私がここに生まれた日
2006.08.14 Monday | category:なのはSS(フェイト×なのは)
タイトル通り、「君がここに生まれた日」の続編というか完結編(?)。前回の誕生日設定を踏まえ、フェイトさんの誕生日パーティのお話です。
元々こんなに長く書くつもりは無かったんですが、気がついたら自分の中の「フェイトさんに幸せになってほしい」という気持ちを詰め込みまくったSSになっていました。彼女の選び取った日常に、限りない幸福のあらんことを。
*A'sのSS03を聴く前に書いたので、ちょっと向こうと噛み合わない部分があります。ごめんなさい。
元々こんなに長く書くつもりは無かったんですが、気がついたら自分の中の「フェイトさんに幸せになってほしい」という気持ちを詰め込みまくったSSになっていました。彼女の選び取った日常に、限りない幸福のあらんことを。
*A'sのSS03を聴く前に書いたので、ちょっと向こうと噛み合わない部分があります。ごめんなさい。
5月28日、土曜日の夜。私は部屋でひとり、ベッドに寝転がって、天井を見上げていた。
「…………静かだなぁ」
呟く。部屋の中だけじゃなく、家全体が今日は静かだ。
リンディさんは本局に出張中。クロノとエイミィは、士官学校時代の友達に誘われて食事に行っている。アルフは……ザフィーラとデートらしい。
そんなわけで、今日は家に私ひとりだった。こういうときは、なのはの家に泊めてもらいに行くのがいつもだったけど、今日はなのはも本局の方に呼び出されていて不在。高町家のみんなは行けば歓迎してくれるんだろうけど……それも何だか悪い気がして、結局私はひとりで家にいるのだった。
はぁ、と小さく漏らした溜息も、やけに大きく聞こえる。
……考えてみれば、完全にひとりきりになるのは、果たしていつ以来だろう。アルフと契約してから、アルフはいつでも側にいてくれたし、今はなのはがいつでも近くにいる。アルフの前にはリニスがいたし、その頃は母さん……プレシア母さんも。
思わず枕をぎゅっと抱きしめて、私は丸くなった。ここから本局では遠すぎて、念話も届かない。……みんな、早く帰ってこないかな。
「……あ」
ふと目に入ったのは、壁にかけたカレンダーだった。明日の日曜日――5月29日に、赤く○をつけたカレンダー。
『フェイトさん、誕生日はいつだったかしら?』
――思い出すのは、それを聞かれた日。私は答えられなかった。今まで自分の誕生日だと思っていた日は、アリシア姉さんの誕生日。……私の、フェイト・テスタロッサの誕生日じゃない。そしてそれを知るプレシア母さんは、もういない。
解らない、と答えた私に、リンディさんは微笑んでこう言ってくれた。『じゃあ、フェイトさんの好きな日にしましょう。いつがいいかしら?』と。
好きな日。いくつか思い浮かんだけど、私が選んだのは、忘れられないあの日だった。なのはと出会った事件が終わって、彼女と友達になったあの日。――5月29日。
今の私が始まったのは、なのはと友達になってからだから。だからそれが私の誕生日だった。
ツインテールを結ぶリボンに触れてみる。あのときなのはがくれたリボンは、今でも……これからも、ずっと大事な宝物。
――そして、それからもうすぐ1年になるのだ。
長かったようで、短かった気もする。遠く離れて、ビデオメールを交換していた半年間。再開してから一ヶ月間の、あの闇の書事件。それから、年が明けてからの平穏な日々……
いろんなことがあった。なのはと出会って、私の全てが変わった。なのはは私に、数え切れないくらいたくさんのものをくれた。リボンだけじゃなく、本当に……たくさんのものを。
例えばそれは、友達の作り方だったり。素直な笑い方だったり。自分と真っ直ぐに向き合うことだったり。全力全開で頑張ることだったり。
