は、無論、ここにいない彼女に届くはずもない。
主の望みは、枕ではなくアリサ・バニングスを抱きしめ、また抱き返してもらうこと。それは把握している。
しかし、猫の身である我がそれを叶えるのは、いささか難しいと言わざるを得ない。そもそもどうすれば叶えられるのか、見当もつかぬと言うべきだろう。
何度でも言うが、我は主を敬愛している。野良の頃から我に餌を与え、可愛がってくれた者はいたが、我が主と思うのはただ月村すずかのみだ。そもそも野良であった頃は、自らが飼い猫となるなど想像すらしなかった。
そんな我に、あたたかな居場所と優しく撫でてくれる手をくれる主には、常にその優しい笑顔であってほしいと思う。これは猫であれ犬であれヒトであれ、変わらぬ願いであろう。我はそう信じている。
なればこそ――見当のつかぬことであっても、叶えたい。我の力の及ぶところでないのだとしても、そのためのほんの一助にでもなれればいい。そう思う。
――さて、本当に、どうしたものか。
◇
主が学校に行っている時間というのは、とかく退屈な時間である。仲間の面々とじゃれ合い、家の中を闊歩し、昼寝する。およそ猫の一日など常にそんなものであるが、しかしその中でも、主の存在の有無はやはり大きいのだ。
無論、過剰に干渉されるのは我も好むところでない。しかし、主に撫でてほしいと思ったときに主が居ないというのは、存外に物寂しいものである。
というわけで。
「わきゃっ!?」
主の代わりに、部屋の掃除に来たメイドの足元にじゃれついてみる。まあ、ただの退屈しのぎではあるが。
「わ、わわわっ……はぅっ!?」
どてん。
バランスを崩し、メイドは尻餅をついた。我はそれを避けつつ、不出来なメイドに向かって一声鳴く。「うう……」とメイドは醜態を恥じるように呻いたあと、埃を払いながら立ち上がり、
――足元のシーツで、見事に足を滑らせた。
「はわぁっ!?」
倒れ込んだ先は、主のベッド。うつぶせにベッドに倒れ込んで、メイドはまた情けない声で呻いた。
やれやれ。我はテーブルの上で首を振る。
――と、そこで。不意に、閃くものがあった。
そうだ。あるいはこれで――主の望みを叶えられるやもしれぬ。無論、そう事が上手く運ぶとは限らないが、猫の身である我に出来ることがあるとすれば、あるいは。
◇
そのようなわけで、数日後。
「ただいま」
「お邪魔します」
いつもの主の声に続いて、来客の声があった。我は耳とヒゲを立てて、即座に来客が誰であるかを把握する。主の弾んだ声からしても明白。――アリサ・バニングスだ。
仲間たちが主の足元にじゃれつくのを、我はテーブルの上から眺める。普段であれば一番に駆け寄るところであるが、今日はそうもいかない。主に一番に撫でてもらう権利を捨てるのは甚だ惜しいが、何よりも優先すべきは作戦の遂行である。
「相変わらず猫屋敷ねー」
呆れたように言って、アリサ・バニングスは我が寝そべるテーブルに歩み寄り、椅子に腰を下ろした。我と視線がかち合う。ぷいと逸らしてみせると、アリサ・バニングスは「む」とやや不満げに唸った。
「あたし、嫌われてる?」
「そんなこと無いと思うけど……」
仲間の一匹、フィアを抱いて、主はベッドに腰を下ろす。
「ほら、フィアは嫌がらないと思うよ? 撫でてみる?」
「……むー」
主の膝の上で丸まったフィアは、みゃあ、と気持ちよさげに一声鳴いた。アリサ・バニングスは立ち上がると、ベッドに腰掛けた主の元へと歩み寄る。
――これは存外に早く機会が来た。
我はテーブルから飛び降りる。アリサ・バニングスは既に主の眼前で足を止め、その膝の上にいるフィアへと手を伸ばそうとしていた。
その足元へ、じゃれつくように我はすり寄る。
「っ!?」
足元をくすぐる感触に、アリサ・バニングスの身体がびくりと震えた。構わず、我はさらにその足の周囲をぐるぐるとくすぐるように回る。
「ちょっ、まっ、だめっ――」
「あっ、アイン! ああっ、アリサちゃ――」
我をよけようとたたらを踏む足をくぐりぬけ、頭上の身体が前方に傾いだところで、とどめとばかりに前足で軽くその足を押す。
「わっ、ととっ、とっ――」
「えっ、ひゃ、ひゃあっ!?」
アリサ・バニングスの両手が宙を泳ぎ、
主の膝の上のフィアが逃げ出し、
バランスを崩した身体が、主へと向かって、
――ぼふ、と。
間抜けな音を立てて、ベッドが深く沈み込む。
仰向けに倒れたのは主。その上にのしかかるような体勢で両手をついたのは、アリサ・バニングス。
「…………あ」
「…………――」
交錯する視線、そして沈黙。
「アリサ……ちゃん」
「……すずか」
囁かれるように呼び合う名前。
そして、主がゆっくりと、その瞳を閉じて。
――そこまでを見届けて、我は小さく開いたドアの隙間から部屋を辞した。猫は空気が読めるのである。
そう、少なくとも、
「お嬢様、お茶をお持ちしまし――」
不出来なあのメイドよりは。
……やれやれである。本当に。
◇
最後に、蛇足を附しておくならば。
――その後、アリサ・バニングスがこの家を訪れる頻度、及び宿泊していく頻度が上がったのは事実だ。
なお、我の作戦との関連性は不明である。以上。
Comment
ペット視点の小説は初めて読みました。
こんなに気の利く猫なら、ウチにも欲しい。
最後のアレは、最後(?)までいったんでしょうか。
こんなに気の利く猫なら、ウチにも欲しい。
最後のアレは、最後(?)までいったんでしょうか。
Posted by: ユリかもめ |at: 2007/09/23 4:22 PM
アイン最高、恋のキャト
Posted by: |at: 2007/09/23 4:49 PM
すずかの拾い猫でいいんですよね。まぁじっさいのところ血統書があっても・・・あれだけ猫屋敷にさせるとどうなのだろう。そんな無粋な事は置いておいて、ファインのやつは口止めされているのだろうな。
Posted by: mayu |at: 2007/09/23 9:00 PM
アイン−−−!GJ!d(^_^)
ナイス!ナイスだよ−−−−−!
ナイス!ナイスだよ−−−−−!
Posted by: ほわとと |at: 2007/09/23 11:32 PM
すごいねアイン、他の猫さんも見習って
さぁ次は皆でいってみよう(おい
さぁ次は皆でいってみよう(おい
Posted by: ブラスト |at: 2007/09/24 1:09 PM
あんなに愛くるしいのに一人称が「我」っていうのがツボでしたw
ネコにまで不出来なメイド扱いされてるファリンに涙w
あと、ネコの名前で思ったんですが、月村家にもツヴァイ(という名のネコ)がいそうですねw
ネコにまで不出来なメイド扱いされてるファリンに涙w
あと、ネコの名前で思ったんですが、月村家にもツヴァイ(という名のネコ)がいそうですねw
Posted by: LEO |at: 2007/09/24 9:01 PM
主人思いの賢猫に敬礼っ!
Posted by: LNF |at: 2007/09/24 9:32 PM
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