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アリサ×すずか超短編シリーズ
 拍手お礼用のアリサ×すずか超短編シリーズ再掲。
 「君との手の繋ぎ方」「秘密の時間」「永遠」「忘れられないキスをしよう」「いつもと少し違う朝」「あなたの匂い」「熱帯夜






「君との手の繋ぎ方」


 いつでも、手を差し出すのはあたしの方。
 そうすると、すずかはおずおずと、あたしの指先をきゅっと握りしめてくる。
 触れる手の感触は確かだけど、その握り方はするりと抜け落ちてしまいそうで。
 だからあたしは、指を絡ませてその手をしっかりと握り直すのだ。

 それは、決められた手順みたいな、あたしとすずかの手の繋ぎ方。

「……アリサちゃんの手、あったかいね」
 傍らで囁かれる、すずかの言葉が耳元をくすぐる。
「すずかの手が冷たいんでしょ。……手袋ぐらいしなさいよ」
 もう季節は冬。風も冷たく、吐く息は白い。
 すずかの白くて綺麗な指は、冷たい大気に熱を奪われている。
「だって……手袋してたら、手、繋げないから」
「いや、関係無いと思うけど」
「手袋越しじゃなくて……ちゃんと、アリサちゃんの手が、握りたいの」
 きゅ、と握る手に力がこもる。
 互いの体温を分かち合うみたいに、絡み合う指先。
「手、繋いでると……アリサちゃんがちゃんとここにいるんだって、解るから」
「…………う」
「だから、ね?」
 ……それを言われると、非常に弱い。
 まあ……それに。
 あたしだって、結局同じなんだけど。

 触れる手のひらのあたたかさも。絡み合う指の柔らかさも。
 みんな、今ここにすずかがいてくれる証。
 ――かけがえのない、幸せの証。

 だからあたしは、応える代わりにきつくすずかの手を握りしめるのだ。
 離れないように。離さないように。
 すずかが、どこにも行ってしまわないように。



「秘密の時間」


「ん……っ」
 最初は軽く重ねるだけ。それから少しずつ、強く押し当てる。
 ついばむように挟んでみたり。柔らかな感触を味わうように擦り合わせてみたり。
 ――キスの味は、いつもほんのり甘い。
 それは、さっきまで囓っていたクッキーの味だったりするんだけど。
 手元で、紅茶が白い湯気を上げている。
 お茶会のテーブルの上で……あたしはすずかとキスをしている。
 特に理由があったわけでもなくて。ただ不意に会話が途切れて……それで。
 すずかが頬を染めて目を閉じるから……仕方なく、ね?
 ……ごめん、嘘。どう考えてもキス魔なのはあたしの方。
 でも恥ずかしいので自分からキスすることは滅多に無かったりするわけで。
 すずかはたぶん、そのあたりを察してキスを求めてくる。
 ……結局、すずかの手のひらの上で遊ばれているのかもしれない。
 それを別に嫌だと思わない自分がいるから困るのだ。……うー。

 ――と、そこで唐突に、部屋のドアをノックする音。

 慌てて唇を離す。直後、ドアが開いて顔を出したのはファリンだった。
「失礼します、すずかお嬢様……あれ、どうかなさいました?」
「え? う、ううん、何でもないよ、何でも、ね、アリサちゃん?」
「あ、ああ、うん、何でもない、何でもないからっ」
 しどろもどろの弁解に、首を傾げながらもファリンは、お茶のお代わりを差し出して。
 ……ドアが再び閉められて、あたしとすずかは同時に溜息をついた。

 一応、まだあたしとすずかの関係は、秘密ということになっている。
 知っているのは、なのは、フェイト、はやての3人だけ。
 ……あたしもすずかも、自分の家が色々と特別だということぐらい解っている。
 特に、忍さんがいるすずかはともかく……あたしは一人娘なわけで。
 パパやお祖父ちゃんが、あたしがお婿さんを迎えて、会社を継ぐことを期待していることも……理解している。

 だけど、あたしはすずかを好きになってしまって。
 ……それは本当に、どうしようもないから。

「ちょ、ちょっとびっくりしたね……」
 苦笑するように言うすずかに、あたしも小さく肩を竦めて。
「……続き、しよっか?」
「…………うん」
 そっと目を閉じたすずかに、またあたしは、唇を寄せる……。