――そして、誰かを好きになる、気持ちだったり。
「なのは……」
それが友情じゃなくて、恋だということに気付いたのはいつだったか。……それは初めから恋だったのかもしれない。ただ、友情と区別がついていなかっただけで。
すずかに貸してもらった恋愛小説や、アリサの持っている少女漫画で、ヒロインが男の子に向ける気持ちと、自分がなのはに抱いている気持ちが同じだってことに、いつしか気付いて。
……私は、高町なのはという少女に恋をしている。女の子同士だけど……たぶん、どうしようもないぐらいに。
「なのは……好き」
枕に向かって呟いてみる。……誰もいないのに恥ずかしくて、思わずぼふぼふと枕を叩いてしまった。
……けど、なのははどうなんだろう。それを考えると、ドキドキしていた気持ちが、少し沈んでくる。
ユーノがなのはに好意を向けているのは知っている。なのはは気付いてないみたいだけど……本来はたぶん、そっちの方が普通なのだ。
すずかの小説にも、アリサの漫画にも、女の子を好きになるヒロインは出てこなかった。普通はやっぱり、恋は男の子に対してするものなのだ。
……それはたぶん、なのはも。
だから、私が好きだなんて言ったら、なのはは困ってしまうかもしれない。なのはにとって私は、きっと親友だから。……恋をする相手じゃないから。
想いは、ちゃんと言葉にしよう。そう決めたこともある。けれど……なのはに拒絶されるのが怖くて。臆病な自分が、恋心を伝えなくても、友達として一緒にいられると囁いている。
「…………なの、は」
喉の渇きを覚えて、私は身体を起こした。気恥ずかしさから、落ち込む方向に流れ出した思考を振り払うように首を振って、部屋を出る。
誰もいない家は、ひどく広い。冷蔵庫からお茶のペットボトルを出して飲むけれど……誰もいないリビングは静かすぎて、怖い。
時計の針が、ただ無言で時を刻んでいく。……みんな、いつになったら帰ってくるんだろう。
このままリビングに居ても余計に物寂しくなるだけだったので、私は足早に部屋へと戻った。またベッドに倒れ込み、溜息をひとつ。
……みんな、明日の私の誕生日、覚えててくれてるのかな。
自分から話題に出したら、何だかねだっているような気がして。他のみんなも言い出すこともなくて、そのことは確かめることもできないままだった。
――忘れられていても、仕方ないかもしれない。まだ正式に養子の手続きを取ったわけでもないし……そもそも、私が勝手に決めた誕生日だし。
そう、だって、私は……私は。
「…………」
思考がますます落ち込みだして、私は懸命に振り払おうと、枕に顔をうずめた。
もう、眠ろう……。今は、忘れよう。明日が誕生日だっていうことも……それ以外の、いろんなことも、今は。
灯りを消し、毛布を被って、目を閉じる。夜の静けさが、やがてゆっくりと、私の意識を微睡みの中に沈めていった……。
◇
カーテンから差し込む光に、目を覚ます。
目を擦りながら、ぼんやりとした視界を時計に向けて――私は思わず声をあげていた。
「じゅ、11時っ!?」
日曜日とはいえ、普段ならあり得ない寝坊だった。そういえば昨晩は目覚ましをかけ忘れた気がするけど、普段ならそれでも6時半には目が覚めるのに。というか、今までどうして誰も――
……部屋の中に、アルフの姿はない。耳をすませても、部屋の外から物音は聞こえなかった。
みんな、まだ帰ってきてない……?
泊まりになるなんて話は聞いていなかったけど、不可抗力でそうなったのだろうか。でも、全員なんて……
首を傾げながら、私は着替えて部屋を出る。日曜日の昼前だというのに、ひどく静かな廊下を歩いて……リビングへ。
ドアを開ける、
パパパパパパーン!!!!
