Pleasure, into the Rain
2007.04.08 Sunday | category:投稿&頂き物SS
ボンソワール、親愛なるアリすず派の諸君。我らに新たなアリすずSSが届けられた。何と影ラボの沈月影氏からの頂きものである。CURIO「レイン レイン」という曲が元ネタだそうだ。存分に堪能して頂きたい。
……いやホント、先日のぴーちゃんさんのに続いて、また凄いのがきましたよ! ああ至福。
……いやホント、先日のぴーちゃんさんのに続いて、また凄いのがきましたよ! ああ至福。
――日曜日、それは休日。『家でのんびり』と言えば、程よく怠惰で心地良い響き。今のあたし。
やらなきゃいけないことがない/何でも好きなことをしていい/無数の選択肢=際限無く広がる指針は無制限。概して、人はそれを暇と呼ぶ。
「――む〜〜……」
寝台の上でごろり、寝返り。うつ伏せ→仰向け、反転する視界、瞳を覆うぬるい光。
誘われ傾ける視線、窓の外。覗く風景、霞む白。
――曇り空、それは憂鬱。何をしてもしなくても、いずれ雫を零す空。潤む瞳のような雲。
いつかはわからない“いつか”、予想はつくけど予測はつかない雨、暇という無制限への意地悪な制限。と言っても結局、人はそれを暇と呼ぶ。
「――ん〜〜……」
寝台の上でむくり、身を起こす。毛布に根を張りそうな足を剥がすように上げて、ひやり、冷たさ裸足に凍みる床の上へ。
――さて、どうしよう。いやむしろ、
「どうしたものかしらね……」
視線を落とす、左の手のひら。そこには小さな箱がある。白い包装紙、赤いリボン、小洒落た小箱。
日曜日×曇り空=倍がけの憂鬱の中、非生産的にただ眺めていた、それ。無論、重要なのはその中身。小洒落た小箱に包んだ、青く光る小石。
何の気なしに手に取って、安物だけど――似合うかな、なんて。思ったときには買っていた。
「…………よしっ」
意を決して、今度は右の手のひら。小さな端末、携帯電話。メモリー#000。一瞬のコール。
そして――、
「――あ、もしもしすずか?」
*
ARISA & SUZUKA’s, Side Short Story…
『Pleasure, into the Rain』
――open
*
「――あ、もしもしすずか?」
「うん。おはよう、アリサちゃん」
とりあえずの第一声は、それ。いつ何時、どちらからの電話でも、このやり取りは変わらない。多少非常識な時間であっても、相手がすずかなら何の不思議もなければ、ましてや迷惑もない。「何の用?」なんて疑問は言わずもがな、だ。そんなもの、「なんとなく」で十分である。
「わたしもね、今ちょうど電話しようかなって思ってたところなんだ」
「え――あ、そうなの? やけに出るのが早いな、とは思ったけど……何度目よ、これで」
「アリサちゃんからの電話だと……確か12回目だよ。二人合わせて21回」
「そ、そう……数えてんのね、あんた」
電話をかけてみたら、あたしも/すずかもちょうど電話しようと思ってた――これも、初めてのことじゃない。
ちょっと、結構、いやかなり? というか、すずかの言が本当なら(多分、ホントに本当なんだろう)物凄く頻繁……むしろ日常茶飯事だ。
――これからは私も数えてみよう。
「いや、それはいいのよ。いきなりだけど、すずか。あんた今暇?」
「うん。今っていうか、今日一日暇してたとこ」
「そう――暇、なのね」
わかっていたことだ。実のところ今のは質問ではなく、確認なのだから。
なのは・フェイト・はやての魔法少女三人組が休日を返上して出勤しているのは、一昨日の放課後聞かされて分かっていたことだし、となれば、そんな休日の過ごし方において、すずかは一人でいるかあたしといるかのどちらかだ。
例外として家か何かの事情で用があるという場合もあるが、それならそれですずかのことだ。同じく一昨日の放課後の時点であたしに伝えない“わけがない”。断言しよう。
それはさておき。
「(……しまった)」
電話で呼び出すつもりだったのだが、それなら最初の一言で「会おう」ないし「会える?」って言っとくべきだった。暇かどうか確認して、「じゃあ会おっか」ってのは、ちょっと打算的に過ぎるのではないか。いやそもそも、確信があったとはいえいきなり電話して「今暇?」って、ぶっちゃけどうよ?
