あなたの人生の物語 5/レティ・ホワイトロック
2010.09.15 Wednesday | category:東方SS(東方野球)
毛糸玉はころころと、畳の上を踊るように転がっている。
「ねえ、れいむ〜」
「うん?」
「そうされてると、何か色々とやりづらいわ〜」
昼下がりの博麗神社縁側。編み棒を手に、その毛糸玉を転がしてマフラーを編むレティと、そのレティに後から抱きついた格好でべったりくっつく、霊夢の姿があった。
「いいでしょ。私が貰うものなら、制作過程の確認ぐらいさせてよ」
「それはちょっと、風情に欠けると思うわ〜」
「今さら秘密にしてるわけでもないじゃない」
「それに〜、見てるなら見てるで、別にくっつかなくても〜」
「嫌?」
「……嫌じゃ、ないけど〜」
なら問題なし、と霊夢は猫のような声をあげて、レティの首筋に頬ずりした。
ふひゃあ、と変な声をあげてしまって、レティは小さく唸る。
どうにもこうにも、霊夢の行動パターンがここのところ読めない。普段ならこう、くっつきたがるのはレティの方で、霊夢はそれに照れたり唸ったり頬をつねったりするのだけれども。
最近は、何だかこうして霊夢の方からくっついてくることがときどきある。
普段の照れるとぶっきらぼうになる霊夢と違って、こちらへの好意を全開にして甘えてくる霊夢。それはそれでとても可愛いし、レティとしては十二分に幸せではあるのだけれども。
「昨日からどうしたの〜?」
「別に。……ちょっとぶっちゃけたくなっただけ、色々と」
素っ気なく答える霊夢に、「ほえ」と振り向くと、ちゅ、と頬に唇が触れる感触。
「レティ」
「はぅ」
「好き」
「あぅ〜……」
むぎう、と抱きしめられて、手元の編み目がこんがらがってしまった。
「あーもう、可愛いわねあんた」
「れいむ〜……うー」
もうすぐ冬だというのに、顔が熱すぎて溶けてしまいそうだった。
「この季節に、ここだけ何だか随分熱くない?」
そこに割り込むのは聞き慣れた声。庭に姿を現したのは、アリスだった。
「あら、いらっしゃい」
「こんにちは〜」
「御機嫌よう。……というか、どういうことなの? これ」
レティにべったりの霊夢に、アリスは怪訝そうに目を細める。「私も知らないわ〜」と首を振るレティに、「あによ、別にいいでしょ?」と霊夢はまた頬ずりした。
「霊夢、貴方キャラ変わりすぎじゃない? というか酔ってる?」
「素面よ素面。なに、羨ましい?」
ふっふー、と笑った霊夢に、やれやれとアリスはひとつ首を振った。
「まあ、何でもいいけど。ちょっと相談があるのよ」
「ん、何?」
「来週あたり、納会をやろうと思うの」
「納会?」
聞き慣れない単語に、レティは霊夢と顔を見合わせた。
「シーズンの締めくくりの会、ね。要は宴会なんだけど」
「打ち上げなら、日本一が決まった晩にやったじゃない」
「それとは別に、外の世界の野球ではシーズンの終わりにそういう会をやるそうなのよ。どうせだから、最後もそれに合わせて宴会しようかと思って」
「ん、了解。場所の提供なら、基本的にいつでも構わないわよ」
「ありがとう。じゃあ、その方向で進めるわ。具体的な日時が決まったらまた知らせるから」
「はいはい」
「じゃあ、そういうことで」
と、アリスはさっさと踵を返す。「あれ、もう帰るの?」と霊夢が声をあげると、「お邪魔でしょ?」とアリスは小さく肩を竦めた。
「別に、私は気にしないけど」
「れいむ〜」
「……こっちが当てられそうだから帰るわ」
はあ、と額に手を当ててアリスはため息をつく。
その背中を、思わずレティは呼び止めた。
「あ、アリス〜」
「うん?」
いやまあ、霊夢にべたべたとくっつかれるのはそれで非常に幸せなのだけれども。
ずっとこのままだと、さすがに何というか身が保たないのである。溶けてしまう。
「こんがらがっちゃったの〜、たすけて〜」
ついでに――霊夢にくっつかれていたせいで、手元の編み目が大変なことになっていた。
◇
「さすがね〜」
「毛糸の編み物は、普段はあまりやらないけれど」
こんがらがった編み目を丁寧な手つきでほどき、編み目の狂った箇所からアリスは丁寧に編み直していく。さすがに熟練の手つきだった。
「魔理沙に何か編んであげたりしないの〜?」
「頼まれてもいないのに、時間の掛かる毛糸の編み物なんてしないわよ」