出迎えたのは、盛大な破裂音と、宙を舞う紙吹雪。
突然の事態に、私は何が起こっているのか咄嗟に理解できず。
「ハッピーバースデー、フェイトちゃん!」
その言葉も、ただ呆然と聞いていた。
「……え? え……あれ?」
ようやく口をついて出たのは、そんな言葉。
目の前には、広いリビングの中にたくさんの笑顔。みんなが手に持ったのはクラッカー。
見渡せば、リビングには色とりどりの飾り付けと、たくさんのお料理。そして――大きく書かれたその文字の意味を、ようやく私は理解する。
『Happy Birthday』
――お誕生日、おめでとう。
「全く、いつまで寝てるのよ、待ちくたびれたわよ」
「おめでとう、フェイトちゃん」
アリサとすずか。
「10歳おめでとう、フェイトちゃん」
「おめでとう」
「おめでとー!」
「うん、おめでとう」
士郎さん、桃子さん、美由希さん、恭也さん。
「フェイトちゃん、あたしと誕生日近いんやなー。おめでとう」
「おめでとう、テスタロッサ」
「……おめでと」
「おめでとうございます、フェイトちゃん」
「祝福を」
はやてと、ヴォルケンリッターのみんな。
「おめでとう、フェイト」
「おめでと、フェイト。おめでとうっ」
ユーノ。アルフ。
「フェイトさん、おめでとう」
「おめでとう、フェイトちゃん」
「……お、おめでとう。フェイト」
リンディさん。エイミィ。クロノ。
「えへへ……おめでとう、フェイトちゃんっ」
――なのは。
みんなが、私に向けて笑っている。たくさんの笑顔。たくさんの笑い声。たくさんの温かな、本当に温かな言葉。
おめでとう。おめでとう。おめでとう。いくつもの祝福が、私を包み込む。
ああ――何を不安に思っていたんだろう、私は。馬鹿みたいだ。こんなにもたくさんの人が、想いが、私の回りにはあるのに。
「あ……あ、あ……あり、が、と…………」
声が震える。どうしよう。悲しくもないのに、涙がどんどん溢れてくる。
泣いてちゃみっともない。みんなが笑って祝福してくれるんだから、私も笑って返さなくちゃ。
笑って、このたくさんの祝福に、みんなの温かさに、精一杯の感謝を。
「……あ、ありがとう、ございます……っ」
それはたぶん、半分笑顔で、半分泣き顔の、くしゃくしゃなみっともない顔だったと思う。
そのことが恥ずかしくて、だけどそれすらも心地よくて。
……誰からともなく、拍手が湧きあがる。みんなの拍手が、広いリビングに、この家いっぱいに響き渡って。
「フェイトさん」
その中で、リンディさんが一歩前に出て……そっと、私を抱きしめてくれた。
暖かい、胸の温もり。優しく回された腕。
「――あ」
ぽろりと、一滴の涙がこぼれて。
そして私は……ただ、泣いた。リンディさんの胸に抱かれて、泣いた。
それは悲しくて流す涙じゃない。
今ここにある幸せへの、感謝の涙――
◇
「実はねー、昨日の晩からみんなでこっそりと準備してたわけよ」
私が泣きやむのを待って始められたパーティは、びっくりするぐらい盛大だった。
この日のために用意された翠屋特製ケーキ。みんなが腕を振るった色とりどりの料理。一面の飾り付け。
広いハラオウン家のリビングも、今日ばかりは手狭に思えるぐらいに集まった人数。
……これがみんな、私の誕生日のためだなんて、信じられない。
「フェイトちゃんをびっくりさせようってね。やー、成功して良かった良かった」
エイミィがそう言って、ワインをぐいっと傾ける。……向こうならともかく、こっちでは未成年扱いなのに、いいのかな。
「じゃあ、昨日みんながいなかったのも……」
「ごめんねー、嘘ついて。みんなで買い出しに行ってたのよ。帰ってきてからも、フェイトちゃんを起こさないようにこっそり準備するのが難易度高くって」
「……僕はあまり、こういう不意打ちみたいなサプライズパーティは好みじゃないんだが」
クロノが言うと、エイミィはその頭を掴んで頬をつつく。
「そうそう、クロノくん、わざとフェイトちゃんをひとりにしたこと、気にしてずっと心配してたもんねー」
「なっ……! え、エイミィ、僕は別にそんな、」
慌てて声をあげるクロノに、私は思わず笑ってしまった。気まずそうに黙り込むクロノ。