 ――いつまでも、こんな関係を隠し通せはしないだろう。
 いつか、あたしたちの望むと望まざるとに関わらず……秘密の時間は終わってしまうだろう。
 それがどんな形になるかなんて、解るはずもないけれど。
 だからこそ――今は。
 今は、せめて、好きな人に、素直に好きと言える幸せを噛みしめて。



「永遠」


「アリサちゃんっ!」
 ぎゅっ――と。
 背中から、腕が回される。
 それは、後ろから抱きしめてくる、すずかの手。
 押し当てられた身体はあたたかくて、――不意に泣きたくなる。
「……離してよ」
「いや」
「離してってば」
「絶対に嫌っ」
「すずかっ、」
 回された腕を振りほどいて、あたしは振り返る。
 ――そこに、泣きそうな顔であたしを見つめる、すずかの顔があって。
 そして、
「む……っ」
 唐突に、ひどく強引に、すずかの唇があたしのそれに押しつけられる。
 それは今まで繰り返してきた、甘い触れ合いではなくて。
 もっと乱暴な――無理矢理にでも、それで何かを繋ぎ止めようとするかのような、
「……嫌だよ。アリサちゃんがいてくれなきゃ……私は嫌だよ」
「――――」
「約束、したよね? ……そばにいるって。勝手にいなくなったりしないって」
「…………すずか」
「何があっても……ふたりで乗り越えようって!」

 ――永遠はあると信じたかった。
 変わり続ける世界の中で、それでも永遠があると。
 揺るがない想いが、変わらない願いが、――永遠の誓いが。

 たとえそれが、何もかもを傷つけてしまうのだとしても。

「……どうなっても、知らないわよ」
「どうなったっていいよ……! 私は……アリサちゃんがいてくれれば、それでいいから……」
「――――馬鹿」

 もう一度、唇を重ねる。
 ――これが最後のキスになるのかもしれない。
 だけど、もしそうだとしても、今は。

 守るから。
 あなただけは、必ずあたしが守るから。
 世界中の全てから――必ずあなたを守るから。

 顔を上げる。目の前を見据える。
 その先に待っているものを――あたしはただ、見つめた。
 もう、逃げられはしないのだから。
 戦おう。せめて、力無きこの腕でも。
 ――ここにある、大切なものを守れるように。



「忘れられないキスをしよう」


『幸せは、時間の長さではないんです……たとえ一瞬でも、私は、幸せだったんです……』
『……つば、き』
『あなたから、幸せをもらったんです……。だから、そんな悲しいことは、言わないでください……』
 泣きそうな顔で、少女は微笑む。少年の手をぎゅっと握って。
 少年も、蒼白な顔で、だけど必死に、笑い返す。
『……ありが、とう……』
 そして――