え〜と、え〜と……。
と、あたしがあれこれ悩んでいると、
「それじゃあ、会おっか」
なんてセリフをさらっと吐くすずかである。
「――は」
すごい。今電話越しでも満面の笑みが見えた。そりゃもう、花も恥じらい頬染めるくらいの。
ごめん、嘘。あたしが頬染めるくらいの。
「アリサちゃん?」
「――ほぇっ!?」
名前を呼ばれて、はっと我に返る。
「あ、っと! う、うん。そうね。えっと、じゃあ……」
ちら、と時計を見遣る。場所はもう、決めてあるのだ。
「“いつもの公園”で9時――で、どう?」
「うん、“臨海公園”だね」
臨海公園。あたしの家からはそう遠くなく、すずかの家からも近い場所。申し合わせたわけじゃないけど、いつの間にかそこが、あたしたちの間の“いつもの”待ち合わせ場所になっていた。
じゃ、と声をかけて通話を切る。
「――よし、と」
そうと決まれば、早速出かけなければ。
今から出ても約束の時間には10分ほど早いのだけれど、すずかは多分、それよりもっと早く来る。逆の立場なら、あたしもそうする。
服→実は既に外出用、OK。荷物→この小箱があれば良し、OK。チェック完了。念の為、というか日頃の癖でお財布その他が入ったポーチに携帯を放り込んで、肩から提げる。靴を履いて、玄関を開けて――目に付く、曇り空。
潤む瞳のような雲、いずれ雫を零す空――気にしない、それがどうした。
「『そうだ、君に会いに行こう』なんて、ベタなキャッチフレーズみたいで素敵じゃない」
なんというか――ほら、恋する少女は無敵なのだ。
あえて傘を持たずに。あたしは少し小走り気味に、臨海公園へ向けて足を踏み出した。
*
――その、ほんの数分後。あたしは自分がいかに調子に乗って……というか、浮かれていたかを思い知らされた。
「なん、で……っ、こんなときに……限、って……っ!」
まさに急転直下。
雲は既に泣きじゃくる赤ん坊のようで、空は雫を零すっていうかぶっ壊れた蛇口? みたいな有様。
恋する少女は無敵って……なんだそれ、カッコ悪。
「もーーーー! こんなバケツひっくり返したような雨、欧米か!」
っていうか、南米か! そもそもスコールっていうのは驟雨(しゅうう)――つまりにわか雨のことで主に積乱雲から降るもので……あんな広くてのっぺりした雲の何処が積乱雲か。
しかも、編み上げが可愛かったからつい買っちゃったこのブーツ。走りづらいったらありゃしない。何でこんなの履いてきちゃったのよあたし。
とにかく色んなものに思いつくままの悪態を吐きながら、それでも走る、駆ける、急ぐ。
「(……あれ?)」
そこでふと、奇妙に感じた。休日の朝だというのに人通りの多い今日。微妙に変な目で見られてるのは、まあいいとして、何故だか妙に走り易い。
「(そっか)」
雨が降ってるから、だ。
あたし以外の通行人は皆傘を差して、つっかえないよう触れ合わないよう、距離を取って歩いてる。
子供の背丈のあたしは、人の脇・傘の下、人と人の奇妙な隙間を縫うように走ってる。
まるで虫食いのアーケード。雨を遮るための、それでいて隙間だらけの傘の下、あたしはびしょぬれになりながら走っている。
何のために? すずかに会うためだ。そうだ、傘なんて無い方が、こんなに速く走れる方が、すずかに早く会えるんじゃないか。あたしは何も間違ってなかった。
全力疾走に乱れる呼気は、いつしか弾む息に変わって。
曇天のぬるい光と、意味を成さない虫食いのアーケードしか映らなかった視界に、やがて見慣れた黄色い小さな傘を見つけて。
最後の直線。近寄るようにと言うよりむしろ駆け抜けるように、あわよくばこのまま抱きついちゃえ的な欲求を「それじゃすずかが濡れちゃうじゃない!」という高度な自制心ないしツッコミで抑えながら、雨に煙る視界で「アリサちゃ〜ん、こっちこっち!」と手を振っているのか「アリサちゃ〜ん、早く早く!」と手招きしているのか判然としない(っていうか、両方か)すずかに駆け寄った。うん、ゴール。
「す、すずか……あんた、なんでもう着いてんのよ……っ」
