あなたの人生の物語 1/博麗霊夢
2010.09.03 Friday | category:東方SS(東方野球)
冬の足音が、少しずつ幻想郷にも近付いてくる。
晩秋の空気は冷たく澄んで、舞い落ちる葉は土に還り、眠りの季節へ沈もうとしていた。
「そろそろ、本格的に冬ねえ」
さく、さく、と落ち葉を踏みしめながら、博麗霊夢は蒼天に白く息を吐き出す。
「そうね〜」
傍らで答えるのは、ひどくのんびりとした少女の声だ。
その声が弾んでいるのが、聞き慣れた霊夢にはよく解る。
「ご機嫌ね」
「だって、私の季節だもの〜」
乾いた風が吹いて、霊夢は小さく身を竦めた。もう一枚羽織れば良かった。寒い。
左手の指先に息を吹きかけると、不意に右手に絡んだ指に、小さく力がこもった。
「霊夢」
きゅ、と繋いだ手は、ほんのりと温かい。
それは、隣に彼女が居てくれる幸福の温かさだということを、霊夢は知っている。
「……何よ」
ぶっきらぼうにそう返事して、けれど霊夢は少しだけ強く、彼女の左手を握り返した。
えへへ〜、と隣で彼女が、脳天気な笑みを浮かべる。
「ほら、寒いから急ぐわよ」
「あ、待って、引っぱらないで〜」
彼女の手を引いて、霊夢はずかずかと歩き出した。後ろからの抗議は全力で無視。
ととと、と小走りに隣に追いついた彼女は、「もう〜」と小さく頬を膨らませた。
――そして、今度は手と手だけでなく、霊夢の腕に自分の腕を絡めてくる。
押し当てられる彼女の柔らかさに、少し顔が熱くなるのを感じて、霊夢は視線を逸らした。
「こうすれば、少しあったかいでしょ〜?」
墓穴だった。はあ、と吐き出したため息は、白く溶けて風に流されていく。
振りほどく気力も失せて、霊夢はそちらを振り返る。
「れいむ?」
レティ・ホワイトロックは、いつものおっとりした笑顔のまま、小さく首を傾げた。
霊夢は黙って、その柔らかい頬を左手でつまむ。むにー。引っぱると相変わらずよく伸びた。
「いひゃいいひゃい〜」
涙目で訴えるレティに構わず、さらにうりうりと頬を引っぱる。むにむに。実に柔らかい。
「れいむぅ」
きゅ、とレティの右手が、霊夢の左手を捕まえた。頬から指が離れる。
む〜、と頬を膨らませて、それからレティは組んでいた腕を解くと、霊夢の右手も掴んで正面から霊夢に向き直った。
両手を絡めて向き合う格好になり、霊夢は思わず視線を逸らす。――と。
「――――っ」
不意にレティの顔がすっと近付いて――唇に、柔らかいものが触れる。
その触れ合いと、吐息の感触は一瞬で、離れたレティのはにかんだ微笑は真っ赤だった。
たぶん、自分の顔も真っ赤だろう、と霊夢は思う。寒さのせいではなくて。
「……レティ」
「うん〜」
繋いだ手を解いて、霊夢はレティの頬に手を伸ばした。
レティはそっと目を閉じて、触れあうのを待つように唇を閉じて。
――霊夢は、今度は両手で、レティの頬を思い切りつねってやった。
◇
幻想郷中を熱狂させた、球宴異変が終わってから十日余り。
寒の訪れとともに、幻のように熱気の失せた幻想郷で、しかしいくつかの変化は残る。
博麗神社に増えた新たな住人も、そのひとつだ。
冬妖怪、レティ・ホワイトロック。
博麗霊夢の、恋人である。
◇
そういえば、レティと一緒に人里に来るのは初めてだったっけ、と霊夢は思う。
日用雑貨は香霖堂から拝借すれば済むが、こと食べるものに関してはそうもいかない。そんなわけで霊夢は人里に定期的に買い出しに行っていた。しかし、レティが居候するようになって四ヶ月ほどになるが、今まで買い出しにレティが同行したことは無かった。――ひとりで持ちきれない量を買うわけでもないから、まあ当たり前かも知れない。
「人里なんて来たの、そういえば初めてよ〜」
民家の並ぶ中を歩きながら、レティが言う。
「あら、そう?」
「特に用もないしね〜。うっかり寒くしすぎたら大変なことになるし〜」
レティが操るのは冷気ではなく寒気、気候そのものである。その身体はチルノのように触れると冷たいわけではないし、居るだけで周囲が寒くなるというわけでもない。あくまで「周囲の気温を下げることができる」という能力だから、霊夢とも同居できるし、こうして人里を歩くこともできるわけだ。
「最近冷え込んできてるの、あんたのせいじゃないでしょうね?」
「違うわよ〜」
頬を膨らませるレティの横を、子供たちが駆けていった。
少し前なら、霊夢の姿を見れば子供たちは立ち止まったものだ。「あ、タートルズの」「霊夢選手だ」なんて取り囲まれるのは煩わしかったが、完全にスルーされるというのもそれはそれで寂しいものがある。熱気の急速な沈静化は、どうも紫の仕業らしいから仕方ないのだが。
「よう霊夢ちゃん。お、ひとりじゃないなんて珍しいねえ」
「そういうこともあるわよ。山菜、いつも通り適当に包んでもらえる?」
「あいよっと」
馴染みの山菜屋の旦那は、山菜を包みながらレティを物珍しげに見つめた。
「お嬢ちゃん、霊夢ちゃんの友達かい?」
「あ、どうもこんにちわ〜。えーと、霊夢の……」
ぺこりとレティは会釈して、それから首を傾げて霊夢の方を振り返る。