……うちのお兄ちゃんは、やっぱり優しいね。
「ありがとう、お兄ちゃん」
「……っ! べっ、別に、そんなに感謝されるほどのことは、していない」
真っ赤になってそっぽを向き、料理の方へ向かうクロノ。その背中を見送って、私とエイミィは2人で笑い合った。
「シグナムー、これ美味いぜ」
「こら、さっきから意地汚いぞ。食い散らかすな」
「いいじゃんかよ、美味いんだから」
「人としてのマナーの問題を言っている」
料理のところでは、シグナムとヴィータがいつも通りの言い合いをしていた。
「ほらヴィータ、そない焦って食べるとおなか痛くするよ?」
「……う」
「シグナムもほら、パーティなんやしあまり口うるさく言わんで、楽しんで食べよ」
「はい……すみません」
2人に注意するはやての姿は、なんだかヴォルケンリッターたちのお母さんみたいで、微笑ましい。
「フェイトちゃんも、食べませんか?」
と、お皿を私に差し出したのはシャマルさんだった。
「あ、ありがとうございます」
「いえいえ」
何種類かの料理が盛られたお皿を受け取って、私が口に運ぼうとすると、
「あかん! フェイトちゃん、それ食べたらあかんで!」
と、いきなりはやての鋭い声が飛ぶ。
「は、はやて?」
「先にあたしに味見さして」
険しい表情ではやてがお皿の料理を口に運び……僅かに顔をしかめた。
「シャマル、これさっき、ちょお失敗した分やないか」
「だ、だって……せっかく作ったのに、もったいないじゃないですか。だから一緒に並べておいたのに……ちっとも減らなくて」
いじけたように声をあげるシャマルさん。私もおそるおそる一口食べてみた。……これは、何というか……独特な味だ。
「そりゃ、減らねーよな」
「うむ……だからといって主賓に押しつけるのもどうかと思うぞ」
「……うう、ザフィーラ、またうちのリーダーとアタッカーが私をいじめるのー」
「…………だから、そんなことを言われても困る」
なんだかコメディじみたやり取りが面白くて、私はまた笑ってしまった。八神家はいつもこんな調子なんだろうか。
「あ、そや、フェイトちゃん。八神家一同を代表して、シグナムからプレゼントや。シグナム」
「は、はい……」
シグナムが、そう言ってキッチンの方に引っ込み、それから大きな袋を抱えて戻ってくる。
「テスタロッサ。た、誕生日……おめでとう。プレゼントだ」
「最後にそれにするって決めたのは、シグナムやで」
そう言って、はやてがウィンクする。受け取った袋は柔らかかった。……何だろう?
「えと、開けてみてもいいかな?」
「どうぞどうぞー」
笑って答えるはやてちゃんと、何故か赤くなってそっぽを向くシグナム。それから、後ろで笑いを堪えている様子のヴィータとシャマルさん。
首を傾げながら袋を開けると――何と出てきたのは、大きな猫のぬいぐるみだった。
「て、テスタロッサがどんなものが喜ぶかと聞いたら、主はやてが、女の子はぬいぐるみは普通喜ぶものだと言うから――」
言い訳するみたいに言うシグナム。……おもちゃ屋で、真剣な顔をしてぬいぐるみを選ぶシグナムの姿を想像したら、あまりに普段のイメージと似合わなくて、思わず噴き出してしまった。
「わっ、笑うなっ」
「ご、ごめんなさいっ……ありがとうございます。嬉しいです」
ぎゅっとぬいぐるみを抱きしめて答えると、安堵したようにシグナムは息をついて、「そ、それは何よりだ、うむ」とぎこちなく頷いた。
「あっ、そのぬいぐるみ、可愛いー」
私が巨大な猫のぬいぐるみを抱えていると、反応してきたのは予想通り猫好きのすずかだった。
「いいなぁ……フェイトちゃん、ちょっと触ってもいい?」
「うん、どうぞ」
頷くと、さっそくすずかは抱きついて頬ずりを始めた。……本当に猫が好きなんだね、すずか。
「こらすずか、フェイトへのプレゼントに何やってんのよ。それが目的じゃないでしょ」
「あ、ご、ごめんね……」
言われて慌てて離れるすずかに、アリサが呆れたように肩を竦める。
「おめでと、フェイト。あたしたちからもプレゼントよ」
「うん。はい、フェイトちゃん」
