アリサ×すずか超短編シリーズ
2006.12.23 Saturday | category:なのはSS(アリサ×すずか)
「君との手の繋ぎ方」
いつでも、手を差し出すのはあたしの方。
そうすると、すずかはおずおずと、あたしの指先をきゅっと握りしめてくる。
触れる手の感触は確かだけど、その握り方はするりと抜け落ちてしまいそうで。
だからあたしは、指を絡ませてその手をしっかりと握り直すのだ。
それは、決められた手順みたいな、あたしとすずかの手の繋ぎ方。
「……アリサちゃんの手、あったかいね」
傍らで囁かれる、すずかの言葉が耳元をくすぐる。
「すずかの手が冷たいんでしょ。……手袋ぐらいしなさいよ」
もう季節は冬。風も冷たく、吐く息は白い。
すずかの白くて綺麗な指は、冷たい大気に熱を奪われている。
「だって……手袋してたら、手、繋げないから」
「いや、関係無いと思うけど」
「手袋越しじゃなくて……ちゃんと、アリサちゃんの手が、握りたいの」
きゅ、と握る手に力がこもる。
互いの体温を分かち合うみたいに、絡み合う指先。
「手、繋いでると……アリサちゃんがちゃんとここにいるんだって、解るから」
「…………う」
「だから、ね?」
……それを言われると、非常に弱い。
まあ……それに。
あたしだって、結局同じなんだけど。
触れる手のひらのあたたかさも。絡み合う指の柔らかさも。
みんな、今ここにすずかがいてくれる証。
――かけがえのない、幸せの証。
だからあたしは、応える代わりにきつくすずかの手を握りしめるのだ。
離れないように。離さないように。
すずかが、どこにも行ってしまわないように。
「秘密の時間」
「ん……っ」
最初は軽く重ねるだけ。それから少しずつ、強く押し当てる。
ついばむように挟んでみたり。柔らかな感触を味わうように擦り合わせてみたり。
――キスの味は、いつもほんのり甘い。
それは、さっきまで囓っていたクッキーの味だったりするんだけど。
手元で、紅茶が白い湯気を上げている。
お茶会のテーブルの上で……あたしはすずかとキスをしている。
特に理由があったわけでもなくて。ただ不意に会話が途切れて……それで。
すずかが頬を染めて目を閉じるから……仕方なく、ね?
……ごめん、嘘。どう考えてもキス魔なのはあたしの方。
でも恥ずかしいので自分からキスすることは滅多に無かったりするわけで。
すずかはたぶん、そのあたりを察してキスを求めてくる。
……結局、すずかの手のひらの上で遊ばれているのかもしれない。
それを別に嫌だと思わない自分がいるから困るのだ。……うー。
――と、そこで唐突に、部屋のドアをノックする音。
慌てて唇を離す。直後、ドアが開いて顔を出したのはファリンだった。
「失礼します、すずかお嬢様……あれ、どうかなさいました?」
「え? う、ううん、何でもないよ、何でも、ね、アリサちゃん?」
「あ、ああ、うん、何でもない、何でもないからっ」
しどろもどろの弁解に、首を傾げながらもファリンは、お茶のお代わりを差し出して。
……ドアが再び閉められて、あたしとすずかは同時に溜息をついた。
一応、まだあたしとすずかの関係は、秘密ということになっている。
知っているのは、なのは、フェイト、はやての3人だけ。
……あたしもすずかも、自分の家が色々と特別だということぐらい解っている。
特に、忍さんがいるすずかはともかく……あたしは一人娘なわけで。
パパやお祖父ちゃんが、あたしがお婿さんを迎えて、会社を継ぐことを期待していることも……理解している。
だけど、あたしはすずかを好きになってしまって。
……それは本当に、どうしようもないから。
「ちょ、ちょっとびっくりしたね……」
苦笑するように言うすずかに、あたしも小さく肩を竦めて。
「……続き、しよっか?」
「…………うん」
そっと目を閉じたすずかに、またあたしは、唇を寄せる……。
――いつまでも、こんな関係を隠し通せはしないだろう。
いつか、あたしたちの望むと望まざるとに関わらず……秘密の時間は終わってしまうだろう。
それがどんな形になるかなんて、解るはずもないけれど。
だからこそ――今は。
今は、せめて、好きな人に、素直に好きと言える幸せを噛みしめて。
「永遠」
「アリサちゃんっ!」
ぎゅっ――と。
背中から、腕が回される。
それは、後ろから抱きしめてくる、すずかの手。
押し当てられた身体はあたたかくて、――不意に泣きたくなる。