    ◇

 映画を見終わった頃には、空はすっかり夕焼けに染まっていた。
 すずかと2人で見ていたのは、ベタと言えばあまりにベタな、輪廻転生と不老不死ネタのラブストーリー。
 以前テレビで放映されたのを見たすずかが、気に入ってDVDを買ったのだそうで。
 ――うん、確かにベタだけど良い話だった。……ちょっとだけ泣きそうになったのは秘密。
 まあ、それはいいとして。
「アリサちゃんは、前世って信じる?」
「――え?」
 見終わって、ノエルさんが淹れてくれた紅茶を飲みながら、のんびりしていたときのこと。
 不意に、すずかがそんなことを言い出した。
「前世、ねぇ」
 クッキーを囓りながら、あたしは首を傾げる。思い出すのは、さっきまで見ていた映画の内容。すずかの問いも、そこからの連想だろう。
 映画の主人公の少年が恋をした相手は、不老不死の少女。少年はその前世でも、少女と恋をしていた。……概ねそんな悲恋話だ。
「私は……そういうのも、素敵かなって思うな」
 膝の上で、飼い猫の毛並みを撫でながら、すずかはそんなことを言う。
「大好きな人と、時間を超えて何度でも巡り会えるって……ロマンチックだよね」
「……けど、輪廻転生って確か、この世の苦しみを何度も繰り返すって性質のものじゃなかったっけ?」
「た、確かに本来の意味はそうだけど……」
 困ったように首を傾げるすずかに、あたしは苦笑する。
「ま、解るけどね。……でも、あたしは前世がどうとかは、どうでもいいかな。肝心なのは今でしょ、今」
「ふふっ、アリサちゃんらしいね」
 笑うすずかの顔は、窓から差し込む夕焼けに照らされていた。
 見やれば、深紅から紫へグラデーションしていく空の色。
 長く伸びる影。ゆっくりと流れる、ふたりだけの静かな時間。
「それに、さ」
 ふと、あたしは思いついたように口にしていた。
「来世に持ち越さなきゃいけないような、やり残しを作るなんて、あたしは御免よ」
 紅茶のカップを手に、すずかが小さく目を見開く。
「一度の人生で充分じゃない。満足いくまでやりきるわよ、あたしは」
「……うん、それが一番だよね」
 微笑んで頷くと、すずかは不意に立ち上がった。
 ――そして、テーブルに手をついて、ずいっと身を乗り出して。
 唇と唇が、触れあう。
「……っ、いきなり何するのよっ」
 不意打ちのキスにうろたえるあたしに、すずかは微笑。頬が赤いのは、夕焼けのせいだろうか?
「ん……キス、したかったから」
「したかったからって」
「やり残しを作らないように、ね?」
 ――はい?
 つい先ほどの自分の言葉を使われたのが一瞬理解できなくて、あたしは目を丸くする。
「……一度の人生で、満足いくまで、私は、アリサちゃんと一緒にいたいな」
「――――――っ、」
 直球。真っ直ぐに投げつけられた言葉に、一気に顔が熱くなる。
 それがまた、自分の言葉の引用なのだから尚更だ。
「そうしてくれないと、私、来世でもアリサちゃんを追いかけちゃうよ?」
 いたずらっぽくそう笑うすずかに、あたしはこっそり溜息ひとつ。
 そして、今度はあたしの方から立ち上がる。
 テーブルに手をついて、身を乗り出して。――そっと、唇を重ねる。
 長く長く、重なり合った影がテラスに伸びて。
 綺麗な夕焼けが、あたしたちを静かに見下ろす。
「……で、お姫様は、どれだけの時間と、どれだけのキスをご所望なわけ?」
 唇を離して、苦笑混じりに囁いた言葉に。
 すずかが返した答えは、とてもシンプルだった。
「たくさん、だよ」


 ――そう、一度きりの人生で充分だから。
 あなたを愛する時間は、いくらでもあるのだから。
 たくさんの時間を一緒に過ごして。
 たくさんの、忘れられないキスをしよう。



「いつもと少し違う朝」


 カーテンの隙間から差し込んだ陽光が、私の意識をまどろみから引きずり出す。
「ん……」
 眩しさに目を細めながら、私はゆっくりと身体を起こした。
 ……茫漠とした意識。寝ぼけ眼のまま、私はゆっくりと部屋の中を見回す。
 いつもと変わらない、自分の部屋。机の上の時計が目に入る。……朝の6時。いつもより、ずいぶん早い時間だった。
 ――そして。
「あ……」
 傍らから、誰かがたてる寝息の音。
 ……アリサちゃんが、私の隣で眠っていた。
 ああ、そうだ。昨日のことが、鮮明な記憶として脳裏を駆けめぐる。
 みんなでお茶会をして、それからなし崩しにアリサちゃんがお泊まりすることになって……
 急に顔が熱くなって、私は毛布の中に潜り込んだ。
 ゆうべ、この部屋でアリサちゃんとしたことを思い出しちゃったから。
 ……あうあうあう。な、なんてことしちゃったんだろ、私たち……
 耳元で囁かれた甘い声。うなじに吹きかけられた熱い吐息。くすぐったいような感覚。触れてくる指先。寄せられた唇、それから……
 ぼんっ、と顔が爆発でもしたみたいに熱くなる。心臓の鼓動がすごくうるさい。
 恥ずかしすぎて、隣で寝ているアリサちゃんの顔が直視できない。
 ドキドキする心臓を落ち着けようと、深呼吸。すー、はー、すー、はー……
「…………すず、か」
「っ!」
 落ち着きかけていた心臓が再び跳ねる。振り返ると……目を閉じたままのアリサちゃん。
 まだ静かな寝息を立てたまま……その手が、私の手に重ねられていた。
 ……寝言、だったのかな。
 アリサちゃんの手を、そっと撫でる。……少しだけくすぐったそうに、アリサちゃんは身をよじった。
 ひどく無防備な、その寝顔。
 それを見下ろして……私は。
 もう一度、時計を見る。6時過ぎ。……まだ、ファリンが起こしに来る時間まではだいぶある。
 ――もうちょっとだけ、寝ちゃおう。
 アリサちゃんを起こさないように、そっとシーツにくるまる。
 その手をきゅっと握って。
「……おやすみ、アリサちゃん」
 無防備なその唇に、一瞬だけ触れるキスをして。
 ぽかぽかと朝の光が差し込む部屋で、私はもう一度目を閉じた。