ということは、頼まれればするのだろう。全く、素直なのだかそうでないのか。
おおよそ形が整ったところで、アリスから編み棒を返される。アリスに編んでもらったのでは意味がない。なかなか、すらすらとはいかないのだけれども。
「ところでこれ、一色なのかしら」
「そのつもりだけど〜」
「他の色も混ぜてみない? デザイン的に寂しいし」
「ん〜……霊夢がケチなのよね〜」
毛糸玉ぐらい自由に買わせてほしいとレティとしては思う。その霊夢はさすがに離れて、今は台所でお茶の準備をしているはずだった。
「毛糸玉ならあげるわよ。ちょうど赤だし、白を入れて紅白にすれば霊夢用って感じね」
なるほど、それはいいかもしれない。「いいの〜?」とレティが首を傾げると、「今度持ってくるわ。編み方もそのときに教えるから」とアリスは笑った。
そこで会話が途切れる。静けさの中、編み目がひとつひとつ、平面を形作っていく。
「……ねえ、アリス〜」
「うん?」
「アリスって、霊夢とはいつからの知り合いなの〜?」
そういえば、アリスと霊夢の関係というのはよく解らない。特に接点も無さそうなのに、球宴異変の時点では既に馴染みの相手、という雰囲気だった。
「いつから、って言われれば、結構昔からだけど」
「そうなの〜?」
「レティが霊夢と会ったのは、春雪異変のときよね?」
「ええ〜」
春の到来が随分と遅れた、レティにとっては割と天国のようだったあの異変。あのとき道すがらにちょっかいをかけたら返り討ちにされたのが、霊夢との出会いだった。それからこの間の球宴異変まではしばらく間が開いたけれども。
「私が霊夢と再会したのが、あのとき。まあ、霊夢の方はすっかり私のこと忘れてたみたいだったけど」
「再会、ってことは、その前に会ってたのね〜?」
「……そのあたりは、何て説明したらいいのかしらね」
アリスはひとつ首をひねる。そんなにややこしい関係なのだろうか。
「昔の霊夢って、どんな感じだったの〜?」
「今と変わらないわよ。自力で飛べなかったぐらいかしら? 敵には容赦ないのは昔からね」
「そう〜」
「どうしたの? 急に」
ふぅ、とレティはひとつ息をつく。
「何だかね〜。霊夢の昔のことを聞くと、みんな口を濁すのよ〜。魔理沙も、阿求も」
アリスは目をしばたたかせた。
「魔理沙が言わないのは、まあ解るけど。昔のことは思い出したくないみたいなことよく言ってるし。でも、阿求も?」
「そうなのよ〜。ねえアリス、博麗の巫女って何なのかしら〜?」
知りすぎるな、と阿求は言った。何もかも曖昧に濁されたままで納得できるほど素直で考え無しでいられれば、あるいは幸せなことなのかもしれない、とレティは思う。
「何って……博麗大結界の管理者、よね。霊夢は」
「幻想郷と、外の世界を隔てる結界、だったかしら〜?」
「そう。まあ結界の管理自体は、どっちかというと藍がやってるみたいだけど」
「私も、霊夢が結界についてどうこうっていうのは見た記憶が無いわ〜」
霊夢の日課といえば、神社の掃除をし、お茶を飲み、賽銭の少なさにため息をつくぐらいのものである。あとは買い物とか。異変解決に奔走していない霊夢は、ごくごく普通の人間だ。
「幻想郷そのものについては、私はあまり詳しいわけじゃないけど……博麗大結界の維持は、幻想郷の存続に関わるものらしいわ。あの球場を消し去らなければいけなかったのも、結界に影響を与えていたからだもの」
「……そうなの?」
レティは思わず手を止めてアリスを見つめた。初耳である。「あ、そういえば説明して無かったわね」とアリスはひとつ息をついた。
「ただ遊びで野球をやってたわけじゃないのよ。あれが異変と呼ばれたのも、紫なんかがあのチームにいたのもそのせい。だいいち、私が監督をやると言って、レミリアや幽々子が配下につくなんて不自然でしょう?」
言われてみれば確かに、とレティはひとつ唸る。レミリアのあの性格なら、むしろ自分から率先して監督をやりそうなものだ。「たぶん、紫の差し金なのよね」とアリスはため息。
「紫が何を考えてるのかなんて解らないけれどね」
「……紫、ね〜」
八雲紫。スキマ妖怪。レティが彼女について知っていることなど僅かだ。同じチームでも、そもそも紫はベンチに滅多に居なかったし、ブルペンで投球練習をすることもない。捕手も藍が専属だったから、紫のボールを受けたことは結局一度も無かった。