渡されたのは、10冊分ぐらいの本の束だった。
「この間、フェイトちゃんが読みたがってたシリーズ全巻だよ」
「プラス、あたしの選りすぐり少女漫画傑作選! いいから黙って読んでおきなさいよっ」
「あ……ありがとう、2人とも」
渡されたのは、以前すずかに別の本を貸してもらって、面白かった作家さんの別のシリーズだった。確かすずかが、もう絶版で手に入りにくいって言ってた気がするんだけど……。
アリサの少女漫画の方も、以前読ませてもらったときに、私が特に気に入ったものがほとんど入っていた。……ちゃんと覚えててくれてるんだ。
「でも……いいのかな、本当に」
「何言ってんのよ。いいに決まってるじゃない。それに、そこにあるのは全部新しく買ったやつだし」
「私も、この間たまたま古本屋さんで全巻見つけて、もう読んじゃったから」
「そっか……うん、本当にありがとう、2人とも」
1冊1冊、ゆっくり大事に読もう。そう思った。
「……ふむ、これは美味いな」
「あっ、そっ、それさ、……あたしが、作ったの」
「そうなのか?」
「う、うん……エイミィたちにも、手伝ってもらったけど」
珍しく人間形態で料理を口にしているザフィーラに、妙にどもりながら話しかけているのはアルフだ。
アルフがザフィーラを好きなのは、本人の口からも聞いている。もっとも、当のザフィーラがあの性格なので、まだ気付いてもらえてないみたいだけど……。
「……うむ、何というか、心がこもっているような、あたたかい味だ。主の料理に似ている」
「そ、そうかい? そうかな……あはは」
「お前も、自らの主のために心を込めて作ったのだな」
「……そ、そうさ。そりゃあ、フェイトのためだもんね、うん」
ああ、やっぱり通じてない。うなだれ気味のアルフと、その様子に首を傾げるザフィーラ。ちょっとアルフが可哀想かも……。
「お前のそういう、自らの主に心から尽くせるところは、同じ種族の者として、好ましいと思う」
「えっ!? え、ええええ、えっと、ザフィーラ?」
「む、どうかしたか?」
「あ……ああ、いや、な、何でもない、何でもないさ、あはははは……」
ザフィーラ、あれで無自覚なんだよね……。うーん、アルフ、ファイト。
『……というか、ザフィーラに教えてあげた方がいいんじゃないですか』
アルフとザフィーラに聞こえないよう、シグナムに念話を飛ばしてみる。
『……私は、そういう話は苦手だ。それに、あくまでそれは当人たちの問題だろう』
『そうなんですけど……ちょっとアルフが可哀想な気が』
『いいんじゃねー? 面白いし』
『そやそや、人の恋路に口出したら、馬に蹴られるで』
はやてとヴィータが念話に割り込んでくる。……いいのかなぁ、あれで。
……まあ、私の場合、人のことは言えないのかもしれないけれど……。
「ほらほらユーノ、ささ、もう一杯」
「あ、ど、どうも……」
別のテーブルでは、美由希さんがユーノのコップにジュースを注いでいた。
「しかしユーノが人間だったのにはびっくりしたよー」
「あ、あはは……すみません」
「最近はフェレット姿でもあんまりこっちに遊びにきてくれないし」
残念そうに息をつく美由希さんと、困ったように笑うユーノ。正体が分かっても、やっぱりユーノは美由希さんのお気に入りらしい。
「ええと……何というか、最近は本局の仕事が忙しくて」
「うーん、なのはやフェイトちゃんもだけど、そうやって小さいうちから仕事仕事って言ってるより、もっと一杯遊んだ方がいいんじゃないかな」
「はぁ」
「というわけで、ユーノはもっとウチに遊びに来ること! フェレット姿でも人間モードでもどっちでも可!」
「え……えーと」
「大丈夫大丈夫、人間の方でもユーノは可愛いから」
……そういう問題なのかなぁ。ユーノも困り果てた様子で、笑うしかないという感じだった。
「美由希、ユーノが困ってるじゃないか」
呆れたようにフォローに入るのは恭也さんだ。
「えー? いいじゃない。ねー、ユーノ♪」
「あ、ええと、あの、その」
美由希さんに頬ずりされて目を白黒させるユーノ。後ろで「相変わらずユーノくんは淫獣やなぁ」というはやての呟きが聞こえた。……淫獣?