 起きたらアリサちゃんは、どんな顔をするのかな。
 私は……どんな顔して、「おはよう」って言えばいいのかな。

 少し、いつもと違う朝。
 ……それはきっとすごく恥ずかしくて。
 だけど、すごく幸せな朝だろう。



「あなたの匂い」


「……アリサちゃん、遅いなぁ」
 ある休日の昼下がり。お手洗いに行ったアリサちゃんが、なかなか戻ってこない。
 アリサちゃんの部屋にひとりで残された私は、手持ち無沙汰にテーブルのクッキーを齧った。
 すっかり見慣れた、アリサちゃんの部屋の光景。私たちふたりだけの、小さな聖域。
 そこにひとりでいることが何だか落ち着かなくて、私はきょろきょろと視線を巡らす。
 ――と、ある一点で、私の視線が留まった。
「あ……」
 ハンガーに吊るされた、アリサちゃんの制服。
 いつも彼女の身体を包んでいるそれが、どこか無防備に、私の眼前に放置されていた。
 ――そして、はっと気付けば、そこに手を伸ばしている自分がいる。

 ああ、いやいや、何をしているんだろう。
 いくらアリサちゃんがいないからって、それは問題があるよ、私……。

 思考はそんな風に冷静に考えているはずなのに。
 どうしてか、次の瞬間には私の腕の中に、アリサちゃんの制服があった。

 ……アリサちゃんの、匂いがする。

 そっと鼻先をくすぐった、心地よいその芳香に、頭の奥がじんと痺れる感覚。
 制服だけを抱きしめているはずなのに、アリサちゃんに抱きしめられているような気がしてくる。
 首筋をくすぐる吐息とか、頬に触れる指先とか、そっと寄せられる唇とか――
 そんな感触がひとつひとつ明瞭に浮かんできて、……身体が、だんだん熱くなってくる。

 ……ダメだよ、そんなの、だってアリサちゃんがもうすぐ戻ってくるのに、

 頭のどこかで理性が警告を発していた。
 けれどもそれに抗うみたいにして……私の右手は、ゆっくりと、敏感なところへ向かっていってしまう。
 鼻腔をくすぐる、大好きな人の匂いは――その行為のひとつひとつまで、鮮明によみがえらせていく。
 首筋を這う唇。絡まる舌。双丘の頂をくすぐる指先。――そして。
 一番敏感なところへ寄せられる唇からかかる吐息と……触れる、温かくて湿った感触。 
「……はぁ、ふぅ……アリサ、ちゃ……っ」
 くちゅ、と湿った音が聞こえたのは、現実か、それとも幻想か。
 敏感なところをくすぐるのが、自分の指なのか、それとも彼女の舌なのか――それすらも、だんだん曖昧になっていく。
「ん、ぁ……アリサちゃん……気持ち、いい、よ……っ」

 ――すずかの、美味し……

「ゃぁっ……そんな、の……」

 ――舐められるの、そんなに好き……?

「好き……だよ……アリサちゃんに、キスして、もらうの……っ、舐めて、もらうの、好き……っ」

 ――なら、もっとしてあげる

「ん、ぅ、ふぅっ……アリサ、ちゃん……っ、アリサちゃんっ――ッ」


「……すずか?」


 それは、幻想でも妄想でもない――歴然とした、現実の、アリサちゃんの声。
「――――――ッ!!」
 その瞬間、私を包んでいた幻想は粉々に砕け散って。
 目の前にあったのは、抱きしめたアリサちゃんの制服と。
 ――ドアのところから、呆然と私を見ている、アリサちゃんの顔。

 思考が混乱する。認識が現実に追いつかない。
 ただ、私もアリサちゃんも、間抜けな姿で呆然と見詰め合って、

「すず、か……」
 次に名前を呼ばれた瞬間、私は弾けるようにアリサちゃんに背を向け、その場に縮こまった。
 ――アリサちゃんの顔が見られない。見られるはずもない。
 ようやく理解の追いついた思考が、私に現実だけを全力で突きつける。
 どうしていいか、解らない。
 ただ、私は怯えて、何に怯えているのかも解らないままに縮こまって、

