あなたの人生の物語 2/レティ・ホワイトロック
2010.09.06 Monday | category:東方SS(東方野球)
考えてみれば、自分は博麗霊夢について何も知らないのだ。
この幻想郷を守る博麗大結界の管理者、博麗の巫女。それはいい。それは誰でも知っていることだ。――問題は、そこから先のこと。
例えば、霊夢の両親はどこにいるのだ?
霊夢は人間なのだから、当然父親がいて、母親がいるはずだ。けれど少なくとも、その両親は神社にはいないし、人里にいるという話も聞いたことがない。だとすれば既に故人である、という可能性が高いが――ともかく、霊夢の家族とか、生まれとか、いつから神社に住んでいるのかとか、そういう話を、レティは一度も聞いたことが無かった。
「むぅ〜」
台所に立つ霊夢の背中を見ながら、レティは小さく唸る。
買い物の間は、結局霊夢には適当にはぐらかされるだけで、何も教えてもらえなかった。どうでもいいじゃない、そんなこと。霊夢はそう言うが、妖怪や妖精ならともかく人間の場合、誕生日がどうでもいいということもないだろう。だいいち霊夢は何歳なのだ?
「ねえ、霊夢」
「あによ?」
「あの春雪異変って、どのくらい前だっけ〜?」
「何よ急に」
鍋の味見をしながら、霊夢は振り返って首を竦める。
妖怪のレティには、暦という概念はあまり馴染みがない。だからこそ今まであまり疑問にも思わなかったのだが――妖怪や妖精にとっては数年なんてあっという間だが、寿命の短い人間にとっては別だ。あの異変から、たぶん三回は季節が巡っている。だというのに――。
「あれなら四年前だよ。私がここに住み始めたのがその後だかんね、間違いない」
ふらりと現れた萃香が、杯を傾けながらそう答えた。
「もうそんなに経ったっけ? 早いもんね。てゆか、あんたはいつまで居座る気?」
「何さ、冷たいなあ。あ、新婚生活のお邪魔虫は出てけって? 心配しなくても夜は適当に飲み歩いてるから心配なさ――あ痛っ」
にしし、と笑う萃香に、霊夢の投げたじゃがいもが直撃した。
「酷いなあ、霊夢」
「うっさい、あんたも少しは手伝いなさいよ」
うへぇ〜、と呻く萃香に、霊夢がため息ひとつ。そんな様子に、レティは小さく息をつく。
四年か。人間にとっての四年は決して短い時間ではないはずだ。それだというのに――記憶の中の四年前の霊夢と、今の霊夢はほとんど変わらない。
いや、でも、そういうものなのだろうか。思えば、魔理沙も咲夜もあの頃からあまり変わった印象は無い。咲夜の場合は時間を操る能力を持っているから別かもしれないが――人間も、案外自分たちと変わらないのだろうか?
「何ぼーっとしてるのよ」
額を突かれて顔を上げると、霊夢が呆れたようにこちらを覗きこんでいた。
「ほら、もうすぐ出来るから盛りつけるの手伝いなさいってば」
「あ、うん〜」
いい匂いが鼻をくすぐる。ぐぅ、とお腹が鳴った。今日も霊夢の手料理は美味しそうだ。
現金なもので、その時はそこで疑念も思案も終わってしまった。
ただ――やはり、好奇心は残る。
霊夢について、自分はやっぱり、何も知らないに等しいのだ――。
◇
さて。
霊夢が教えてくれないものを、無理に聞き出すというのも少々気がひけるものがある。
だからといって、家捜しみたいな真似をするのもどうかと思うわけで。
そうすると、残された手段は聞き込みということになる。
「霊夢のこと?」
翌日、場所は霧雨魔法店。雑然とした――というか、散らかり放題の店内で、霧雨魔理沙はキノコスープを飲みながら訝しげに目を細めた。
「魔理沙、霊夢とは昔からの知り合いなんでしょ〜?」
「まあ、そうだが。お前、今また神社に戻ってるんじゃなかったのか?」
「うん〜」
「だったら本人に訊けよ、本人に」
「教えてくれないからこうして来てるのよ〜」