「……離してよ」
「いや」
「離してってば」
「絶対に嫌っ」
「すずかっ、」
回された腕を振りほどいて、あたしは振り返る。
――そこに、泣きそうな顔であたしを見つめる、すずかの顔があって。
そして、
「む……っ」
唐突に、ひどく強引に、すずかの唇があたしのそれに押しつけられる。
それは今まで繰り返してきた、甘い触れ合いではなくて。
もっと乱暴な――無理矢理にでも、それで何かを繋ぎ止めようとするかのような、
「……嫌だよ。アリサちゃんがいてくれなきゃ……私は嫌だよ」
「――――」
「約束、したよね? ……そばにいるって。勝手にいなくなったりしないって」
「…………すずか」
「何があっても……ふたりで乗り越えようって!」
――永遠はあると信じたかった。
変わり続ける世界の中で、それでも永遠があると。
揺るがない想いが、変わらない願いが、――永遠の誓いが。
たとえそれが、何もかもを傷つけてしまうのだとしても。
「……どうなっても、知らないわよ」
「どうなったっていいよ……! 私は……アリサちゃんがいてくれれば、それでいいから……」
「――――馬鹿」
もう一度、唇を重ねる。
――これが最後のキスになるのかもしれない。
だけど、もしそうだとしても、今は。
守るから。
あなただけは、必ずあたしが守るから。
世界中の全てから――必ずあなたを守るから。
顔を上げる。目の前を見据える。
その先に待っているものを――あたしはただ、見つめた。
もう、逃げられはしないのだから。
戦おう。せめて、力無きこの腕でも。
――ここにある、大切なものを守れるように。
「忘れられないキスをしよう」
『幸せは、時間の長さではないんです……たとえ一瞬でも、私は、幸せだったんです……』
『……つば、き』
『あなたから、幸せをもらったんです……。だから、そんな悲しいことは、言わないでください……』
泣きそうな顔で、少女は微笑む。少年の手をぎゅっと握って。
少年も、蒼白な顔で、だけど必死に、笑い返す。
『……ありが、とう……』
そして――
◇
映画を見終わった頃には、空はすっかり夕焼けに染まっていた。
すずかと2人で見ていたのは、ベタと言えばあまりにベタな、輪廻転生と不老不死ネタのラブストーリー。
以前テレビで放映されたのを見たすずかが、気に入ってDVDを買ったのだそうで。
――うん、確かにベタだけど良い話だった。……ちょっとだけ泣きそうになったのは秘密。
まあ、それはいいとして。
「アリサちゃんは、前世って信じる?」
「――え?」
見終わって、ノエルさんが淹れてくれた紅茶を飲みながら、のんびりしていたときのこと。
不意に、すずかがそんなことを言い出した。
「前世、ねぇ」
クッキーを囓りながら、あたしは首を傾げる。思い出すのは、さっきまで見ていた映画の内容。すずかの問いも、そこからの連想だろう。
映画の主人公の少年が恋をした相手は、不老不死の少女。少年はその前世でも、少女と恋をしていた。……概ねそんな悲恋話だ。
「私は……そういうのも、素敵かなって思うな」
膝の上で、飼い猫の毛並みを撫でながら、すずかはそんなことを言う。
「大好きな人と、時間を超えて何度でも巡り会えるって……ロマンチックだよね」
「……けど、輪廻転生って確か、この世の苦しみを何度も繰り返すって性質のものじゃなかったっけ?」
「た、確かに本来の意味はそうだけど……」
困ったように首を傾げるすずかに、あたしは苦笑する。
「ま、解るけどね。……でも、あたしは前世がどうとかは、どうでもいいかな。肝心なのは今でしょ、今」
「ふふっ、アリサちゃんらしいね」
笑うすずかの顔は、窓から差し込む夕焼けに照らされていた。
見やれば、深紅から紫へグラデーションしていく空の色。
長く伸びる影。ゆっくりと流れる、ふたりだけの静かな時間。
「それに、さ」
ふと、あたしは思いついたように口にしていた。
「来世に持ち越さなきゃいけないような、やり残しを作るなんて、あたしは御免よ」
紅茶のカップを手に、すずかが小さく目を見開く。
「一度の人生で充分じゃない。満足いくまでやりきるわよ、あたしは」
「……うん、それが一番だよね」
微笑んで頷くと、すずかは不意に立ち上がった。
――そして、テーブルに手をついて、ずいっと身を乗り出して。
唇と唇が、触れあう。
「……っ、いきなり何するのよっ」
不意打ちのキスにうろたえるあたしに、すずかは微笑。頬が赤いのは、夕焼けのせいだろうか?