差し出された傘の中、ぜえはあと息を整えるあたしだ。
「うん。アリサちゃんのことだから、きっと傘持ってないだろうなぁと思って。そしたらアリサちゃん、きっと全力疾走で、きっとわたしが来るまでずっと雨の中で待ってるんだろうなぁって。ちょっと急いで、走ってきたの」
「………」
“きっと”ばかりのすずかの言葉。でも、それは嘘だ。
確かにこの臨海公園まではすずかの家の方が近いけど、たとえ同時に出発したってあたしの『全力疾走』がすずかの『ちょっと急いで』に遅れるはずがない。多分すずかも、結構本気で走ったはずだ。
ん……でも、その割にはすずか、全然濡れてないし、息も乱れてないし……あ。
「ねぇ、すずか」
なんとか息を整えて、次いで渡されたペットボトルの水を半分くらい一気飲みして、あたしは顔を上げた。
「うん?」
小首を傾げるすずかと目が合う。同時に傘を持たされて、両手が空いたすずかは取り出したタオルであたしの髪を拭き始める。……え、っていうかちょっと待ってなにそれ四次元ポーチ? どう考えても“バスタオル”が入るサイズじゃないんだけど。
「多分なんだけど、すずか、もしかしてあたしの電話取った時点でもう家から出てたでしょ」
その言葉に、すずかは一瞬きょとんとして、
「あはは……ばれちゃった」
と、ばつの悪そうな笑顔を浮かべた。
「だってアリサちゃん、電話するなり『今暇?』だもん。気づいてないと思うけど、アリサちゃんの『今暇?』って、『これから会おう』の合図なんだよ」
「――え、ウソ……」
「ホント。ほら、放課後に『今日これから暇?』とか、今日みたいな休みの日とか」
「………」
そう、かも知れない。言われてみれば、思い当たる節がありすぎる。ああ、なんだ。意外とワンパターンなヤツなんだ、あたしって。ホント、全然気が付かなかったわ。
「でもすごいよアリサちゃん。良く分かったね、わたしがフライングしちゃったこと」
そりゃまあ、他ならぬあんたのことだもん……とは、流石に恥ずかしくて言えないあたし。
「――あ、そうだ」
そこで、はたと思い出す。こんな雨の中すずかを呼び出したのは他でもない。
「……その、これ」
ポケットから取り出す、白い包装紙、赤いリボン、小洒落た小箱。
――ああ、やっぱり。なんとか手で庇ってはみたけど、ものの見事にびしょぬれだ。
「――――え?」
目の前に突き出されるように差し出された“それ”に、すずかは目を白黒。箱とあたしの顔を交互に見比べるようにして、やがておそるおそる、“それ”を手に取った。
「こないだファンシーショップで見かけて……安物なんだけど、その……すずかに、似合うかな、って思って」
たどたどしい口調で、何やら言い訳めいた言葉を口にしてしまう自分が、ひどくもどかしい。
「アリサ、ちゃん……」
びしょぬれの小箱。白い包装紙は雨で色落ちしたリボンの赤に滲んで、端を止めたテープで濡れてぼろぼろ。全くもって不恰好。今のあたしにこそむしろ似合いで、すずかにプレゼント、なんてどう考えても不相応なそれ。
けれどもすずかは、
「えと、開けてもいいかな……?」
それを、愛おしむように胸にかき抱いて、そっと上目遣いにあたしを見上げていた。
「う、うん……」
頷くあたし。それを見てすずかは、ぐしょぐしょになってしまって包みの役割なんててんで果たしていないそれを、それでも優しく丁寧に解いていく。
こんなシチュエーション、もう何度目かになるのに。この気恥ずかしいような照れ臭いような、それでいて嬉しくて、胸の辺りがぽかぽかするような感覚。何度繰り返しても、この感情は慣れそうに無い。
傘の柄を握る手にも、知らず力がこもる。
「わ――」
取り出された、青く光る小石。ナイロンっぽい半透明の紐に揺れる、ペンダント型のアクセサリ。ジュエリーとかそんな大層なものじゃなくて、ファンシーショップで買った、それこそ申し訳なくなるような正真正銘の安物。
うう、「それでも、すずかが身に着けているものなら、他のどんなものより価値がある」なんてフレーズを一瞬でも思い浮かべてしまった自分を記憶から消し去りたい……っ!