ふむ、とカップを置いて、魔理沙は怪しげなポットからスープを注ぎ足す。「飲むか?」と訊かれたが、丁重に遠慮しておいた。
「あいつのことったってな。私もそんなに詳しいことは知らんのぜ」
「そうなの〜?」
「そもそもあいつ、自分のことは語らないからな」
「魔理沙にも?」
「そっちが思ってるほど、私ゃあいつにとって特別なもんじゃないぜ。だから私も、出会う前のあいつのことはよく知らん」
手の中でミニ八卦路を転がしながら、魔理沙は呟くように続ける。
「話したくないのか、話す気がないだけかは解らんけどな。――あるいは、あいつ自身も自分のことをよく解ってないのか……」
「え?」
「いや、独り言だ」
苦笑する魔理沙に、レティはひとつ首を傾げた。
「じゃあ、魔理沙が出会った頃の霊夢の話とか、聞かせてほしいわ〜」
その言葉に、魔理沙はひとつ呻いて、露骨に嫌そうな顔をする。
「?」
「いや、昔のことはちょっと思い出したくないことが多くてな……」
ぼりぼりと頭を掻いて、トレードマークの帽子を目深に被ると、魔理沙は大きく息をついた。
「まあ、話そうと思えば話せるけどな。霊夢が飛べなかった頃の話とか。ま、性格はあの頃から今もあんまり変わらんが――しかし、レティ」
不意に目を細めて、魔理沙はレティを見つめた。
「お前は、それを知ってどうしようってんだ?」
「え? どうしようって……別にどうもしないわよ〜。ただ、知りたいだけ〜」
「ま、そうだよな。――嫁として、旦那の知らないことは知っておきたいってか」
「あ、あはは〜」
魔理沙の言葉に、苦笑してレティは頬を掻く。
そんなレティに、しかし魔理沙は珍しく表情を引き締めて言った。
「――あんまり深入りしない方が幸せってことは、あるもんだぜ?」
「え? ……どういう意味?」
「言葉通りの意味だぜ」
ガタン、と椅子を鳴らして魔理沙は立ち上がると、箒を手に取る。
「誰がちょっかいかけて来るか、解ったもんじゃないからな。――霊夢に関しては」
「――――」
「出かけるから、今日は閉店だぜ」
その言葉は、これ以上話すことは無い、という合図だった。
店を出て、魔理沙は箒に跨って空へ舞い上がる。それを見送り、レティはため息ひとつ。
――誰がちょっかいかけて来るか解らない。
いくつか思い当たる顔があったが、さて、どうしたものか。
◇
「ただいま〜」
「あら、お帰り」
霧雨魔法店を出た後は、霧の湖の方で遊んでいたチルノたちの様子を少し見て、それから博麗神社に戻った。人里まで足を伸ばそうかとも思ったが、そんなに急ぐことでもない。
霊夢は居間でこたつに入りながらお煎餅を囓っていた。手にしているのは天狗の新聞だ。
「文の?」
「相変わらず胡散臭いわよ。野球終わってからあっちもネタ切れしてるみたいね」
球宴異変の最中、毎号一面をタートルズ特集にした文々。新聞は記録的な発行部数を誇っていたらしい。試合のない日に自分たちの生活を取材に来られるのには参ったものだが。
お茶飲む? と霊夢が急須を差し出す。湯飲みに受け取って、冷ましながら飲んでいると、霊夢は新聞を放り出してテレビを点けた。以前はレティの寝室に備え付けられていたテレビは、現在は居間に移されている。
『幽々子と妖夢の食い倒れ幻想郷〜♪』
白玉楼のふたりの食べ歩き番組だった。中右の道商店街の全店制覇が何だかんだ。真面目にリポートする妖夢の傍らで、幽々子は幸せそうに空き皿を積み上げている。
「こんな半端な時間に、お腹の減る番組やってるわねえ……」
まだ晩ご飯には早い時間である。ぽりぽりとお煎餅を囓りつつ、霊夢は退屈そうにテレビを眺めていた。他にすることも無いのだろう。
「霊夢〜」
「ん?」
「することないなら、キャッチボールでもする〜?」
「……やーよ、寒いから」
ずるずるとこたつに潜り込んで、霊夢は答える。まあ確かに、外でキャッチボールをするには、さすがに少々肌寒い季節ではある。
