たまに雨が降った日は
2006.06.25 Sunday | category:なのはSS(フェイト×なのは)
それはいつもの放課後。
「じゃあ、また明日ね、アリサちゃん、すずかちゃん」
「ん、じゃあね」
「ばいばい、なのはちゃん、フェイトちゃん」
「うん、ばいばい」
今日は塾のない日。習い事があるアリサ、すずかと別れて、私となのはは2人で帰り道を歩いていた。
「ね、フェイトちゃん。今日の練習は何やろっか?」
「そうだね……この間から、いくつか改良してみた魔法があるんだ。試し打ちしてみてもいいかな」
「おっけー♪」
空いた時間、なのはと一緒に魔法の訓練をするのも、いつものことだ。
なのはは頑張り屋さんだから、もたもたしているとあっという間に突き放されてしまう。
いざという時になのはの足を引っぱりたくないし、負けたくもない。それはたぶん、なのはも一緒なんだと思う。
「わたしも、ディバインシューターの威力、少し上げてみたんだ。操作性のチェック、しておこうかな」
「……相変わらず一撃必殺主義だね、なのは」
ただでさえ破壊力最高のスターライトブレイカーがあるのに……。どこまで攻撃力を高めれば気が済むんだろう。
そんなことを言いながら歩いていると――不意に、ふっと、陽光がかげった。
「あれ? 雲……」
見上げると、黒い雲が風に流れて、太陽を覆ってしまっていた。雨雲だ。
天気予報では、降水確率は20%って言っていたのに……
「なんだか、雨降りそうだね。なのは、急ごう」
「うんっ」
私が何気なく差し出した手を、なのはがきゅっと握ってくる。
「……あ」
全く無意識に繋がれた手に、思わず私となのはは軽く見つめ合うような格好になって、
ぽつり、とその手に雫が落ちる。
「わ、降ってきたっ」
「走ろっ、なのは」
なのはの手を引いて、私は走り出す。雨はそれを追いかけるみたいに、次第に強くなっていた。
◇
結局、雨はこのままでは濡れ鼠になりそうなほどに強くなり、私となのはは街路樹の下に避難していた。
頭上の枝を叩く雨音が、不思議に静かなメロディを奏でる。人通りも少ないアスファルトに、雫は無数に弾けていく。
「困ったね……これじゃ帰れないよ」
なのはが濡れた髪をハンカチで拭いながら呟く。
魔法で自分の周囲にバリアを張っていけば雨は防げるけど、さすがに人目もあるこの場所ではそうもいかない。
「練習も中止かな……」
「うん……なのは?」
不意に頬にハンカチが押し当てられる。振り向くと、なのはが私の顔に手を伸ばしていた。
「フェイトちゃんも、そのままじゃ風邪ひいちゃうよ」
「あ、うん……自分で持ってるから」
額の方まで手を伸ばそうとするなのはを制して、私はポケットから自分のハンカチを取り出す。
……今、なのはの顔がすごく近くて。
冷たい雨に当たったはずなのに、なんだか顔が熱かった。
「……止まないね」
「そうだね……」
それから少し、沈黙が落ちる。雨音に周囲の音が吸い込まれてしまったみたいに、世界はすごく静かだ。
まるで、世界になのはと2人きりになってしまったみたいに――
「くしっ」
静寂の中に、なのはの小さなくしゃみが響いた。鼻の下を擦って、苦笑いするなのは。
……雨に濡れたのが、ハンカチで拭いただけでどうにかなるはずもない。
私は無言で、なのはの肩を抱き寄せた。
「ふぇ、フェイトちゃん?」
見上げてくるなのはの顔が、気恥ずかしくて直視できない。
「……こうすれば、少しはあったかいよね」
なんだか言い訳みたいになってしまう。と……なのはの身体からふっと力が抜けた。
「うん、あったかいよ」
囁くようななのはの言葉と共に、その体重が私の胸に預けられる。
さっきからうるさいぐらいに高鳴っている心臓の音が、なのはに聞かれてしまいそうで。
だけど、預けられたなのはの身体の温かさは、とても心地よくて。
……もうちょっと、このまま、雨が振り続けてくれたらいいな。
湿ったなのはの髪に触れながら……そんなことを、考えていた。
◇
「……あ、そういえば」
「どうしたの?」
「確か……鞄に」
探ってみると、鞄の底からそれはちゃんと出てきた。
朝、リンディさんに渡された折りたたみ傘。すっかり存在を忘れていた。
「…………傘、あったんだね」
「ごめん、なのは……」
うっかりやさんと嘱託魔導師認定試験のときにも言われたけど、これじゃ否定のしようもない。
私が軽く落ち込んでいると、なのはが私の手から傘を取って、雨の中に広げる。
「じゃあフェイトちゃん、ほら、行こうよ」
傘を手に、なのはは軽いステップで雨の中に躍り出る。くるりと回る水玉模様の傘に、雨粒が弾けて舞った。
「相合い傘すれば、一緒に帰れるよね?」
そんな言葉と共に、私に向けて伸ばされるなのはの手。
……相合い傘ってことは、あの傘の中に2人で入るってことで、濡れないためには、その、かなりぴったりくっつかないと……
「フェイトちゃん?」
「あ、う、うん……そうだね」
差し出された手を取って、同じ傘の中に入る。なのはは傘の柄を私に渡すと、私の右腕にぎゅっとしがみついてきた。
「こうすれば濡れないし、あったかいし、一石二鳥だねっ♪」
そう言って、えへへと笑うなのはが、すごく……どうしようもなく可愛くて。
右腕から伝わってくるなのはの体温は、確かにとても温かくて。
「な、なのは……」
すごく恥ずかしいけど、このままなのはにしがみついていて欲しい自分もいる。
私がひとり煩悶しているうちに、なのはは私を引っぱるようにして歩き出してしまった。
「ほらフェイトちゃん、行こっ」
七転八倒している私の思考になんて気付く様子もなく、なのはは無邪気に笑う。
……ここから家まで歩いて十分。私、大丈夫なんだろうか……
そっと漏らした溜息は、雨音の中に溶けて消えた。
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