「そうそう、フェイトちゃん」
「は、はい」
呼ばれて私が足を向けると、キッチンから桃子さんと士郎さんが姿を現す。
「私たちからも、フェイトちゃんにプレゼントだ」
「はいどうぞ、フェイトちゃん」
そう言って、桃子さんから紙包みが手渡される。開けてみると……中にあったのは、胸に「翠」の文字が入ったエプロンだった。
「……これって」
「はい、というわけで、フェイトちゃんは翠屋の非常勤スタッフとして採用されましたー!」
美由希さんの宣言に、桃子さん、士郎さん、恭也さんが拍手。困って視線を巡らすと、ちょうどなのはと目が合った。
「な、なのは……えっと、これって」
「おめでとう、フェイトちゃん」
なのはは私の手からエプロンを取ると、首にかけてくれた。自分の胸元に、見慣れた「翠」の文字。
「翠屋のスタッフはねー、何と翠屋のメニューが全品ボーナス価格で食べられちゃうサービス付きなのよー」
美由希さんが言う。ボーナス価格……って言われても、普段からごちそうになっちゃってるし……
「まあ要するに、またいつでも翠屋に遊びに来てちょうだいね、っていうこと。本当に、いつだって大歓迎よ」
桃子さんが言う。……ああ、つまりこれは、そういうことなのだ。
昨日、私がなのはのいない高町家に行くのを躊躇ったみたいな……そういう気遣いはいらないと。
いつだって、自分の家みたいに訊ねてきていいんだと。
「……はいっ、ありがとうございますっ」
嬉しくて、さっきたくさん泣いたのに、またちょっとだけ、泣きそうになった。
涙もろいな、私……。でも、嬉しい。本当に、嬉しい。
◇
それから、ユーノやアルフ、エイミィ、クロノからのプレゼントも渡されて。
「えっと……わたしの分は、あとで……2人のときでいいかな」
なのはがそんなことを言い出して、アリサからブーイングを受けたり。
……2人のときでないと渡せないプレゼントって何だろうって、ひどくドキドキしたり。
そして――パーティ最後のプレゼント贈呈は、リンディさんだった。
「フェイトさん」
リンディさんがそう言って、私の前に歩み寄る。思い思いに談笑していたみんなも、いつの間にか静まりかえっていた。
「私から、フェイトさんへのプレゼントは……」
そう言って、リンディさんは少し間をとって……それから、大きな声でこう言った。
「本日、私、リンディ・ハラオウンは、時空管理局ミッドチルダ部署戸籍係に、養子縁組届を提出いたしました」
「……え?」
周囲が少しわざめく。私も一瞬、その言葉の意味が掴みきれずに、声をあげて。
そして、次の言葉に。
「これをもちまして、フェイトさんが、フェイト・T・ハラオウン――私の娘となりましたことを、ここに報告させていただきます」
――大歓声と、拍手が巻き起こった。
「……リ、リンディさん……?」
まだ状況が理解しきれない私を、リンディさんの腕が、優しく抱きしめる。
「ごめんなさい、いきなりでびっくりさせちゃったかしら」
耳元で囁かれる、優しい言葉。あたたかい……包み込むような言葉。
「けれど……これで、私たちは本当に、家族よ。あなたは私の娘。このうちの子になったの」
「……あ」
やっと、理解が追いつく。目の前にいる人の姿が、その認識がゆっくりと溶けて、変わっていく。
そう、それは。
「お母さんみたいな人」から――「お母さん」へ。
周囲を見回す。鳴りやまない拍手。笑顔で見守ってくれているみんな。……その中にいる、クロノとエイミィ。お兄ちゃんと、お姉ちゃん……でいいのかな。
家族。わたしの、ここから始まる、新しい家族――
「……お、かあ、さん」
気がついたら、その言葉が口をついて。
「ええ……そうよ。フェイト」
さん付けではない、名前を呼ばれて。
――そして私は、また泣いた。また、この人の胸に抱かれて。
お母さんの……新しいお母さんの、温かい胸の中で。
たくさんの優しさに包まれて……赤ん坊みたいに、泣いた。
そう、今日は私がここに生まれた日だから。赤ん坊だっていい。
なのはと友達になって、始まった私。
新しい家族ができて、始まった私。