「すずか」

 耳元で囁かれる、アリサちゃんの声。
 ――そして、私の肩にその手が触れて、
 次の瞬間、――首筋に触れる柔らかくて湿った感触。
「ひぅっ!?」
 思わず声をあげて、身体を起こしてしまった私に、狙い澄ましたようにアリサちゃんの腕が回されて、
 ――気がついたときには、アリサちゃんに抱き上げられていた。
 いつもの、お姫様抱っこの格好で。
「あ、アリサ、ちゃ……?」
 私が戸惑いの声をあげる間もなく、抱き上げられた身体はすぐにゆっくりと下ろされた。
 横たえられたのは、ベッドの上で。
 ――私の理解が追いつく間もなく。
 太股を、彼女の髪がくすぐる感触だけが伝わって、

「あっ、アリサ、ちゃ――ひぅっ!?」

 痺れるような快感が突き抜けて――私はただ身震いすることしかできなかった。
 それは、さっきまでの幻想の、淡い快感とは比べ物にならない。
 本当の――本物の、アリサちゃんの……感触。

「……こんなとこで、何もひとりですること、ないでしょ」

 耳に届くのは、どこか怒ったような、アリサちゃんの声。

「すぐ近くにいるんだから……してほしかったら、いつだって、あたしが――」

 そこで、照れくさそうに小さく唸って。
 ――アリサちゃんの舌が、私の一番敏感なところを、優しくなぞる。

 頭を痺れさせる快感に、けれど私はどこか心地よい安堵を覚えて。
 そうして――アリサちゃんの優しいキスに、ゆっくりと身を委ねた。


 幻想よりも、今触れてくれるあなたの温もりが、いちばんだから。



「熱帯夜」


 目を開けると、まだ世界は闇に閉ざされていた。
「……はふ」
 ひとつ息をつき、傍らで寝息を立てるすずかを起こさないように、静かに身体を起こす。暗闇にぼんやりと光るデジタル時計の数字は、午前三時を示していた。
 額の汗を拭い、ベッドを抜け出す。キッチンの冷蔵庫を開けると、サイダーが1本残っていた。
 渇いた喉を、炭酸の刺激が爽やかに通り過ぎていく。もう一度大きく息を吐き出して、あたしはキッチンのテーブルにぐったりともたれた。
「暑……」
 夜中だというのに、蒸し暑さは一向に過ぎ去る気配を見せていなかった。こんな熱帯夜では、いくら自分でも安眠しろという方が無理である。
 シャワーを浴びて寝直すか、それともこのままクーラーを点けて朝まで起きてようか。あたしが真剣に悩んでいると、
「ん……あ、アリサちゃん、起きてたんだ」
 寝室から、すずかが目を擦りながら顔を出した。
「ごめん、起こしちゃった?」
「ううん。……喉、渇いちゃって」
「あ、じゃあこれ飲む? 口つけちゃったけど」
「うん、ありがとう」
 ペットボトルを受け取って、こくこくと喉を鳴らすすずか。その額にも、やっぱり玉のような汗が浮いていた。
 すずかはわりと暑くても平然としている方だけど、それでもこの蒸し暑さは堪えるようだ。
「暑いわねー……」
「ホントだね。汗、べとべとだよ」
「シャワー浴びる?」
「んー、そうだね。……でも、その前に」
 と、不意にすずかがあたしにもたれてきた。その指先が、頬に伝った汗をなぞるように這う。
「ちょ、すずか、暑いから――」
「うん、だからシャワーでさっぱりする前に、もっと汗かいちゃお?」
「――っ、いきなり何言い出すのよっ」
 熱さで頭がやられたようなすずかの発言に、思わずうろたえる。
 そんなあたしの反応に、すずかは小さく頬を膨らませる。
「だってアリサちゃん、暑いからって今日はあんまりしてくれなかったから」
「そっ、それは――その、なんというか」
 暑いから、というか、なんというか。
 シャワーを浴びてもすぐ汗だくになってしまって、あんまり汗くさい状態でするのはその――
「アリサちゃんの汗の匂いも、私は好きだよ……?」
「ひぅっ!? す、すずか、舐めちゃ……ゃぅっ」
「あ……でも、私が汗くさいのは、アリサちゃん、嫌、かな……」
 あたしの首筋から顔を上げて、すずかは俯き気味に身体を離す。
 ……ああもう、どうしてあんたはいつまで経ってもそうなのよっ。
「――誰も、そんなこと言ってないでしょ」
「んっ――アリサ、ちゃ……む、んぅ」
 半ば強引に、唇を塞ぐ。……結局これも、いつものパターンと言えばその通り。
 あたしだって、すずかの汗の匂いを嫌だなんて思わないから。
 ――お姫様がお望みなら、ふたり汗だくになるまで愛してあげる。
| 浅木原忍 | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) |
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このサイトはくろまくみこ(霊夢×レティ)の普及を目論んでいます。