「ん……キス、したかったから」
「したかったからって」
「やり残しを作らないように、ね?」
――はい?
つい先ほどの自分の言葉を使われたのが一瞬理解できなくて、あたしは目を丸くする。
「……一度の人生で、満足いくまで、私は、アリサちゃんと一緒にいたいな」
「――――――っ、」
直球。真っ直ぐに投げつけられた言葉に、一気に顔が熱くなる。
それがまた、自分の言葉の引用なのだから尚更だ。
「そうしてくれないと、私、来世でもアリサちゃんを追いかけちゃうよ?」
いたずらっぽくそう笑うすずかに、あたしはこっそり溜息ひとつ。
そして、今度はあたしの方から立ち上がる。
テーブルに手をついて、身を乗り出して。――そっと、唇を重ねる。
長く長く、重なり合った影がテラスに伸びて。
綺麗な夕焼けが、あたしたちを静かに見下ろす。
「……で、お姫様は、どれだけの時間と、どれだけのキスをご所望なわけ?」
唇を離して、苦笑混じりに囁いた言葉に。
すずかが返した答えは、とてもシンプルだった。
「たくさん、だよ」
――そう、一度きりの人生で充分だから。
あなたを愛する時間は、いくらでもあるのだから。
たくさんの時間を一緒に過ごして。
たくさんの、忘れられないキスをしよう。
「いつもと少し違う朝」
カーテンの隙間から差し込んだ陽光が、私の意識をまどろみから引きずり出す。
「ん……」
眩しさに目を細めながら、私はゆっくりと身体を起こした。
……茫漠とした意識。寝ぼけ眼のまま、私はゆっくりと部屋の中を見回す。
いつもと変わらない、自分の部屋。机の上の時計が目に入る。……朝の6時。いつもより、ずいぶん早い時間だった。
――そして。
「あ……」
傍らから、誰かがたてる寝息の音。
……アリサちゃんが、私の隣で眠っていた。
ああ、そうだ。昨日のことが、鮮明な記憶として脳裏を駆けめぐる。
みんなでお茶会をして、それからなし崩しにアリサちゃんがお泊まりすることになって……
急に顔が熱くなって、私は毛布の中に潜り込んだ。
ゆうべ、この部屋でアリサちゃんとしたことを思い出しちゃったから。
……あうあうあう。な、なんてことしちゃったんだろ、私たち……
耳元で囁かれた甘い声。うなじに吹きかけられた熱い吐息。くすぐったいような感覚。触れてくる指先。寄せられた唇、それから……
ぼんっ、と顔が爆発でもしたみたいに熱くなる。心臓の鼓動がすごくうるさい。
恥ずかしすぎて、隣で寝ているアリサちゃんの顔が直視できない。
ドキドキする心臓を落ち着けようと、深呼吸。すー、はー、すー、はー……
「…………すず、か」
「っ!」
落ち着きかけていた心臓が再び跳ねる。振り返ると……目を閉じたままのアリサちゃん。
まだ静かな寝息を立てたまま……その手が、私の手に重ねられていた。
……寝言、だったのかな。
アリサちゃんの手を、そっと撫でる。……少しだけくすぐったそうに、アリサちゃんは身をよじった。
ひどく無防備な、その寝顔。
それを見下ろして……私は。
もう一度、時計を見る。6時過ぎ。……まだ、ファリンが起こしに来る時間まではだいぶある。
――もうちょっとだけ、寝ちゃおう。
アリサちゃんを起こさないように、そっとシーツにくるまる。
その手をきゅっと握って。
「……おやすみ、アリサちゃん」
無防備なその唇に、一瞬だけ触れるキスをして。
ぽかぽかと朝の光が差し込む部屋で、私はもう一度目を閉じた。
起きたらアリサちゃんは、どんな顔をするのかな。
私は……どんな顔して、「おはよう」って言えばいいのかな。
少し、いつもと違う朝。
……それはきっとすごく恥ずかしくて。
だけど、すごく幸せな朝だろう。
「あなたの匂い」
「……アリサちゃん、遅いなぁ」
ある休日の昼下がり。お手洗いに行ったアリサちゃんが、なかなか戻ってこない。