「と、話が逸れたわね。博麗の巫女に関しては――手を出してはいけないって言われてるけど」
それは、レティもどこかで聞いた覚えのある言葉だった。
博麗の巫女に手を出してはならない。彼女を取って喰らうことは許されない――。
誰から聞いたのか解らない言葉。そもそもいつから自分はその言葉を記憶していたのだろう。よく解らなくなって、レティは小さく唸った。
「でもね、レティ。あんまり気にすることもないんじゃないかしら」
「え?」
「だってね、貴方が今ここに居るってことが、それが許されてる証拠だと思うから」
むぅ、とレティはもうひとつ唸る。
「霊夢以外の誰かに、許してもらわなきゃいけないようなことなのかしら〜?」
「それは、私には解らないけど。――貴方が霊夢に恋をして、霊夢が貴方に恋をした。それがもし、たとえば紫にとって不都合なことなら、何かしらの介入があるはずなのよ。あの紫が、自分の意のままにならないことを放っておくとは思えないの。霊夢は紫のお気に入りだし」
「…………」
「紫が貴方に手を出していない、ということは、貴方と霊夢の関係に障害は特に無い、ということなんじゃないかしら」
アリスの言わんとすることは解る。解るが納得はいかず、レティは息をついた。
紫が強大な妖怪であることぐらいは解っている。レティより遥かに妖怪として格上の藍を式として使役しているぐらいだ。一介の冬妖怪であるレティなど、紫にとっては吹けば飛ぶような木っ端でしかないに違いない。そのぐらいは自覚している。
しかし、だからといって――自分と霊夢の関係が、たとえば紫の機嫌ひとつで破壊されうるものだ、という可能性は、レティにとっては全く快くはない。
「私と霊夢の関係も、紫の手のひらの上、っていうことなの〜?」
「……それは私も一緒よ」
ため息混じりに、アリスはそう言った。
「でもね、レティ。貴方が霊夢に恋をしたこと、それを霊夢が受け入れたことは、紫の差し金なんかじゃないわ。貴方という存在が、霊夢の心を動かしたの。それは確かよ」
「…………」
「紫にとってそれがどういう認識であれ、貴方が霊夢と結ばれたことは、貴方と霊夢の意志でしかないわ。だから紫のことなんか、姑ぐらいに思っておけばいいのよ」
「しゅうとめ、って」
「もし紫が何かちょっかいをかけてきたら、『霊夢は私が居なきゃもう生きていけないのよ』ぐらいのことを言い返してやればいいわ。紫はどんな顔するかしらね?」
それは痛快かもしれない。想像してレティはアリスと笑い合った。
「……ねえ、レティ。ついでに訊いてもいいかしら」
それからふと、アリスは目を細めてレティを見つめた。
「なに〜?」
「どうして、霊夢を好きになったの?」
手を止めて、きょとんとレティは目を見開く。
「……どうしてかしらね〜? 改まって訊かれると答えにくいわ〜」
編み棒を置いて、レティはひとつ息をついた。
「きっかけはもちろん、あの異変でキャッチャーやってたことだし。それを言ったら、元を辿ればアリスのおかげなのよね〜」
「私はただ、チームが勝つために采配を振るってただけだわ」
「そりゃあそうよ〜。お見合いじゃないんだから〜。アリスがあのチームを組んで、私をチームに加えてくれて、それで霊夢とバッテリーを組ませてくれた。始まりはそこからなんだから、そのことはすごく、感謝してるわ〜」
レティが笑うと、アリスはどこか居心地悪そうに苦笑する。
「私は、私の都合で動いていただけなんだけどね」
「そんなの、みんな一緒よ〜。初めはみんな、単に暇潰しで遊んでただけだったんだから。それをまとめたのはアリスなんだもの、ね。きっかけがどうあれ、結果として今のこの生活があるのはアリスのおかげよ〜」
「……で、話がズレてるわよ。きっかけはともかく――あの霊夢のどこを好きになったの?」
「どこって言われてもね〜」
そりゃあ、あれがこれがと挙げることは出来る。例えば、照れたときのぶっきらぼうな仕草がとても可愛いこと。手料理がいつも美味しいこと。のんびりお茶を飲んでいるときに見せる無防備な横顔。それから、不意に見せる優しい笑みと、触れる手の柔らかな温もり。
それら全部をひっくるめて「博麗霊夢」なのだから――やっぱり「霊夢が好き」という以外に、答えようなど無いのだと思う。