「ほら、貸しなさいよ。着けてあげるから」
照れ臭さを誤魔化すようなぶっきらぼうなセリフ。差し出した手にそっと乗せられる小石と、重なる手のひら。黄色い傘の柄はすずかに返して、あたしはすずかの首に手を回す。
「―――」
って待った。ドラマとかでは良くある光景だけど、これ実際にやるとかなりマズい。だって、鎖骨の辺りにすずかの吐息が……っていうか、なんでそんな真っ直ぐあたしの目を見てんのあんたわっ!
震える手で、必死に小さな金具を繋ぎ合わせる。悪戦苦闘の末、ようやくそれが嵌った感触。
「……ん、着いたわよ」
なんだか物凄い重労働を終えた気分で、あたしは役目を終えた両手をすずかの肩に置いてほっと一息。
「――あ」
思えば、それがいけなかった。
雨の中、傘も差さずに彼女の下へ全力疾走→ポケットから雨でびしょぬれのプレゼントを取り出す→箱を開け感動する彼女と、それを受け取って自ら彼女の首に着けてあげるあたし→そして、両手を肩において…………うっわ、ベタベタなくらいどらまちっく。
「アリサちゃん……」
囁くように呼んで目を閉じるすずか。いや、ちょっ、ダメだってここ外だしそこにもあそこにも人とかいるし今ちょっと知らないお姉さんと目が合ったし逸らされたしっ!
「すず、か……」
だめ、と言える雰囲気じゃない。押し切られたら負けのような気もするけど、逃げたら逃げたでそれもある意味負けのような……。
「(ああ、もうっ!)」
右良し左良し、後ろは知らないっ!
両肩に置いた手を腕に回して引き寄せて、触れ合うようにキス。――嗚呼、何故だか分からないけど、意味も無く全力で走り出したいこの気恥ずかしさ。
「――えへへ」
何か笑ってるしこの子は。
「ありがとう、アリサちゃん」
それは、どっちに対してのありがとう? 尋ねたい思いを自制する。
「ほら、行くわよ」
もちろん行く当てなんて無いんだけど、とにかくこの場から離れたい一心ですずかの手を取る。うん、と太陽のような笑顔の気配を背中に感じた。
「――あ」
と、すずかの声。立ち止まる。
「?」
「止んだね、雨」
見上げた空。相変わらずの曇天、ようやく泣き止んだ泣き虫な雲の切れ間、一筋の光が見えた。
――太陽の、光。それをすずかは、
「綺麗だね、アリサちゃんの髪みたい」
こともあろうに、そう評した。でも確かに。雨の雫に透かしたあたしの髪は今、優しく照らす太陽の光を反射して煌めいて見えた。
――だったらやっぱり、太陽はあんたじゃない。
そう、呟く。聞こえないように。でも、全部が聞こえないのは悔しいから、振り返りながら呟いた。
「あ――」
そうして振り返る刹那、視界を過ぎる七つの色彩。
「すずか、あれ」
指差す空。雨に煙る朝、街を彩る傘、それら全てを覆うようにして、空に一本光の橋が架かっていた。
「すごい、大きな虹……アリサちゃんの家から、わたしの家に架かってるみたい」
「……ホント」
すずかの言う通り、ここから見るその虹の袂にはあたしたちの家があるように見えた。それは、そう。あたしの家とすずかの家を繋ぐ、橋。
「あの虹のたもとまで行ってみるっていうのも、悪くないわね」
それは遠回しに、今日はこのままどちらかの家で遊ぼうってだけの話なのだけど。
「それじゃあまず、左側だね」
言って指差す、虹のたもとの左側。あたしの家。
「……そうね、まずこの服を着替えないと」
「うん」
二人手を取って歩き出す。あたしが来たのと同じ道。
今度はゆっくり、休日ののんびりした人の速さと同じ速度で。
「ああ、そうそう」
そうだ、すっかり忘れてたけど、これだけは言っておかないと。
「似合ってるわよ、それ」
すずかの胸に、そっと揺れる小石。元の青と、雨の雫と、太陽の光が混ざり合って、それは不思議な七色の光を放っているように見えた。
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