いくつもの私が、始まっている。新しい私が。この日から――始まり続けているんだ。
いつまでも、いつまでも拍手は鳴りやまなかった。
お母さんの温もりも、いつまでもいつまでも、そこにあった。
だから、私も涙を拭って。――笑顔で、もう一度。
「お母さん」
――そう、言った。
◇
ずっと続くかとも思えた宴も、終わってしまえばあっという間で。
アリサとすずか、はやてたち、高町家のみんな、ユーノ……。それぞれが家路について、賑わっていたハラオウン家は、いつもの静けさを取り戻していた。
「フェイト、君は主賓なんだから、後片付けはいい。ゆっくりしていろ」
「そうそう、なのはちゃんもね。……フェイトちゃんと、いろいろ話、あるでしょ?」
後片付けを手伝おうとしたら、クロノとエイミィにそんなことを言われて。
そんなわけで――私となのはは、あの場所に来ていた。
それは、ちょうど一年前。なのは友達になった、あの場所。あの橋の上。
今はちょうど夕方。オレンジ色の夕陽が、川面にキラキラと輝いていた。
「綺麗だね……」
「……うん、そうだね」
鮮やかな、オレンジのグラデーションを描く空。私となのはの影も、長く長く伸びている。
……どうしてだろう。話すことはいろいろあったはずなのに、ここに来るとやっぱり、言葉は溶けてしまったみたいに消えて。
こうして並んで、景色を眺めているだけで、気持ちは通じ合っているような……そんな感覚が広がっていく。
夕焼けに照らされた、なのはの横顔。それを見ているだけで、心はあたたかくて。
振り向いたなのはと視線が合って……照れたように2人で笑って。
それだけで……本当に、幸せだった。
「……フェイトちゃん、良かったね、本当に」
「うん……嬉しかった」
――新しい家族。今までも一緒に暮らしていたけど、その言葉の力は、とても不思議なものだった。
それと、名前。新しい名前……フェイト・T・ハラオウン。
元の「テスタロッサ」の姓を残した……けれど新しい、私の名前。
私が生まれた日に、新しい始まりを告げる名前だ。
「誕生日に、養子縁組なんて……リンディさんも、ドラマチックなことするよね」
「うん、びっくりしたよ。でも、リン……母さんらしい、かな」
言いかけて、言い直す。……母さん。そう、これからそう呼べる人は、プレシア母さんだけじゃないんだ。
なんだか、すごくこそばゆいけれど……きっとこれも、やがて慣れるんだろう。
そうして、本当に家族になっていくんだ。きっと。
「……なのは」
欄干にかかったなのはの手に、私はそっと自分の手を重ねた。
「フェイトちゃん?」
なのはが振り向く。深く澄んだ、青みがかったなのはの瞳が、私を見つめる。
今までみたいに、早鐘のように鼓動が高鳴ったりはしない。ただ、ゆったりとした愛おしさがあった。
――今なら、言える。そんな気がした。
言葉を交わさなくても、きっと気持ちは通じ合っているけど。
想いはちゃんと言葉にして伝えよう。そう決めたから。
母さんが、あのとき新しい家族を始めたように。
今日、もうひとつの新しい自分を、始めよう。
「なのは。――私、なのはが好きだよ」
素直に。自分でも信じられないぐらい素直に、言葉は口から溢れた。
飾り立てる言葉はいらない。ただ、自分の気持ちを、真っ直ぐに伝えよう。
「私は、なのはに恋してる。――ひとりの女の子として、なのはのことが好きなんだ」
ざぁっ、と風が吹いて、私となのはの髪をなびかせた。
川面が波立ち、キラキラと夕陽を乱反射する。
照らされたなのはの顔が赤く染まって見えるのは、夕陽のせいだろうか、それとも――
「……フェイトちゃん」
そっと、なのはが顔を伏せた。それから、いくばくかの沈黙。
次に、なのはの唇が紡ぐ言葉は何だろう。私には解らない。
解らないまま――答えを待って。
――答えは、言葉じゃなかった。
そっと近づいた、なのはの顔。閉じた瞳。
唇が、優しく触れ合う。
それは一瞬だったのか、それとももう少し長かったのか。
ただ、重ねるだけの……ささやかで、けれどとても優しいキスだった。
「……ずるいよ、フェイトちゃん」