「……たぶん、ね。あの異変で生まれて初めて、私は誰かのために一生懸命になったんだと思うの。今まではずっと、好き勝手に生きてたからね〜」
「そう? チルノたちの世話とかしてるじゃない」
「ん〜、確かにチルノには懐かれてるし、その関係であの子たちの面倒見てるような形にはなってるけどね〜。そこには責任なんて伴わなかったわ〜。チルノが例えば湖のカエルを凍らせて遊んでいても、大蝦蟇にやり返されるのはチルノ自身だもの〜」
確かにね、とアリスも頷いた。責任、なんて二文字は、好き勝手な妖怪には基本似つかわしくない言葉だ。
「でもね〜。投手をリードして相手を抑える、っていう楽しみを知っちゃったら、打たれて負けるのは単に投手のせいだけじゃないんだ、って気付いちゃったから。そりゃあ、ストライクが全然入らないとか、そういうのじゃどうしようもないけど〜。調子のいい霊夢が打たれるのは、私のせいなんだって思うとね〜」
「そういう思考自体、あんまり妖怪らしくないと思うけど」
「そうでもないわよ〜。結局、打たれて負けるのは悔しいし、抑えて勝つのは楽しいっていうだけ。だから楽しくなるようにする、その手段を考えて、霊夢を知ろう、霊夢に信頼してもらおう、っていう考えに行き着いたの〜。……それで、霊夢のことばっかり考えてたら、いつの間にか霊夢のことしか考えられなくなっちゃってたのよ〜」
こんな恋の形は変なのかもしれない、とは思うけれど。
それも、自分と霊夢の関係の形なのだ、とレティは思う。
「でも、アリスもなんだか、異変の最初の頃とは変わったわよね〜」
「え?」
今度はアリスが目を見開く。それは異変の終わり頃から常々感じていたことだった。
「最初の頃は、たとえば今みたいに、他人同士の関係とか、そういうことに興味を持ってるような様子は全然無かったから〜。それがいつの間にか、随分気配りの利く監督になったわ〜」
「……そうかしら」
「日本一の後の打ち上げで、リグルとかルーミアに声かけてたでしょ〜? あんまり出番をあげられなくてごめんなさい、って。最初の頃、そんなこと思ってた〜?」
「…………」
「ルーミアが何て答えたか、私も聞いてるけど〜。自分のために、他人のことを考えられるっていうのは、素敵なことだと思うわ〜。アリスのそういう変化はきっとみんな解ってるし、だからみんなアリスに最後までついていったんだと思うわよ〜」
――監督が謝ることじゃないのだー。貰った出番で活躍できなかったのは私だから、出番が少なかったのは私の責任なのかー。でも、そう言って貰えるのは嬉しいのかー。
ルーミアはアリスにそう答えたのだという。結局、そういうことなのだ。
「……ありがとう」
アリスは何か、ひどくくすぐったそうな苦笑を浮かべて、そう呟いた。
レティは笑って、ただそれに頷いた。
◇
「ん、アリス帰った?」
「うん、さっき帰ったわ〜」
アリスを見送って居間に戻ると、霊夢はこたつでお茶を飲んでいた。
「随分、長話してたわね」
「まあ、ちょっとね〜」
その傍らに座布団を引いて、レティは腰を下ろす。こたつは暑いから苦手なのだ。
少し、沈黙が流れる。霊夢が小さく息をついたのが聞こえた。
「れいむ?」
「……なによ?」
「ひょっとして、妬いてるの〜?」
お茶を飲もうとした霊夢の動作が固まった。
「私がアリスと話し込んでたから、拗ねてるのかしら〜? んふふ〜」
「馬鹿なこと言ってんじゃ――」
ぎゅっと、レティは霊夢の背中に抱きついた、もごもごと口の中で何か呟いて、霊夢はふてくされたようにこたつの中で身を竦める。
「……暑いわね」
「こたつの温度が高いんじゃないの〜?」
「のしかかる質量のせいよ」
「のしかかるとか〜。重いみたいに言わないで〜」
「じゃあ、何よ」
「――大好きな霊夢を、抱きしめてるの〜」
全く、無駄に熱いのはたぶん自分の思考回路と、主に頬で。
「つねるわよ、馬鹿」
拗ねたようにそう口にする霊夢は、やっぱり可愛くて仕方ないのだ。
BACK|NEXT
⇒ こじたん (11/17)
⇒ 浅木原 (11/16)
⇒ こじたん (11/16)
⇒ 時の番人 (11/14)
⇒ 置き石 (10/14)
⇒ 葉月 (09/19)
⇒ ろっく (05/17)
⇒ 六仁祝 (08/27)
⇒ はまなす (06/20)
⇒ 橘 奏 (08/10)