アリサちゃんの部屋にひとりで残された私は、手持ち無沙汰にテーブルのクッキーを齧った。
すっかり見慣れた、アリサちゃんの部屋の光景。私たちふたりだけの、小さな聖域。
そこにひとりでいることが何だか落ち着かなくて、私はきょろきょろと視線を巡らす。
――と、ある一点で、私の視線が留まった。
「あ……」
ハンガーに吊るされた、アリサちゃんの制服。
いつも彼女の身体を包んでいるそれが、どこか無防備に、私の眼前に放置されていた。
――そして、はっと気付けば、そこに手を伸ばしている自分がいる。
ああ、いやいや、何をしているんだろう。
いくらアリサちゃんがいないからって、それは問題があるよ、私……。
思考はそんな風に冷静に考えているはずなのに。
どうしてか、次の瞬間には私の腕の中に、アリサちゃんの制服があった。
……アリサちゃんの、匂いがする。
そっと鼻先をくすぐった、心地よいその芳香に、頭の奥がじんと痺れる感覚。
制服だけを抱きしめているはずなのに、アリサちゃんに抱きしめられているような気がしてくる。
首筋をくすぐる吐息とか、頬に触れる指先とか、そっと寄せられる唇とか――
そんな感触がひとつひとつ明瞭に浮かんできて、……身体が、だんだん熱くなってくる。
……ダメだよ、そんなの、だってアリサちゃんがもうすぐ戻ってくるのに、
頭のどこかで理性が警告を発していた。
けれどもそれに抗うみたいにして……私の右手は、ゆっくりと、敏感なところへ向かっていってしまう。
鼻腔をくすぐる、大好きな人の匂いは――その行為のひとつひとつまで、鮮明によみがえらせていく。
首筋を這う唇。絡まる舌。双丘の頂をくすぐる指先。――そして。
一番敏感なところへ寄せられる唇からかかる吐息と……触れる、温かくて湿った感触。
「……はぁ、ふぅ……アリサ、ちゃ……っ」
くちゅ、と湿った音が聞こえたのは、現実か、それとも幻想か。
敏感なところをくすぐるのが、自分の指なのか、それとも彼女の舌なのか――それすらも、だんだん曖昧になっていく。
「ん、ぁ……アリサちゃん……気持ち、いい、よ……っ」
――すずかの、美味し……
「ゃぁっ……そんな、の……」
――舐められるの、そんなに好き……?
「好き……だよ……アリサちゃんに、キスして、もらうの……っ、舐めて、もらうの、好き……っ」
――なら、もっとしてあげる
「ん、ぅ、ふぅっ……アリサ、ちゃん……っ、アリサちゃんっ――ッ」
「……すずか?」
それは、幻想でも妄想でもない――歴然とした、現実の、アリサちゃんの声。
「――――――ッ!!」
その瞬間、私を包んでいた幻想は粉々に砕け散って。
目の前にあったのは、抱きしめたアリサちゃんの制服と。
――ドアのところから、呆然と私を見ている、アリサちゃんの顔。
思考が混乱する。認識が現実に追いつかない。
ただ、私もアリサちゃんも、間抜けな姿で呆然と見詰め合って、
「すず、か……」
次に名前を呼ばれた瞬間、私は弾けるようにアリサちゃんに背を向け、その場に縮こまった。
――アリサちゃんの顔が見られない。見られるはずもない。
ようやく理解の追いついた思考が、私に現実だけを全力で突きつける。
どうしていいか、解らない。
ただ、私は怯えて、何に怯えているのかも解らないままに縮こまって、
「すずか」
耳元で囁かれる、アリサちゃんの声。
――そして、私の肩にその手が触れて、
次の瞬間、――首筋に触れる柔らかくて湿った感触。
「ひぅっ!?」
思わず声をあげて、身体を起こしてしまった私に、狙い澄ましたようにアリサちゃんの腕が回されて、
――気がついたときには、アリサちゃんに抱き上げられていた。
いつもの、お姫様抱っこの格好で。
「あ、アリサ、ちゃ……?」
私が戸惑いの声をあげる間もなく、抱き上げられた身体はすぐにゆっくりと下ろされた。
横たえられたのは、ベッドの上で。