「だからって、あんまり動かないでいたら太るわよ〜」
「あんたに言われたくないわねえ、それ」
「ひどいわ〜」
いい加減、人をふとましいとか言うのは止めてほしい。
「ふぁ……ねむ」
「こたつで寝たら風邪ひくわよ〜」
「解ってるわよ。んー、野球終わるとホント暇ね。あのぐらい気楽で長続きする異変、また起こらないもんかしら。私以外が解決してくれれば完璧ね」
欠伸混じりに、霊夢はそんなことを言う。
「異変解決の専門家が、そんなこと言ってていいの〜?」
「別に世のため人のためにやってるわけじゃないしねえ。球宴異変に関して言えば、むしろ賽銭収入増えてたわけだし。ま、そんなこと言ってると紫あたりがちょっかいかけてくるんだけど。仕事しろ、って」
球宴異変に関しても、八雲紫は何か裏で色々動いていたような様子だった。レティはそのあたりの話には縁も興味も無かったので、何となくそれらしい気配を感じていただけだが。
「そういえば、あんたが来てからあんまり紫が来なくなったわね。前は用もなく現れてたのに」
「そうなの〜?」
確かに、神社で八雲紫の姿を見た記憶がほとんど無い。
「まあ、うざいから来ない方が有り難いんだけど」
「霊夢って、割と容赦ないわよね〜」
「紫をうざがってないのなんて、藍と幽々子ぐらいのもんでしょ。何でも自分の掌の上みたいな顔してニヤニヤしてるんだから」
ひどい言いぐさである。まあ、あの劇場っぷりを見ていれば頷ける部分も確かにあるが。
「でも、そう考えると霊夢って人気者よね〜」
「え? なによ急に」
「魔理沙、萃香、紫、阿求、それからレミリア。文もよく取材に来るし、あとアリスと、香霖堂の人と〜。ていうか、そもそもタートルズのメンバーって、だいたい霊夢と魔理沙の知り合い関係よね〜?」
指折り数えてみれば、あの球宴異変を抜きにしても霊夢は交友範囲が広い。異変解決であちこちに弾幕勝負という形での知り合いを作っているのだから当たり前といえば当たり前の話なのだが。
「ほとんど、異変解決の道すがらにボコッた相手ってだけよ。あんたもそうだけど」
「私ってその他大勢扱い〜?」
「……この間までは、ね」
ずず、とお茶をすすって、霊夢はそれだけ答えた。
その仕草に、なんだかぽっと幸せな気分になって、レティは霊夢にすり寄る。
「なによ」
「えへへ〜」
隣に座って身体を預けると、霊夢はひとつ唸って、けれど逃れようとはしなかった。
「霊夢」
「……だから何よ」
「今の私は、その他大勢じゃないなら――なに?」
むにー。やっぱり頬を引っぱられた。「いひゃいいひゃい〜」「うっさい」いつものやり取り。
「人にこっ恥ずかしいこと言わせようとするんじゃないわよ」
「恥ずかしいこと、言ってくれるつもりだったの〜?」
「ばか」
でも、そんな照れ隠しの後に、霊夢はちゃんと、レティが欲しい言葉をくれるのだ。
「レティ」
「……ん」
「――――好き」
その一言は、唇の動きだけにしか思えないぐらい小さな声だったけど。
重ねられた唇の柔らかさと温もりが、どんな言葉よりも雄弁に語ってくれるから。
触れあう熱と吐息を感じながら、レティは霊夢と手のひらを重ねて、指を絡めた。
「……れいむ」
唇を離して、額を合わせて、互いに赤らんだ顔を間近にして。
「萃香、今、居ないわよね?」
「たぶん、天界行ってるんじゃないかしら〜」
「……晩ご飯、少し遅れるわよ」
「私は全然、構わないわ〜」
霊夢の手がリモコンに伸びて、テレビの音を消した。
背中に畳の感触を感じたときには、霊夢の唇が再び重ねられていた。
唇を割って滑り込んでくる舌の感触に、後頭部がじん、と痺れるのを感じながら。
――霊夢に触れられる幸せを噛み締めて、レティは強く、繋いだ手を握り返した。
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