東方SSインデックス

長編
【妖夢×鈴仙】
うみょんげ!(創想話・完結)
 第1話「半人半霊、半熟者」
 第2話「あの月のこちらがわ」
 第3話「今夜月の見える庭で」
 第4話「儚い月の残照」
 第5話「君に降る雨」
 第6話「月からきたもの」
 第7話「月下白刃」
 第8話「永遠エスケープ」
 第9話「黄昏と月の迷路」
 第10話「穢れ」
 第11話「さよなら」
 最終話「半熟剣士と地上の兎」

【お燐×おくう】
りん×くう!(完結)
 ※スピンオフなので、できれば先に『ゆう×ぱる!』をどうぞ。
 1 / 火焔猫燐
 2 / 霊烏路空
 3 / 火焔猫燐
 4 / 霊烏路空
 5 / 古明地さとり
 6 / 火焔猫燐
 7 / 霊烏路空
 8 / 火焔猫燐
 9 / 古明地さとり
 10 / 霊烏路空
 11 / 火焔猫燐
 12 / 古明地さとり
 13 / 霊烏路空
 14 / 火焔猫燐
 15 / 古明地さとり
 16 / 霊烏路空
 17 / 古明地こいし
 18 / そして、地底の恋物語

【勇儀×パルスィ】
ゆう×ぱる!(完結)
 0 / そして、星熊勇儀の孤独
 (1) (2) (3) (4) (5) (6)
 (7) (8) (9) (10) (11) (12) (13)
 14 / 「星熊勇儀の微睡」
 15 / 「水橋パルスィの恋心」
 16 / 「星熊勇儀の応談」
 17 / 「黒谷ヤマメの懸念」
 18 / 「星熊勇儀の懊悩」
 19 / 「キスメの不安」
 20 / 「火焔猫燐の憂鬱」
 21 / 「黒谷ヤマメの奮闘」
 22 / 「古明地さとりの場合」
 23 / 「水橋パルスィの狂気」
 24 / 「古明地さとりの思案」
 25 / 「星熊勇儀の煩悶」
 26 / 「水橋パルスィの意識」
 27 / 「星熊勇儀の虚言」
 28 / 「水橋パルスィの嫉妬」
 29 / 「星熊勇儀の決断」
 30 / 「キスメの幸福」
 31 / 「水橋パルスィの戸惑」
 32 / 「黒谷ヤマメの嫉妬」
 33 / 「古明地さとりの思惟」
 34 / 「キスメの献身」
 35 / 「星熊勇儀の愛情」
 36 / 「水橋パルスィの変化」
 37 / 「火焔猫燐の懸案」
 38 / 「星熊勇儀の失態」
 39 / 「水橋パルスィの存在」
 40 / 「星熊勇儀の審判」
 41 / 「水橋パルスィの幸福」
 42 / 「星熊勇儀の願い」
 43 / 「地底への闖入者」
 44 / 「水橋パルスィの真実」
 45 / 「星熊勇儀の幸福」
 46 / 「星熊勇儀と、水橋パルスィ」
 47 / 「地底の恋物語」

【にとり×雛】
にと×ひな!(完結)
 Stage1「人恋し河童と厄神と」
  SIDE:A SIDE:B
 Stage2「厄神様へ続く道」
  SIDE:A SIDE:B
 Stage3「神々も恋せよ幻想の片隅で」
  SIDE:A SIDE:B(前編)(後編)
 Stage4「秋めく恋」
  SIDE:A SIDE:B SIDE:C
 Stage5「少女が見た幻想の恋物語」
  (1) (2) (3) (4)
 Stage6「明日晴れたら、雨は昨日へ」
  (1) (2) (3) (4)

東方創想話・SSこんぺ投稿作

【少女秘封録】
 真昼の虹を追いかけて
 ヒマワリの咲かない季節
 闇色メモリー
 2085年のベース・ボール
 スタンド・バイ・ユー
 睡蓮の底
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【自警団上白沢班の日常】
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 性別とかどうでもいいじゃない
 ナズーリンを縛って目の前にチーズをぶら下げたらどうなるの?