――私の理解が追いつく間もなく。
太股を、彼女の髪がくすぐる感触だけが伝わって、
「あっ、アリサ、ちゃ――ひぅっ!?」
痺れるような快感が突き抜けて――私はただ身震いすることしかできなかった。
それは、さっきまでの幻想の、淡い快感とは比べ物にならない。
本当の――本物の、アリサちゃんの……感触。
「……こんなとこで、何もひとりですること、ないでしょ」
耳に届くのは、どこか怒ったような、アリサちゃんの声。
「すぐ近くにいるんだから……してほしかったら、いつだって、あたしが――」
そこで、照れくさそうに小さく唸って。
――アリサちゃんの舌が、私の一番敏感なところを、優しくなぞる。
頭を痺れさせる快感に、けれど私はどこか心地よい安堵を覚えて。
そうして――アリサちゃんの優しいキスに、ゆっくりと身を委ねた。
幻想よりも、今触れてくれるあなたの温もりが、いちばんだから。
「熱帯夜」
目を開けると、まだ世界は闇に閉ざされていた。
「……はふ」
ひとつ息をつき、傍らで寝息を立てるすずかを起こさないように、静かに身体を起こす。暗闇にぼんやりと光るデジタル時計の数字は、午前三時を示していた。
額の汗を拭い、ベッドを抜け出す。キッチンの冷蔵庫を開けると、サイダーが1本残っていた。
渇いた喉を、炭酸の刺激が爽やかに通り過ぎていく。もう一度大きく息を吐き出して、あたしはキッチンのテーブルにぐったりともたれた。
「暑……」
夜中だというのに、蒸し暑さは一向に過ぎ去る気配を見せていなかった。こんな熱帯夜では、いくら自分でも安眠しろという方が無理である。
シャワーを浴びて寝直すか、それともこのままクーラーを点けて朝まで起きてようか。あたしが真剣に悩んでいると、
「ん……あ、アリサちゃん、起きてたんだ」
寝室から、すずかが目を擦りながら顔を出した。
「ごめん、起こしちゃった?」
「ううん。……喉、渇いちゃって」
「あ、じゃあこれ飲む? 口つけちゃったけど」
「うん、ありがとう」
ペットボトルを受け取って、こくこくと喉を鳴らすすずか。その額にも、やっぱり玉のような汗が浮いていた。
すずかはわりと暑くても平然としている方だけど、それでもこの蒸し暑さは堪えるようだ。
「暑いわねー……」
「ホントだね。汗、べとべとだよ」
「シャワー浴びる?」
「んー、そうだね。……でも、その前に」
と、不意にすずかがあたしにもたれてきた。その指先が、頬に伝った汗をなぞるように這う。
「ちょ、すずか、暑いから――」
「うん、だからシャワーでさっぱりする前に、もっと汗かいちゃお?」
「――っ、いきなり何言い出すのよっ」
熱さで頭がやられたようなすずかの発言に、思わずうろたえる。
そんなあたしの反応に、すずかは小さく頬を膨らませる。
「だってアリサちゃん、暑いからって今日はあんまりしてくれなかったから」
「そっ、それは――その、なんというか」
暑いから、というか、なんというか。
シャワーを浴びてもすぐ汗だくになってしまって、あんまり汗くさい状態でするのはその――
「アリサちゃんの汗の匂いも、私は好きだよ……?」
「ひぅっ!? す、すずか、舐めちゃ……ゃぅっ」
「あ……でも、私が汗くさいのは、アリサちゃん、嫌、かな……」
あたしの首筋から顔を上げて、すずかは俯き気味に身体を離す。
……ああもう、どうしてあんたはいつまで経ってもそうなのよっ。
「――誰も、そんなこと言ってないでしょ」
「んっ――アリサ、ちゃ……む、んぅ」
半ば強引に、唇を塞ぐ。……結局これも、いつものパターンと言えばその通り。
あたしだって、すずかの汗の匂いを嫌だなんて思わないから。
――お姫様がお望みなら、ふたり汗だくになるまで愛してあげる。
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