唇が離れて、最初になのはが口にしたのは、そんな言葉。
「私が言おうと思ってたこと――先に言っちゃうなんて」
そう言って顔を上げたなのはは、とても晴れやかに笑っていた。
私の大好きな、なのはの笑顔。見る者全てを明るくさせるみたいな――満面の笑み。
「にゃはは……実は、今のがわたしからの、誕生日プレゼントなの」
「……え」
「だから、2人のときに、って言ったでしょ?」
とん、と一歩、なのはは私から離れる。そしてくるりとその場で一回転。
オレンジの夕陽に照らされた笑顔が眩しくて、私は少し目を細めた。
「――わたしも、フェイトちゃんが好き」
するりと、いつも通りの口調で、なのはは言った。
「私も、フェイトちゃんに恋してる。――ひとりの女の子として、フェイトちゃんのことが好きなの」
それはそのまま、私がなのはに告げた言葉。
2人、同じ言葉を重ねて、想いを伝え合う。
「なのは……」
「……フェイトちゃん」
見つめ合った私たちは……どちらからともなく、あの日のように、リボンを解いて。
一年前、この場所で交換したときのように、お互いに差し出し合う。
けれどそれは、約束の証として交換するためじゃなく。
今度は……2人、手を重ねて。リボンをお互いの手に絡めて。
――そして、もう一度、私となのははキスをした。
一度目よりも、少しだけ長く。
きゅっと、互いの手を握り合って。
大好き。ただその気持ちを、いっぱいに込めて――
◇
また、いくつもの私が始まる。
私がここに生まれた日から。
始まり続ける日々の中で、大切な人たちと過ごせる幸せを、噛みしめて。
プレシア母さん。リニス。アリシア。
大切な人たちがいてくれるから。
大好きな人が、いてくれるから。
私は笑顔でいます。元気です。
Comment
素晴らしいです。
何度読んでも泣けてきます。
想いと心と(そして身体さえも)繋がり合ったなのは嬢とフェイト嬢に永遠が終わりを告げても続く幸せを。
何度読んでも泣けてきます。
想いと心と(そして身体さえも)繋がり合ったなのは嬢とフェイト嬢に永遠が終わりを告げても続く幸せを。
Posted by: なのフェイ至上主義者 |at: 2007/01/21 9:38 PM
>なのフェイ至上主義者さん
どうもありがとうございます〜。
2人の未来に幸あらんことを。
……BURNINGに繋がっている説もありますが(ぇー
どうもありがとうございます〜。
2人の未来に幸あらんことを。
……BURNINGに繋がっている説もありますが(ぇー
Posted by: 浅木原忍 |at: 2007/01/22 1:23 PM
やっぱり,日曜は朝が忙しい分,夕方から夜までの間がすこし寂しい錯覚がありますね。そんなんで、マタ読み返していたとこのですが,このまま帰り道も結んだままで眠れぬ夜を過ごすのも良いんじゃないですかね。
Posted by: mayu |at: 2007/05/07 12:35 AM
やっぱり浅木原さんの書かれるお話は私の琴線に触れるものばかりのようで・・・(笑)
何度読んでも涙が溢れてきそうになってしまいます・・・(テレ
このお話も「Five Rhythm」にも収録されているので毎日読んでいるのですが、毎回熱いものがこみあげてきてしまって・・・。
どうにも浅木原さんの文章にヤラレてしまっている感のある私ですwww
何度読んでも涙が溢れてきそうになってしまいます・・・(テレ
このお話も「Five Rhythm」にも収録されているので毎日読んでいるのですが、毎回熱いものがこみあげてきてしまって・・・。
どうにも浅木原さんの文章にヤラレてしまっている感のある私ですwww
Posted by: 綺堂楓華 |at: 2009/02/09 11:14 PM
⇒ こじたん (11/17)
⇒ 浅木原 (11/16)
⇒ こじたん (11/16)
⇒ 時の番人 (11/14)
⇒ 置き石 (10/14)
⇒ 葉月 (09/19)
⇒ ろっく (05/17)
⇒ 六仁祝 (08/27)
⇒ はまなす (06/20)
⇒ 橘 奏 (08/10)