【稗田文芸賞シリーズ】
 霧雨書店業務日誌
 第7回稗田文芸賞
 第6回稗田文芸賞
 第8回稗田文芸賞・候補作予想メッタ斬り!
 第8回稗田文芸賞
 第9回稗田文芸賞
第10回稗田文芸賞

【狐独のグルメ】
<Season 1>
 「人間の里の豚カルビ丼と豚汁」
 「命蓮寺のスープカレー」
 「妖怪の山ふもとの焼き芋とスイートポテト」
 「中有の道出店のモダン焼き」
 「博麗神社の温泉卵かけご飯」
 「魔法の森のキノコスパゲッティ弁当」
 「旧地獄街道の一人焼肉」
 「夜雀の屋台の串焼きとおでん」
 「人間の里のきつねうどんといなり寿司」
 「八雲紫の牛丼と焼き餃子」
<Season 2>
 「河童の里の冷やし中華と串きゅうり」
 「迷いの竹林の焼き鳥と目玉親子丼」
 「太陽の畑の五目あんかけ焼きそば」
 「紅魔館のカレーライスとバーベキュー」
 「天狗の里の醤油ラーメンとライス」
 「天界の桃のタルトと天ぷら定食」
 「守矢神社のソースカツ丼」
 「白玉楼のすき焼きと卵かけご飯」
 「外の世界のけつねうどんとおにぎり」
 「橙のねこまんまとイワナの塩焼き」
<番外編>
 「新地獄のチーズ焼きカレーと豚トロひとくちカツ」 NEW!!

【その他(そそわ無印・こんぺ)】
 記憶の花
 帽子の下に愛をこめて
 レイニーデイズ/レインボウデイズ
 或る人形の話
 インビジブル・ハート
 流れ星の消えない夜に
 或る男の懺悔
 天の川の見えない森で
 花の記憶
 時間のかかる念写

同人誌全文公開(pixiv)

 『流れ星の消えない夜に』
  (1) (2) (3)

 『るな×だい!』
  (前編) (後編)

東方野球in熱スタ2007異聞
 「六十日目の閻魔と死神」
 「グラウンドの大妖精」
  (前編) (中編) (後編)
 「神奈子様の初恋」
 「May I Help You?」
 「決戦前の三者会議」
 「夏に忘れた無何有の球を」
  (前編) (後編)
 「月まで届け、蓬莱の想い」
 「届く声と届けるものと」
 「魔法使いを見守るもの」
 「夏に雪桜は咲かないけれど」
  (1) (2)
 「星の光はすべて君」
 「さよならの代わりに」
  (前編) (後編)
 「野球の国、向日葵の妖精」
  (1) (2) (3) (4)
 「わりと憂鬱な霊夢の一日」
 「猫はどこだ」
 「あなたの人生の物語」
  (1) (2) (3) (4)
  (5) (6) (7) (8)
 「完全なアナタと不完全なワタシ」
 「伝えること届けること」
 『東方野球異聞拾遺 弐』
  (1) (2) (3)


艦これSSインデックス(pixiv)

【第六戦隊】
 ワレアオバ、ワレアオバ。
 衣笠さんは任されたい
 刻まれない過去
 古き鷹は光で語りき NEW!!

【響×電】
 Мой кошмар, нежность из вас

なのはSSインデックス

長編
魔法少女リリカルなのはBURNING

【BURNING AFTER】
 祝福の風と永遠の炎
 フェイトさんのお悩み相談室
 それは絆という名の――
 王子様とお姫様と黄昏の騎士のわりと平和な一日
  (前編) (中編) (後編)

魔法少女リリカルなのはCHRONICLE
魔法少女リリカルなのはCRUSADERS

中編
 ストラトスフィアの少女(完結)
  (1) (2) (3) (4)

 プラネタリウムの少女(完結)
  (1) (2) (3) (4)

短編
【フェイト×なのは】
 キミがくれる魔法
 たまに雨が降った日は
 キミが歌うボクの歌
 お嫁さんはどっち?
 願い事はひとつだけ
 君がここに生まれた日
 stay with me
 私がここに生まれた日
 ハラオウン家の家庭の事情「エイミィさんのお悩み相談室」
 WHITE SWEET SNOW
 冬、吐息、こたつにて。