「……お嫁さんでいいのよね〜?」
小声でそう言ったので、とりあえず頬をつねった。
「いひゃいいひゃい〜」
「がっはっは、仲が良くてよろしいよろしい」
愉しげに笑って、旦那は山菜の包みを霊夢に放る。代金を払って「ありがと」と声をかけると、「また来てくんなよ」といつもの返事。
「霊夢もちゃんと買い物とかするのね〜」
「あんた、人を何だと思ってるのよ?」
「だって、香霖堂からは色々勝手に持ち出してるっていうし〜」
「それじゃ泥棒じゃない。ツケてるだけよ」
「それって魔理沙の『死ぬまで借りてく』と一緒じゃないの〜?」
「うっさい」
これでも魔理沙よりは常識人なつもりである。霊夢本人としては。
「つくねでも作って、鍋にしようかしらね」
ほふ、と白い息を吐いて霊夢は呟き、それからレティを見やって「あ」と声をあげた。
「鍋じゃあんたがダメだっけ」
「少し冷ませば平気よ〜」
「おっけ。じゃ、あとはお豆腐と……魔理沙から貰ったあのキノコ、出汁とれるのかしら」
指折り買い揃える具材を考える。あらかじめ買うものを決めていても、それが売っているとは限らない。なので、メニューは買い物をしながら臨機応変だ。
不意にまた冷たい風が吹いた。へぷし、と霊夢はひとつくしゃみをする。やっぱりどうにも、ここのところ冷え込んでいる。神社に温泉でも湧かないかしら、と益体もないことを考えた。
「れいむ〜」
「ん?」
呼ばれて振り返ると、不意に首にふわりと柔らかな感触。毛糸のマフラーだった。
霊夢がきょとんと目を見開くと、レティはどこか楽しげに笑う。
「何よ、これ」
「霊夢が寒そうだったから〜」
「どこから持ってきたのよ?」
「そこのお店〜」
レティが指さしたのは、すぐ近くの繊維屋だった。店主がにこにことこちらを見ている。
「……代金払った?」
「まだよ〜。試着させてくださいって言って借りてきたの〜」
マフラーに試着も何も無いだろう。そもそも、レティにはお金を持たせていないのだから代金が払えるはずもない。霊夢はやれやれと息をつくと、店主にマフラーを返した。
「れいむ〜?」
「言っておくけど、うちは今あんまりお金無いの。無駄遣いしてる余裕は無いのよ」
小声でそう釘を刺しておく。何しろつい半年ほど前に神社を建て直したばかりである。あの天人も萃香も再建の費用は取ろうとしなかったが、倒壊した神社の下敷きになった家財道具一式の費用は別なのだ。
加えて、球宴異変の最中は好調だった賽銭収入も、異変の終結とともにまたぱったりと止まってしまった。そんなわけで、博麗神社の財政状況は今のところ芳しくないと言わざるを得ないのである。
店主の愛想笑いに苦笑を返して、霊夢は歩き出す。後ろから「まって〜」と不満げな声をあげてレティが追いかけてきた。
「れいむ〜。人の好意を無駄遣い扱いはひどいと思うわ〜」
「財政の緊縮に貢献してくれた方が有り難いのよ、今は」
「む〜」
頬を膨らませるレティに構わず、霊夢は指折りメニューの検討を続ける。ああ、そういえば塩がだいぶ足りなくなっていた。買っておこう。
「そうだ、霊夢。毛糸と編み棒ある〜?」
「え? そんなの買ってないから無い……あ、無事だった離れにあったかも」
「なら、私が作るわ〜」
思わず振り返ると、レティは自信満々の笑みを浮かべている。
「……あんた、編み物なんて出来るの?」
「これから覚えるわよ〜」
「……期待しないでおくわ」
だろうと思った。せめて首に巻けるものであってほしいものだ。
「ね、霊夢」
「なによ」
「頑張るから〜。……手編みのマフラーなんて、恋人同士って感じで素敵だし〜」
とりあえず、つねった。「いひゃいいひゃい〜」という抗議は無視。
「う〜」
「期待はしないわよ」
「む〜。霊夢を驚かせてあげるわよ〜」
無駄に意気込むレティに、やれやれと霊夢は肩を竦める。
「言っておくけど、プレゼントに見返りはないわよ」
「……キスの一回ぐらいも無し〜?」
「そんなにつねられたい?」
わきわきと指を動かしてみせると、わひゃあ、とレティは後じさる。
「あ、そうだ、霊夢」
「今度は何よ?」
買い物が出来ないではないか。肩を竦めると、レティはひとつ首を傾げた。
「今、ちょっと気になったんだけど〜」
「うん」
「――霊夢の誕生日って、いつ?」
「…………え?」
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Comment
やめるんだ霊夢!レティさんのほっぺが伸びてしまう!
Posted by: |at: 2010/09/03 11:28 PM
遅れましたが、ゆう×ぱる!セットとりん×くう! を全巻読み終えました!
しばらくニヤニヤが止まりませんでした俺きめぇ
これからも応援してます!
しばらくニヤニヤが止まりませんでした俺きめぇ
これからも応援してます!
Posted by: 璽儡 |at: 2010/09/05 9:54 AM
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