【アリサ×すずか】
 はじめての××
 TALK to TALK
 少し歩幅が違う分
 好きな人が、できました。
 おとぎ話は目覚めた後にも after
 DOG×CAT?(プレ版)
 第97管理外世界における、とあるロストロギア関連事件に付随した何か(仮)
 9×19=171...?
 Feline days
 貴方の花の名前
 超短編シリーズ

【八神家】
 ある日の八神さんち(メロドラマ編)
 ある日の八神さんち(家族計画編)
 ある日の八神さんち(ホラー編)
 You are my family
 魔導探偵八神はやて「アイスはどこへ消えた?」
 届け、あなたがくれた空に。
 朧月夜の銀色に

【クロノ×エイミィ】
 ハラオウン家の家庭の事情「クロノ・ハラオウンはロリコンなのか?」

らき☆すた

【かがみ×つかさ】
 Sleeping Beauty?
 夢見てた、夢

投稿SSインデックス

投稿規定

「なのはBURNING」三次創作

【沈月 影さん】(影ラボ
 魔法少女リリカルなのはFROZEN
 予告編
 第1話「流転 -Returning End-」
  (1) (2) (3) (4)

【てるさん】(HEAVEN
 ユグドラシルの枝(完結)
  (1) (2) (3) (4) (5)

【緑平和さん】(PEACE KEEPER
 その右手に永遠を

短編

【kitさん】(pure heart
 好き、だから

【mattioさん】
 The parting of the ways
 みんなで奏でるボクの歌
 ボクは親友に恋をする
 白い悪魔事件―なのはは罪な女のコ?なの―
 か け お ち
 約束の桜〜ダイヤ〜
 月剣〜つるぎ〜のち陽盾〜たて〜
 青に魅せられた私―Moondust…―
 ハート オブ エース―AMBITION―
 わたしの日溜り
 春の日、とあるカップルのとある時間のつぶし方
 少し角度が違う分
 大胆はほどほどに
 そして二人は時を忘れる
 注意報「あま風に御用心」
 一番守りたいもの、それは――
 ひっかかって。
 キミのいない平日は
 最近の翠屋において甘い物が売れない理由、それは――
 バカップル法第○条第×項「うっかりは無罪なり」
 正月、とある五人のとある年明けの過ごし方
 スキー大好き! って大好きななのはが言ったのでつい私も好きだし得意だと言ってしまいました。
 親友>恋人・・・?
  ―前夜なの―
  ―臨戦なの―
  ―結末なの―
 桜〜なのは〜の舞う季節―Prince of ・・・―
  予告編 本編
 天使に誓うラブレター
  予告編 本編
 「アツい日」シリーズ
  アリサ先生のアツい一日
  それぞれのアツい午後
  アツかった日の後日。
  アツくない場所で
  アツい日は季節を越えて
  アツみの増した写生会
  アツ力のかかった一日
 木の葉が紅く染まる頃
  (1) (2) (3)

【ぴーちゃんさん】(P'sぷろじぇくと
 ワガママのススメ
 おとぎ話は目覚めた後で

【鴇さん】(It flows.
 
 遠くない未来
 贈り物〜blessing happily〜

【伊織さん】(伊織の詞認筆
 ハラオウン家家族会議
 ケーキより甘い思い出
 八神家家族相談室

【maisyuさん】(ぐったり裏日記
 キミの呼びかた
 素直なキモチ
 この星空の下、貴女と二人

【隅田さん】(NooK
 四つ葉のクローバーを、君に。

【沈月 影さん】(影ラボ
 Pleasure, into the Rain

【クロガネさん】(クロガネの間
 理想な人は?

【フィールドさん】
 The honey holiday
 Dangerous Shower Time

【霧崎和也さん】(Kの趣味部屋
 祝福の花

【HALさん】(交差幻想
 コイメツ

【月翼さん】
 秘密のrouge

【tukasaさん】
 名前を呼んだ日

【フェルゼさん】(Empty Dumpty
 夜長の行き先
 Their party's never over.
 彼女たちのフーガ

【シン・アスカさん】
 メリッサの葉に…

【結さん】
 青い空の下で

【tanakaさん】部屋の隅っこで小説なんかをやってみる
 君が見てくれているから/新年
 知らぬ間に
 なのはさん争奪戦
 いたずらなお姫様
 お願い
 海と水着と……
 何年経っても変わらぬ関係
 越えられない壁
 小さくてもなのはさん
 思春期なんです
 手相占い?
 暗闇の中で
 フェイトちゃんは変態さんなの?
 手を繋いで
 王子様とお姫様のお祭り
 想いと想い

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